月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

17 / 44
#5.5【特別編】大嫌いな彼の手(5/5)

「じゃ、一人100円ずつで」

 

 お金を集めた安田は、筐体の前にある硬貨投入口に400円を入れた。筐体の前に掛けてあるカーテンにプリントメイトという流麗なロゴが刻まれている。

 渉と由香里は、宮本に導かれるまま緊張した面持ちで幕をくぐる。

 

「これからどうするんだ?」

「あたし、わかんないよ……」

「まずは背景を選ぼう」

「この画面をタッチするんだよ?」

「……ハイケイヲエランデネ」

 

 案内音声が流れた。宮本が液晶に触ると、画面が左右に動いて背景が表示されていく。

 

「由香里、どれにする? 私は……」

「えっと、この虹色のやつがいいかも」

「水玉のは?」

「それもいい!」

 

 渉と安田は、女子が選ぶのを眺めている。

 

「とんでもないやつを選ばないでくれよ。ねえ、渉くん」

「なんでもいいよ。どれも悪くない」

「渉はどれがいいの?」

「あ~、強いて言えば、この星空がピカピカしてるやつかな」

「渉君、以外とロマンチックなんだね?」

 

 宮本が、渉の脇腹をつつく。

 

「宮本さんも大胆だよな。さっき、ガバッとしゃがみ込んでカーテンの中に人がいないか確かめてなかった?」

「あれは……ああいうものなんだよ? はい、それじゃ渉君が選んだのを背景にするね」

 

 宮本が画面をタッチすると、選んだ背景の枠がキラリと輝く。

 

「次は明るさだね?」

 

 宮本の隣にいる由香里は悩ましげな顔になる。

 

「明るさって?」

「文字どおりの意味だよ? ほら、そろそろ」

 

 筐体から音声が流れる――

 

「アカルサヲエランデネ」

「あ……すいません、ほんとすいません。あたし今日、調子に乗りました……もう一生プリ撮りません……」

 

『それはひょっとしてボケているのか?』

 渉は訝しむような視線を由香里に送る。

 

「イエエエエイッ!! この四人で遊べてよかったッ!」

「安田くん! ふざけちゃだめだよ?」

「ごめん。ボクとしたことが……明るさは普通でいいよね。テンションは高めで!」

 

 安田の爪先が画面にカチッと当たる。

 

「カメラヲミテネ。ポーズヲキメヨウ!」

「いよいよだよ?」

「え、え? どうするの……?」

「横にポーズの見本が貼ってあるでしょ? あんな感じで撮るの」

 

 渉が横面を見ると、様々なポーズが載っている。ピースサインを頬に当てているもの、両手指で鬼の角を作っているもの、悩ましげに掌を顎に当てているものなど。

 

「始まっちゃうよ? 由香里ちゃん。早く、早く……えっ?」

 

 急かされるより早く、由香里が両手でピースを作っていた。満面の笑み。

 カシャリッ、というシャッター音が鳴った。安田は無難にピースを決めており、渉は虫歯が痛いことを示すポーズを取っている。

 

「私、ポーズできなかったよ……?」

「佳奈子、次、次!」

 

 逆に急かされた宮本。あくせくしながら手でハートマークを描いてみせる。

 

「佳奈子、かわいいじゃん」

「なにも出ないよ?」

 

 規則的なシャッター音――その都度、不器用ながらもカメラに向かって微笑みを投げかける。撮影が終わる頃には、皆の顔に汗が滲んでいた。

 

「次で最後だね?」

「よっしゃ! 佳奈子、画面に映ってるあたしの顔見て」

「え、なになに?」

「どうだっ!」

 

 その瞬間に、『ベヘッ!』というくしゃみのような音を立てて爆笑する宮本の姿があった。辛うじて、シャッターが下りる前に画面に映ることに成功した。

 

「ゆ、由香里……! 今のなに……?」

「目と鼻を全力で開けて疾走する競走馬の顔真似!」

「由香里の鉄板だな」

「……!」

 

 撮影直後に由香里の変顔を見てしまった安田は、笑い過ぎで床に縮こまっていた。片目で苦笑しながら見ている渉の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。

 そのまま笑いこけていたものの、

 

「落書き時間! あと一分しかない!」

 

 大慌てで、宮本が『フレンド記念!!』と右下に書き込んだところで全ては終わった。カーテンを捲って四人が出てくると、由香里の手に今日の写真がしっかと握られている。

 写真を取り分けたなら、なし崩し的にゲームセンターを出て、エスカレーターで一階まで降りて、正面入口のガラス戸を開いて駐輪場へと移動した。

 

「じゃあね。渉くん、由香里ちゃん」

 

 渉は自転車のサドルに跨った。由香里は後ろの荷物置きに腰をかけている。

 

「また学校で」

 

 二人と二人は手を振って別れた。

 自転車はスイスイと前に移動し、安田と宮本の姿が小さくなっていく中、由香里は何度も振り返って手を振った。

 やがて、自転車が曲がり角に差し掛かって安田と宮本が見えなくなると、由香里は振っていた左手と、サドルを掴んでいた右手を渉の腰元にそっと置いた。口元に笑みを浮かべて。

 由香里は、世界一幸せな少女だった。

 

 *  *  *

 

 頭に巻いていたバスタオルを洗濯機に投げ込んで、ドッグフードを携えた宮本が時計を見上げる。

 七時五〇分であることを確かめると、洗濯機の傍にある押し戸のドアノブを捻った。

 

「ハピネ。夕ご飯だよ?」

 

 暗闇の中で延びた手がスイッチに触れると、室内がパッと明るくなる。扉の先はガレージだった。

 

「ええと、このへんかな?」

 

 庫内に自動車はなく、作業台や電動工具、脚立、清掃用品などが置かれている。シャッター際には、ペットボトルやダンボールのごみがざっくばらんに投げてある。

 宮本の視線の先に、木材で組まれた犬小屋があった。そこから、のそのそとゴールデンレトリバーが出てくる――白に近い茶色の毛並みをブルッと奮わせて。

 宮本が持っているエサに気が付くと、尻尾をゆらゆらと左右に振り始める。舌を出した。

 

「はいはい、待ってね?」

 

 スリッパからサンダルに履き替えると、犬小屋の前に置かれた皿にドッグフードを流し込んだ。犬の表情が変化する。

 

「ハッハッハッハッ……!」

「マテ。マテ。マテ。まだだよ? マテ~!」

 

 尻尾を振る勢いが小さくなる。

 ……十秒ほどが経った。まだ振っている。

 

「ヨシ! 食べていいよ?」

 

 夕食に齧り付く大型犬を、しゃがんだ少女が眺めている。

 カリカリという食事音が響くなか、宮本は右手の甲に視線をやった。

 

「……」

 

 犬の食事が終わった。惜しむように皿を舐めている。

 

「……渉君」

 

 手の甲に唇が触れた。目を閉じて、左手を胸に当てる。

 右手に宿ったなにかを鼻で嗅いでいると、少女の体がビクリとなって後ろに倒れそうになる。左手で支えて体勢を戻すと、また手の甲に視線をやる。

 ……それをペロリと舐めたなら、今度は掌を首元へと。

 

「ひゃうっ!」

 

 飼い犬に頬を舐められて後ろに下がる。視線が犬へと移った。

 ハピネは、お座りをして主人の顔を見詰めている。

 

「カワイイデシュネエエエエエーーーッ!!」

 

 抱きついた。頭を、背中を、足を、体の各所をひたすらに撫で回す。

 

「ハピネ。驚かせちゃだめでちゅよお……?」

 

 犬に目線を合わせ、首に抱きついて頬にキスをした。

 

「あぁ~ん、もぉっ! ハピネ、ハピネッ!」

 

 犬を抱きしめ続ける。鼓動を伝えるかのように。

 

「あたし、やばいかも……?」

 

 抱きつきを止める頃には、パジャマは犬の毛だらけになっていた。

 

「ねえ、ハピネ。どう思う?」

 

 その犬に表情はない。ただ、目の前の存在に対して首を傾げるのみ。

 

「え~、どうしたの? ハピネ。急に冷たくなって。私のこと嫌いになった?」

 

 その時だった。背後のドアが開く音とともに、

 

「カナ。風邪引くわよ」

「あ、ママ……ハピネに話聞いてもらってて」

「もう。またパジャマに犬の毛つけて……洗濯するのママなんだから」

「ごめんったら。もうしない」

「本当に? まあいいわ。早く車庫から出なさい」

「は~い」

 

 サンダルからスリッパに履き替えつつ、手を最大限に延ばして電気のスイッチを押そうとする。

 

「あっ!」

 

 スリッパに足の指を引っ掛けたことで体勢が崩れる。身体は真後ろに倒れる。

 

「カナ!」

 

 母の手が間一髪で娘の手を掴んだ。引き戻すことに成功する。

 

「あ……ありがと。ママ」

 

 両足を開いた姿勢で母親の顔を見上げる。刹那、握っていた手が乱暴に切り離される。

 

「え?」

 

 再び体勢を崩した宮本。前側にあった左足を引いて留まった。

 

「ママ……? ごめんって。もうパジャマに毛、つけないから」

「あなた、誰?」

 

 ガレージに降りた母は、娘の両肩を掴んだ。

 

「ママ。なに言ってるの?」

「どこの子? ねえ、どうやってこの家に入ってきたの? 教えて」

「え、だから……」

「真剣に話しなさい。でないと……警察を呼ぶわ」

 

 恐怖に引きつった少女は、母親の顔を見ることすら出来なくなる。ふいに、真後ろを振り向いた。

 

「ハピネ!」

 

 飼い犬は、お座りの状態から起き上がると、しばらく黙って二人を見ていた。

 やがて、彼の中で何かの感情が溢れかえった。ハピネはその激情を、侵入者に対して吠えるという行動で示した。

 唸り声とともに、犬は少しずつ宮本に寄ってゆく。牙で狙いをつけている。忘れられた少女の足首に。

 

「……ああ、私。本当にわかっちゃった。今日の理解なんて、大したことなかったんだ……あはは、わかっちゃった! ……使用者(エッセ)の気持ちが」

 

 唸り声は続いている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。