石上優はもう戻れない 作:顎髭
「…………成る程な………。」
大友から全ての事情を聞いた。
平気であんなことをする人間とは思っていなかったが、やはり……。
「………こんなの……酷すぎる……。」
「…………恐らくだが、恐喝を行ったのも……神部にスリを行うよう指示したのも……奴らだろうな。」
「……会長達も、その線で調べてる。何で神部くんがあんなことをとは思ったけど……まさか……。」
あの後、私達は神部くんから全てを聞いた。自分が何故スリを行ったのか。そして、自身がどうして今の状況になってしまったのか。
それを聞いたときは、まあ怒りしか湧き上がってこなかった。卑怯。下劣。最低。ありとあらゆる悪意が込み上がってきた。勿論、神部くんに対してではないが。
「………となると、後は証拠を集めれば、この事件は一件落着だな。」
「………けど……。」
悠長になんかしていられない。石上優の退学処分まで、あと三日だ。それまでに、何としてでも無実を証明しなければ………。
「………人手が足りんな。」
「えっ?」
「今までは、生徒会と俺とで調査を行ったが、五人だけでは間違いなく間に合わない。より多くの協力者が必要だな。」
「……小島くん……それって……。」
「……多くの人脈あるお前だからこそ出来ることだ。分かるな?」
そういうことね………。けど……。
「………ほとんどの人が、石上くんのことを『早く出て行け』と思ってそうだし、何より………。」
「何より?」
「………この事が公になったら、秀知院全体がまた……。」
ただでさえ、1学期の騒動で秀知院の世間的評判は右肩下がりだ。それなのに更に追い討ちをかける様に、今回の事件が起きた。風評被害はもっと酷くなるはずだ。
そうなる危険があるのに、自分達に手を貸してくれる人間がいるのかどうか………。
「………確かにな。……けどまぁ、仕方がないだろ。」
「えっ?」
「そうなって当然のことを、今までやってきたんだからな。教師も教師だ。さっさと石上を犯人にして、追い出したい一心だ。真実なのか虚偽なのかも考えずに、ただ奴を追い出したい一心で………。ヘドが出そうな醜さだ。」
「………小島くん………。」
「それに、全員がそうだという訳ではない。元々校長も、この事件には懐疑的だった。必ず何人か、あの事件について懐疑的な目を向けている人間がいるはずだ。可能性は限りなくゼロに近いが、完全にゼロではない。お前の思い当たる人間だけでいい。なるべく多く集めて欲しい。」
「………………。」
やるだけやってみるか……。
「……分かった。」
「………なら、後はお前達で出来るだろう。俺は少し、神部と石上と話をしてくる。」
「えっ?で、でも、一体何を……?」
「………そんな大したことではない。まあ、最悪泣かせてしまうがな。」
何が「大したことないだ」よ………。
「……あんまり……手厳しいこと言わないで……ね……?」
「………………。」
小島は黙ってその場から立ち去った。
「何か言ってくれない!?」
「…………はぁ………。」
また取り調べか………。この部屋に入るのも10回目だぞ。早いところ犯人を見つけていただきたいモンだよ……。
けど、小島が「お前に会わせたい奴がいる」って言ってたけど……誰のことだ……?
「……待たせたな、石上。」
小島が入室してきた。
「………だいぶくたびれてる様だな……。だか安心しろ。しっかりと、真実には近付いている。もっと言うなら、あともう少しだ。」
「……もう少し……か……。」
「それよりもだ……。おい、入れ。」
小島に続いて、ある男が入ってきた。
その男の顔を見た途端、石上は席から勢いよく飛び出して、その者の胸ぐらを掴んだ。
「お前……!!」
「うぐっ……!!」
「よせ。」
石上の手首を掴み、冷静になるよう小島は促した。
苛立ちに任せ、神部を壁にぶつけると、舌打ちをして石上は席に戻った。
「………………。」
「………まさかだとは思うけど、お前……謝りに来たのか?」
睨みを効かせてそう尋ねた。
「………それもそうだけど………。」
「………今更何ノコノコ頭下げに来たんだよ……チッ。」
「……けど石上。今回こいつを連れてきたのは、それだけではない。」
小島は壁に寄りかかって座っている神部の手を取り、席に座る様に促した。
「………こいつは、『加害者』でもあり『被害者』でもあることを、知ってほしくてな……。」
「………はぁ?」
まるで訳が分からなかった。
お前あの時言ったよな?「悪に対しては一切容赦はしない」って……。
「………………。」
「………神部。お前の口から言うんだ。」
「えっ……!で、でも……!!」
躊躇う神部の胸ぐらを小島は掴んだ。
「勘違いするなよ?さっきお前のことを『被害者』でもあると言ったが、それはあくまでも大友や会長達からして、だからな?俺からすればお前など、無実の人間を潰そうとした『加害者』なんだからな?
自分の不始末くらい、自分でケジメをつけろ。いい加減、いつまでも被害者気取りをするのはやめろ。いいな?」
小島の眼光に、涙が出そうだった。
「は、は……い………。」
神部は涙を浮かべながらそう言った。
「………………。」
「…………石上くん……。全部、家族のためだったんだ………。」
「家族?」
「………僕の会社なんだけど……数年前から結構ヤバい状態なんだ……。でも、ある日突然、経営成績がグンと上がって、今では不自由なく経営出来てるんだよ……。」
「………それが何だって言うんだよ?」
「………不思議だと思って調べてみたら………親会社から送られていた、不正な寄付金を使ってたんだよ………。
しかもその親会社の社長の息子が………。」
『おい神部〜!あの時親父さん、俺の親父と約束したよな?「多額の寄付金やる代わりに、全部こっちの言いなりになれ」ってよ!
だーかーらー、お前一生俺の奴隷な?逆らうなんてバカな事考えんなよなぁ〜?寄付金切られて、またピンチになっちまうもんなぁ〜!はははは………!!』
「………父さんはあの時、向こうの社長さんと取引をした上で、寄付金を貰ってた………。でも、そのお陰で僕らはずっと、奴らの言いなりだった………!
会社の経営方針も、全部親会社のあいつらに………。父さんにやめるよう言おうと思った………けど………!!」
神部は下を向いて涙を零した。
「………そうしたら………今度こそ………。」
「………………。」
成る程ねぇ………。
「……そんな時、あいつらに指示されたんだ………。」
『おい。ちょっと手伝えや。』
『て、手伝うって……何を………。』
『……石上への復讐だよ。
あいつがあん時告発したもんだから、あれからずっと荻野と連絡が取れねぇんだよ。お陰で遊びたくても遊べねぇんだよ……クソが。』
『そんでだ。お前、今からあいつらの財布、スってこい。』
『えっ!?な、何で……!』
『しばらくスリやって、頃合いを見て、石上をスリの犯人にでっち上げる。その間に俺らも、いい奴ら見つけて財布をぶん取る。そして、その犯人も全部、石上にする。
当然………協力してくれるよな……?』
『………………。』
『………さっさと「はい」って言えやカスが!!』
『ぐはぁ……!!』
「………嫌だなんて、言える訳なかった………。逆らえない……逆らったら……家族が………。」
「………それで俺をでっち上げた訳か………。」
石上は首を上に上げて、大きくため息をついた。
「…………………。」
何十秒か沈黙が続いた。
そして、目線を神部の方へ向けると、勢いよく机を神部に向かって蹴り飛ばした。
神部は蹴られた机の勢いで、後ろに倒れ込んだ。
「おい石上!!」
「…………チッ。マジで胸糞悪いわ。
じゃあ何だ?自分の家族のためなら、何しても構わないって言いたいのか?逆らうのが怖かったから、全部あいつらの指示通り動いたって言いたいのか?
………お前、どんだけ甘ったれてる訳……?お前だけが辛い思いしてると思ってるのか?お前以上に辛い思いしてる人なんて、ごまんといるんだぞ?……ただ単に『仕方なかったから、許して下さい』って言ってる様にしか聞こえないんだけど……。」
「ごめんなさい…ごめんなさい……!!」
泣きじゃくりながら神部はその場で土下座した。
「……小島。これのどこが被害者だって言いたい訳……?結局のところ、他人にすがるしか道が無かった、こいつの親父さんが全部の原因だろ……?全部、こいつらの自業自得だろ。」
ぐうの音も出なかった。
あの時、父さんにやめるように言うべきだった。もっと、他の道があるはずだと説得するべきだった。けど、僕はそれをしなかった。会社が潰れるのが怖くて……自分が潰れてしまうのが怖くて……無実の石上くんを陥れてしまった……。
「…………はぁ……。荻野といい大友といいさぁ、俺らの学年、ロクでもない奴ら多過ぎない?何かもう……キレるのもバカみたいに思えてきたわ………。」
頭を掻きながら席から立ち、石上は取調室から退室しようとした。
「………小島。」
「?」
「………頼んだぞ。絶対に俺の無実を証明してくれよ。警察官なんだから……当然だよな?」
「…………当たり前だろ。」
そう言って、石上は取調室から退室した。
「………………。」
「ごめんなさい……ごめんなさい………。」
未だに泣きながら土下座をしている神部に、小島は右手を差し出した。
「……いつまでそんなところで泣いている?」
「……えっ?」
「そうやってお前はいつまでも、泣きながら石上に土下座をしたままでいるのかと聞いているんだ。
……お前が今やるべきことは、そんなことなのか?そんなことをしても、自分が石上を陥れたという過去は消えないんだぞ。」
「………………。」
「……いいことを教えてやる。大事なのは、自身の罪を受け入れて、それをしっかりと償うことだ。泣きじゃくってずっと頭を垂れていても、何もならない。」
「………だったら……僕にどうしろと………?」
頭を上げた神部の胸ぐらを掴み、小島は顔を近づけてた。
「…………今度は、石上を助ける側になるんだ。」
「………えっ………?」
「………お前はずっと、奴らに脅されていた身だ。……俺達がお前を、いや………お前の家族のことも助け出してやる。……その代わり、お前も誰かを助け出す側に回るんだ。」
……僕が………石上くんを、助ける……?
「………決めるんだ。このまま奴らの言いなりになって、何の罪もない石上を潰すか。それとも……奴らから手を引いて、石上を助け出すか……。」
「………………。」
「………お前は……どうしたい……?」
もしこの事が奴らに知られたら……間違いなく会社はヤバくなる。けど、黙ったままだと……死ぬまでずっと奴らの………。
『ほらほらほら!チンタラすんなや!!』
理不尽に蹴られて……。
『はい3秒遅れた〜!腹パン3発な〜。オラ!!』
サンドバッグみたいに殴られ……。
『チッ……。こいつ一万も持ってねぇぞ。』
勝手にお金は取られて……。
そんな人生を………死ぬまで……死ぬまで……。
「………ぐっ………!!」
また涙が流れてきた。でも、それは先程の罪悪感から出てきた涙では無かった。
これは………悔しさだ。
「……嫌だ……こんなの……嫌だ………!!」
何もしてないのに、理不尽な目に遭う悔しさ。
「あの時……言うべきだったんだ………!!」
不正な寄付金を受け取るのをやめるよう、父に言えなかった悔しさ。
「………こんなの……駄目に決まってるのに……!!」
自分の保身のためだけに、何の罪もない人間を陥れることが、絶対にやってはならないことに気付かなかった悔しさ。
それらの、自分の心の弱さに対する悔しさが、涙と共に一気に出てきた。
「…………その顔からして、答えは出たみたいだな。」
「………………。」
神部は立ち上がり、首を縦に振った。
「………なら、お前のやるべき事は、自ずと見えてくるはずだ。
今度こそ……あいつを救ってやれ。」
どんな処罰も受け入れる覚悟は出来た。会社がどんな末路を辿るかは予想はついてる。けど、それを言い訳にしては駄目だ。
決意はした。あとは……行動に移すだけだ。