セフレに彼女が出来たらしい。

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ズルい。

 男は勝手な生き物だ。

 

「…………ねえ、それってズルくない?」

 

 テレビから流れる音楽がこんなにも無慈悲に感じたことは無かった。

 熱い体が急激に冷えていくのを感じる。水を飲んだばかりなのに、口の中が渇いていく。

 

 君の顔は、ほんの少しだけ。取り繕ったかのように、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「それって、ズルいよ」

 

 ──私は、ただそう言うことしか出来なかった。

 何が「ズルい」と感じてしまったのだろうか。この関係を終わらせたいって、一方的に言われたこと?この関係を作ろうとしてきたのは私じゃなくて君だったこと?終わらせたい、と言う前に一度私を抱いたこと?

 

 全部だ。全部全部、ズルいよ。

 

 男は勝手な生き物だ。

 

「……なんで、終わらせたいの?」

 

 それを聞いたら、自分が壊れてしまうって解っているのに。それでも、私は自分を納得させる為にそれを聞かなくてはならない。

 ──本当に、それを聞いたら納得するの?壊れてしまったけど、納得しちゃったから仕方がない、って自分に言い聞かせたいだけ?

 

 それでも、どう在っても、聞かなくてはならない。

 

「彼女が出来た」

 

 ……ああ、やっぱりそうだよね。知ってたよ。セフレの関係が解消されるなんてそれくらいしかないもんね。

 これ以上ない程に納得せざるを得ない理由。でもこれ以上ない程に納得したくない理由。

 

 でも私は、その理由を聞いてしまったからには、上辺だけでも納得して、この関係を解消するという誓約書に判を押さなくてはならない。……ああ、そうか。私が「ズルい」って思ったのはそういうことか。

 ──うん、解った。じゃあこれで終わりね──

 

 

「……彼女いても、セフレがいたっていいじゃん」

 

 

 納得が出来なかった。急速に冷えていった身体を暖める方法が、私には見つからなかった。もう、君に暖めてもらう方法以外に、今の私には無いんだ。

 

「……いや、流石に彼女に悪いだろ」

「それで捨てられる私に悪いとは思わないの?」

 

 口をついて出てくるのは自分でも予想すら出来ない言葉。……いや、自分がまさかここまで言葉にするとは思っていなかっただけで、心の奥のストレートな言葉。或いは、今まで何度も裸を見せてきた君に見せたことのなかった場所から産まれた言葉。

 

 ──初めは、ただ二人とも寂しかった。

 

 ただの飲み会。偶然席が近かっただけ。面識はあったけど、あまりよく知らない、仲良くない。当たり障りのないことを話して、喧騒に紛れて笑って。

 どうしてだったかは覚えていないけど、そのあと二人で飲みに行った。ただ飲み足りなかっただけなのかもしれない。帰り道が偶然同じだった、というだけだったかもしれない。それでもそのまま二人で飲み直し、互いの不運な恋愛事情を酔いながらに笑い飛ばしたんだった。

 

 いつしか、互いの恋愛運の無さを嘆き合う為に、二人で食事に行くことが増えた。そしてあれは何回目だっただろうか。君が私をホテルに誘った。

 

 ──今思えば、あの時傷を舐め合う関係を享受しなければ。こんな惨めな思いは、しなくて済んだのかもしれない。

 

 

「ねえ、今日そのことを私に言うために会ったんでしょ。なんでじゃあヤッたの?」

「これで、最後にするつもりだった」

「……ズルい、ズルいよそんなの。私は、私はまだ君との関係が続くと思ってたのにさぁ。フェアじゃないじゃん。君は最後のつもりで出したかもしれないけどさぁ?私はまだそんなつもりじゃないままだったんだよ?最後なら最後って気持ちよくいかせてよ。全部さっぱり決着つけられるくらい気持ちよくさせてよ」

 

 そうじゃないとフェアじゃないじゃんか。

 もう気持ちが別の女に向いてしまった男に抱かれている間、私はずっと君のことを想いながら啼いてたんだよ?

 

 

 ──私は、いつしかセフレでしか無かったはずの彼に恋をしてしまった。

 

 

 何処に惹かれた?何が良かった?そこに理由は果たして必要だろうか。強いて言うならば、彼に抱かれている時の私は女でいられた。女としての自分が求められている時、私は私でいられた。抱かれて好きになるなんてビッチだ、アバズレだと言われようが知るもんか。人を好きになる理由に品も下品も無いだろう。

 

 だけど、私は彼に想いを告げる勇気が持てなかった。今の私に求められているのは、セックスを楽しませてくれる、求めたら受け入れてくれるものだから。そして私も、それでもいいと感じてしまっていたから。

 ……もし、私がこの恋心を打ち明けてしまうと、想いだけでなくこの関係すら崩れてしまうような気がして。だったら、剥き出しの胸より更に奥の方へ、この想いは隠しておくべきだ。そう言い聞かせていた。

 

 ズルいよ。顔も名前も知らない、君の心を奪った女だってズルい。どうせまだ裸も見せたことないくせに。私は産まれたままの姿だって見せたのに。見せたのに!

 

 

「……ちくしょー、ちくしょー。私に惨めな思いさせてんじゃねーよ」

 

 

 本心。心の底から出た、裸よりも見せたくなかった部分。今更見せてももう遅い。どうせ君は、「先に彼女作りやがって」という恨み言に聞こえているんだろう。違うよ、もっと惨めなんだ。それにすら気付けないから君はズルいんだ。

 

 …………本当にズルいのは私だ。想いも伝えられずにセフレの関係に甘んじて、裸を見せ合った仲だから、一線を超えた仲だからと自分の優位性を勝手にでっち上げて酔っていた。そうやって自分の一番隠したがった所は本当に見せずに、そしていざ君が離れようとしたらその「ズルさ」を全て君に転嫁している。ズルい。

 

 でも、そうしないと私は納得してしまって、そして壊れてしまうんだ。気丈なフリしてズルい、ズルいと君に言い続けているけど、今にもへたりこんで大泣きしてしまいそうなんだ。テレビから聞こえ続けるピアノの音が、私を追い詰めるんだ。シャワーも浴びず、裸のままでいいからすぐにここから逃げ出したいんだ。

 

「……ごめん」

「謝らないでよ。私が余計惨めになるじゃん」

 

 

 ──嗚呼、そっか。私、男運無いんだったっけ。それを散々ネタにして君と喋ったもんね。

 そうだよ、きっと君は良い男だった。けど私に男運が無かったから。君みたいな良い男は私に振り向いてくれないってことだよね。

 

 ……そうだった、君は女運がとても悪いんだっけ?

 …………願わくば、今回もその例に漏れず悪い女であることを祈って。

 

 

 ──そう思ってしまう私は本当にズルい。そう思わせてしまう君は、きっともっとズルい。


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