月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#09:冷たい氷みたいに(後)(2/3)

 国府第三中学校へと向かう道を、ふたりで歩いている。 

『渉。話したいことは色々あるんだが……』

『なあ、集。会議、間に合うのか?』

『……受付係が時間オンチなのを祈るばかり、ってところだ。まあ、ゆっくり歩いていこうや。実は俺、参加したくねーんだ』

 という、今しがたのやり取りを思い出して、

 

「はあ……」

 

 ため息をついた。

 足取りは重い。沈黙が続いている。

 

「渉」

 

 集が口を開く。

 

「どうしてこんなことになったんだ。死ぬところだったんだぞ」

「気になったんだよ。文化会館が」

「気になった?」

「あんな事件があったら、そりゃ気になるだろ」

「もしかして、自分達であの騒ぎを収めようと躍起になったものの、てんで通用しなかったことでも気にかけてるんじゃないだろうな」

 

 由香里の真似をするがごとく、道に落ちていた石ころを蹴っ飛ばしてみる。

 

「そのとおりだよ! ……もやもやして、行ってみたくなった」

「病んでるな、渉くんは。もっと物事に対して無関心というか、そういうタイプだと思ってた」

「あいつらなんかどうでもいい! けど……自分のせいで誰かが苦しむのは嫌だ」

「へえ、そうなんだ」

「……」

 

 

 自分の肩のあたりを握った。

 

「なんてゆうか、その……助けたいとか助けたくないとかじゃなくて、あいつらが原因で苦しくなることがあるんだよ。それは、あいつらの悪意によることもあるし、そうじゃなくて、俺達の意識が元になってることもある」

 

 自分が何を言っているのかわからない。

 集はただ聞いている。

 

「……あいつらの存在を気にしないでいられる。そんな自分になりたい」

「そーいうのは、お手本を探すといい」

 

 俺は苦笑する。

 

「……由香里だ。あいつはクラスの連中から無視されても、平気な顔で『おはよう』って言う。ほんと強いんだ、あいつ。あいつみたいになりたい」

「へえ、由香里ちゃんみたいになりたいんだ。どうすればなれると思う?」

「それがわかったら苦労しないよ……けど、ああ、そうだ。力、かな。力さえあればなんとかなる気がする。さっきの集みたいにさ、どんな使用者(エッセ)でもなぎ倒せるほどの力があれば……どんな境遇でも、チョウゼン、てやつ? そんな気持ちでいられる……と思う」

「そうなんだ。でも、あれ、すごかったじゃん……高森さんが最初に放っていたあの召喚獣、ドードルバグという異界の魔獣、その成れの果てなんだが、あれの暗黒拘束を打ち破った奴は初めて見たな」

「見てたなら、早く助けてくれよ」

「可愛い子には旅をさせろって言うだろ?」

 

 集は笑っている――

 わかってる。苦労してあの暗闇を薙ぎ払ってくれたことを。

 

「いや、そんなことより。あの時、お前がやったあの概念力(ノーション)。あれは一体なんなんだ? 教えてくれよ」

「あれは……俺が育った地域だと、幻想変換(デモンズ・トレード)って呼ばれてる。俺以外だと栞が使える」

「どんな能力なんだ?」

「先に願いが叶う。でも、その後で……なにかが持っていかれる」

「叶わない願いだったら?」

「栞が言うには……その場で粉みじんに砕け散るらしい」

「すごいじゃん。そんな能力があったら、ぜひ使ってみたいね」

「冗談だろ。なにが消えるかわからないのに」

「その代償をコントロールできるかも……とか、考えられないか?」

「無理だ」

「いやいや。もしかしたら失うんじゃなくて、逆に得られるかもよ」

「バカばっかり」

 

 また無言になる。

 ……ただ、ふたりで歩いている。 

 

「なあ、集」

「どうした?」

「聞きたいことがある。本当はあの日、文化会館で聞きたかった」

「ん? ああ、あれか」

 

 俺は立ち止まる。集も。学校は目前だ。

 

「俺さ、公務員になりたいんだ。教えてくれよ、こんな俺でも公務員になれる方法をさ」

 

 集は、なんだか苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「どうしたんだよ、いつもはすぐに答えが返ってくるだろ。ダメなのか、俺じゃ。ふざけた理由なのはわかってるよ。でも、真剣なんだ」

「基本的なところから行こう。まず、渉の場合は、中卒採用ということになる。一般的には現業職員としての採用になるけれども、残念ながらウチは現業の採用は一切行ってないんだ。例えば、お前の学校には用務員がいないだろ? 同じように給食の調理員も、養護教諭もいない。現場の仕事は全部民間に委託してる」

「……」

「さらに悪いことに、ハッピーマウンテン市では、使用者(エッセ)が一般行政職として採用されたことはない。だから、いわゆる……フツーの公務員というのは無理だ」

 

 そして、ひと呼吸おいた後に、

 

「しかし、だ。魔導技術職なら話は別だ。これは使用者(エッセ)しか受験することができない。幸いにも、今年は秋に採用試験がある」

「……俺にも希望があるってことか?」

「いいや、ない。理由は倍率だ。例えば、今から約六年前に行われた備後国府町の魔導技術職採用試験の倍率は……約三五〇倍だ。一人の定員に、それだけの数が来た……渉。もうわかるよな?」

 

 わかる。俺の顔に笑みが浮かんでいる。

 

「希望、あるじゃんか。たった一人の採用でも、今年は採用試験をするんだろ?」

「いやいや。ハッピーマウンテン市と合併していることもあって、定員も三人に増えてはいるが……おい、どうして笑っていられる? 絶望するとこだろ」

「為せば成る……って言えるほど自信があるわけじゃない。でもさ、俺にはさ、もうそれしかないんだよ。チャンスがあること自体、喜ぶべきだろ?」

「わかった、わかった! 第一関門クリアだな。じゃあ、お次は……精神的なところにいこう」

 

 集の視線の先。国府第三中学校の校舎を眺めている。

 

「三川課長のくっそ長い挨拶も終わってる頃かな。渉、行こう」

「え?」

「これから会議がある。扉に耳を当てながらとまでは言わないが、外で話し合いの内容を聞いてもらう」

 

 え? どういうことだ?

 

「晴れて公務員になったとして、その職務を全うできなければ意味はない。いいか? この会議が終わった後で、自分が本当にこの仕事に就くことができそうか……しっかりと見極めるんだ」

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