石上優はもう戻れない 作:顎髭
段々と夏の暑さが和らいでいくのが、時が経つにつれて感じられた。
もうすぐ10月か。そして、あと一週間くらいで停学が明けるのか……。
三週間前、僕は伊井野を殴った事により、停学となった。今までの素行不良行動も対象となり、1ヶ月及び原稿用紙5枚分の反省文が課せられたが、はっきり言って、5枚も書く事なんか無いわ。
くだらない事をいちいち掘り返して、そこまでして僕を追い込むのが好きかね………。
これをいい機会に、学校をやめようかとは思ったが、何度も言うように、退学後のプランが何も無い。だから、学校にはまた通う予定だ。
それにしてもだ………何故こうも僕は未熟なんだが。あの時、感情的になったら負けだと学んだはずだろ……。本当に僕は………馬鹿だ。
「………ん?」
下の階から電話が鳴っているのが聞こえた。この時間帯は誰もいないから、仕方無く僕が出る事になった。
「……もしもし。」
「石上だな?」
担任からだ。
「……明日、放課後に学校に来るんだ。」
………は?
「……伊井野が、お前と二人で話をしたいらしい。」
「………………。」
「………………。」
学校内のとある一室。そこには石上と伊井野しかいなかった。
数分前、石上は担任に指示された部屋に入り、そこで伊井野と話をする様にと言われた。時間は許す限り設けられたものの、先程から沈黙がずっと続いている。
伊井野も伊井野だ。自分から話したいと言っといて、何故ずっと黙り込んでいるんだ……?
「………おい。」
「!」
伊井野は体をビクッとさせた。
「話がしたいって誘ったのはそっちだろ?何さっきからだんまりしてんだ?何もないんなら帰るけど?」
「待って。」
「………………。」
ため息をついて、石上は再び席についた。
「…………で?出来る限り手短に頼む。」
「…………私の………どこが苛ついたの?」
「はぁ?」
「どこに苛ついて………私を殴ったの?」
伊井野は顔を下に向けたまま、石上にそう尋ねた。
「…………はぁ……。何かと思えば、やっぱり3週間前のことかよ。
あれに関しては、流石に俺もやり過ぎたと思ってる。でも、お前もお前だからな?
人の意見を聞こうともしないで、ただ一方的に『あれは駄目』『校則違反だから駄目』とか、はっきり言ってマジで耳が痛くなるわ。何様のつもりなんだよ?いつからお前はそんなに偉くなったんだよ?そんなんだから、いつまでも孤立したまんまなんだろ?だからいつまで経っても、誰からも受け入れられないんだろ?」
「………………。」
涙が出そうなのを、必死に堪えていた。
だが、その通りだ。彼の言っている事は、何も間違ってなどいない。正論中の正論だ。
規則に順守し過ぎて、人の気持ちをまるで考えなかった。中等部時代に、髪の色が派手な生徒を注意した事があった。だが彼女は、元々の髪の色がこれだ、これは地毛だと主張してきた。実際そうだったのだが、私は彼女の聞く耳を持たずに、元の髪の色に戻せとしつこく言ってしまった。
これを機会に、彼女は私に対して異常な嫌悪感を示す様になってしまい、その時から既に酷かった嫌がらせが更に酷くなってしまった。
今思えば、全て私の自業自得だ。
「耳障りだし目障り。お前のそういった姿勢がウザ過ぎた。だからお前を殴った。それだけだよ。」
「………………。」
「………お前さ………やっぱ意気地無いよな?」
「!」
「いつもは俺らにあーだこーだ言ってるくせして、ちょっと睨みや圧力かけたらビビるしさ……。まさに今回の件がいい例だよ。
風化委員だからって、学年一位だからって偉そうにすんのも大概にしろよな。所詮お前は、そんな程度の人間だってことだよ。」
「………………。」
駄目だ。どうしても涙が出てしまう。
ただでさえあの件から、同学年からの陰口が酷くなっているのに、追い討ちをかけるかの様な石上の発言に、いよいよ耐えられなくなってきた。
分かっている。全て私の傲慢さが招いた事だ。他者に耳を傾けなかった私のせいだ。でも、いざ真正面でそれを言われると………。
「……まさかだとは思うけど………お前生徒会長に立候補するつもりじゃないよな?」
「………………。」
「……あんだけ恥ずかしい思いしてでも、まだ諦め切れない訳?一体どういう精神してんだが……。」
石上は大きくため息をついた。
やはりこいつはただの馬鹿だ。あれだけ恥ずかしい思いをしてるのに、懲りずにまた恥ずかしい思いをしようとしている。いつもはあれだけギャーギャーやかましい奴が、公然の前ではビビって怯む子犬同然の奴。
勉強だけ出来る馬鹿とは、まさにこいつに似合う言葉だ。
「………………。」
「………話したい事はそれだけか?なら、もういいかげ」
「ありがと。」
今まで黙って泣いていた伊井野が口を開いた。
「………これで…………諦めがついた。」
「?」
「………皆の言う通りだよね。いつもは頭ごなしに注意してばかりの奴が、周りから信頼なんかされないよね………。そうだよね……。
だから石上………。」
伊井野は立ち上がり、顔を上げた。
「………………私が馬鹿だって事に気付かせて……くれ…て………ありがと……。」
今にも泣き崩れんばかりだった。でも、伊井野は泣きながらそうなるのを堪えて、石上に対してそう言った。
何故もっと早く気付かなかったのだろう。私なんか、一番上に立ってはいけない人間だ。他者の意見を否定してばかり。自分の主張しか認めない。だから私は、石上にあの時殴られたんだ。だからあの時周りから、「ざまぁみろ」と言わんばかりの視線を向けられたんだ。
全て………私が招いた事だった。
「………………。」
冷たい視線を向けて、石上は退室した。
無様な私の泣きっ面を見て、彼は何を思っただろうか。あの冷たい眼差しには、どんな感情がこもっていただろうか。
まあでも、そんな事はどうでもいい。こんな無様な状態になったのも………全部私が原因なんだから。
とうとう耐えきれず、伊井野はその場で泣き崩れてしまった。
今まで、皆の意見を聞かないで、自分の主張ばかり押し付けてしまって、ごめんなさい…………。
下校時間になっても出てこない伊井野を心配して、駆け付けた教員に連れられるまで、伊井野はそこでずっと涙を流し続けていた。