月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#5.5【特別編】大嫌いな彼の手(4/5)

 スカイブルーの盤面上に、プラスチックでできた円盤(ディスク)を打ち合う軽快な音が響いている。

 

「それっ!」

 

 カン、コン……! 激しい打ち合いを経た後、パックは壁面にぶつかる音とともに安田のゴールに吸い込まれていった。

 

「由香里ちゃん、エアホッケー上手いね」

「どう? これでも初めてなんだから」

 

 由香里は大型筐体の盤面に手を当てた。真下に開いた無数の穴から吹き出した空気を感じている。

 筐体の端にある電子スコアボードには4対2と表示されている。

 

「あと二点取ったらあたしの勝ちだよね?」

「うん。勝ったら約束どおり、学校の近くにあるお好み焼き屋の半額券を……二枚あげる」

「安田君が勝ったら?」

「……写真」

「え? このエアホッケーの音でよく聞こえないの」

「あれで一緒に写真を撮ろう。二人で」

 

 安田の目線が、プリントメイトというロゴが入った機械へと。

 

「プリ? いいわ。受けて立つ」

 

 直後だった。カァンという音が響いて、由香里のゴールにパックが叩き込まれた。

 

「ごめんよ。不意打ちみたいで。いや、はっきり言おう。今のは不意打ちだ……じゃ、本気で行くよ。由香里ちゃん」

「面白いッ! 望むところよ」

 

 ……競り合いが続いた。

 安田はしきりに壁を狙う。自分でも捉え切れないほどのスピードでパックを壁にぶつけ、無軌道な動きでゴールを狙おうとする。

 対する由香里は、パックが飛んでくる方向に対して、右手に握ったスマッシャーを突き出して防いでいる。パックが自陣にあることを認めたなら、全力一直線で安田のゴールを狙う。

 安田も入れられてはなるものかと、右手を激しくグラインドさせて由香里のスマッシュを防ぐのだった。そして打ち込まれる、壁を狙っての変化球。

 安田がチラリとスコアボードを見やる。5対5という表示を確かめたなら、全力で、今度は真正面にパックを打ち込んだ。

 

「……!」

 

 由香里は素早く体勢を下げることで一撃を打ち返した。壁に一回当たったパックは、安田のゴールを目がけて突き進んだ。

 

「させるかっ!」

 

 ガカッ、というプラスチック同士の高鳴りがした。安田はスマッシャーを盤面に叩きつけることでゴールを守り抜いていた。

 パックをすいっと正面に移したなら、深呼吸――吸い終わるかどうかというところで、由香里の顔を突き刺すように見る。目が合った。互いに逸らさない。

 

「……」

 

 安田がパックを打ち込んだ。

 先ほどの一撃よりも遅かった。由香里のタイミングが崩れてしまう。動かしたスマッシャーの端にパックが接触し、軌道を変えて、ゴール横の壁へと。

 由香里の瞳がパックを睨んでいる。

『ごめんね』

 左手の人差し指を立てると、パックの軌道が僅かに変化する。内角寄りに変化したそれは、由香里のゴールへと吸い込まれる。

 鬼食免からは、盤面の色と同じくスカイブルーの印章(シンボル)が漏れ出ていた。が、一瞬後にそれは消え去り、大気に混じった。

 5対6という得点が表示されたのを確認して、安田は安堵の深呼吸をする。

 

「負けちゃった。じゃ、約束ね。プリ」

 

 少女は、少年の傍に寄った。

 

「はは、まさか使用者(エッセ)に勝てるなんて。信じられないよ」

「あたしたち、別に運動神経が神がかってるわけじゃないんだよ」

 

 安田の顔が曇った。手を振ってごまかす由香里の隣に二人の男が近付いている。

 一人は極端な細身で髪を脱色していた。もう一人は赤色の携帯電話を指で摘むようにして持っている。体躯は大きい。

 

「君、上手いね。ホッケー」

「……はい。ありがとうございます」

 

 ニッコリと笑って礼をした。

 

「ねえ、君。高校生?」

 

 携帯電話を持った男は由香里の傍に近寄ると、

 

「俺もこのゲーム好きなんだ。順番待ってたの。ねえ、次は俺達とやらない?」

 

 安田は、由香里の不安げな面持ちを見ると――男の前に立った。

 

「すいません。ボクの連れなので」

「へー、そうなんだ。連れだったらどうなるの」

「嫌がる子をナンパなんてよくないですね」

「おい、質問に答えろや?」

 

 大柄の男が、携帯をパカパカとやりながら安田を見下ろしている。

 安田は周りを見渡した。近くにスタッフはいない。スタッフルームを見つけるも、十メートルは離れた位置にあるうえ、辺りは稼動する機械の音で満ちている。

 

「おいこら!」

 

 細身の男も煽り立てる。

 

「と、とにかく!」

 

 少女の手を引こうとする。すかさず、男達は無理やり止めようとする。

 

「お前ら、何やってんの?」

 

 渉の声に、エアホッケーの前にいる者達の動きが止まる。その後ろで宮本が小さくなっていた。黒いポーチの中からぬいぐるみが覗いている。

 

「仲間連れかよ。オレもついてねーなぁー」

「おい。でも、そこのちっこい子も……いいかも」

 

 渉は無言で其処に近付いていくと、由香里の左手を持ち上げた。手首に巻かれた六~八個ほどの勾玉、鬼食免(きじきめん)を高々と掲げてみせる。

 

「は……?」

 

 呆気に取られた声。赤い携帯電話が床に落ちた。

 もう一人は、見開いた目を閉じることができずに瞬きを繰り返している。

 

「ちょい、由香里」

 

 手を引いた。数歩分、離れた所に移動する。

 

「今のゲーム。お前、右利きだっけ?」

「いいじゃない。別に……それより、見てたんなら早く助けてよ」

 

 渉はバツが悪そうに頬を掻いている。

 

「悪かったよ。謝る。そんなことより、バレなくてよかったな……ほら、さっき安田に花を持たせたやつ」

「あんなの、意識すれば印章(シンボル)を出さないことだってできるし……さっきは出ちゃったけど」

 

 話しているうちに、細身の男が舌打ちをした。憤懣やる方ないといった様子で出口に向かう。

 赤の携帯を拾った男も後に続く。その際だった、渉達の方を振り返って、

 

「山に帰れよ!」

 

 捨て台詞を吐いた。

 

「……待ってよ?」

 

 宮本は立ち去ろうとする大男の前に進み出る。数十センチの身長差をものともせずに立ち塞がった。細身の男は様子を伺っている。

 

「謝ってよ」

「ああ!? なんでだよ」

「渉君も由香里も、山になんて帰らなくていいからだよ」

「正気か? このちっこいの」

「宮本佳奈子よ!」

「名前なんてどうでもいい。お前、人間より使用者(エッセ)の肩を持つのかよっ!」

 

 睨み合い。両者、一歩も引くことなく対峙している。

 途中、スタッフらが声に気付いて駆けつけるも、鬼食免の存在を認めると後ろに下がった。

 胸を大きく張って歯を食いしばる宮本――やがて、男は呆れた顔つきになる。

 

「ま、いいさ。そのうち殺されないようにな」

 

 ドフッ、という音が響いた。宮本の拳が大男の腹にめり込んでいる。

 

「おぉ、痛い痛い!」

 

 てんで効いていないという調子だった。小柄な女子は、にやにやと見下ろされている。

 

「そのアホみたいな口振りを続けたら、今度は渉君が同じことしちゃうよ?」

「……!?」

 

 男は、渉の方をサッと見た。

 蟷螂のように色気づいて醒めた目をした少年が其処にいた。男は恐怖に慄いた様子で携帯をポケットに入れて退散しようとするも、宮本がブロックする。

 

「そんなこと言うのやめてよ……私の友達なんだよ?」

 

 男の視線がぐらついた。佇んでいる――自分が何を見ているのか分からないといった面持ちで。

 

「あれ? 俺、なんでこんなところにいるんだ……?」

 

 異常を察してか、細身の男が駆けつける。

 

「おい! どうした」

「おかしいんだよ……俺、ここに来たわけはなんだっけ? てゆうか、なんでお前といるんだ?」

「お前ら、概念力(ノーション)を使いやがったな」

 

 渉と由香里は顔を見合わせた。不思議そうな顔をしている。

 

「オレにも変な症状が出てる。連れの名前が思い出せないんだ。この小柄な子の名前だって、さっき確かに聞いたってえのに、ええと、宮、宮……だめだ、思い出せねえ。こんちきしょうめ! おかしいだろ、こんなのはよぉ……? おい、お前ら。オレらに何をしたんだよ……!」

 

 渉と由香里は、男らに近寄ろうとする。が、その前に出口に向かって進み始めたことを認めると安堵のため息を吐いた。

 

「……渉? 確認するけど」

「使ってないぞ」

「そうよね」

 

 二人が振り返ると、安田が宮本を気遣うように傍に立っていた。安田は二人の会話が終わったことを察した。

 

「いやその、見苦しいものを見せてしまって……」

「なに言ってんだ。カッコよかったじゃん、安田!」

「まだまだだよ。こんなボンクラ、国府高校にふさわしくない」

「……ぷ、ぶふっ!」

 

 由香里が噴き出した。

 最初は小さな笑いだったが、やがてそれは大きくなって、ごまかし切れなくなったところで、魂が抜け切っている宮本の傍に寄った。

 

「佳奈子、ごめん。だってさ……あんなパンチ見せられたら……」

「あははははっ!」

 

 宮本も吹っ切れたように大笑いを打った。そんな様子を眺めて、渉と安田は苦笑いを浮かべる。

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