石上優はもう戻れない 作:顎髭
あの校内放送後、石上家は一体……。
親失格。私達にぴったりな言葉だ。
結局、自分の息子の事を、しっかり見てこなかった。だからあんな風になってしまった。
「…………あ……。」
優が数日振りに家に帰ってきた。あれ以来、優は何度か家に帰ってこない時があった。最初こそどうして、心配だという感情があったが、今となっては、もう日常的だ。慣れてしまった自分が怖くなる。
恐らくだが、彼はもう、私達と同じ空気をなるべく吸いたくないのだろう。
無実だったにも関わらず、息子をちゃんと見てこなかった。息子を拒絶してしまった。当然の報いだ。
「ゆ、優……おかえり…………。」
私の言葉など、もう息子には聞こえていないのは百も承知だった。でも、やはり放っておく事など出来ない。せめてでも、これが償いになるならば……。そんな事を考えている自分がいた。
まあ、当然の如く、彼は無視して、自分の部屋へと行った。最近となっては、ゲームすらしていないらしい。一体部屋で何をしているのだろうか。
「………ご飯……出来たら言うからね……。」
何度も言うが、私の言葉など、息子には届いていない。でも、無視などできない。大事な……息子だもの…………。
「……はぁ〜……。やっと終わった………。」
長男が、職務を終えて帰ってきた。夫も一緒だった。
「はぁ〜……。会計の仕事って、こんなに大変なのかよ……。
前まではあいつが手伝ってくれてたけれど……。」
あれから優は、普段から手伝っていた会計作業も、きっぱりやらなくなってしまった。その分、長男や夫に負担がかかっているのは、もう彼にはどうでもいい事なのだろう。
「……まあ、無理もねぇよ……。あん時俺らはあいつの事を…。
今度はこっちがあいつの苦しみを背負う番だよ………。」
俺はあの暴力事件の事を聞いてから、あいつに異常な位の嫌悪や罵声を向けていた。『出来損ない』『クソ』、どれだけの悪意をあいつに向けただろうか。
でも、あれらは全てデマだった。その事を知った俺達は、あまりの事件の凄惨さに、言葉が出なかった。同時に俺達は、仮にも家族でありながら、血縁になんて事をしてしまったんだと、自責の念に押し潰れそうだった。
あの時の母さんの姿は……思い出したくも無いな……。俺だって言葉を詰まらせた。あんなにあいつは辛い思いをしてたのに……あいつと一番長い付き合いをしてたのに……それなのに………。
今から数ヶ月前、話はあの校内放送が実行された日へ遡る。
「…はい………わかりました。」
優の停学が明けた。いや、優自身が明けさせたんだ。
鳴り止まない学校からの電話。それが来るたびに、私の精神はどんどん削られていく。今日もまた、この電話に出なければならないのか。そう思い、受話器を取ったら、優の停学が明けたと……。
何かが一気に抜けた様な感じがした。何かから一気に解放された感じがした。
やっと、あの電話に出なくて済む。
そう思ってた。その時は。
その後に言われた、優が学校に乗り込み、あの時の暴行事件の真相を告発したこと。それが、先程までの解放感を、一気にぶち壊した。
それと同時に………私は……私達家族は………。
「…………………。」
玄関のドアが開く音が聞こえた。優が帰って来た。いつもは細い声で、ただいまと言うのに。
私はすぐに、優の元へと向かった。
「優…!!」
「…………………。」
「……お父さんが……優と話したいって……。」
何も言わずに、優は靴を脱ぎ、夫のいるリビングへと向かった。
「……帰って来たか………。」
「…………………。」
「……取り敢えず座りなさい……。」
優は黙って、空いている席に腰を掛けた。夫だけでなく長男も、優に対面する様に座っていた。
「……………で?」
「……停学が明けて良かったな、なんて言わないぞ。
お前…………何で…………。」
夫は声を震えさせて、立ち上がった。そして、優の元へと向かい、胸ぐらを掴んだ。
「何で……何も言わなかった……!!」
「おい親父……!」
「お前は危うく、自分の人生を自分で潰すところだったんだぞ!!他人の為とはいえ、何でそこまでして……!」
「…………………。」
「おい!!何とか言ったらどうなん」
「チッ………。」
優が舌打ちをした。
というか………あれは……優なのか………?
傍らから見ていて、チラッとだが優の目が見えた。
優は………あんな怖い目をしていたか……?
「……さっきからワーワーやかましいんだよ。いつまで掴んでんだよ?シワになんだろうが。」
「……お前………!」
「何でこんな時になって、親の面出来る訳?というか、言ったところで、信じてなんかくれなかっただろ?誰も信用出来ない。誰も当てにすることが出来ない。だから今日みたいに、俺がやらなきゃいけなかったんだろ?
なのに今更説教って、一体どういうつもりだよ?」
「お前なぁ……!!」
夫は優を殴りそうだったが、長男が何とか仲裁してくれた。
「落ち着けって親父!殴る必要ねぇだろ!
それに優!お前も言い過ぎだろ!」
「親父だけだと思ったら、兄貴まで俺に説教かよ?自分がやった事、忘れたなんて言わせないぞ?」
「!!」
確かにこいつの言う通りだ。
何で俺は今更になって、弟に説教垂れてるんだ?あんだけあいつの事を好き勝手言ってきたくせして……。
「……わ………悪ぃ……。」
「………はぁ〜あ!ほんっと!!どいつもこいつも心からウゼェ!!
何が『何で言ってくれなかった』だよ!はなから信じる気なんざねぇのに、よくもまぁそんな都合のいい事言えるよな!
しかも、行きたくもねぇ秀知院に無理矢理行かせてよぉ……マジで親父は俺の為に何してくれた?何もしてないよな!?
なのに今更親の面すんなよな!!はっきり言って、俺からすりゃお前らも、敵同然だったんだよ!!」
今まで溜まるに溜まった鬱憤が、風船の様に破裂した。
何もかもが腹立たしい。とにかくムカつく。どいつもこいつもふざけた事ばかり……。
僕は今まで、こんな奴らにどうこう言われてきたのか……。こんな目に遭う位だったら、最初から本当の事を言えば良かった。
そうすれば………そうすれば………。
「…………ごめんね………優……。」
母が泣きながら、僕に近づいて来た。
「本当に……辛かったよね………。なのに私達は………結局…あなたの事を信じて………。」
「………って、母さんは言ってるけどさぁ、親父と兄貴は頭の一つも下げられない訳?悪い事をしたら謝罪する。小学生でも分かる事だぞ?」
「………………悪かった………。」
父や兄貴が僕に頭を下げるなんて、絶対無いと思ったのに……。
でもまあ、当然だよね?何の罪も無い人間をあーだこーだ言ってさぁ……。
ただ何でだろうな………謝られてるのに………こうも………苛立ちが湧き上がってくるのは。
「…………遅っ。……今更謝られても、もう許す気なんか微塵も無いし。」
そう吐き捨てて、石上は自分の部屋へと向かった。
あいつは5ヶ月間もの間、一人で地獄を味わった。
だったら今度は、こっちが地獄を見る番だ。いずれ、とてつもなく大きい報いがやって来るに違いない。倒産、急死、数えればいくらでも予想はある。でも、それと同等の苦しみを、あいつは………。
「………あいつは………腹が減ったら食べに来るだろう。」
いつも頑固で融通の効かない親父でさえも、こんな感じだ。
もう、どうすればいいのか分からないのである。
あいつが立ち直れるにはどうすればいいのか。あいつがまた、家族の手伝いをしてくれるにはどうすればいいのか。あいつが………「おはよう」や「ただいま」といった、何気ない言葉を掛けてくれるにはどうすればいいのか。
もう、その手段が、何も分からない。
というか………もう既に、存在していないのかもしれない。
家族すらも拒絶した石上。
そして次回は、原作で石上との絡みが全くないアノ人と石上のやり取りを書きます。