石上優はもう戻れない 作:顎髭
やはり、いつになっても、彼の事で心が引き締められる感じがする。
まあでも、仕方の無い事だ。これは、あの時無実の彼を拒絶した報いなのだから。
友達に励ましてもらったり、勉強を教えてもらったりして、私はギリギリ高等部へと進学した。一週間に3回徹夜だってした。まあ、流石に親に「そこまで無理して高等部に行く必要あるのか」と言われる位心配はされた。
でも、そこまで無理してでも、私は高等部に行かなければならない。そして、償わなければならない。戻さなければならない。あの頃の彼に、あの頃身を挺して私を守ろうとした、心優しい彼に、私は戻さなければならない。
「失礼します。」
私のクラス、1年E組に、ある一人の女生徒が入ってきた。
その者が入ってきた瞬間、辺りは騒然とした。
「えっ、四宮さん!?」
「どうしてここに……?」
それもそうだ。かの四宮家の御令嬢である、四宮かぐやが現れたのだ。この学園内で、知らない者など一人もいない。
「……大友京子さん、いらっしゃいますか?」
わ、私に用……!?
「えっ、京子!?」
「四宮さんと、何か関係でもあるの!?」
それはこっちが聞きたい。一体私に何の用なんだ?
「は、はい………。」
「放課後、時間あるかしら…?」
「え、ええ………。」
「それは良かった。放課後、生徒会室に来てくれるかしら?」
「えっ、で、でもどうして急に……。」
「いえ、少しあなたとお話がしたいのですよ。」
「……はぁ……。」
全く整理出来ていない間に、四宮さんは教室から出て行った。
というか、何で私なんだ……?特に接点も無いし、家柄もそこまで有名な訳でもない。強いて呼ばれるなら、小島君とかそこら辺のはず……。でも、断るのもどうかと思うし……。
「京子京子!四宮さんとお話出来るなんて、凄過ぎるよ!」
「あのかぐや様とお話なんて、羨ましい〜!」
「え、いやーそうなの……かな…?」
友達はこんな感じだけど、本当に何でなのか分からなくて、私には戸惑いしかなかった。
まあ、別にばつが悪い訳じゃないから、行くには行くけど……。
「失礼します。」
放課後、言われた通り、私は生徒会室へとやって来た。そこには、四宮さんと、もう一人………確か藤原千花さんだったかな……。
「まあ、取り敢えず座って下さい。」
手を差された方へ、私は腰を掛けると、藤原さんが紅茶を持って来てくれた。
「あ、ありがとうございます……。」
「………『何で自分が呼ばれたのか分からない』という顔をしてますね。」
「えっ……いや、そんな事は……。」
「フフッ。隠す必要などありませんよ。別に怒ってる訳じゃないのですから。」
「……でも、確かにそう思ってます。どうして私が呼ばれたのですか?特に生徒会の皆様とは、接点は無かったはず……。」
「……石上優。知っていますよね?」
その一言を聞いた瞬間、一気に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
「えっ…………。」
「今回あなたを呼んだのは、他でもありません。あなた方が中等部の頃に起きた、あの事件についてです。」
ここに来るんじゃなかった。断るべきだった。
大友はすぐに後悔した。
変な汗もかいてきた。同時に気分も悪くなってきた。でも、どうしてその事について生徒会の人達が……?
「……まず一つ。あなたから見た、事件前の石上優は、どんな人間でしたか?」
「…………………。」
「(……早くも傷をえぐってしまったかも……。)」
藤原は少々心配だった。
もしこれから先、かぐやが更に躊躇の無い質問をしたら……。
「……強制ではありませんから、答えたくなければ、答えなくても構いませんよ。」
「……いえ、答えます……。あなた達からの質問、全てにお答えします。」
かぐやは少々、予想外の反応をした。
石上の名を耳にした時、顔色を一瞬で変えたにも関わらず……。意外にも彼女は、芯のある人間なのか……?
「……事件前の石上君は、普段はおとなしい感じの、ただのクラスメイトという位置づけでした。多分、彼もそんな感じだったと思います……。」
「……では、事件後の石上優は……?」
「…………………。」
例え過去の事だったにしても、やはり彼の事を悪く言うのには、少し躊躇いがあった。
「……どうしましたか?私達の質問に、全部答えるのではなかったのですか?」
「か、かぐやさん!流石にちょっと……。」
「………すいません。本当に私は虫の良い人間だと、何度も思います。例え過去の事でも、例え質問の答えだとしても……。もう私には、彼の事を悪く言う資格などありません……。なので……その質問には答えたくないです……いや、答える資格がありません…………。」
「………そうですか……。なら、真実が告発された後の石上優は……?」
「…………恐ろしい……。私達の事を……心から恨んでる様な目をしていました………。そして………もう誰一人として受け入れないといったオーラを出していました……。」
「…………………。」
「……私達1年生は、取り返しのつかない事をしてしまいました……。皆も、石上君に対して負い目を感じているんです……。何とかしてあの頃の彼に戻してあげたい……あの頃の石上優を……もう一度見たいと思って……行動しなければと思ってるの…に……。」
自分の目に涙が浮かんでいるのが、はっきりと分かった。
「…………それでも……彼の事が怖い…………。足がすくんで、行動に移せない………。」
彼の目を思い出す度に、いつも震えが生じてしまう。たまにすれ違う時もあるが、その度に『早くここから出て行けよ』という眼差しを向けられている感じがして、結局何も行動が出来ない。口だけになってしまう。
その度嫌になる程に痛感する。自分は本当に、どうしようもない奴、口だけの根性無しなんだと。
「…………随分と、意気地の無い人なんですね。」
「!」
「か、かぐやさん!?言い過ぎですよ!」
「貴方、本当に石上優の事をどうにかしたいと思ってるんですか?仮に、それを本当に実行したとしても、それはただあなた方の自己満足にしかならないのでは?」
「…………………。」
「しかも、それをした事で、石上優の心が開くという確証も無いじゃないですか。」
「それ以上は……!」
「いいんです藤原さん……。全部……本当の事ですから……。
それに……私は散々石上君の事を好き勝手言ってきました……。今度は……こっちが好き勝手言われる番です………。」
その通りだ。今度はこっちが批判される番だ。もう私には、他人の事をどうこう言う権利など、無い。
「………それに、石上優の心を開く様な策も、何もないのでしょう?だったら、もうきっぱり諦めたらどうなのです?」
「そ、それは………!」
「どうして貴方はそこまで彼にこだわるのですか?どうして拒絶された人間と、また仲良くなろうとしてるのですか?
何か、理由があるはずです。それは一体、何ですか?」
「………彼は……あのままでいい人間ではないんです……。」
かぐやの眉がピクリと動いた。
「……あの校内放送の後……私は1週間家に篭ってました……。その間ずっと思ってたんです………。彼は自分の身を挺して私を守ろうとしたんだと………。大方、荻野に脅されてたんだと思います……。それが原因で、頑なに何も言わなかった………。だから私達に後ろ指を刺されても………私が傷付くのが嫌だったから…………耐えなければならなかった…………。
身をもって痛感しました………。暴力事件前の石上優が……本当の石上優なんだと………。他人の為なら、率先して行動を起こす………優しい彼こそ………本物だったんだと………。
だから……戻さなければならないんです……。私が……いや、私達が!彼をあの頃の彼に、戻さなければならないんです……!
周りからどんなに、罪滅ぼしのつもりか、ただの自己満足だろと言われても構いません!それでも、私達はやらなければならないんです!何としてでも!彼を元に戻さなければいけないんです!!彼は……石上君は………誰よりもこの先、真っ当に生きるべき人間なんです……!!
その為だったら……どんな事よりも優先的に時間を使うつもりです……!そのつもりで、私は高等部へ進学したんです……!」
「……………………。」
「貴方に何と言われようと……私の意志は変わりません…。私は絶対に諦めません……。」
「………それが……あなたが彼に固執する理由ですか……。」
かぐやは紅茶を一口飲むと、フフッと微かに笑った。
「かぐやさん……?」
「……私は一度、あなたの事を、芯のある人間かと思ってました。ですが、それを自分から撤回する様な、意気地の無い発言。やはり実際そんなに大した事無い人間か、とさっきまで思ってました……。
ですが……、最初に思った通りでしたね……。」
「それ……は……。」
「『どんな事よりも優先的に時間を使うつもり』ね………。随分大きく出ましたが、貴方には、その覚悟があるんですね………?」
大友の目には、かぐやの真剣な顔が映っていた。今日がかぐやと初対面となる大友でも分かった。
この眼差しは、決して逸らしてはならない。しっかり彼女の目を見て、覚悟があるか無いかを、答えなければならない。
「……………あります……。」
「……あるんですね………?」
「……やってやりますよ……。その覚悟があったから、私は高等部に進学したんです………。」
「………なかなか面白そうな子ですよ、会長。」
えっと思い後ろを振り向くと、白銀が生徒会室に入ってくるのが目に見えた。
「会長ともあろう人が、盗み聞きは良くないですよ。」
「すまんな…でも、ちょっと気になって………。
……あ、君が大友京子さんだな?初めまして。生徒会長の白銀だ。」
「あ……初めまして…。1年E組の大友京子です…。」
「話は聞かせてもらったよ。君は随分、彼に対して負い目を感じてるようだね。」
「…………………。」
「ただまあ、人間は誰だって過ちを犯す事が一度あるんだ。でもその際に大事なのは、いつまでも過去を後悔し引き摺る事ではなく、過去の過ちを受け入れて、それを未来の動力へと変える事だ。
あなたは今、それを行う覚悟を決めた。そう捉えていいかな?」
「…………はい……。今までは、『彼の目が怖い』という理由で、結局口だけになってましたが………。もう……彼の怖さには屈しません。怖気付きません。彼に何と思われようが、もう関係ありません……。それでも、私はやらなきゃいけない……!」
「………いい目をしてますね……。とても数分前のあなたとは思えません……。嫌いじゃないですよ、そういうの。」
四宮さんの目が、先程の刺々した目から、少しなごやかな目に…。
「……大友さん。あなたは本当に良い子ですね…。何というか私……あなたの事を応援したくなりました……。」
藤原さんが私に笑みを向けてる……。
「大友さん。俺も同じだ。石上優は、このままでいていい人間では無い。彼は誰よりも真っ当に生きる資格を持った人間だ。
俺は、貴方に協力する。」
白銀会長が……私に…協力………。
「あ………ありがとうござい……ます……。」
まだ今年に入って半年も経ってないのに、私は何回泣いただろう。
でも、心の底から嬉しかった。こんな罪深い自分を、こんなに虫の良い自分を、受け入れてくれる人が存在しているということに。
「……そうだ。貴方に提案がある。」
「………え?」
「…………生徒会に入らないか?」
「……えっ?」
「まあ、勿論今すぐにとは言わない。時間がある際に、見学にだけでも来てくれれば……。」
「………でも……どうして私が……?」
「……俺が、貴方を生徒会役員にふさわしい人材だと、今判断したからだよ。」
「…………………。」
「君は石上優の件について、誰よりも反省し、しかも彼の為に動こうとしている。普通の人間じゃ出来ない事さ。俺は、君のその覚悟に、感銘を受けたんだよ。」
こんな私でも………いいのかな………?
「………どうしたんですか?もう、石上優に何を言われても、臆しないのでは?」
「………いえ、そんなつもりはありません……。ただ………。」
「………ただ?」
「…………生徒会と勉強の両立が出来る気がしません。」
そんなこんなで、大友京子、生徒会会計として、生徒会役員に任命。
次回は、風化委員の二人について、書いていきます。