月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#04:視界ゼロの海に落ちて(前)(2/2)

「ねえねえ、三人とも、どうだった? ほかの班は」

「……俺は楽しかったよ。安田たち、いい奴だった……と思う」

「篤は?」

「あまり喋ることはできなかったな。『はんだごて貸してよ』とか『うまいね、見本みせて』とか。最低限な感じ」

「砂羽は?」

「もうわたしに話しかけないで。由香里のこと嫌い」

「ごめん。でもね、ああでもしないと、あたし達、いつまで経っても」

「いつまで経っても、ずっとこのままでいいよ」

 

 今は昼休憩だ。周りの空気との違いに気分が暗くなる。俺は昼食の握り飯をほおばるのをやめて、

 

「な、なあ……ん、ぐっ!」

 

 喉の奥で米粒が舞っている。けど、ここで割り込まなくて、いつ割り込むというんだ。

 

「俺、さっきさ。沖浦先生の気持ち、わかったんだ。あることに困ってて、でも、由香里の話を受けてなにか閃いて……って感じだった」

 

 ……沈黙。

 押し破ったのは篤だった。

 

「砂羽。その考え方も正しいよ。僕たちは、ほかの人とは違うんだから。砂羽は悪くない」

「……」

 

 砂羽はいじらしげに篤に視線をやる。

 

「だから、由香里と仲なおりしよう。たったこれだけの仲間なんだから」

 

 俺は後ろの席にいる女をチラリと見る。

 ……机を蹴り飛ばしたいと思っている。そんな感じだ。

 

「なにそれ。あたしが馬鹿みたいじゃん」

「由香里! 僕はそんなこと言ってない。でもさ、いろんな考え方があるだろ」

「いつもそうやって煮え切らないよね、篤はさ。いったいどっち寄りなの? こないだの地域学習会、参加したよね? うちの学校で来てる人は少なかったけど、みんなと一緒に勉強したり、ゲームしたり、喬木(たかぎ)議員のお話きいたりしたよね?」

「行ったよ。行ったさ。でも、それは国府高校の過去問が目当てだった」

「……ふーん」

 

 由香里はさっと立ち上がって、篤のすぐ傍へと。

 

「やめろ! 由香里」

 

 ブロックに成功する。篤の机を目掛けて蹴りを打とうとしていた。

 

「由香里。やめよう。何人かこっちを見てる」

「そうやっていっつも冷静ぶって! それじゃあさ、篤はさ、砂羽と同じ考えなんだ……いつまで経っても殻に閉じこもったまま。なんのためにこんな遠くに来たの?」

「由香里!」

 

 小さいながらも、確かな怒気をはらんだ声だった。次の瞬間、教室全体をさっと見渡したなら、

 

「よかった。本当によかった。昼休みが騒がしくて。由香里がせっかく頑張ってくれたのに無駄になるところだった。ごめん」

 

 言い争っていた相手に笑ってみせる。

 かくいう俺は耳を澄ませていた。

 

「……大丈夫。誰にも聞かれてない。途中からは聞こえないようにしといたから」

「……」

 

 由香里は、すっかり押し黙ってしまう。

 俺は、ダメ押しとばかり、

 

「やめにしよう。どっちの考え方も、その……一理、あるだろ」

 

 篤は席を立った。由香里の顔を見ている。

 

「由香里。言い過ぎた、ごめん」

 

 空気が重たい。一理ない、ということだろうか?

 すると、砂羽が身を乗り出すようにして、

 

「わたしもごめん。でも、由香里。今しか言えないと思うから、言うよ」

 

 そして、ボソボソとした声の調子で、

 

「わたし、ここに来てよかったって、思ってない。あんなことしなくてよくなったけど、生活が苦しくなった。みんなの家にも、ガスとか水道とか通ってないんでしょ? ご飯は少ないし、何日かに一回しかお風呂に入れないし……もういやだよ」

 

 か細い声。気持ちを伝えようとしている。

 

「それに……この近くに、あの国府(こうふ)の森があるんでしょ? あそこの人たちが戦ってるの、見たことあるけど……どれだけ修行してもあの人たちには勝てないって、そう思った」

「砂羽。心配ないよ……ないから」

 

 篤だった。重たい呟きとともに心に寄り添おうとする。

 

「もういいだろ。考え方が違ったって」

 

 だめだ。月並みな言葉しか出ない。

 

「だからだよ」

 

 由香里がささやいた。いずれか知らぬところに視線をやりながら。

 

「新しい出発、したんだよね。あたしたちは。だったら、ここをいい環境にしようよ。自分達の力で。待ってるだけじゃ、環境は苦しいままだよ。ねえ、みんなと仲良くなろうよ。今日、ついに最初の一歩を踏み出すことができたんじゃない!」

 

 予鈴が鳴った。俺は食べかけのおにぎりを見下ろしていた。

 その一部が床に落っこちている。椅子の下に。けっこうなサイズだ。

 拾い上げて俺は、口に運ぶ。

 

「……」

 

 ホコリの味がした。じゃり、という音が耳内で響く。

 

 *  *  *

 

 今週は、正面玄関の掃除当番だった。

 先のちびた竹箒。ないよりはマシだが、いかんせん性能が悪い。

 

「なあ、由香里。さっきのことだけど。ごめん」

「なんのこと?」

「味方、できなくて」

「ほんとにそう思ってる?」

 

 じっと俺の目を見ている。すぐに堪えきれなくなって……目を逸らしてしまう。

 

「ほら、やっぱり。ゴメンだなんて、そんなこと思ってないんだ」

「ああもう、そうですよ! どうせ上っ面でごまかそうとしてましたよ! すいませんね」

「でも、気遣ってくれたんだ」

 

 あらためて、その瞳を見つめようとする。なんだかヘンだ。いつにも増してこの、どぎまぎとした感じ。

 

「遣われても嬉しくないくせに」

「うん! 嬉しくない」

 

 満面の笑み。

 

「由香里はさ、強すぎるんだよ。なんで、どうして、そんなに平気なんだよ。こんな針のムシロみたいな環境で……ん?」

 

 悪寒がする。

 

「あ~、ついに本音を出したな~! 無理しなくてもいいんだぞっ、それっ!」

 

 悪戯っぽく笑いながら、竹箒で俺の背中を小突いてくる。

 

「出してねえし」

「出してたし~! なーんだ、渉も仲良くしたいんじゃん!」

「違うって、そういう意味じゃ……! あっ」

 

 誰かの影。東の門から入ってくる。

 

「あれは」

 

 その影は、先日、パンジーの種を植えたばかりの花壇で止まった。

 花々に目をくれたなら、さっとひるがえって、俺たちがいる正面玄関の方へと。

 

「おい、由香里。あれ」

「……!」

 

 なんだ? 由香里から漏れ出ているこの感情は。

 そのまま影はこちらへと。あれは……!

 

「おーい、集!」

 

 手を上げて挨拶を返す。集は、やや早歩きになった。

 

「先週ぶりだな、ふたりとも」

「集、よく学校に来るのか?」

「たまーにだな。届け物とか。今日は別の用事だ」

「へえ、どんな」

「ヨウジンケイゴだ」

「へえ! どんなことするのか教えてくれよ」

「渉! もういいでしょ」

 

 ここで、由香里が割り込むのだった。

 

「なんでだよ。俺達の恩人じゃないか」

「恩人?」

「集が花壇づくりを手伝ってくれなかったら、今日みたいに合同班になるのだって、夢のまた夢だったんだから」

「……それは」

 

 恨めしそうな面持ちになる。

 

「三良坂さん。ちょっといいですか」

 

 ようやく、集の方を向いて話し出す。

 

「先日は渉がお世話になりました。でも、今は掃除中なんです」

「あ、そうだな。見てのとおりだよな。ごめんごめん! 時間とらせて。また今度な」

 

 手を振りながら正面玄関に入っていく。俺はその歩く姿をまじまじと見ていた。

 

「あたし、あの人きらい」

「なんで? いい人だろ」

「そういう問題じゃないのよ……あれ、渉?」

「……」

 

 まただ。

 また、悪寒が襲ってきた。ナニカが来ている。

 

「どうかしたの?」

「なんか、変な感じがする。西門からだ。あっちの方は、篤と砂羽が掃除担当だったけど……いやまさか、あのふたりがこんな不穏な印章(シンボル)を出すなんて」

「あたしも感じた。いま」

 

 由香里の目線の先。それは、確かに西側の校門だった。

 でも、違う。この感じは、篤でも砂羽でもない。

 

「……あれか」

 

 校門付近に、三名分の人影が現われた――遠くからでもわかる、これは圧倒的というやつだ。こちらの方に歩いてくる。

 初老くらいの男性の両隣に、それぞれ若い男女が附いている。侍衛(プレシディオ)だろう。早い話が警護役。

 

「……」

 

 考えている間に、俺達のすぐ近くにまで辿り着いてしまう。

 

「……」

 

 この三人は、お客さんだ。俺と由香里は、おおげさに道を開ける。

 ただ、じっと待つ。じっと……。

 やり過ごしたいと願う。

 

「……」

 

 わずかに顔を上げると――目が合ってしまった。女の方と。

 なにやら気まずい。目線を逸らす。

 

「あら? あんた、どっかで見たことある」

 

 パンク? な髪型の女だ。

 額から頭頂部に至るまで、ツンツン頭のショートカット。かと思えば、もみあげのあたりからツインテール? が伸びている。

 

「覚えてる? 景山よ。山野辺の聚落(じゅらく)で会ったことあるでしょ? ウチは、アンタのこと覚えてるよ。ねえ、道ノ上渉くん」

「ええと、たしか……秋の奉納祭りで……太鼓、教えてくれたような」

「そうそう! でもさ、なんでこんなところにいるわけ? ここ、備後国府町でしょ? あ、確かそう、ハッピーマウンテン市と合併するあたりで引っ越したんだっけ? それならさ」

「おい。喬木様の前だ」

 

 男の方だ。無骨な感じだった。上背がある。

 

「ごめんね川上。ちょっとだけ」

 

 同僚にそう告げた後で、

 

「すいません、喬木様。ちょっとだけいいですか? 同郷なんです」

 

 喬木というらしい、六十過ぎほどの男に寄っていく。

 角刈り風の髪型だった。スラリとした長身、灰色調のスーツがばっちり決まっている。

 ――部下の要望に応えるかたちで、その手を右胸の前に掲げる。「よい」というサインだろうか?

 

「同郷か? わかった、好きにやれ。わしは公務を済ませてくる。校舎内では別の警護を頼んである」

「喬木様。オレと景山がいれば十分でしょう?」

「そーですよ。わたしと川上のふたりもいれば」

「……!」

 

 やり取りの間、喬木という男の表情がわずかに歪んでいた。この二人は主人の顔を見ないのだろうか?

 

「どういう意味じゃ? それは」

 

 苛立ち。この男が示した感情。空気が変わる。

 

「それはなんじゃ? 安心ができるということか? お前たち、訪れたこともない場所で、どういう根拠があってそんな無責任なことが言える」

「! それは」

「え、ええーと……」

 

 口をつぐむ。

 

「会議に参加した人間が刺客だったらどうする? どうやって責任を取るんじゃ?」

 

 両者、何も言わない。心の底から後悔している顔つき。

 

「ここは学校。わしらがイニシアチブを持った領域ではない。餅は餅屋、ということだ」

「す、すいませんでしたっ」

 

 景山がさっと頭を下げる。

 川上と呼ばれた男が主人の傍に寄った。

 

「喬木様、恐れ入ります。誰が、いったい誰が警護役を勤めるかだけでも教えていただけませんか」

「ふむ……」

「あ、喬木議員。お疲れ様です」

 

 ――集。集だった。

 玄関口からヌッと現われた。スリッパを持っている。

 

「いつもお世話になっております。本日は宜しくお願いします」

 

 俺は例の二人の方を見た。見るからに気圧されている。

 

「あちらが……喬木議員の侍衛(プレシディオ)の方々ですか?」

 

 集はそう言いながら、ふたりの方へと歩いていく。

 

「初めまして。この度、喬木議員の警護を勤めます、ハッピーマウンテン市教育委員会、教育総務課の――」

 

 自己紹介を終える前に手をかざしたのは、川上だった。

 

「いや、いいんだ! あんたほどの人がオレ達に気を遣わなくても」

 

 景山は、川上の後ろに隠れているような、いないような。

 

「わかりました。では、喬木議員。こちらへ」

 

 よく見ると、その手にはスリッパのほか、靴ベラも持っている。

 集に導かれて、喬木が玄関に足を踏み入れようとする――振り向いた。

 

「川上。景山。恥になることはするなよ」

「かしこまりましたっ!」

 

 恭しく敬礼をする。主人が校内に入ってしまうと、敬礼を解いて、

 

「さて、それでは」

 

 川上が俺たちを見た。何歩分かこちらへと。

 無意識だった――俺は由香里を守るように立ち塞がる。

 

「思い出したよ、お前たちのことを……景山よ。そいつらは故郷を捨てた連中だ。三年前に、道ノ上覚という者を中心にして、いくつかの世帯が山野辺を離れた」

 

 『逃げたんじゃない』と叫びたかった。背後に、由香里の激情を感じる。

 

「あ、そういうことだったんだ! ウチ、知らなかった」

「構ってやるな。こいつらは負け犬だ。使用者(エッセ)としての重責に負けた」

 

 ……まずい。これ以上は由香里が俺の前に出てしまう。

 

「あんたら、どうしたの? 弁解したっていいのよ? 別に負け犬でもいいじゃない。逃亡には成功したんだから。でも、あんたたち、あんまり楽しそうじゃないわ。ねえ、知ってる? 逃げ出した先に楽園なんてないのよ?」

「……掃除に戻ります」

 

 俺は踵を返そうとする。

 

「どうした! 悔しいのなら力を示してみろ……オレ達のルールは覚えてるだろう?」

 

 俺は呟いた――すぐ後ろにいる由香里に対して。

 

「由香里。頼むから何もするなよ。この連中の意図はわかるだろ」

 

 言った直後、景山がにじり寄ってくる。

 

「ねーねー、とにかくさ、あんたらはこんなところで消耗してるってわけね? 最後に忠告しといてあげる……そうね、よく考えたら、あんたって悪くないわ。あんたじゃなくて、親の方が低能チキンだったって話よね。ええと、なんだっけ、そうよ……『児童虐待を受けた子どもに責任はありません』てやつね。新聞折込に挟まってた広報誌に書いてあった」

 

 背中に圧を感じた。由香里の手が触れている。

 ……涙。悔しさの感情だ。ああ、皮膚を握るなよ。痛い痛い!

 

「はあ~あ」

 

 ワザとらしく、ため息を吐きながら前に出てみる。

 

「あ、そ~だ!」

 

 アホみたいな声だな。我ながら。

 

「どうしたの? 道ノ上渉くん……えっ? なに……これ……」

 

 景山は硬直している。俺の能力で視界を盗ってやった。

 ――すぐさま走り出す。その脇を抜けようとして。

 思い知らせてやる。

 

「どうだ、見えないだろ――!?」

 

 抜けた! と思った。思っていた。その矢先、景山のつま先が俺の足首を捉えていて――

 

「うがっ!」

 

 すっ転んでしまう。

 

「痛、くっそ……あ、ぎ、ぎああああぁッ!!」

「キャハハッ! こいつ、煽り耐性なさすぎじゃない?」

 

 ヒールの踵。それが右手の指の付け根を踏んづけている。

 

「うわ、だっさ、こいつ! ねえねえ、大人に手を出しちゃだめだよね。あんた、いまウチらの目、見えなくしてたでしょ~? なんて珍しい概念力(ノーション)ッ! でも」

「あぁ、ぐ……う……」

 

 痛みが引いた。ヒールが浮いたから――

 

「がっ! い、いぎああああああああああぁぁッ……!」

 

 直後。ヒールの踵で踏み抜かれる。

 

「いい? 目が見えなくても、ひよっこを転がすなんてわけないの。あ! そうだ……ねえ、ほかの生徒にも見てもらおうよ。ほらほら、何人かもう集まってきてる!」

 

 俺は目を閉じている。痛みを紛らわすために。

 でも、わかる。こいつは嬉々として俺を見下ろしている。

 

「基本的人権ってやつの適用除外でよかったわ。ほんと、さまさまね」

「景山よ。待て。これ以上、生徒連中が駆けつけることはない……わからないか? 微かではあるが、こいつからまた別の印章(シンボル)を感じる。おそらく、一般人(エンス)の聴覚を封じているのだろう」

「へー、印章(シンボル)ね。こんなもん」

 

 ジャララ、という勾玉同士が擦れる音。使用者(エッセ)の手首に巻かれた装飾品、鬼食免(きじきめん)を眺めているのだろう。

 

「こんなクソみたいな石で概念力(ノーション)の発動状況がわかるなんて、一般人(エンス)の連中、ほんとに信じてるのかしら。ごまかそうと思えば、いくらでもごまかせるのに。追い詰められた状況だったり、よっぽど威力があるヤツを打とうとしてるなら話は別だけど」

 

 ……痛い。とにかく痛い。

 

「う……う、あぁ……クソッ!」

「『クソ』じゃねーだろうが、年上に向かってよぉーッ!!」

「うぎぃ……!」

 

 骨が軋んだ。真っ赤な激流が駆け巡る。

 畜生、畜生、畜生――

 

「おい、景山よ」

 

 呆れたような声色だった。

 

「俺はそこで煙草を吸ってる。早めにしろよ」

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