月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#10:嘘(1/3)

 逃げるようにして学校を去った。

 会議室から雪崩のように出てくる教師たちの視線には入っていなかった……と信じたい。

 正直、バレてやしないかと気が気でない自分がいる。

 俺は今、国府第三中学校を見下ろせる小高い丘を下り切ってしまって、尚吾がそれなりの確率で追いついてくる地点にいる。

 いつもの時間に、いつもの通学路を通ってはいるけれども、正直、学校に行きたいという気持ちが起こらない。

 

「あ……」

 

 ふと、視線が泳ぐ。

 そこには、先日、尚吾と一緒に歩いている時にすれ違った国府高校の女子生徒の姿があった。今日も自転車に乗っている。

 

「……」

 

 つい見とれてしまう。あの時と同じく、髪を後ろで結ってある。

 

「……!」

 

 目が合った。気まずい。

 

「おはようございます」

「……おはようございます!」

 

 どうして俺に挨拶をしたんだ? 知り合いだと勘違いしたのか?

 すぐ真横を、反対方向にある国府高校へと通り過ぎていった。ふう、と胸をなでおろす。

 ヴイイイイイィンッ!!

 

「うわぁっ!」

 

 真後ろからのエンジン音。次いでクラクションが響いてくる。

 振り向くと、軽トラックだった。以前、集が乗せてくれたものと同じような型の。

 運転席を見ると……尚吾が乗ってるじゃないか! どういうことだ?

 ウィンドウが下がる。尚吾の顔がこちらを覗く。

 

「尚吾。どうしたんだよ」

「はは、どうじゃ。じいちゃんから借りたんじゃ。今日は、これでその辺をドライブするんじゃ」

「馬鹿いうなよ。免許持ってないだろ!」

「ええんじゃ。運転はできるから。毎日、親父に教わっとる。ワシのう、おとといな、建設会社から内定もらったんじゃ。今から小型重機に乗る練習がしたいって言ったらのう、まずはこれで練習せえって」

「……公道で乗ってみろって、言われたのか?」

「そんなわけないじゃろ! ワシがジコセキニンで乗っとるんよ」

 

 呆れてしまった。

 

「無茶はするなよ。死ぬかもしれないんだから」

「わかっとる! じゃあの。今日はフケるわ」

 

 ブイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーーッ!!

 

「うるさいぞ! この音なんだよ!」

 

 通り過ぎていた。車体がグラグラと揺れている。

 

「ギアチェンジが面倒なんじゃ! どうして、一速から五速にできんのかのう!」

 

 窓から身を乗り出して叫んでいだ――走り去っていく軽トラック。

 

 *  *  *

 

 人の少ない教室。

 朝八時に来ているのは、十人と少しといったところ。

 

「いつもながら少ないな」

 

 安田たちはまだ来ていない。

 出入口のすぐ傍で二人の男子が雑談に興じている。「おいおい~!」と慄きながら、片方がツッコミを入れたところだ。

 なんとなく。本当に、なんとなくだった。

 

「……おはよう」

 

 ボソッとした調子で声をかけてみた。

 

「……?」

「……」

 

 かけるんじゃなかった。一瞬で、この一瞬だけで後悔が込み上げてくる。

 彼らの表情を読んだだけでも、『嫌悪』『恐怖』『逃避』といった感情が伝わってくる。

 

「……ぶふっ」

 

 一人の男子が笑った。先ほど、笑いとともにツッコミを入れた方の。

 同じ笑みでも、ここまで違う。違うんだな。サッと身をひるがえし、自分の席に向かう。

 すでに、篤と砂羽が登校している。

 

「おはよう」

「渉。おはよう」

「……はよー」

 

 砂羽は眠たそうだ。

 篤はいつもどおりのシャキッとした感じ。

 

「篤、中間テストどうだった」

「どうって?」

「平均点とか」

「ん、ちょっと待ってくれ」

 

 おもむろに机の中から答案用紙を出す。五教科分。

 

「……ぜんぶ95点以上かよ。すげえな」

「まあな。国府高校いきたいし」

「国府高校って、俺でもいけるのか?」

「どういう意味だ、それ。今の自分の成績で進学できるのか、それとも、俺達の身分でも進学できるのか」

「後者だな。でも、前者も知りたい」

「前例はある。少ないけど。とにかく賭けてみる価値があると思うから、こうして僕は勉強してる……さて、それじゃあ渉の点数を教えてもらおうか?」

「平均で……六〇点くらいかな」

 

 篤は、しばし考え込んでから、

 

「偏差値でいったら、50くらいか。いや、僕の勘だ。業者テストを受けてみないと、なんとも言えない。国府高校の偏差値は60だから、もうちょっと……だと思う。でも、内申点がほとんど満点じゃないと、学科で満点を取っても合格できないよ」

「そういうもんか」

 

 サッ、と挿し伸ばされた手。砂羽がすぐ傍に来ている。

 

「わたしのへいきんてん、知りたい?」

「……何点だった?」

 

 恐る恐る聞いてみる。

 

「22点」

 

 なん……だと……。

 

「砂羽は高等専修学校に行くんだろ? 概念力(ノーション)に関係する教育が専門の」

 

 コクッと頷くのだった。

 

「篤。ヘンだと思う?」

「いいや。適性があると思うよ。僕たちの中で一番強かったのは砂羽なんだし、腕を磨いていくべきじゃないか?」

「うん……ありがと……それで、渉はどうするの? 進学」

 

『公務員になりたいんだ』

 胸を張って言えるなら、どれだけ良かったろう。

 

「俺は……就職かな」

「中学校卒業で就職? できるのか、それ……ああ、たしか鵜飼が言ってたっけ、『ワシには就職のツテがあるんじゃ』って」

「俺にはツテなんかないよ。でも、就職がいいんだ。できれば、その……」

「その?」

「公務員……とか」

「……」

「……」

 

 篤が椅子を引いて姿勢を直した。

 砂羽は頭をカリカリと引っ掻いている。

 

「渉。公務員試験って、すごい倍率じゃあないのか。そりゃ、使用者(エッセ)でも試験を受けることはできるさ。でも、それは選ばれし者の話だ」

「……わたしも受けようと思ってるよ、市の採用試験。事務職じゃなくて魔導技術職の。でも、お父さんもお母さんも、わたしが合格するなんて思ってないし、わたし自身も……」

「あー、あー、冗談だって! 進学に決まってるじゃん! 一応ほらさ、受けれるんだから受けてみようって、そういうヤツ」

 

 必死でごまかす。

 

「だったら、公務員とか言うなよ。真剣にやってる奴に失礼じゃないか」

 

 篤は呆れている……と思う。砂羽の表情は読めない。

 

「本当になりたいなら、友人として応援するよ」

「わたしも。ライバルだね」

 

 それから、三人で色々な話をした。受験のこと、将来就きたい職業、家庭の様子……携帯電話を持ってみたいとか、11階建ての百貨店に行ってみたいとか、家にテレビが欲しいとか、だいたいそんなところだった。

 小遣いの話に及んだところで、

 

「おはようございますっ!」

 

 由香里だった。

 いつもどおり、教室の後ろ側から入ってくる。心なしか気分がよさそうだ。

 ……本当にいつもどおりだった。由香里がみんなに向ける「おはようございます」に、挨拶を返す者はいない。

 時刻は、午前八時二十五分。3年3組のほとんどの生徒が揃っている。

 

「おはようっ!」

「由香里。おはよう」

「……はよ」

 

 俺は『おはよう』を言おうとする。言えない。心苦しい感じがする。

 

「どうしたんだ? 今日は、けっこう遅い方じゃないか?」

「うん、ちょっとね。立て込んでて。忙しかったの」

 

 おかしなニオイを感じる。

 

「由香里、あれ、なんかヘンな匂いがしないか? すえた感じ? というか」

「ちょっとー。それ、あたしがクサイってこと?」

「そんなんじゃない。ちょっと気になったんだ」

「あんたね、言いたいことがあるんなら、はっきり言ってよ。渉ってさ、普段と戦ってる時とで、キャラクター違いすぎでしょ! ね、篤も砂羽もそう思わない?」

 

 篤と砂羽を見た。苦笑している。

 

「い、いや。俺は……ああ、そうですよ! いつも俺は優柔不断な人間ですよっ、間違いない」

 

「わかればいいの。今度から、言いたいことがあったらちゃんと言ってよね」

 

 由香里の目を見る。視線が合った。

 ああ、そうだよな。自分が言いたいこと、ちゃんと言わないとな。

 

「……由香里。今日のお前、くさいぞ。なんかこう、ヨーグルトを熱して液体にしたような――ゴボォッ!」

 

 みぞおちを殴られてしまう。

 

「こ・ん・ど・か・ら、ちゃんと言ってね?」

 

 お腹を手で摩っていると、教室手前のスライド扉を開く音が。

 ……音の調子がいつもと違う。生徒のじゃないし、かといって和田先生のでもない。

 視線を移す。

 

「……あれ?」

 

 和田先生じゃない。小山先生だった。それと、あれは……校長先生だ。

 小山先生は出席簿を開きながら、教室中を見渡す。校長先生は、ただじっとしている。

 ……いつの間にやら静まり返っている。当然だ、こんな異常事態。静まらないはずがない。

 校長先生は窮々とした面持ちでこちらを見ている。白髪で、体型は細身。威厳があるような、ないような。

 ただ、心中穏やかでないことは伝わってくる。

 

「えー、校長の藤坂です」

 

 第一声。落ち着いている。様子をうかがう生徒たち。

 

「聞いてください。急遽の話で申し訳ありませんが、和田先生は今日から長期の休みに入られます。臨時の担任として、いつも3年3組の国語科を教えている小山先生が担当します。また何か決まったら、みなさんに連絡します」

 

 それだけ告げると、ほんの軽く会釈をして、静かな歩調で出て行く。

 小山先生は何を言うでもなく、和田先生がいつも持ち歩いていたノートを読み始めた。

 時刻は、午前八時二十八分。和田先生だったら、もうちょっと早く来ていた気がする。

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