石上優はもう戻れない 作:顎髭
親父に泣きついたのも鮮明に夢に出てきたのは、ちっとな……。
龍珠は部屋に戻り、再び眠りにつこうとした。けれど、やはり先程の夢が脳裏にこびりついていて、眠ろうにも眠れなかった。
「(……てか私、つばめ先輩にあんな態度取ってたんだ……。)」
彼女のお陰で今の私はいる。そう言っても過言ではなかった。そんな人に、当初の私はあんな態度を取っていたのか……。
………人ってこんなに変わるものなのか……。
「(…………石上も、こんな風に…………。)」
かつて同じ境遇にいた龍珠は、石上のことが気になっていた。
だが、奴を見かける度に………。
「(………もう、戻れないんじゃ…………。)」
かつての石上優に戻す。それは、もう不可能なのではないかと思い始めていた。
悪意満載のあのオーラが、更に酷くなっている感じがした。噂じゃ、自分を虐げてきた同学年の奴らに復讐しているのではないか、という話まであるが………。
「………まぁ、ただの噂だからな………。」
噂なんかで、物を判断なんかしない。されてた側がする側になって、どうするんだ。
もう二度も、私の様な人間を生み出してはならない………。
その日、石上は久々に学校に向かっていた。
教師側から、必ず来る様にと催促され、仕方なく来る事になったのだが………。
「………聞いた?あの子、退学したって……。」
「聞いた聞いた。でも、何で急に………。」
「分かんないよ……。連絡しても全然反応してくれないし……。」
……ああ、あいつの事か……。
石上の脳裏には、その噂されている人物の顔が浮かんでいた。
三人の男子に押さえられ、なす術もなく僕に向けたあの表情……そして………。
「…………フフッ。」
彼女の絶望感満載のあの顔。
何日か経ったが、今でもあれは本当に滑稽だった。ましてやそいつが今日、退学したと………。
「………はは……。」
思わず笑いそうになってしまった。
声を出さまいとは思っているものの、やはり良い気分だ。どうしても声を抑えるのに必死になってしまう。
大方、襲われたショックや恐怖で、もう外にも出たくないのだろう。ましてや、その行為すら加害者に揉み消されたのだから、供述しようにも、何一つ証拠がない。なす術無しとは、まさにこの事か。
「……ざまぁないな………。」
今までやってきた事が、全部自分に返ってきた。
絵に描いた様な因果応報だ。天罰が下ったんだ。当然の事だ。
「……あ!石上!またあんた遅刻して……!」
校門に着いたが、やはりアイツはいた。
たかだか1、2分なのに、細かい奴だ……。
「…………………。」
中学時は何とか逃れようとあれこれ言ってたが、今となっては、関わるのも面倒になった。無視が一番だ。
「ちょ、ちょっと石上!」
……そう思ってたはいたが……。
「………チッ。うるせぇ。何か文句でもあんのか?」
やはりこいつに苛立ってしまって、つい言葉を発してしまう。
「………………うっ……。」
やっぱりか。ちょっと睨みを効かせれば、すぐに怯む。
弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、こいつがその典型例だな。
「……文句なら大有りよ。」
「………ん?」
「例え1分だろうが1秒だろうが、遅刻は遅刻よ!なのに何でそんな悪びれない感じ出してんのよ!?」
「………………。」
こいつはたまげた。
怯んだと思ったら、むしろこの前以上に反論してきやがった。
「いい!?あんたみたいな奴がいるから、周りもちょっと遅刻してもいいやっていう考えを持つの!!一人の勝手な行動が、周りのモラルの低下を促すの!!
これが分かったら、少しは反省しなさいよ!!」
「………………。」
下手に反論しない方が良かった。こいつのこういう説教じみた発言や態度が、本当に腹立たしい…。
「………………。」
「あ!ちょ、ちょっと!」
やっぱり無視が一番だ。関わらない方がいい。
石上はそのまま校内に入っていった。
「………………。」
「ミコちゃん……。」
「……こばちゃん……。今でも石上の事は怖いよ……。でも、だからと言って、いつまでも下を向いてばかりじゃ……駄目なんだよ……。
更に恨まれてもいい…。でも、私は私の正義を貫く……。校則違反は校則違反。どんな理由があっても、見逃すなんて出来ない……。」
頑張らなければ。ビビってばかりじゃ駄目だ。上を向き続けなければ……。
学年内でも、もう既に彼女の突然の転校は話題になっていた。
「急にどうしちゃったんだろ……。」
「分かんないよ…。電話しても全然出ないし……。」
「今日、家に行ってみる?」
彼女の事を心配する声は、しばらくの間止む事はないだろう。
なのだが………。
「………石上………じゃない?」
「…………えっ?」
「……石上が………退学にさせたんじゃ……。」
「な、なんで石上が?」
「………だって…………!……あっ…。」
僕の存在に気付いたのか、女子達はその場を立ち去った。
「………………。」
噂っていうのは、生まれた途端、瞬く間に広がるから嫌なんだ。
一部では、僕が彼女を退学に追い込んだと思い込んでいる奴らがいて、それを広めているみたいだ。
………どいつもこいつも本当に、バカの集まりだ……。
「……絶対石上だよ………。」
「逆にあいつ以外誰がいるのって話だよね……。」
ほーら、瞬く間に広がって、僕を犯人扱い。
醜い。下劣。汚らしい。
奴らの心の汚さや民度の低さが、まあ滲み出てるよ……。
証拠も何もねぇのに、よくもまぁ決め付けられるよな……。本気でお前らに復讐でもしてやろうか?
「……ヤベッ。石上と目が合っちまったよ……。」
「……もしかしたら……次は私達なんじゃ……。」
「はぁ!?な、何でだよ!」
「だってあんた、あん時石上の机に……!」
「落ち着けって!てか、悪いのは全部、嘘ついた荻野だろ!俺らはそれに騙されただけで……。」
「………そ………そうだよね……。全部荻野の……せい……なはず……。」
「………………はぁ?」
後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには小野寺が立っていた。
「お、小野寺…さん……。」
「……全部荻野のせい…ね………。
って言ってるけど、どう思う?大友。」
さらに後ろには大友もいた。
「………確かに嘘をついた荻野が元凶だよ……。でも………それはあくまで半分だけであって………残りの半分は、全部私達のせいだよ。」
「なっ………!」
「大体さぁ、あんたら自分らがやった事、覚えてないの?忘れたなんて言わせないよ。」
「………………な……何様のつもりだよ……!
小野寺!お前だってそうだっただろ!散々石上の事悪く言ってたくせして!!」
「そうよ!今になって説教じみた事言わないでくれる!?」
「あんたらと一緒にしないでくれる?私達はちゃんと覚えてるよ。自分が石上に対して、どんなにふざけた事したか。どんなに最低な事したか。ちゃーんと、頭の中に残ってるよ。」
「ぐっ………!」
「もうこの際だから言わせてもらうね。あんたら、石上の件から何を学んだの?何も思わなかった訳?」
「………それは……!」
「………ていうか大友さん!何だかんだ言って、あんたが一番石上に対してひどい事してきたじゃない!」
「!」
「なのに今になって罪滅ぼししようとしてんの!?生徒会に入って会長からチヤホヤされて!
てか、あんた実は荻野とグルだったんじゃないの!?」
「なっ……!」
荻野に私が加担していて、一緒に石上君を潰そうとした。そして、計画が失敗して、荻野を切り捨てた。
高等部に進学してから、そうずっと噂されていた。
そう思われても仕方がない、彼の受けた傷に比べれば安いものだ。そう思ってた。けれど……。
「何そのふざけた噂!!今更過ぎるかもしれないけど、私はそんな事してない!!第一証拠もないのに、何でそうすぐ鵜呑みに出来るわけ!?」
「あんただって、何の根拠もない荻野の嘘信じて、石上のこと……!!どの口がそれ言って」
自分でもどうしてそんなことをしたのか分からない。ただ、頭で考えるよりも先に、手が動いていた。
気付いたら、パチンという乾いた音が静まる直前で、私と言い争っていた子が左頬を抑えていた。
「……………。」
そして、再び頭で考えるよりも、口が先に動いていた。
「………あれから私は、ずっと考えてた。
自分はもう、生きる資格すら無いんじゃないかって……。死ぬべき人間なんじゃないのかって……。でも……皆が励ましてくれた。皆が……もう二度とあんな事はしないように生きようって……私を立ち上がらせてくれた………。
全部石上君のお陰だよ……。全部彼が、私達をそうさせてくれたんだよ………。何の根拠も無い噂を鵜呑みになんかしない。何が正しいのか、しっかりと考えてから結論を出す。彼は私達にそう教えてくれた……。
そんな事も分からないあんたらなんか……責任の擦り付けばっかして、また同じ事しようとしてるあんたらなんか…………荻野以上のクズよ。
小島君があんたらの事見下す理由が、よく分かったわ。」
そう言って、大友は自分の教室へと戻っていった。
「………………。」
「………………。」
辺りは静まり返っていた。ぐうの音も出なかった。
「………もういい加減分かったんじゃない?
また同じ事しようとしてるんだよ。またよってたかって、一人の人間を殺そうとしたんだよ。
石上だけじゃない。伊井野や大仏さんだってそう。あんたら、まだ気付かないの?……いい加減気付いてよ………。」
小野寺もそう言って、自分の教室へと向かった。
「………………。」
一年達は、ただその場にとどまって、顔を下に向ける事しか出来なかった。
次回は、石上が荻野の被害者と対面する話を書きます。