いつもより早く最寄駅に向かった僕は、過去に気になっていた高嶺の花に出会った。

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いつもより早く目覚めた朝は、何かいいことがあるような気がします。
そんな日はいつもより早い電車に乗ってました。
でもいいことばかりではないです。


夜明けの花弁

目覚ましが鳴る前に意識が明瞭になった。ぼーっとする頭で昨日のことを思い返す。テスト期間中、久しぶりに真面目に勉強をしようと、ペンを取って机に向かったが、30分もしないうちに夢の世界へ落ちた。ノートに顔を押し付けて眠っていたらしい。ポケットのスマホを取り出し、時刻を確認。5時28分。1時間以上も早く起きてしまった。いつもならば二度寝の時間だ。

「……」

勢いをつけ、体を起こす。別に何かあるわけではないが、ふと思いたって駅に行くことを決めた。

 

いつもと変わりない電車に乗って、誤差数分で学校に着き、3時25分のチャイムとともにカバンを抱えて帰宅する日々。部活に参加するわけでも、将来に向けて何かをしているわけでもない。卒業までの時間を食いつぶすだけ。それに対して、何か不安を抱えていることもないので、今のスタイルを変えるつもりなんてなかった。

「もしかして、中江くん?」

突然かけられた声に驚いて振り返ると、一人の女子学生がいた。セミロングの髪。透き通るような白い肌。パッチリと開き、吸い込まれそうな瞳。誰か分からないが、妙な既視感があった。

「どちら様ですか」

失礼を承知で尋ねる。こんな綺麗な人を俺は知らないと感じたからだ。

「やっぱり中江くんだ!覚えてないかな、美濃怜。小学生のとき一緒だった」

その名前を聞いて閉じ込められた記憶が蘇った。小学生のころ、クラス替えが5回もある中、6年間ずっと一緒で、何かと行動を共にした女の子。しかし、全くと言っていいほど話す機会がなかった。あんまり言いたくはないが、運命を感じることもあった。しかし、才色兼備な美濃怜と話す勇気を持つことができなかった。子供ながら、高嶺の花だと理解していたのだ。

「あぁ…」

今、あの花が目の前にいる。

「うわぁ〜久しぶり!学校遠いの?」

「一つ先の駅からの急行で10分くらい」

この駅には、鈍行しか止まらない。

「いつもこの時間?」

「いや、いつもは7時32分のやつ。なんとなく、今日は早く出たんだ」

最後に美濃と会ったのは、小学生のときだったはず。大した会話もなく、遠目から眺めることしかできなかった少女が、大人びた姿で俺の前に現れた。ただ、何か違和感を感じたとすれば、とっつきにくい印象がなくなって、同じ目線にいる気がしたことだ。それだけ俺も成長していたということなんだろうか。

「えっと…」

そういえば、美濃のこと、なんて呼んでたっけ…。

「美濃さんも同じ方向なんだ」

「うん。中江くんは御浜だよね。その二つ先」

ということは西風見区か。

「さすが」

「いやだなぁ、そんな大層なものじゃないよ〜」

西風見は名の知れたお嬢様区画だ。一般的な、いわゆる団地と呼ばれる東風見と一線を画し、一般人の進入を一切禁止するほど徹底した隔離体制を敷いている。そこにある学校に通うことができるのは、西風見で育ったお嬢様か、一般区域の学校に通う成績最優秀者、かつ潤沢なお金を持つ家庭の生徒だけ。美濃怜は、潤沢なお金を持っているとは知らなかったが、小学生の頃から高校入試の問題をやっていたのだから、中学でも成績は群を抜いてよかったのだろう。

「やっぱりね、無理していいとこいっても楽しくないっていうか、勉強は付いていけないし、お嬢様ばっかりだから話も合わないし、帰り道に買い食いしただけでひどく叱られるんだから、いやになるよ」

美濃は目を伏せて吐きだす。

「だからね、久々に懐かしい人に会えて嬉しい。あまり話したことないけど、高校生ぽいことができて、良かった」

少女が笑う。紛れもなく、小学生のときの美濃怜だった。ただその笑顔も自嘲に満ちていて、一瞬、誰だかわからなくなる。

「私は自分勝手だから」

美濃のカバンが肩から落下する。特に何かが入っているわけではなさそう。今からどこへ行くのか、と思うほど軽い音だった。

「小学生のころって、私たちあまり話さなかったよね」

「まあ」

「やっぱりさ、話しかけにくいとか、次元が違うとかおもったりしたの?」

なかなか鋭い質問にフォローの言葉もなく黙り込んでしまった。

「へへ、気を使わなくて大丈夫だよ。慣れてる」

困ったように笑う。

「私はね、もっとみんなと話したかったんだ。でも、みんな避けるから幼馴染の佳奈とずっといたの。ずっと2人。中学に入ると佳奈と別々になっちゃって、ひとりだった。それでもお母さんは友達との関係を許してくれなかったから、思い出らしい思い出が、全くないんだ」

朗らかに話すから錯覚してしまうが、かなり辛いことなんじゃないか。そしてなお、高校生活でも馴染めずにいる。

「もうね……疲れた!」

美濃は両手を空に突き出し、伸びをした。同時に、駅のアナウンスが通過電車を知らせる。

「最後に友達と話せて嬉しかったよ。そして、ごめんね。恨みはないけど、もう限界だから」

なんでそんなに元気なの、と聞きたい気持ちはあった。しかし、どこか他人事のように思えて、美濃の深い心境に踏み込む勇気が持てなかった。後悔先に立たず。そうして、容易に想像できた結果へと向かう。

「バイバイ」

美濃は笑顔で手を振る。まるで、明日もこの場で出会うかのような軽い言葉に、一瞬、バイバイ、と返してしまいそうになる。美濃はしっかりとした足取りで生死の境へ歩いていく。

「ちょっ……!」

ようやく出た美濃への言葉は言い切ることもできずに、けたたましい特急電車のブレーキ音と鈍い破裂音に掻き消された。

伸ばした右手は虚しく空を切り、高嶺の花は儚く散った。




自分が表現する自殺って、こんな書き方ばかりな気がします。
笑いながら傷ついているようなみたいな。
以前の『美月豊果は幸福である。』も笑顔で飛び降りますし、今回も笑顔で飛び込みます。
実際に死を選んでしまう人は、こうした、周りの人には最後まで強がった笑顔を見せてしまう人なんではないか、と思っているのかもしれません。
もしそんな人が近くにいたら、話を聞いてあげてください。
もしそれが自分なら、言葉でも文字でも曲でも行動でも、なにかを使って誰かに伝えてください。

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