石上優はもう戻れない   作:顎髭

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そして石上優は告発した②

2月。普通ならば、バレンタインだ何だと、たわいも無い会話をしている頃だと思う。

だが、大友京子にとっては、それどころでは無かった。

 

『このままだと、高等部進学試験落ちるよ…。』

 

ついこの前、担任との面談で言われた一言。

高等部進学試験に落ちる事は、よっぽどの学力不足でない限り、絶対に有り得ない。ただでさえ秀知院学園は、幼等部から大学までの一貫校。内部進学試験の基準も甘く、よほど学力不足でない限り、内部進学はほぼ確実なのである。

 

「(マズい事になった………。)」

 

学年順位も下から数えた方が早い大友。一度最下位を取った事だってある。親からも、流石に少し勉強頑張れ、とマジの心配をされる程度である。

そんな大友京子、3学期になってからは、授業をしっかり聞くのは勿論のこと、隙さえあれば教師に質問しに行く程にまで、勉学に尽力していた。

 

「(マジで頑張らないと……!)」

 

 

 

 

 

そんなある日の授業………。

 

「(……ん?何か騒がしいな……。)」

 

廊下から、教師達のざわつきが耳に入った。

すると、生徒指導の先生が、血相を変えて教室へと入ってきた。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

授業を行っていた教師も、少々困惑気味だった。

 

「すみません!少し授業を中断してもらってもいいですか?」

「え、ええ………。」

 

何だ何だとクラスメイト達もざわついていた。

すると、生徒指導の先生は、ある一人の生徒の元へと向かった。

 

「荻野、今すぐ職員室に来い。いいな?」

「えっ…。な、何すか突然……。」

「いいから来るんだ!!」

 

血相を変えたまま、無理矢理荻野を教室から引っ張り出した。

 

「え…荻野君何かしたの………?」

「さぁ……?」

「コラコラ!静かにするんだ!授業を再開するぞ。」

 

何事も無かったかの様に、授業は再開したが、生憎もう授業終了のチャイムが流れる1分前だ。すぐに休み時間へとなり、大友はクラスメイトとたわいも無い会話をしていた。

そんな時だった……。

 

『……全部、あの男のせいです……。全部あの男が!!娘の人生を潰したんです!!』

 

突然流れた放送に、3年生だけでなく、全校生徒や全教員が戸惑った。それは、ある女性の声で、しかも音質から、録音された物だと分かった。

 

『私の娘は、初めて彼氏が出来た、とはしゃいでいました。母親の私からしても、とても嬉しい事でしたよ。初めはそう思っていました。

 なのに……なのに………!!あの男は……荻野コウは、娘を騙してあんな酷い目に……!!』

 

その言葉を聞いた瞬間、大友は何が何だか分からなくなった。

荻野くんが、騙した……?何のことだ……?

というか、この放送を流しているのは、誰だ?

大友達は気になり、放送室へと向かった。その最中でも、放送は流れ続けていた。

 

『その日娘は、彼氏と遊びに行くと言って、出かけて行きました……。でも、どうも帰りが遅いと思い、流石に心配になった矢先、娘は帰って来ました……。そしたら娘は……。』

『娘は?』

『……服はボロボロに、顔は痣だらけの状態で、泣きながら帰って来ました………。』

 

3年生達は騒然とした。

 

「……嘘でしょ……?」

「何それ……!」

「荻野くんが………そんな事を…!?」

 

衝撃的な事を聞かされたと同時に、放送室に到着すると、中にいる一人の男子生徒の姿が目に入った。

 

「お、おいお前!そこで何をやってる!?」

 

教師達も放送室に到着し、すぐにその男子生徒を止めようとしたが、鍵がかかっていて、入れない。

すると、その男子生徒が振り返り始めた。

 

「………!?」

 

その男子生徒の姿は絶対に忘れていない。いや、忘れたくても忘れられなかった。

 

「……………石上……。」

 

中にいたのは、石上だった。

振り返ったものの、それを無視するかの様に、石上は次の音源を流し始めた。

 

『…あいつを殺したい……!あいつが憎い……!!娘をあんな目に遭わせといて、今もノウノウと生きてるあいつが、荻野コウが心の底から憎い!!』

『落ち着いて下さい。気持ちは分かります。僕も、奴に騙された内の一人ですから。』

 

その音源には、石上の声も記録されていた。

 

『心の傷を抉ぐるようですが、これも荻野を徹底的に追い詰める為なんです。』

『すいません…。あなたには、感謝しかありません……。

 私はまだ娘が小学生の頃に、妻と離婚しまして……。男手一つで娘を育ててきました……。いつも明るい奴でしたよ……。

 なのに、あいつと出会ってから、娘の笑顔は消えました。全て荻野とかいうクズのせいで……!!あいつさえいなければ……!!あいつのせいで、娘は人と会うのが怖くなってしまったんです……!今も引き篭ったままですよ……!!例え荻野が死んで詫びたとしても、私は絶対に許さない……!!娘の笑顔を奪ったあいつを、殺したい……!!』

 

全校生徒はその放送に、絶句していた。無論、大友もそうである。

 

「……ねぇ……あの時荻野君が言ってた、『石上が京子のストーカーだ』ってのって………、全部嘘なの?」

「じゃあ、さっき荻野君が職員室に呼び出されたのって……まさか……。」

「お、おい!マジでヤベェって!!」

 

複数の男子生徒が、顔を真っ青にしてこちらに駆け寄ってきた。

 

「え、ど、どうしたの!?」

「俺ら……たまたま職員室を通ったんだけど……その時……窓から見えちまったんだよ………。荻野が………集団で女子の事を……。」

 

彼らが一体何を見たのか。何を聞いたのか。その話を聞いた3年生は、皆顔面蒼白だった。

そして、疑いから、確証へと変わった。

石上優が大友京子のストーカー。それは、荻野が保身の為についた嘘だったと。

 

「そんな………。そんな……!!」

 

大友は口を抑え、大粒の涙を流した。

 

「じゃあ………あの時京子と付き合ってたのって…!!」

「やめなよ!!」

「でも、そうだとしたら………私達、石上の事ずっと……。」

「……そうなるよな…………。」

 

すると、大友は放送室へと向かい、ドアを開けようとした。

 

「石上君!!開けて!!ねぇ!!開けてよ!!」

 

声が聞こえたのか、石上は動きを止めた。

 

「許さなくてもいい!!でも、謝らせて!!私達、ずっと石上君の事……!!石上君の事……。」

 

段々と声が弱々しくなって、次第に大友は、その場で泣き崩れてしまった。

 

「京子、大丈夫!?」

「………あ…。」

 

鍵が外れる音がして、ドアが開いた。

 

「………石………上…。」

 

長く伸びた髪。そして、一切の光がない目。まるで、虫ケラを見るような目だった。

石上は大友に近づき、その場でしゃがみ込んだ。

 

「………久しぶり。」

 

本来その言葉は、かつての旧友との再会を懐かしむ時に使う言葉だが、石上が言ったその言葉には、全くそんな意味は込められていなかった。

 

「………これで分かった?おかしいのは荻野の方だって。お前達はずーっと、荻野に騙されてたって事が。お前達は危うく、一人の無実の人間を、潰そうとしてたって事が。」

「!!!」

 

大友の体が小刻みに震え始めた。それと同時に、辺りに大友の嗚咽が響いた。

 

「……ごめんね……。私達…あれから石上君にあんな酷い事してきたのに………。本当にごめんね……。」

「………私達からも謝らせて。……ごめん。」

 

辺りにいた同学年達も、次々と謝罪の言葉を述べ、石上に頭を下げた。

 

「…………………。」

 

石上は黙ってその光景を見た。

ようやく自分の事を分かってくれた。ようやくあの地獄から解き放たれた。

そんな感情は、今の石上には、微塵も浮かばなかった。あったのは……。

 

「…………はぁ?」

「!!」

「いやいやいや、今更過ぎない?もうあれから5ヵ月経ってんだよ?なのに今更になって許しを請いに来た?お前ら、どこまで虫のいい奴らなんだよ?」

「そ、それは……!」

「結果的に俺がこうやって荻野の正体晒したから良かったけどさ、俺が行動しなかったら、お前ら特に何もしなかったろ?今まで通り、俺に対して罵声を浴びせてただろ?

 上辺だけの情報を勝手に真実だと決め付け、真実が分かった途端、今までやってきた事全部無かったかのようにして、謝罪だと?どこまで腐ってんだお前ら。

 ………というか、もしあの場で俺が謝ったとしても、俺の事許す気なんて無かっただろ?…だったらこっちもそうさせてもらう。俺はお前らがやってきた事を絶対に許さない。課題の中に罵詈雑言が書かれた紙を紛れ込ませた事も、下駄箱の中にゴミを入れた事も、全部だ。絶対に許さない。許してたまるか。死んで詫びても許さない。

 …………何とか言ったらどうなんだよ?大友?」

 

石上は座り込んでいる大友の胸ぐらを掴んだ。

 

「………それとも何だ?土下座でもしてくれんのか?」

「………ごめんなさい…ごめんなさい……。」

 

今の大友には、ただ泣きながら『ごめんなさい』を連呼する事しか出来なかった。

 

「………やるんだったら、とっととしてくれない?時間の無駄なんだけど。」

 

大友から手を離すと、石上は大きくため息をした。

 

「ちょ、ちょっと石上!それは流石に」

「あぁ?」

 

大友の友人は体をビクッとさせた。石上はこんなに目が怖い奴だったか?石上は、こんなに恐ろしい存在感を持っていたか?

 

「…………土下座したら………それで満足する……の……?」

 

か細い声で、大友は石上に尋ねた。

 

「はぁー……。やんの?やんないの?どっちな訳?」

 

苛立ちがこもった感じで、石上はそう言った。

 

「…………………。」

 

体を震わせ、涙を流しながら、大友はその場で正座して、両手を前に添え始めた。そして………。

 

「………申し訳……ございませんでした……。」

「………………。」

「おい石上!!やり過ぎだろ!!ちょっと来るんだ!!」

 

痺れを切らした教師達が石上を連行した。虚な目をしながら、石上は土下座をしたままの大友を見続けていた。

 

「(……………ほんっと、胸糞悪ぃ……。)」

 

連行される石上を、一人の眼鏡をかけた女生徒が見ていた。

 

「(私の知ってる石上優という人間。それは、理不尽を嫌い、真っ当な正義感を持った人間。そうだった。

 でも、今の石上優には、それが無い。彼の中の理不尽を嫌う正義感は、完全に消え去った。

 もう、あの頃の石上優は、どこにもいない……。)」

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