「じゃ、一人100円ずつで」
お金を集めた安田は、筐体の前にある硬貨投入口に400円を入れた。筐体の前に掛けてあるカーテンにプリントメイトという流麗なロゴが刻まれている。
渉と由香里は、宮本に導かれるまま緊張した面持ちで幕をくぐる。
「これからどうするんだ?」
「あたし、わかんないよ……」
「まずは背景を選ぼう」
「この画面をタッチするんだよ?」
「……ハイケイヲエランデネ」
案内音声が流れた。宮本が液晶に触ると、画面が左右に動いて背景が表示されていく。
「由香里、どれにする? 私は……」
「えっと、この虹色のやつがいいかも」
「水玉のは?」
「それもいい!」
渉と安田は、女子が選ぶのを眺めている。
「とんでもないやつを選ばないでくれよ。ねえ、渉くん」
「なんでもいいよ。どれも悪くない」
「渉はどれがいいの?」
「あ~、強いて言えば、この星空がピカピカしてるやつかな」
「渉君、以外とロマンチックなんだね?」
宮本が、渉の脇腹をつつく。
「宮本さんも大胆だよな。さっき、ガバッとしゃがみ込んでカーテンの中に人がいないか確かめてなかった?」
「あれは……ああいうものなんだよ? はい、それじゃ渉君が選んだのを背景にするね」
宮本が画面をタッチすると、選んだ背景の枠がキラリと輝く。
「次は明るさだね?」
宮本の隣にいる由香里は悩ましげな顔になる。
「明るさって?」
「文字どおりの意味だよ? ほら、そろそろ」
筐体から音声が流れる――
「アカルサヲエランデネ」
「あ……すいません、ほんとすいません。あたし今日、調子に乗りました……もう一生プリ撮りません……」
『それはひょっとしてボケているのか?』
渉は訝しむような視線を由香里に送る。
「イエエエエイッ!! この四人で遊べてよかったッ!」
「安田くん! ふざけちゃだめだよ?」
「ごめん。ボクとしたことが……明るさは普通でいいよね。テンションは高めで!」
安田の爪先が画面にカチッと当たる。
「カメラヲミテネ。ポーズヲキメヨウ!」
「いよいよだよ?」
「え、え? どうするの……?」
「横にポーズの見本が貼ってあるでしょ? あんな感じで撮るの」
渉が横面を見ると、様々なポーズが載っている。ピースサインを頬に当てているもの、両手指で鬼の角を作っているもの、悩ましげに掌を顎に当てているものなど。
「始まっちゃうよ? 由香里ちゃん。早く、早く……えっ?」
急かされるより早く、由香里が両手でピースを作っていた。満面の笑み。
カシャリッ、というシャッター音が鳴った。安田は無難にピースを決めており、渉は虫歯が痛いことを示すポーズを取っている。
「私、ポーズできなかったよ……?」
「佳奈子、次、次!」
逆に急かされた宮本。あくせくしながら手でハートマークを描いてみせる。
「佳奈子、かわいいじゃん」
「なにも出ないよ?」
規則的なシャッター音――その都度、不器用ながらもカメラに向かって微笑みを投げかける。撮影が終わる頃には、皆の顔に汗が滲んでいた。
「次で最後だね?」
「よっしゃ! 佳奈子、画面に映ってるあたしの顔見て」
「え、なになに?」
「どうだっ!」
その瞬間に、『ベヘッ!』というくしゃみのような音を立てて爆笑する宮本の姿があった。辛うじて、シャッターが下りる前に画面に映ることに成功した。
「ゆ、由香里……! 今のなに……?」
「目と鼻を全力で開けて疾走する競走馬の顔真似!」
「由香里の鉄板だな」
「……!」
撮影直後に由香里の変顔を見てしまった安田は、笑い過ぎで床に縮こまっていた。片目で苦笑しながら見ている渉の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
そのまま笑いこけていたものの、
「落書き時間! あと一分しかない!」
大慌てで、宮本が『フレンド記念!!』と右下に書き込んだところで全ては終わった。カーテンを捲って四人が出てくると、由香里の手に今日の写真がしっかと握られている。
写真を取り分けたなら、なし崩し的にゲームセンターを出て、エスカレーターで一階まで降りて、正面入口のガラス戸を開いて駐輪場へと移動した。
「じゃあね。渉くん、由香里ちゃん」
渉は自転車のサドルに跨った。由香里は後ろの荷物置きに腰をかけている。
「また学校で」
二人と二人は手を振って別れた。
自転車はスイスイと前に移動し、安田と宮本の姿が小さくなっていく中、由香里は何度も振り返って手を振った。
やがて、自転車が曲がり角に差し掛かって安田と宮本が見えなくなると、由香里は振っていた左手と、サドルを掴んでいた右手を渉の腰元にそっと置いた。口元に笑みを浮かべて。
由香里は、世界一幸せな少女だった。
* * *
頭に巻いていたバスタオルを洗濯機に投げ込んで、ドッグフードを携えた宮本が時計を見上げる。
七時五〇分であることを確かめると、洗濯機の傍にある押し戸のドアノブを捻った。
「ハピネ。夕ご飯だよ?」
暗闇の中で延びた手がスイッチに触れると、室内がパッと明るくなる。扉の先はガレージだった。
「ええと、このへんかな?」
庫内に自動車はなく、作業台や電動工具、脚立、清掃用品などが置かれている。シャッター際には、ペットボトルやダンボールのごみがざっくばらんに投げてある。
宮本の視線の先に、木材で組まれた犬小屋があった。そこから、のそのそとゴールデンレトリバーが出てくる――白に近い茶色の毛並みをブルッと奮わせて。
宮本が持っているエサに気が付くと、尻尾をゆらゆらと左右に振り始める。舌を出した。
「はいはい、待ってね?」
スリッパからサンダルに履き替えると、犬小屋の前に置かれた皿にドッグフードを流し込んだ。犬の表情が変化する。
「ハッハッハッハッ……!」
「マテ。マテ。マテ。まだだよ? マテ~!」
尻尾を振る勢いが小さくなる。
……十秒ほどが経った。まだ振っている。
「ヨシ! 食べていいよ?」
夕食に齧り付く大型犬を、しゃがんだ少女が眺めている。
カリカリという食事音が響くなか、宮本は右手の甲に視線をやった。
「……」
犬の食事が終わった。惜しむように皿を舐めている。
「……渉君」
手の甲に唇が触れた。目を閉じて、左手を胸に当てる。
右手に宿ったなにかを鼻で嗅いでいると、少女の体がビクリとなって後ろに倒れそうになる。左手で支えて体勢を戻すと、また手の甲に視線をやる。
……それをペロリと舐めたなら、今度は掌を首元へと。
「ひゃうっ!」
飼い犬に頬を舐められて後ろに下がる。視線が犬へと移った。
ハピネは、お座りをして主人の顔を見詰めている。
「カワイイデシュネエエエエエーーーッ!!」
抱きついた。頭を、背中を、足を、体の各所をひたすらに撫で回す。
「ハピネ。驚かせちゃだめでちゅよお……?」
犬に目線を合わせ、首に抱きついて頬にキスをした。
「あぁ~ん、もぉっ! ハピネ、ハピネッ!」
犬を抱きしめ続ける。鼓動を伝えるかのように。
「あたし、やばいかも……?」
抱きつきを止める頃には、パジャマは犬の毛だらけになっていた。
「ねえ、ハピネ。どう思う?」
その犬に表情はない。ただ、目の前の存在に対して首を傾げるのみ。
「え~、どうしたの? ハピネ。急に冷たくなって。私のこと嫌いになった?」
その時だった。背後のドアが開く音とともに、
「カナ。風邪引くわよ」
「あ、ママ……ハピネに話聞いてもらってて」
「もう。またパジャマに犬の毛つけて……洗濯するのママなんだから」
「ごめんったら。もうしない」
「本当に? まあいいわ。早く車庫から出なさい」
「は~い」
サンダルからスリッパに履き替えつつ、手を最大限に延ばして電気のスイッチを押そうとする。
「あっ!」
スリッパに足の指を引っ掛けたことで体勢が崩れる。身体は真後ろに倒れる。
「カナ!」
母の手が間一髪で娘の手を掴んだ。引き戻すことに成功する。
「あ……ありがと。ママ」
両足を開いた姿勢で母親の顔を見上げる。刹那、握っていた手が乱暴に切り離される。
「え?」
再び体勢を崩した宮本。前側にあった左足を引いて留まった。
「ママ……? ごめんって。もうパジャマに毛、つけないから」
「あなた、誰?」
ガレージに降りた母は、娘の両肩を掴んだ。
「ママ。なに言ってるの?」
「どこの子? ねえ、どうやってこの家に入ってきたの? 教えて」
「え、だから……」
「真剣に話しなさい。でないと……警察を呼ぶわ」
恐怖に引きつった少女は、母親の顔を見ることすら出来なくなる。ふいに、真後ろを振り向いた。
「ハピネ!」
飼い犬は、お座りの状態から起き上がると、しばらく黙って二人を見ていた。
やがて、彼の中で何かの感情が溢れかえった。ハピネはその激情を、侵入者に対して吠えるという行動で示した。
唸り声とともに、犬は少しずつ宮本に寄ってゆく。牙で狙いをつけている。忘れられた少女の足首に。
「……ああ、私。本当にわかっちゃった。今日の理解なんて、大したことなかったんだ……あはは、わかっちゃった! ……
唸り声は続いている。