石上優はもう戻れない 作:顎髭
「……………本当なの……それ………。」
「………全部事実だよ。」
「…………酷すぎる……そんなの……。」
彼女は体を小刻みに震えさせていた。湧き上がる怒りを抑え込んでいるのが見て分かる。
「………じゃあ、あのニュースって………。」
「………まあ、俺じゃないって言ったら嘘にはなるけどさ……。それ以外にも、秀知院ではそーゆー事あったから……。」
「………………そう……なんだ……。」
すると、彼女は石上の方に顔を向けた。
「?」
「………優は……このままでいいと思ってるの……?」
「……別にいいよ。マスコミが更に過激になるのも面倒だし。それでなくても、まだ秀知院の生徒ってだけでマスコミに絡まれるんだから……。
それに………。」
「それに?」
石上は自身のスマートフォンの画面を見せた。
「あいつらも、それなりに痛い目には遭ってるからさ。だから、わざわざお前が何かをする必要なんかない。自分らのやった事が、今回の件で全部倍になって返ってきたからさ。」
あの会見から、ネット上では秀知院生というだけで、無断で写真を撮られて誹謗中傷に遭っている者が数多くいる。まあ、全て一年生なんだが、先輩方への風評被害も多大なものだろう。
どいつもこいつも本当に、何も考えずに好き放題やってたんだな。マジでモラルのねぇ奴らなんだと改めて悟ったよ。ざまぁないな。
「…………優………。」
「?」
「……何で……笑ってるの……?」
「………えっ?」
これはいけない。不覚にも口角が上がっていたらしい。
でもさ、もうそれくらい僕はもう………。
「………これで分かったろ?もう、お前の知ってる俺はいないんだよ。綺麗さっぱり消えたんだよ。人の不幸すらも笑えてしまう様なゴミクズなんだよ。幻滅したろ?」
「………………。」
「分かったら、俺と関わるのはもう」
「そんな事ない。」
僕が言い終わる前に、彼女は口を開いた。
「……優はさ……自分の事を下に見過ぎだよ……。」
「何を言って……。」
「だって、優は何か悪いことしたの?悪いのは全部、嘘をでっち上げた荻野ってのと、嘘を鵜呑みにした同級生達でしょ?なのに、何で自分が悪いみたいな言い方してるの……?
本当にゴミクズなのは……その人達でしょ……。」
「………………。」
「例え優がそんな風になっちゃっても、私にとって優はヒーローみたいな人だったんだよ……。本当に嬉しかった……。優には感謝しきれないんだよ……。」
……そういや、ふと気になったが……あの後親御さんの会社はどうなったんだ……?
「………お父さんね………何とか建て直そうと頑張ったんだよ……。でも………駄目だった。」
「えっ………。」
「………気付いた時には、もう手遅れでさ……。お母さんとも離婚して、今は親戚のところに引き取られてるの……。」
「………………。」
「………でも安心して。ぞんざいな扱いは受けてないし、むしろ秀知院よりもいい学校生活は送ってるよ……。それに………優のお陰で、ちょっと自分に自信がついたんだ。」
「……俺の……お陰………?」
「ずっといじめられてさ……段々と自分が悪いんじゃないかって思い始めてたんだよ……。そんな時に、優が助けてくれたから……優が……私は間違ってなんかないって言ってくれたから………。」
すぐさまそれも否定したくなるが、その時の僕は、しっかりとした正義感を持っていた。誰よりも理不尽が嫌いだった。「お前は何も間違ってなんかない」というちゃんとした考えの元、彼女を助けた。そこに、自己満足感も無く、ましてや見返りを求める感情も無かった。ただ、何もしていない人間が理不尽な目に遭うのが嫌だ。しっかりとした正義感だけが、僕の中にはあった。
「………そっか。ありがとな。元気そうにやってて何よりだよ。」
「優………!」
「でも。」
だとしてもだよ………。それもこれも全部、過去の話なんだから……。
「………もう………俺とは関わらない方がいいよ。」
「………そんな………。」
「確かにあの時はさ、理不尽な目に遭ってるお前を見て、あいつらを追っ払ったけど………。でもだよ。その馬鹿げた正義感のせいで、俺は荻野に………。」
『ここで手を引くなら、京子には何もしないでやる……!』
『お前がなんか漏らせば、京子は可哀そうな事になる……!』
荻野があの時、僕に囁いた言葉を思い出した。
正義感に溺れてた僕は、いい人が傷付くのが嫌で、見事に荻野の策に引っかかってしまったが……。
「……今思えば、何であん時から無駄な正義感なんか掲げてたんだろうな……。」
「そ、そんな事………!」
「いい人が傷付くのが嫌だっていう、訳の分からないしがらみに囚われてたせいで………。」
…………ん?
いやいやいや。何で僕が悪いみたいな風なんだよ?悪いのは全部、荻野とあいつらだろ?
僕は一体、何度そう自分にそう言い聞かせるんだよ……。あの時、荻野が僕を陥れる嘘をついたから。その馬鹿げた嘘に乗っかったあいつら。全部そいつらのせいだろ?
僕は、何も悪くない。そうだろ、石上優?
「………………。」
「………優?」
「…………そうだよな……。さっきお前が言った通りだよな………。俺は………何も悪くないよな……。俺はゴミクズなんかじゃないよな……。ゴミクズはあいつらだよな……。」
「ゆ、優……?」
「…………はぁー………。何で誰もあの時、俺を信じなかったんだろうな………。ちょっと考えれば、おかしい事だらけだろ………。」
そうだよ。何で口先だけの事を、あの馬鹿達は信じたんだよ……。所詮は秀知院の奴らだからで片付けるのが一番だが、だとしてもだよな……。
あの時、大友だけは別だと思ってたが、結局あいつもそこら辺の奴らと同じ、ゴミだった………。あの時の失望感は凄かったな……。
何が「おかしいのはアンタよ」だよ。テメェらだろおかしいのは。
「……………チッ。胸糞悪くなってきた。」
「………………。」
「……な?今みたいに、もう俺は隅から隅まで汚くなってんだよ。そんな奴の事をさ、もうヒーローだなんて言うなよ………。」
「………そんな………。」
信じたくなかった。受け入れたくなかった。でも、今の石上優は………。
「俺はもう………あの頃には戻れないんだよ………。」
何の希望も抱けず、何の正義感も無かった。あるのは………。
「………あ〜あ………。あいつらマジで死ねばいいのに。」
全ての者に対する憎悪と嫌悪と拒み。ただそれだけだった。
「………何だかんだ言って、今日お前と会えて良かったかもな。少しだけ、憂さ晴らしが出来たかもしれない。」
「………そ……う……。」
「………安心しろよ。」
石上は席から立ち上がり、彼女の元へ向かった。
「お前に対しては、何も恨みなんかない。でも……もう俺とは関わらない方がいい。
例えお前がどんなに俺を連れ戻そうとしても、もう戻れないんだよ。俺といると、お前もロクな人間にならない。だからもう、俺と会うのは、これで最後。
………自分の人生を、しっかりと楽しんでくれ。」
そう言って、石上は支払いを済ませてカフェから出て行った。
「待って!待ってよ優!!」
出て行く時に、一瞬だけ彼は私の方を見た。
うっすらと笑ってた。私に笑みを向けていた。けど、嬉しい気持ちは一切浮かばなかった。
なぜなら………人生に諦めをつけた目をして、彼は笑っていたから……。そして、その目でこう訴えかけてた気がした。
二度と俺を見るな。俺の事は、もう二度と考えるな。
そして………これからの人生を楽しく過ごしてくれ。