石上優はもう戻れない 作:顎髭
その日の朝に起こった事は、瞬く間に校内に広がった。
伊井野ミコが石上優に殴られた。
それを耳にした私は、自分が難聴になったのかと疑うくらいだった。一体、何がどうしたらそうなるのだ?
「聞いた聞いたー?一年の子が、女子を殴ったって。」
「聞いたそれ!」
「しかもその殴った子って、ほら……あの、一年で一番素行悪い……。」
「石上って子じゃない?」
「あーその子その子!たまに見かけるけど、マジで怖いよ!」
「前髪からチラッと見える目が特にねー!」
先輩の間でも、もう広まってるのか……。
その日の事件より前からも、石上君は悪い意味で有名だった。どこから聞いたかは分からないが、次に問題行動を起こしたら退学処分になるのではと、最近では噂されていた。
そんな噂が広まってた矢先に、あんな事が………。
「いくら何でも……ねぇ……。」
「女子を殴るのはちょっとどうなの……。」
今回の件、彼には申し訳無いが、完全に悪いのは石上優である。詳細を会長から聞いたところ、伊井野ミコはただ、石上優の遅刻を注意していただけであった。そして彼は彼女を鬱陶しいと思い、耐えかねて暴力として表に現れてしまった。
というか、彼自身がそう話していたらしい。「ただ伊井野がウザかった」「黙らせようと思って、つい手が出てしまった」みたいな事を証言したみたいだ。
当然の如く、石上優は停学処分となった。普通なら短期間の停学で済むのだが、彼の場合、以前からも問題行動を起こしていた為、更に罰が重くなってしまった。その為、1ヶ月の停学処分と原稿用紙5枚にも及ぶ反省文が課せられた。これまでの非行も含めて、まとめて反省をしてもらうつもりなのだろう。
「………………。」
「………大友さん?」
「ふぇあ!?」
四宮さんに突然呼ばれて、間抜けな声が出てしまった。
「会計作業に集中出来ていない様ですが……、どうかしましたか?」
「す、すみません。つい考え事を………。」
「……………やはり、石上優の事ですね。」
「!」
「……今回の件ばかりは、流石に彼が全て悪いです。伊井野ミコの方も、言い過ぎた発言をしてたとはいえ、暴力はどんな理由があっても、絶対にいけません。
実際、彼自身も今回に関しては反省をしているみたいですが………ただ………。」
「ただ?」
「…………いえ、何でもありません。」
何か言いたそうな感じだったが、四宮さんは職務に戻った。
「………………。」
「本当に大丈夫?伊井野?」
「まぁ………。」
夕日で薄暗くなっている道を、伊井野と小野寺は歩いていた。
「それより、麗ちゃんいいの?今日って確か、他の人との予定あるんじゃ……。」
「いいよ。怪我した友達をほっとくなんて、出来ないよ。心配じゃん。」
「……ありがと。」
「………………。」
『………ねぇ麗………。』
『?』
『……最近さ、噂されてるよ?伊井野と一緒にいる事……。』
『何か、「孤立してる奴に構って、先生からの評価上げようとしてるんじゃ」って………。』
『………………。』
『……私達の方から、何か言っておこうか?』
『………いや、いいよ。気にするだけ無駄だし。
それに………誰が何と言おうと、伊井野は私の友達だよ。』
そう思われても仕方は無い……か……。
ただでさえ伊井野は、学年からの評判が良くない。正直、私自身も最初はそうだった。自分の主張ばかり押し付けて、相手の意見を聞こうともしない。そんな彼女の態度が嫌で仕方がなかった。
でも、彼女は不器用なだけだ。皆がやりたがらない事を率先してやるし、陰で頑張っている。私達が、彼女のその頑張りに気付こうとしなかったんだ。
「………麗ちゃん?」
「!」
「どうしたの?私に、何かついてる?」
「ああいや……別に……。ただ………可愛いなぁ〜って……。」
「ふぇっ!?か、かわ………。」
「………フフッ。」
しどろもどろする伊井野を見て、小野寺は思わず吹き出した。
こういうポンコツなところもあるから、伊井野は可愛いんだよなぁ〜……。
まあでも、ポンコツが度を超える事もザラにあるが。
「もー麗ちゃんー!」
「ははは………。」
「………………。」
「………怖いの?」
「………え?」
今の伊井野の顔は、友達の小野寺とたわいもない会話をして嬉しい顔だ。だが、それと同時に小野寺は、伊井野が何かを無理矢理抑え込んでいる様な感じがした。
「………な、何が………?」
「………この際言って欲しいんだ。
………周りの人達が………怖いんじゃない?」
「え……一体……どういうこと………?」
「誤魔化さないで。」
「………………。」
「もし……本当に怖くないって言うんならさ……、私の目を見てはっきりそう言って。」
小野寺は伊井野の肩を掴み、伊井野の目を見た。
「………………。」
「………もう。ヤダなぁ麗ちゃん。平気だよ。タダでさえ周りからあーだこーだ言われてるだから。もう言われ慣れたよ。あんな奴らの言う事なんて、無視すればいいんだよ。心配し過ぎ。
だから、怖いなんてそんな感情無いよ。」
伊井野はニッコリと笑った。
「………………。」
「麗ちゃんらしくないよ。そんなに何かに心配するなんて。」
「……なら…………いいけど……。ごめん。」
小野寺はゆっくりと伊井野の肩から手を離した。
「……でも、あんま溜め込まない方がいいよ。本当に辛くなったら、誰かに相談しな。」
「大丈夫だよ。来月には選挙もあるし、クヨクヨなんかしてられないよ。」
「そっか……。」
それなら……それでいいが………。
「じゃあねー!」
「また明日ねー。」
手を振って、笑顔でさよならを言っている伊井野だが、やはりどうしても何かを抑え込んでいる感じがする。
どうしても言えない事情があるのかどうかは分からない。だが、少なくとも今日の件と関係している事は確かな気がした。
「………………。」
伊井野の後ろ姿を見て、小野寺は少々心配だった。
「…………ごめんね……麗ちゃん……。」
そして伊井野は、先程小野寺に向けていた笑顔が嘘かの様に、表情は暗く、目に涙を少し浮かべていた。
『でもある意味石上には感謝かもー。』
『分かるそれー。』
『本当に伊井野ってくだらない事で口うるさいもんねー。』
『石上に殴られてスカッとしたわ。』
『てかさ、聞いた?伊井野のやつ、また生徒会長に立候補するみたいよ。』
『馬鹿だよねーあいつも。あんなに恥ずかしい思いして、まだ懲りずにさー……。』
『ここまでくると笑えるよねぇー!ハハハハ……!』
「………………。」
保健室で殴られた箇所の手当てをしてもらい、休んでた時に聞こえた同学年の声。
いつも陰からずっと言われ続けてきたが、今日の件が更に傷を抉る様な感じがして、とても辛かった。
そして………。
『……はっきり言って、目障りだ。消え失せろ。』
一学期の頃に石上に言われた一言を思い出してしまった。
「………………。」
耐えようとしても、それに反する様に涙が出てしまう。
辛い。もう学校に行きたくない。
今の伊井野の心は、そういった感情でいっぱいだった。