石上優はもう戻れない 作:顎髭
夏休み、僕は街を歩いていた。
一体何故こんな賑やかなところに自分なんかがいるのかと思うが、正直僕もそう思っている内の一人だ。
あの時以来、荻野の被害者達からお礼をしたいという電話がわんさか掛かってきて、丁度話を終えて家に帰る最中だったのだ。
「………何度も言わせないで欲しいよ………。」
向こうは「僕のお陰で立ち直ることが出来た」と思っている訳だが、残念ながら僕はその為にあの時訪れた訳ではない。僕はただ、あの状況から解き放たれたい、ただその一心だけであなた方の元を訪れただけなのだから。
今日だけで2、3人と話をしてきたが、何度も同じ事を言うのは、もううんざりしている。
僕はあなた方の為には動いていなかった。もう僕や荻野の事は気にせず、自分の残りの人生を楽しんで下さい。
いくら感謝されたとしても、僕の心はもう………。
「………優?優だよね?」
……………え?
誰かが後ろで自分の名前を呼んでいる?いやいや、「優」なんて名前の奴、いくらでもいるだろ。
僕なんかに声を掛ける奴なんて……。ましてや女子が僕の事を呼ぶなんて……。
「………あの……。」
後ろの人物は僕の肩を軽く叩いた。
「………やっぱり、優だよね?」
そんなはずないとは思ったが、肩を叩いたとなると、やはり自分だ。自分の事を呼んでいる人間がいる。
「………えっと……誰ですか……?」
振り返りその人物の顔を見ると、結構綺麗な人だった。
スタイルも良く、顔もかなり整っている。こんな人が、何で僕なんかに……?
「……覚えてないかな……?ほら………初等部の頃さ……。」
初等部?何の事だ?
「………やっぱ、覚えてないか……。じゃあさ、これなら思い出せるかな……?」
そう言い彼女は、鞄から何かを取り出した。そして、それを顔に掛けた。
「……この眼鏡なら、覚えてるかな?」
…………ああ………そうか……。
ようやく思い出した。そうか。彼女だったのか。
そう思ったと同時に、石上の脳裏には初等部時代の記憶が映し出された。
そういや、あんな事もあったな………。
「……ああ………思い出したよ。」
「本当?嬉しいな……。」
彼女は少し頬を赤らめた。
「………何年振りだろうね。そりゃ忘れもしてるよ。
でも、結構髪伸びたよね。あの頃はそこまででもなかったのに。」
「………………。」
「…………優?」
「…………ごめん。」
そう言い、石上は彼女の元から、逃げる様に離れた。
「え、ちょ、ちょっと!?」
「………………。」
何年振りの再会だろうか。普通なら心踊るはずなのに………なのに………。
何故だ。こうも胸が締め付けられる感じがするのは。決して嬉しいからなどではない。これは………何と言えばいいんだ?少なくとも………いい気分ではなかった。
「ど、どうしたのさ急に!?」
突然離れて行ったものだから、彼女も驚きを隠せなかった。僕の右手首を掴んで、僕を止めようとした。
「何か用事があるって感じじゃないよね……?私………何か気に障る様なことした?」
「………ごめん。」
「『ごめん』って、優何もしてないじゃん!それとも…………私と会うのが嫌だったの?」
ピタリと石上はその場で止まった。
「……………そういう訳じゃないけど……。」
「……じゃあどうして……。訳を話して。」
訳……ねぇ……。
強いて言うなら、あまり思い出したくないってところかな……。別に辛い思いをした訳でもないし、恥ずかしい思いをした訳でもない。ただ………もうかつての自分に、蓋をしたい。
もう………僕の中に正義などというものは………無いのだから。
「………………。」
「………………。」
近くにあった喫茶店で、僕と彼女は静かにただ座っていた。
「………………。」
「………優………。」
それにしてもだ。彼女は………本当に変わったな………。
「………さっきの『ごめん』って、何なの……?」
「………………。」
「………黙ってばかりじゃ分からないよ……。どうしたのさ?
それに………何と言うか………優ってこんなに怖いオーラ出してる人だったっけ?」
「…………知る必要なんてないよ。知ったところで、胸糞悪い思いしかしないんだし。」
「そんな……。」
私の知っている石上優という人間は、普段はおとなしいが、言う時はガツンと言ってくれる、勇気ある人間だ。
私は初等部6年の頃、同級生からいじめの対象にされていた。父親の会社が倒産寸前となり、そのせいで同級生から皮肉の声や、親の悪口などを言われていた。
もう学校をやめようかと思った矢先……。
『お前ら、こんな事してて恥ずかしくないの?お父さんがどうだろうが、この子には何も関係の無いことだろ?』
『な……!あ、あんたには関係無い事でしょ!?』
『大有りだよ。さっきからうるさいし、はっきり言って迷惑。
てかさ、お前ら自分らのやってる事が悪い事だって分かってないの?』
『そ、それ……は……。』
『いい事だと思ってるんなら、胸を張って先生達に言ってみろよ。ほら、丁度先生いるからさ。せんせーい!』
『ちょ、ちょっと!!』
『何?』
『………分かったから……。』
『何が?』
『………もう……何もしないから……。』
『……信用ならないけど、まあいいや。分かったんなら、いいよ。』
何かブツブツ言いながら彼女達は去って行った。大方、「何様のつもりなんだ」とか言ってるんだろう。まあでも………。
『………ありがとう。』
『……別に。正しいことしただけだし。あんた、何か悪いことしたの?』
『………………。』
『……あなたは何も間違ってなんかない。誰がどう見たってそうでしょ。』
そっけない感じ出してたけど、ちょっと照れてるのは忘れてないよ。
『そんじゃ。』
『うん。石上君、ありがとう……。』
そんな事があったものだから、同学年達も、あれから何もしてこなくなった。まあ代わりに、優が周りから浮いてしまったが、本人はまるで気にしていなかった様に見えた。
こんな小さい事だが、石上優は私にとって、恩人みたいな者だ。
なのだが…………。
「………………。」
何だろう……。心から、優の事を怖いと感じている。
ずっと下を向いてだんまりを続けているし、何より目に生気がこもっていない。
私は中等部には進学せず、別の中学に転校した為、一体何があったのか分からない。でも、間違い無く何かがあったのは確かだ。
「何か………あったの?」
「さっきも言ったろ。知っても胸糞悪い思いしかしないって。知る必要なんて無いんだよ。」
「そんな……!……そんなにまで言いたくない程、辛いことがあったの?」
「………違う、って言ったら嘘になるけどさ………。」
「………………まさかだけどさ………。」
彼女は自身のスマートフォンの画面を、石上に見せた。あるニュースサイトの画面だった。
「秀知院でいじめがあったってニュースに………関係してるの?」
聞かれるとは思ったけど、しかしだ……。どう答えれば……。
これに関しても、違うと言ったら嘘になる。実際に僕はその被害者だ。もし僕がそうですとでも答えたら、彼女は勿論、マスコミは更に過激な行動を取るだろう。ただでさえまだその案件は収束していないのに、更に起爆剤を投下でもしたら、ますます面倒なことになる。
だからといって変に誤魔化すにしても、彼女は聞く耳を持たなさそうだ……。まいったなぁ……。どうすれば……。
「………………優?」
「………今から言う事は、絶対に口外しないで欲しい。」
ここは一つ、彼女の誠実さに賭けてみるか。
そして僕は、中等部の件について、嘘偽り無く全て話した。何をされたか、何を言われ続けたか、そして………何故自分がこんな風になってしまったのか……。