石上優はもう戻れない 作:顎髭
「………………。」
「………………。」
何で………こうなった…………。
終業式が終わり、明日から夏休みだ、などという浮かれた気持ちは一切浮かばなかった。あったのは、早いところ学校を辞めたい、今すぐ消えてしまいたい。そんな感情ばかりだった。
だが、残念ながらそんな勇気すらない。つくづく思うよ。自分は本当に意気地の無い腑抜けなんだと。
終業式後、石上は体育館倉庫の裏で少しばかり眠っていた。夏にも関わらず、結構涼しいものだから、とてもいい眠りにつけた。久々に悪夢すら見ない、いい眠りだった。
大きくあくびをして、そろそろ下校しようかと思ったが、この時間帯はマスコミ共が一番うるさい時間帯だ。まだいじめ騒動は尾を引いていて、下校時間を狙って、生徒達にどうこう聞くつもりなんだろう。自分も何回か絡まれたが、うざったくて仕方が無かった。
まあ、自分がその被害者ですと告発して、火に油を注ぐのもアリかと思ったが、それはそれで更に絡まれそうだ。面倒事を自分で起こしてどうするんだ。
「………しばらくここにいるか………。」
しばらく倉庫裏にいて、また昼寝でもしよう。そうすれば、知らないうちにマスコミ共もいなくなるだろう。
「あれぇ〜どこ行っちゃったっけ〜……。」
誰かがこちらに近づいてくるのが分かった。何か探し物か?
でも、こんなところにまでは来ないだろう。大方、体育館倉庫の中を探すはずだ。
気にせず石上は、再び眠りにつこうと目を閉じた……が……。
「うわっ!!」
倉庫内から声がした直後、何かが崩れ落ちる様な音が響いた。せっかく眠りにつけそうだと思ってたのに、と思いながら石上は何事だと見に行こうかとは思った。
「………………。」
そうは思ったものの………。
「…………別にいっか。」
助けたところで、別に自分にとって何もメリットはない。ましてやデメリットもない。このまま眠りにつこう。
そう思い、石上は再びその場に座り、目を閉じた。
それと同時に、真上の倉庫の窓が開く音がした。
えっ……ちょっ……何でそこの窓が……!?てか、だとしたら……!
石上はそう思ったものの、時既に遅し。窓から顔を出した者と、目が合ってしまった。
「……あ!君って……!」
よりにもよってこの人かよ……。二度と会いたくないと思ってたのに……。
神は本当に、自分には残酷だと石上は思った。
「久し振り!覚えてるかな?」
「………………。」
子安つばめ。2、3ヶ月振りだが、相変わらずの陽キャ振り。ウゼェことこの上無いな。
「こんなとこにいて暑くないの?てか、何してるの?」
「………それはこっちのセリフですよ…。何してんすか?」
無視を続けると、更に絡んできそうだったので、仕方無く石上は答えることにした。
「あーそうだそうだ!ちょっと、手伝ってくれないかな?」
「手伝う?何を?」
「実は倉庫の中に、家の鍵を落としちゃってさ〜。取ろうとしたら、用具が急に倒れてきちゃって!鍵も倒れてきた用具の下敷きになっちゃって、取れなくなっちゃったんだよ!
だからさ、用具をどかすの手伝ってくれないかな?」
「…………そんくらい、自分で何とかしたらどうなんすか……?俺には何の関係も無いでしょ。」
手伝う訳ないだろ。全部自分の不注意のせいだろ。
そう思い、石上はその場を去ろうとした。
「まぁまぁまぁ!時間は取らせないからさ!ねっ?」
「………………。」
しつけぇ。
「………お〜い、石上くん?」
「………………。」
マジで何が目的だ……。
「………手伝ってくれないかな?」
「…………………チッ。」
懲りもせずまぁ………。手伝えばいいんだろ手伝えば……。
石上は向きを変えて、体育館倉庫内へと入って行った。
「………………。」
「手伝ってくれるの!?ありがと〜!」
あんたがしつこいからだろうが。ところどころ苛つくんだよな……。
てか、そんな大した程でも無いじゃねぇか………。
………てか、まさかだとは思うけど、この人最初から………。
「………どしたの?」
「………いえ………。」
流石に考え過ぎか………。
愚痴や不平を心の中で言いながら、石上は倒れた用具をどかし続けた。ここ最近まともに運動もしてなかったから、そこまで重くない物を持ち上げるだけでも、息が切れてきた。ましてや今は夏。更に体力や水分が奪われる。
「……あっ!あったぁ〜!」
ある程度の用具を片して、ようやく鍵らしき物を目にすることが出来た。
もうこれでお役御免だ。もうあんたとは関わりたくないと思い、石上はそそくさと倉庫から出ようとした……のだが………。
「……………ん?」
扉を動かしたものの、まるでびくともしない。力が足りないかと思い、体全体を使って扉を開けようとしたが、それでも動かない。
「……あ!まさか……!」
鍵を取り終えた子安が、扉の方へ駆け寄ってきた。
「あちゃ〜……。そういやそうだった……。」
「な………何が……?」
「ここの体育館倉庫の扉、たまに開きが悪くなるんだよね〜。外から開けてもらわないと、出られないなこりゃ。」
「………え…………。」
そして現在に至る。
「………………。」
「………………。」
よりにもよって、この人と二人で閉じ込められるなんて……。
本当にこの人とは関わりたくなかった。誰にも分け隔て無く振る舞うこの陽キャ振り。偽善としか思えない。
"自分はぼっちの人間とも仲良くしてるいい人です" 感がどうも否めない。そうやって他人からの評価を上げている様にしか見えない。
まるで………。
『石上君、消しゴム落ちたよ。』
……そうだよ。どうしてこの人に対しての苛立ちが治まらないのか。
アイツにどことなく似てるからだ。誰に対してもなんの偏見も無く接するあの感じ。何か既視感があると思ったら………。
まあでも、そうだとしたら、あの人もどうせ同じだ。そこら辺の人間と同じだ。何の根拠も無い事柄を鵜呑みにする、どうしようもない奴。
駄目だ。更に苛立ってきた。
「………………チッ。」
大友京子。本当にウゼェ限りだ。本気で死んで欲しいと思うくらいだ。そんな奴に酷似しているんだ。そりゃ腹立って当然か。
「……………………。」
やはり、敵対心は消えてないか。
子安つばめは背を向ける石上を見ていた。
長く伸びきった前髪。まるで、誰も受け入れない壁の様だ。更にその前髪からチラッと見える、一切の光が無い眼差し。何に対しても希望や信頼を持っていない。
その気になれば、彼は今ここで死んでしまうんじゃないかと思わせる感じだった。
自分で言うのも何だが、私は他人から悪意を向けられる事はまず無い。あるとしても、まあ中等部の頃に「ちょっとモテるからって調子に乗らないでくれる?」といったやっかみくらいだ。それに関しては、まあ別に妬まれようが気にもしてなかったが、ここまで嫌悪感を向けられたのは初めてだ。
何も言わずとも、「話しかけるな」「近付きもするな」といったオーラが凄い。やはり彼はそうなってしまう程、周りから向けられる必要の無い悪意を向けられ、何に対しても期待や信頼が出来なくなってしまったのか……。
ここで思わず同情の気持ちを言いたくもなる。だが、それは一番やってはいけない事だ。更に彼の傷を抉ってしまうだけだ。それでなくても、彼の受けた傷は、二度と修復する事がない程に深く抉られて、閉じることが出来ない位の傷口の広さなのだから。
「……………優くん。」
「………!」
何で急に下の名前で………?
「……………まだ、生きていたい?」
「………………。」
「………それとも………もう死にたいの?」
「………………。」
いきなり何の質問してくるかと思ったら………。
もう、生きていても特に意味が無いのではと思っている。だが、特別死ぬ勇気すらない。ただずーっと、何の意味も無く酸素を取り入れているだけ。そう、僕はただの腑抜け。死にたいと思っても、死ぬ勇気すらない。滑稽だな。笑えちゃうな。
つまりだ。あなたのその質問に対する答えは、無い。
「………………。」
「……じゃあさ………、逆に死なせたいと思った事は?」
「!!」
………そりゃあもう、嫌になるくらいあった。
何で自分がこんな目に遭わなければならないんだ?何で何も知らないくせして、奴らは好き放題言えるんだ?
奴らに対する殺意は、あの校内放送から治ることはない。真実が分かった途端、急に頭を下げやがって……。どいつもこいつも本当に民度が低くて何よりだったよ。
あの時、マジで大友の事打ちのめして、殺すのも有りだったかもな……。あの時のあいつのみっともねぇ泣きっ面……。今となったら、思い出しただけでも笑えるな。ましてやそんな面の状態での土下座。最高に惨めだった。
だがそれでもだ。殺意が治まらない。もう、本格的に殺しでもしない限り、この苛立ちは治らないかもな……。
「………出来るものなら……大友を……あいつらを………殺したい。」
「………そっか………。」
「………………。」
ていうか、さっきから何を質問してくるんだ?まるで訳が分からない。
「…………ならさ、私で試してみる?」
「………はぁ?」
「……君のその殺意やら嫌悪をさ、全部私にぶつけていいよ?」
……何を………言ってるんだ……?