大型ショッピングモール、グランカワノベの駐車場には数百台の自動車が停まっていた。最上階から駐車場を見下ろした視線が右に移ると、今度は立体駐車場が目に入る。
視線を元に戻すと、渉は息を吐いた。
「渉くん、ここは初めてかい?」
「これ、どうなってるんだ……?」
「どうなってるって、こういうものだよ。ボクらが居たのはハッピーマウンテンでも田舎の方なんだ。でも、喜んでもらえてよかった。一番上の階を集合場所にして正解だったね」
「入口じゃだめだったのか」
「野暮ったいよ、そんなの。まるで、『喫茶店で待ち合わせ』と言ったのに、『喫茶店の前で待ってる』くらいに野暮ったい……あと、この階は狭いから集まりやすい」
「そういうもんか」
二人は階段付近にいた。
ガラス張りになった窓の先には開けた土地が広がっている。市街地を貫く国道の端にはズラリと商店が並んでおり、それ以外は住宅地だった。
渉がフロアを見渡すと、中央の吹抜け部分にベンチが置いてあった。その奥にはゲームセンターがある。
「渉くん。今日はどうやって来たの? ボクは電車。宮本ちゃんは親に送ってもらうのかな」
「由香里と自転車で。姉さんに借りた。ついでに服と金も」
「え……?」
安田は頬を掻いた。
「ここまで十五キロはあるよ……?」
「うーん。由香里を荷物にしても五〇分もかからないしなぁ。そんなことより、この服の方がもの凄い違和感なんだが」
白色のチュニックの袖を引っ張るようにして足先を眺めている。灰色に近い黒のジーンズと、ぼろぼろのスニーカーが渉の目に映っている。
「これ女物なんだよ。姉さん、俺よりでかいんだ。安田は着こなしてる感じだな。大人っぽい。ええと……服の名前は知らないけど」
上に下に、安田の装いを眺めている。
ネイビーの襟開シャツに濃紺のスラックスを合わせていた。赤茶色のカジュアルシューズのつま先で、床をコツコツと蹴っている。
「店員さんが選んだ組み合わせなんだ。そりゃあ、誰だって決まるさ……渉くんだって似合ってるよ。細身だし、それに」
渉の右手首に巻かれた勾玉――鬼食免に視線をやる。
「ごめんね? 二人とも待ったよね」
宮本が小走りで二人の方に向かっている。横には由香里がいる。
安田は、由香里の七分丈のチノパンと、さほど主張していない胸の辺りをさっと眺めたなら、上気したその頬に視線を送る。
「ありがとね? 汐町さんが居なかったら、多分まだ迷子だったよ?」
渉の目線は水色のフレアースカートへと。真珠色のパンプスに目を奪われる。
「あ……!」
「どうしたの? 渉君」
「ええと、宮……宮……」
「宮本だよ?」
「ごめん……宮本さん」
「いいんだよ? 私、どういうわけか最近、人に名前を忘れられるの……それで、なんて言おうとしたの?」
「ええと、なんかさ。その服……ファッション雑誌で見たことある。おしゃれだよな」
「そ、そう?」
薄い生地のスカートを握り締める。
「あ、いや。その黒いポーチのこと。花の飾りが付いてる。かわいい」
「えぇ~!? 渉君……昨日から言ってるけど、なんにも出ないよ?」
安田は、ハッとなって由香里から視線を離した。渉の肘を小突くと、わざとらしく後ろを向かせて囁きかける。
「どうしたんだ、渉くん。女子を褒めるなんて。なにかあった?」
「いや、栞……姉さんがさ。こうしろって」
「……なるほどね。じゃ、次は由香里ちゃんだね」
「あいつはいいだろ」
「だめだよ。こういう場ではみんなを立てないと」
「うぐぐ……」
「言わないならボクが言うよ」
「……」
渉は由香里の前へと。
「……!」
少女は困った顔で目線を下に逸らす。
渉の目がぐりぐりと動いている。ベージュ色のチノパン、桃色の毛糸で編まれたシャツ、左手首にある鬼食免、雪の形をあしらった髪飾り……。
「今日はオシャレだよな。由香里」
「それって、いつもはイモみたいってこと?」
「そういう意味じゃねえ!」
落ち着かない様子でいる渉をチラリと眺めたなら、安田が後ろからやってくる。
「中学生で髪飾りって珍しいよね! すごく身分が高い感じがする。それ、どこで買ったの? 由香里ちゃんセンスいいね」
「これ? お母さんの。だいぶ昔のやつだけど……」
「そうなんだ。ねえ、近くで見せてよ」
由香里は、思案顔で安田を眺めている。
「安田君、見たいの? これで……どうかな」
近くに寄って髪飾りをズイッと示す。安田は身じろぎもせずに髪飾りを注視している。
「ああ、やっぱり……」
安田の瞼が少しばかり閉じる。
「似合ってる」
口角が上がる。その途端、彼の掌に違和感が生じた。渉がこっそりとメモを握らせたことによる。
「じゃ、みんな。そろそろ行こうか」
「安田くん? 今日はどこに行くの」
「んー、今が十一時だから……下に行って店を回ろう。そのうち昼になる。ご飯を食べて、最後はどうしよう」
「はーいっ!」
由香里が手を挙げた。
「こういうのって、最後まで決めない方がいいよ。なにがあるかわからないし」
「うん、それがいいかな……? じゃ、とりあえず」
安田の視線が、吹抜けの向こう側にあるゲームセンターに移っていた。
『予算1,500円以内。俺と由香里込みで。追記 前より500円ほど下がりました。ごめん』
と書かれたメモをポケットに仕舞いながら。
* * *
四人はゲームセンターに足を踏み入れた。
渉と由香里は慣れない様子で、種々並んだ筐体を見渡している。
エアホッケー、スロットマシン、シミュレーション型の釣り、馬と騎手の模型が並んだ競馬、電車を運転できるもの、顔写真を整形して撮影できる機械など。
「渉くん、ゲームセンターは?」
「……もちろん初めてだ。あー、なんていうか……声にならない」
「声になってるじゃない」
「今のは比喩。ええっと、そう、アンユだ」
安田が由香里を見ると、写真を撮影できる筐体の前に居た。隣に宮本がいる。
興味深そうに機械を眺めている由香里の袖口を、ちょいちょいと摘んだ手。
「さっきはありがとうね? 案内してくれて。汐町さんもここ初めてなのに……ねえ、帰りにここでプリ撮らない?」
「プリってこれでしょ? 興味あるけど……でもなぁ」
「撮ろうよ?」
「うん。気が向いたら……」
「……由香里さん?」
「え!?」
「ていうんだっけ?」
「うん」
「私、佳奈子だよ?」
「知ってる」
「由香里さん?」
「な……なにっ?」
「名前で呼んでほしいな? 横尾さんの名前呼んでるみたいに」
「……」
表情が崩れる。いつの間にやら肩付近にまで寄っている宮本の気配に押されるようにして顔を逸らした。
「……佳奈子」
「キャアアアアアアアアッ!! 呼んでくれた!? しかも呼び捨て!」
尋常でない声色に、何かを察したように由香里は――宮本の近くに寄って両の瞳を覗き込んだ。
「呼び捨て、嫌だった? じゃあ……佳奈子さん」
「その呼び方も……尊いです」
心臓に手を当てた。口をパクパクさせて由香里を見上げる。
「尊い?」
「な、なんでもないよ? ただ、ちょっとからかっただけだからね?」
安田は、そんな二人から目を離すと、渉のすぐ後ろについた。
渉は、さっと振り返って、
「なあ、安田。携帯電話って持ってる? ほら……あいつらみたいな」
エアホッケー台の傍にある木製ベンチに二名の男が居た。女性に声をかけている。
片方の大きな男は赤色の携帯電話を取り出し、両手でボタンを押している。
「ナンパか。よくやるよ……ケータイだったね、ボクは持ってない。宮本ちゃんは持ってる。藤原さんと前田は親に交渉中。クラスではほとんど誰も持ってないんじゃないかなぁ。没収されるから学校に持ってこないだけかもね」
「そういうもんか……」
「ねえ、ところで」
「ん?」
呟くようにして、渉のすぐ横に附いた。
「……由香里ちゃんと付き合ってる?」
「付き合ってない」
「なんで? カワイイのに。
「あいつの、どこがそんなにカワイイって?」
「……ふんわりとした頬に、ちょっと切れ長の瞼。肩にかかった柔らかそうなセミロング。ピシッとした体型で姿勢もいいし、何より……横顔がいい」
「……」
渉はため息を吐いた。
「安田。あいつはな、とっても」
「でも、ボクにとって一番の魅力は……暴力的なところかな」
「え?」
「引かないでくれよ。たまに思う時があるんだ……由香里ちゃんに殴られたら、どんな気持ちがするんだろうって……例えば、こないだの職員室の渉くんみたいなシチュエーション。由香里ちゃんに顔面をひっぱたかれて、鼻血が出たとするよね? ボクは懇願するような目で、『もうやめてください』ってお願いをするんだ。けど、由香里ちゃんは、『泣いてるの? ……もっと泣きなさいよ』って具合で、今度は倒れたボクの顔を素足で踏んづけるんだ。その時、足の指の間から漏れてくる、とんでもない臭さにボクの脳神経がナニカを感じる……それで、足がどいたら、ボクの胸倉を掴んで、昆虫を見るような目で見下ろすんだ。最後に、口の中でさんざん溜め込んだ唾を、ボクの顔を目がけて吐き出」
渉は、安田の肩を掴んでいた。激しく前後に揺り動かす。
店内をぐるりと見渡し、カッと目を見開いた。すると、手首に巻かれた鬼食免から、微かな
薄紫色で、光沢を帯びた空気の塊が散らばってしまう前に、
「安田優一、目を覚ませっ!」
渇を入れる。
『まさか、この近くに精神操作系の
渉は、安田の目を食い入るように見詰めていた。
十秒ほどが経った。
「ごめん。ボクとしたことが。頭がヘンになってたみたいだ」
渉は安堵のため息とともに周囲を見渡す。
「
誰も、渉の声がした方を向いていない。
ここで、由香里と宮本の後ろ姿を認めた。雑談に興じている様子だった。
「なんてね。ボクがそんなこと言うと思った?」
「は……?」
「ボクは本気だよ。渉くんには悪いけど」
両者の視線が交錯する。
「本気なんだ」
「……」
呆れかえって、醒めざめとした眼が安田を見据えている。
「急にこんなこと言ってごめんよ。でも、今じゃないとダメなんだって、そう思った」
渉を睨み返している安田の姿がある。真っ直ぐにその瞳を覗き込んでいた。顔は笑っていない。
「あー、わかったよ。本気なのは。わかった、応援するよ安田」
「……やっぱり、渉くんに話しておいてよかったね」
片目を閉じてにんまりとする。
渉は、ハッとなって由香里の方を見やる――由香里は後ろ手にサインを作っていた。人差し指を立て、ブンブンと振っている。
「後で怒られるな……由香里に」
「由香里ちゃんに怒られるの? 羨ましいな。今度、怒らせるコツ教えてよ」
呆れ果てて唇を歪ませる渉だった。が、急に澄ました顔になると、安田の眼前に歩みを進める。
「宮本さんは彼氏いるのか?」
「いないよ」
「……そっか」
「もし彼氏がいたら?」
「ダブルデートするよ。こっちからは俺と由香里が参加する。それで、由香里は彼氏にくれてやる」
「へえ。それで渉くんがフリーになった宮本ちゃんと付き合うの?」
「いいや。それから、彼氏をぶっとばして由香里と別れさせるだろ。そしたら、次は彼氏を取られて傷心してる宮本さんにこう言うんだ。『由香里はホントは宮本さんのことが好き』なんだって。由香里にも同じことを言う」
「フッ……! そ、それで……?」
「それから……仲良くそういうコトをしてる二人の……う、もうだめだ……!」
急に笑い出してしまった渉。安田の肩を掴んで引き寄せる。
「お前、けっこう馬鹿な奴だよな」
「君こそ」
「おーい、渉!」
女子が肩を軽く寄せ合っている。
「そろそろ降りようよ?」
宮本が首を傾けながら言った。
「そうだね。じゃ、降りようか。テキトーに見て回ろう」
安田が先導するようにして四人は階段を降りていく。男子が先に進んで、女子は斜め後ろについている。
やや暗くなった階段を、由香里は一段ずつ慎重に下りながら――渉の方を見ていた。