石上優はもう戻れない 作:顎髭
『おかしいのはアンタよ。』
何故あの時、彼を突き放してしまったのか。それもこれも全て、上辺だけでしか人間を見てこなかったからだ。どういう人間なのか、しっかりと見てこなかったから、あんな悲劇を起こしてしまったんだ。
『ほんと石上って最低だよねー!』
『何で停学で済んだわけ?』
『先生も甘過ぎない?』
その日から、石上優に対する嫌悪や罵声が止むことは無かった。中には、石上優の机や下駄箱に嫌がらせを行う者達もいたが……。
『(………こうなって、当然でしょ。)』
あの時の私は、腐るに腐ってた。いや、既に私も、そこら辺の人間達と同等に、腐ってたんだ。悪い人間になら、どんな仕打ちをしても別にどうともない。本気でそう思っていたんだ。
あの後、荻野コウは保健室に連れて行かれ、手当てを受けてもらったが、そこまで大した怪我ではなかった。当然その時の私は心配していたのだが、今思えば、私は真の悪人に手を貸していた様なものだった。愚かだとつくづく思うよ。
『大丈夫なの?』
『ああ…大丈夫。演劇には差し支えは無いってさ。』
『良かった………。』
『…………なあ……。』
『?』
『………石上君のこと、許してやってくれないか?』
『………えっ?』
『別に俺は、そこまで気にはしてないさ。殴ったことを謝ってくれればそれでいい。だから、京子も彼のこと』
『荻野君は優し過ぎるよ!何で許さなきゃいけないの!?例え土下座しても、あいつの事は絶対に許せない!!』
『京子……!』
今思えば、私は本当にとんでもない事を言ってたんだな……。そりゃ彼に、「死んで詫びても許さない」と言われるか……。ぐうの音も出ない。
私を守ってた人に対して、「土下座しても許さない」か……。馬鹿だ。本当に馬鹿だ。どこまで下劣なんだ私は。
更にその数日後には……。
『……あのさ………。』
『ん?』
『…………別れないか?』
『………え……………。』
『……いやさ……別に京子の事が嫌って訳じゃないんだ……。ただ……ちょっと時間に余裕が無くなってさ………。』
『何で……!』
『………ごめん。(もしかしたら…今度は容赦無くあの事を暴露される……!そうなったらマジで終わっちまう……!)』
突然別れを告げられたものだったから、あの時はどうしてという感情が強かった。その日以来、荻野コウと話す事はおろか、関わる事すらなくなってしまった。
その時の私は、まだ彼と関係を持っていたいと思っていたので、何故なのかが全く分からなかった。私が何か気に障るような事をした訳でもないから、別れる事となった原因がまるで分からなかった。
だが、日が経つにつれ、何故なのかが分かってきた。石上優だ。全て奴が変な事をしたから、荻野コウは別れを告げたんだ。全部アイツのせいだ。自分にそう言い聞かせるような感じで、私は原因を突き止めた。今思えば、ただ私は、何もかもを彼のせいにしたかっただけなのかもしれない。何の根拠も無いのに、彼のせいにすることで……。荻野が私に別れを告げたのも、ただ自分の悪行がバラされるのが怖かっただけなのに……。そりゃそうだ。何ヶ月もずっと引き籠もって謝りもしない奴が、自分の弱みを握っているのだから。いつバラされてもおかしくはない状況だったんだ。
というか、この時点で私は疑問に思うべきだったんだ。ストーカー被害に遭っていた自分の彼女を、守ろうともしなかった彼の姿勢を。いくら何でも薄情過ぎでは。何か後ろめたい事でもあったのではと。
そんな考えすら抱こうとしなかった。それ位、私は既に人間として堕ちていたのだろう。腐った見方しか出来なかったのだろう。恥ずかしい限りだ。
でも………。
『何で小島はあんな奴の肩持つのかな!?まるで理解出来ないんだけど!!』
『何が「どこまでも醜悪で腐ってて何よりだ」よ!!上から目線でさぁ……!!』
『証拠なんて、アイツが何も反論しないからに決まってんじゃん!!』
小島慶二郎。
『ミコちゃん。今日も石上のところに、課題届けるの?』
『しょうがないじゃない。誰もやりたがらないんだから。くだらない噂を鵜呑みにして……ほんと馬鹿みたい。』
伊井野ミコ。大仏こばち。
少なくともこの三人は、この時から既に、誰よりもまともな考えをしていた。なのに私達は……私達は……。
『早くやめてくんないかなー!マジで気持ち悪いんだけど!』
『戻って来たら戻って来たらよ。どの面下げて戻って来たんだって話よ。
ねー、京子?』
『本当だよ!全部アイツのせいで荻野君とも別れる事になってさぁ……!
……荻野君は許してやってくれって言ったけど………絶対に許さない。』
……本当に………愚かで醜かった。
「京子ー?ご飯よー。」
そんな事を頭に浮かべながらボーッとして、何時間経っただろうか。もう夕食の時間か。
「今行くー。」
………もしあの時、彼が学校をやめてしまったら………。それにより、荻野を野放しにしてしまったとしたら………だとしたら私は………。
「………………。」
………想像するだけでも、ゾッとするな………。
全て彼が守ってくれたから、今の私がいるのに……なのに私は………。
「………もっと彼の事を……ちゃんと見ていれば………。」
あの時、周りに同調せず、彼に救いの手を差し伸べていれば………。そうすれば………。