石上優はもう戻れない 作:顎髭
【やはり嫌な予感は的中する】
体育祭。僕が一番忌み嫌う行事だ。
たった一日の為に、毎日朝早くに学校に来て、放課後も残って応援練習。ダルい事この上なかった。サボればクラスの応援団員からのお説教。別に僕なんかいなくても成り立つだろ。お前らで勝手にやってろよ。馬鹿らしい。
ああそうだそうだ、応援団だよ。心から気持ちが悪い。陽キャが集まるに集まった、僕みたいな日陰者が足を踏み入れていい場ではない。自分らだけ盛り上がるに盛り上がってワーキャーワーキャー……。キメェ。ウゼェ。消え失せて欲しい。
サボるつもりだった。体育祭の日は、ゲーセンでも行って暇を潰すつもりだった。
「みんなアゲてくよぉー!!」
「「イェェェェェイ!!!」」
………………はずだったのに………。
朝のホームルームで、クラスから応援団員を決める事となったが、男子からは誰も立候補者がいなかった。その為、くじで決める事となったが、まさか自分が当たるなんて思ってもいなかった……。断るにしても、誰もやる気じゃなかったし、誰かに代わりを頼んでも避けられるのがオチだ。
あの時、伊井野に暴力をふるったことがきっかけで、女子だけでなく男子や先輩達からも恐れられる様になってしまった。今や、秀知院一の不良というレッテルまで貼られている。
校内で何か事件があれば、「石上がやったんじゃ」「絶対あいつだよ」とか、まぁ根も葉も無いことばかり。
まあでも、もうすこぶるどうでも良くなったな。あいつらはゴミだ。生ゴミ並に性根が腐ってるゴミクズ。そんなゴミに何言われても、もう何とも思えない。「ゴミがまたビービー喚いてるよ」と憐みの目を向ける事しか、僕もしなくなっていた。
それにしても………。
「団長は風野でオケマル?」
「「オケマル〜!!!」」
バカウゼェ………。
うちのクラスの小野寺も、何か気まずそうな感じ出してこっちをチラチラ見てるしよぉ……。何か言いたいことあるなら言えば?
「………………!!」
とある女性を目にした瞬間、僕は逃げる様に部屋から出ようとした。
子安つばめ。マジでこの人とは二度と関わりたくなかった。まさか同じ組だったなんて……。僕自身応援団に入るなんて思ってもいなかったし、正直嫌な予感はしてた。だが、やはり予感は的中した。最悪だ。今すぐにでも学校を辞めたいくらいだ。
幸い、皆赤組のスローガンを決めるのに群がっていた為、誰も僕が部屋から出て行ったのに気付いていなかった。このまま誰の目にも止まらず、サボり続けよう……。自然に僕の存在なんて忘れてくれるはず……。
「…………これ機会に学校辞めるか……?」
ふとそんな事が頭によぎったが、そんな事で辞めるなど流石に馬鹿らしい。幼稚園児じゃないんだから………。
しかしだ……。自然に僕を忘れてくれるとさっき思ったものの、一人例外がいる。……まさか子安つばめがいるなんて……。僕の経験上、どこかでサボってても、あの人なら嗅ぎ付けて僕を誘ってくるはずだ………。つくづくツイてないな……。どうしたものか………。
ため息をつき歩く石上を、後ろからとある人物が見ている事には、石上本人は気付いていなかった。
【小野寺麗はもう見たくない】
「ふぅ………。」
部活を終えて、小野寺は帰宅の準備をしていた。遅くまで練習していた為、今日は一人で下校することとなっていた。
「………………。」
石上優。たまたまくじで一緒に応援団になったものの……。多分、いや、絶対石上は応援練習をサボるつもりだ。それ以前に、彼自身私やつばめ先輩達と一緒にいること自体嫌だろう。
誰か代わりを見つけた方がいいのかな……。けど、明らかに私達同学年の者を拒絶している彼に話しかけても……。
「………………ん?」
誰かが自分の教室に入っていくのが目に見えた。
こんな時間に一体何なんだ……?忘れ物か?
気になり小野寺はそっと教室の中を見た。
「………………!」
中にいたのは、伊井野だった。
「………………。」
あれから何日経っただろうか。伊井野はあれからすっかり表情も暗くなり、いつも教室では自分の席にいて、勉強ばかり……。
だが、変化は伊井野だけには現れなかった。伊井野が大人しくなったのをいい事に、クラスメイトからの嫌がらせがエスカレートしていったのだ。このままではまずいと思ってはいたが………。
『………もう、話しかけてこないで………。これ以上、私を苦しめないで………。』
あんな事を言われては………。
あれから、すっかり大仏さんも伊井野と話さなくなった。完全に伊井野は、一人になった。いや、自分から孤独を選んだんだ。私達が不当に傷付けられるのを見たくないから。自分の身より、友達の身を優先したんだ。
けど…………。
「………………。」
机にされた落書きなどを落としている伊井野を見て、小野寺は……。
「………………。」
手を差し伸べようとは思った。けど、それでまた伊井野に拒絶でもされたらどうしよう……。
小野寺は迷った。理不尽な目に遭っている彼女を助けるか、彼女の意思を尊重するべきか。
「…………ごめん。」
数分考えるに考えて、小野寺は決意した。
伊井野。確かあの時、私や大仏さんが不当に傷付けられるのを見たくないって言ってたよね?
………それはこっちも同じだよ。あんたが不当に傷付けられるのを、もう私は見たくない。
「…………伊井野。」
体をピクッとさせて、伊井野は振り向いた。
「……………どうしたの?忘れ物?」
「…………そうなんだけど……さ………。」
ゆっくりと教室の中に入っていく。
「………………。」
小野寺が近づいてくるにつれ、教室の空気が重くなるのがよく分かった。
「…………手伝うよ。一人じゃ大変でしょ?」
「…………………。」
伊井野は黙って、再び落書きを消し始めた。
「…………一つ質問していい?」
伊井野は黙ったままだった。
「…………私の事、もう嫌いなの?」
その問い掛けを耳にしたと同時に、ピタリと伊井野の動きが止まった。そして数秒経って、伊井野は体を小刻みに震えさせた。
「……………うっ………。」
歯を食いしばり、伊井野は涙を流した。
「………今…でも………麗ちゃんの事は……大好き…だよ……。だけど………だけど………!」
「『私のせいで、不当に傷付けられるのを見たくない』」
「!!!」
小野寺は伊井野に優しく抱きついた。
「…………そんなの……私も同じだよ………。どんな理由があっても、こんなの不当過ぎるでしょ……。」
いつからか、小野寺の目は潤んでいた。
「そうやってずっと耐えるつもりなの?そうやってずっと一人でいるつもりなの?何でもっと…………自分を大切にしないのさ……?」
「……だって………私のせいで………!!」
「……じゃあ、今のこの状況も『私のせい』なの?」
「………………。」
伊井野は首を縦に振った。
「……机に落書きされるのも、皆から悪口言われるのも、物を隠されるのも、全部自分のせいだって………。そんな訳ないじゃん!!」
「!!」
「………私がこんな事言う資格無いと思う……。私だって、伊井野の事ずっと悪く言ってたし……。でも……アンタはそんなの一切気にしないで、私と接してくれて……さっきも私の事、今も大好きって言ってくれた……。どれだけ嬉しかったと思う……?」
「……………。」
「頼ってよ………。辛かったら『辛い』って言ってよ………。アンタは何でこうも………他人重視なのさ………。」
小野寺は下を向いて、細々とした声でそう言った。
「………………。」
麗ちゃんのこんな姿を見るのは、恐らく最初で最後だろう。いつも凛としてる麗ちゃんが、こんなに涙を流してるなんて……。私はなんて馬鹿な人間なんだ………。余計に悲しませてるだけだったんじゃないか………。
「………いいの………?私なんかが………友達でいいの……?」
「………何当然な事言ってんのさ……。」
「………………。」
声を出して泣いたのは、幼等部時代以来だ。何故こうももっと早くに気付かなかったんだが………。更に麗ちゃんやこばちゃんを傷付けてただけだったなんて……。こばちゃんにも謝らなきゃ。
「……そうだ。もう、風紀委員会やらないの?」
「えっ………。」
一ヶ月前の出来事が脳裏に浮かんだ。
石上優のあの目。同学年からの「ざまぁみろ」と言わんばかりの眼差し。正直、また同じ目に遭うのでは……。
「…………駄目な部分なら、後で直せばいいじゃん。そうすりゃ、皆の見る目も変わると思うよ?」
「………………。」
私の何が駄目だったのか。あの時、どんな言葉をかければ良かったのか。あの日からずっと考えさせられた。
けど、今やっと分かったし、どうすればいいか分かったよ。駄目な部分は直せる。他人の立場になって考えるんだ。どうすれば不快な思いをしなくて済むかを、しっかりと考えればいいんだ。
「……まあ、すぐに直るとは言えないからさ、アンタがまたキツい事言いそうになったら、私がフォローするよ。」
「……えっ?そ、それって…どういう……。」
「………私も、風紀委員会に入ろうかな……。」
「えっ!?」
「弟と妹の喧嘩毎日止めてる様なもんだからさ、どう注意すればいいのかってのは自信あるんだ。
伊井野がまた行き過ぎた事言いそうになったら、私や大仏さんがフォローするからさ。頑張ろうよ。」
「……でも、そうしたらまた麗ちゃん……。」
「いいよ別に。」
偽善振りやがって。そう思ってる人間もいるが、それもごく一部の人間達だけだ。そんなのに屈する程、私は脆くなんかないよ。
でも、それでもだ。それで伊井野の涙をもう見なくて済むのであれば……。伊井野の事をしっかり見てくれる人間が増えるのであれば……。
体育祭編に突入し、物語も終盤へと近づいて来ました。
そこで私から、一つ皆様に報告があります。
「石上優はもう戻れない」終了後、新作「石上優は再び闘う(仮)」を投稿予定です。
投稿日時はまだ未定ですが、新作の方もご愛読いただけたらと思っております。
引き続き、「石上優はもう戻れない」をよろしくお願いします。