石上優はもう戻れない 作:顎髭
累計で何日学校に通っていないだろうか。
そんな事をぼんやりと思いながら、石上は横になっていた。
家にも数回位しか帰らず、学校にもたまにしか通わず、この廃屋でただ怠惰の限りを尽くしている。そんな今の自分の事を、まさに負け犬と言うのだろう。
「………もう夕方か………。」
いっその事こと、もう死んでしまおうかな……。
何に対しても楽しみを示さなくなり、もう自分は、何の為に息を吸っているのかすら分からない。
「…………そういや、もう少しでテストか………。」
もう気づけば、蒸し暑さが牙を剥き始めた7月だ。期末考査の時期だ。今頃あいつらは、必死こいて勉強してるんだろうな……。
勉強も、いつからまともにしてないかな……。
秀知院学園では、一個でも赤点を取ったら救済措置は無い。今の自分だと……そうだな……。
まあ、どうでもいいや……。もう、何もかも……どうでもいいや……。
段々と意識が遠のき、目が自然に閉じていくのが、自分でも分かった。
目覚めた時には、体全体に汗を掻いていた。
あの時の事がたまに鮮明になって夢に出てくる。
「はぁ………はぁ………。チッ…。」
何で自分が悪いみたいになるんだ?全部、あいつらのせいだろうが…。
夢の中では、何も悪い事をしていないのに、周りからは罵詈雑言の嵐。嫌がらせの連続。何で自分がこんな惨めな目に……。
思い出すだけでイライラしてきた。
近くに転がっていたペットボトルを苛立ちに任せて蹴り飛ばし、石上は廃屋の外に出た。
空気でも吸って、気持ちを落ち着かせよう。
「………………………。」
辺りはもう真っ暗だった。何時間寝ただろうか。
スマートフォンで確認しようとしたが、生憎の充電切れ。
「……チッ!クソッ………。」
こんなくだらない事でも、つい苛ついてしまう。
自分はこんなに感情的になりやすい人間だったか?
イライラしながら石上は辺りを散策すると、知らないうちに、とある公園に入っているのに気づいた。
そして、公園内にある時計を見て、もう既に夜中の11時を過ぎていた事に気付いた。
何もしてないのに、6時間も寝てたのか……。いよいよ、本当の負け犬になりそうだな……。
そんな事を考えながら、石上はベンチに腰を掛けた。
「………………………。」
ただ真っ黒な夜空を眺めて、項垂れる事しか出来なかった。もう歩きたくもない。いっそのこと、誰か殺してくれないかな………。
「………でさー………。」
「マジー?」
近くで誰かが話している声が聞こえた。
声のする方向へ目を向けると、ニット帽をかぶった男子と、糸目が特徴的な男子が歩きながら話していた。塾の帰りか何かか?
「いやぁ〜!思った以上に盛り上がったよなー!あいつも来れば良かったのに!」
「バイト優先だなんて、あいつらしいっちゃらしいけど……。」
「ま、あいつは多分、あの人一筋だと思うぜ。」
「誘うだけ無駄かぁ〜!はっはー!」
はぁ……呑気に合コンとは、お気楽な事で………。
………いいよな……。何にも辛い思いしないで、ただ平穏に学生生活を楽しめて………。
……あんな事しなければ……僕はこんな目には………。
………いやいやいや。何で僕が悪い感じになってんだよ?全部、荻野やあいつらのせいだろ?
荻野が秀知院にいなければ。あいつらが僕の事を信じなかったから。
そうだよ。僕は何も悪くない。何度自分に言い聞かせているんだ。
「…………なあ、あのベンチに座ってるの………。」
「ん?……あれ、うちの学校の制服じゃね?もう7月なのに、暑くねぇのか?」
マズい。秀知院の奴だったのか。
石上は近付いてくる前に、そそくさとここから立ち去った。
「………あれって…………。」
「ん?」
「……いや……どっかで見た事あるような………。」
ニット帽を被っている男子・風祭豪は、石上の後ろ姿を見てそう言った。
「んー……あ!もしかして、一年の石上って奴じゃ?」
目を凝らして、糸目の男・豊崎三郎はそう答えた。
「石上って……一年で一番の問題児の…?」
「そうそう!あれ?もしかしてあの話知らんの?」
「知ってはいるけど……。ただ、だとしても、何してたんだ?」
「さぁ……?」
「はぁ……はぁ……。」
ここまで来ればもう大丈夫だろう。見つかったら見つかったらで、後々面倒な事になりそうだ。
「はぁー………。」
本当に僕は、何をやってるんだ?無駄に息を荒くして、見す知らずの所にまでやってきて……。
何の為に僕は酸素を取り入れているんだ?僕が生きている意味は………一体何なんだ?
「………て……!」
「……?」
誰かの声が聞こえた。
耳を澄ましてみると、近くの廃工場から聞こえてくる。何だと思い、廃工場の中に入ってみた。何故かは分からない。だが、無意識に足が動いていた。
「……だ………けて……!!」
「大人しくしろ……!誰かに聞かれたら……!」
「おい!もっとちゃんと押さえろって!」
「分かってる!」
おいおいおい。何だと思って来てみれば………。
石上は物陰からその光景を見ていた。
……ていうか、よく見たらウチの制服じゃん……。
「んー!んー!」
「よし!ちゃんとガムテ貼ったな!」
「……なぁ、バレてねぇよな?」
「心配すんなって!バレても全部親父が揉み消してくれっから!
それに、最近ヤッてなくて溜まってんだろ?今がチャンスだって!」
「てか、そもそもコイツん家の親、大した権力持ってないから、バレてもどうこうなんか出来ないっての。」
「………それもそうだな。」
……これだから秀知院の奴らは………。
同じ秀知院学園生として恥ずかしい、と言いたいところだが、一体どの口がそれを言うんだが。
昔から嫌だった。親がちょっと偉いからって、変な事で威張り散らして、他者を見下す同学年の連中が。
そりゃ他校の連中から、「民度の低いボンボン共」という不名誉なレッテルを貼られるわ……。
「…………ヤベッ。」
襲われている女子と目が合ってしまった。
助けてと言わんばかりの眼差しをこちらに向けている。
……あれ……?……確かこいつ………。
昔の記憶が蘇ってきた。
確か停学処分を受けたすぐ後、僕の下駄箱にゴミを入れた奴らの主犯格だ。
『クズなストーカーにはそれ相応の天罰を、ってか!ハハハ……!』
周りも奴の言った事に同調するかの様に笑っていたのも、思い出してしまった。
「……………………。」
こいつ多分、僕だって事に気付いてるな……。そんな目で見ないでくれよ……。必死こいて助けを求める小動物みたいな目をしないでくれよ……。
見捨てたくなるだろ。
「………フッ。」
多分、今の僕の顔は、彼女に哀れんだ目を向けて、薄ら笑いを浮かべているだろう。
そして、眼差しで彼女にこう伝えた。
ざまあみろ。
そんな眼差しを向けて、僕はその場を去った。
男子共は気付いていなかった様だから、そこは幸いだった。
「………フフッ……ハハ………!」
それにしてもだ。去り際に見えた、彼女の絶望しきった顔。
それがまあ滑稽過ぎて、不覚にも声を出して笑いそうになった。
声を押し殺しながら、僕は廃工場を出ていった。
「フフッ……ハハハハハハ……!!ハハハハ………!!」
声を出して笑うってのは、こんなにも気持ちがいい事なんだ。
スカッとした気分というのは、こういう事を言うのか。
今まで憎かった奴が、あんな惨めな目に遭う。それがいかに滑稽で最高なエンターテインメントなのかを、僕は知る事が出来た。
絵に描いた様な因果応報とは、まさにあの事を言うのだろう。
いい気分だ。久々にいい気分だ。久々に、いい気分のまま寝れそうだ。
石上は笑みを浮かべたまま、一人夜道を歩いていった。
次回は龍珠さんメインのお話です。