石上優はもう戻れない   作:顎髭

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そして伊井野ミコは下を向いた②

その日の朝に起こった事は、瞬く間に校内に広がった。

伊井野ミコが石上優に殴られた。

それを耳にした私は、自分が難聴になったのかと疑うくらいだった。一体、何がどうしたらそうなるのだ?

 

「聞いた聞いたー?一年の子が、女子を殴ったって。」

「聞いたそれ!」

「しかもその殴った子って、ほら……あの、一年で一番素行悪い……。」

「石上って子じゃない?」

「あーその子その子!たまに見かけるけど、マジで怖いよ!」

「前髪からチラッと見える目が特にねー!」

 

先輩の間でも、もう広まってるのか……。

その日の事件より前からも、石上君は悪い意味で有名だった。どこから聞いたかは分からないが、次に問題行動を起こしたら退学処分になるのではと、最近では噂されていた。

そんな噂が広まってた矢先に、あんな事が………。

 

「いくら何でも……ねぇ……。」

「女子を殴るのはちょっとどうなの……。」

 

今回の件、彼には申し訳無いが、完全に悪いのは石上優である。詳細を会長から聞いたところ、伊井野ミコはただ、石上優の遅刻を注意していただけであった。そして彼は彼女を鬱陶しいと思い、耐えかねて暴力として表に現れてしまった。

というか、彼自身がそう話していたらしい。「ただ伊井野がウザかった」「黙らせようと思って、つい手が出てしまった」みたいな事を証言したみたいだ。

当然の如く、石上優は停学処分となった。普通なら短期間の停学で済むのだが、彼の場合、以前からも問題行動を起こしていた為、更に罰が重くなってしまった。その為、1ヶ月の停学処分と原稿用紙5枚にも及ぶ反省文が課せられた。これまでの非行も含めて、まとめて反省をしてもらうつもりなのだろう。

 

「………………。」

「………大友さん?」

「ふぇあ!?」

 

四宮さんに突然呼ばれて、間抜けな声が出てしまった。

 

「会計作業に集中出来ていない様ですが……、どうかしましたか?」

「す、すみません。つい考え事を………。」

「……………やはり、石上優の事ですね。」

「!」

「……今回の件ばかりは、流石に彼が全て悪いです。伊井野ミコの方も、言い過ぎた発言をしてたとはいえ、暴力はどんな理由があっても、絶対にいけません。

 実際、彼自身も今回に関しては反省をしているみたいですが………ただ………。」

「ただ?」

「…………いえ、何でもありません。」

 

何か言いたそうな感じだったが、四宮さんは職務に戻った。

 

「………………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫?伊井野?」

「まぁ………。」

 

夕日で薄暗くなっている道を、伊井野と小野寺は歩いていた。

 

「それより、麗ちゃんいいの?今日って確か、他の人との予定あるんじゃ……。」

「いいよ。怪我した友達をほっとくなんて、出来ないよ。心配じゃん。」

「……ありがと。」

「………………。」

 

 

 

『………ねぇ麗………。』

『?』

『……最近さ、噂されてるよ?伊井野と一緒にいる事……。』

『何か、「孤立してる奴に構って、先生からの評価上げようとしてるんじゃ」って………。』

『………………。』

『……私達の方から、何か言っておこうか?』

『………いや、いいよ。気にするだけ無駄だし。

 それに………誰が何と言おうと、伊井野は私の友達だよ。』

 

 

 

そう思われても仕方は無い……か……。

ただでさえ伊井野は、学年からの評判が良くない。正直、私自身も最初はそうだった。自分の主張ばかり押し付けて、相手の意見を聞こうともしない。そんな彼女の態度が嫌で仕方がなかった。

でも、彼女は不器用なだけだ。皆がやりたがらない事を率先してやるし、陰で頑張っている。私達が、彼女のその頑張りに気付こうとしなかったんだ。

 

「………麗ちゃん?」

「!」

「どうしたの?私に、何かついてる?」

「ああいや……別に……。ただ………可愛いなぁ〜って……。」

「ふぇっ!?か、かわ………。」

「………フフッ。」

 

しどろもどろする伊井野を見て、小野寺は思わず吹き出した。

こういうポンコツなところもあるから、伊井野は可愛いんだよなぁ〜……。

まあでも、ポンコツが度を超える事もザラにあるが。

 

「もー麗ちゃんー!」

「ははは………。」

「………………。」

「………怖いの?」

「………え?」

 

今の伊井野の顔は、友達の小野寺とたわいもない会話をして嬉しい顔だ。だが、それと同時に小野寺は、伊井野が何かを無理矢理抑え込んでいる様な感じがした。

 

「………な、何が………?」

「………この際言って欲しいんだ。

 ………周りの人達が………怖いんじゃない?」

「え……一体……どういうこと………?」

「誤魔化さないで。」

「………………。」

「もし……本当に怖くないって言うんならさ……、私の目を見てはっきりそう言って。」

 

小野寺は伊井野の肩を掴み、伊井野の目を見た。

 

「………………。」

「………もう。ヤダなぁ麗ちゃん。平気だよ。タダでさえ周りからあーだこーだ言われてるだから。もう言われ慣れたよ。あんな奴らの言う事なんて、無視すればいいんだよ。心配し過ぎ。

 だから、怖いなんてそんな感情無いよ。」

 

伊井野はニッコリと笑った。

 

「………………。」

「麗ちゃんらしくないよ。そんなに何かに心配するなんて。」

「……なら…………いいけど……。ごめん。」

 

小野寺はゆっくりと伊井野の肩から手を離した。

 

「……でも、あんま溜め込まない方がいいよ。本当に辛くなったら、誰かに相談しな。」

「大丈夫だよ。来月には選挙もあるし、クヨクヨなんかしてられないよ。」 

「そっか……。」

 

それなら……それでいいが………。

 

「じゃあねー!」

「また明日ねー。」

 

手を振って、笑顔でさよならを言っている伊井野だが、やはりどうしても何かを抑え込んでいる感じがする。

どうしても言えない事情があるのかどうかは分からない。だが、少なくとも今日の件と関係している事は確かな気がした。

 

「………………。」

 

伊井野の後ろ姿を見て、小野寺は少々心配だった。

 

「…………ごめんね……麗ちゃん……。」

 

そして伊井野は、先程小野寺に向けていた笑顔が嘘かの様に、表情は暗く、目に涙を少し浮かべていた。

 

 

 

『でもある意味石上には感謝かもー。』

『分かるそれー。』

『本当に伊井野ってくだらない事で口うるさいもんねー。』

『石上に殴られてスカッとしたわ。』

『てかさ、聞いた?伊井野のやつ、また生徒会長に立候補するみたいよ。』

『馬鹿だよねーあいつも。あんなに恥ずかしい思いして、まだ懲りずにさー……。』

『ここまでくると笑えるよねぇー!ハハハハ……!』

 

 

 

「………………。」

 

保健室で殴られた箇所の手当てをしてもらい、休んでた時に聞こえた同学年の声。

いつも陰からずっと言われ続けてきたが、今日の件が更に傷を抉る様な感じがして、とても辛かった。

そして………。

 

『……はっきり言って、目障りだ。消え失せろ。』

 

一学期の頃に石上に言われた一言を思い出してしまった。

 

「………………。」

 

耐えようとしても、それに反する様に涙が出てしまう。

辛い。もう学校に行きたくない。

今の伊井野の心は、そういった感情でいっぱいだった。

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