月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#12:心らしきものが消えて(後)(1/5)

「あれ?」

 

 ここはどこだ?

 

「……あー」

 

 間違いない。ごみステーションにいる。もちろん中に。

 盛大な可燃ごみの山に埋もれてしまっている。

 

「くせえ……」

 

 さて。まずは、この一帯を見渡すべきだ。

 ……初めは真上。太陽がすでに昇っている。一応、朝らしい。

 次に地面。まん前は道路であり、両サイドに歩道が備えてある。

 

「通学路だ。いつもの」

 

 頭を抱えていたが、やがて、すっくと立ち上がる。

 キイィ、という音を立てて、ごみステーションの扉が開く。

 グギュルウウウウウウウウウウ……お腹が鳴った。

 

「くそ、家には帰れないし……てゆうか、今何時だ?」

「見つけた」

「!?」

 

 ……由香里。由香里だった。

 澄ました表情を保っている……涼しげな明るさを湛えたあの笑顔を思い出す。

 右手を見ると、スカートの丈を握ったり離したりしていた。

 

「何してんの? 渉」

 

 涙が出そうになる。ぐっとこらえ、その顔を見る。

 

「ちょっと、ホント何してんの? こんなところで。昨日、栞さん大変だったんだよ」

「由香里。ちょっといいか」

 

 ごみステーションの前から離れる。由香里の前へと。

 

「なに?」

「金を貸して欲しい。300円。今、手持ちがな――ブジエアアアアアアアアアアアsjfぢおさふぃだえらえっテッ!!」

 

 身体が飛んでいる――歩道から車道へ、車道からまた歩道へ。

 道路を挟んで向こう側にあるごみステーションの金網にぶつかり、もんどり打って倒れてしまう。

 ……由香里が歩いてくる。もう、すぐ目の前にいる。

 

「ゆ、由香里っ!」

「なに」

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」

 

 我ながら、情けない謝罪だった。

 自分の家の方角を見つめる。

 

「ねえ。一体何があったの?」

 

 いつもそうだ――この冷静さは。由香里は、危うい状況であればあるほど冷静になっていく。

 

「なあ、俺のこと、警察が捜したりしてるのかな」

「してるわけないでしょ。あたしたち、法律上は人間じゃないんだから」

「でも、栞は」

「もちろん探してるわ。今は、たぶん――」

 

 国府(こうふ)の森から少しばかり西側を指さす。

 

「荒谷町を探すって。今朝言ってた」

「……聞かないのかよ」

「なにを?」

「どうして俺がこんなこと、したのかって」

「ふーん……どうしてこんなことしたの?」

 

 考え込んだ。いったい、どう答えればよいものか。なにもかも包み隠さずに話すことはできない。できるものか。

 

「やっぱりいいわ。聞かない」

「なんで?」

「逆に考えてみて。問われているのが、あたしの方だったとするでしょ。それで、渉は、あたしが言いたくないことを聞き出そうとしてる。さあ……どうなると思う?」

 

 頭を引っ掻く。知恵比べでは一生勝てないだろう。

 

「えーえー、どうせ俺は、人の気持ちなんてわかりませんよ……」

 

 ふて腐れてしまう。情けない。

 (こうべ)を垂れていたところ、

 『やばいっ、誰か来る!』

 山へと至る坂道に逃げ込んだ。由香里もついてくる。

 

「……ふう」

 

 隠れおおせた。心臓がバクバクいっている。

 陰から身を乗り出すと、その正体が鵜飼尚吾であるとわかる。

 尚吾になら、見つかってもなんとかなったかもしれない。いや、だめだ。こっそり栞に報告するかもしれない。モノで釣られるとかして。

 

「あははっ! 渉、すっかりびびってる~!」

 

 由香里が笑い出した。

 ぐいっ。袖を握られてしまう。

 

「栞さんも概念力(ノーション)使えるんだからね。油断はぜったいダメよ」

 耳元で囁いて、俺の手を握ってくる。

「由香里。どうした」

 

 ……眼を閉じている。これは、概念力(ノーション)を現出させようとしている時の。

 

「エアリアル・プロンプト」

 

 呟きとともに、軽やかにジャンプ――あれよあれよという間に空中に舞い上がる。

 

「暴れないでよ」

「二人分、支えられるようになったんだな……やっぱり、由香里はすごいよ」

「まあね」

 

 そっけない返事だった。

 ……ユラユラと宙を漂っている。確実にこちらを見ている者がいるんだろうけど、見つからないという自信を持つことができる。きっと、工学迷彩的なナニカをやってるんだろう。

 

「もっと褒めてもいいのよ?」

 

 山蔭に、自分の家と、由香里の家と、篤の家と、砂羽の家と……ぼんやりと眺めながら、

 

「ありがとう。幼馴染に生まれてくれて」

「ばかっ」

 

 熱さを感じる。握られた手のひらに。

 

 *  *  *

 

 由香里の家。その玄関先にいる。

 午前八時四〇分。とうに朝礼が始まっている。

 

「おい、由香里。由香里ったら」

 

 腹を抱えて座り込んでいる。プルプルと震えて、右手で玄関前の朽ちた柱を握り締めている。

 やがて、『もうダメだ』とばかり、膝をついてしまい――

 

「ぷ、は、はは、は、はぁ、ぁ……!」

「……」

「もーだめ。もー、いやいや、まさか、国府(こうふ)の森に行ってたなんて! しかも、仲間に入れてくれ、だって。じゃーなんで、結局二人もブッ倒してんのよ」

 

 笑いがやまない。箸が落ちてもおかしい年頃……というやつか?

 

「かなりの下っ端なんだろうけど……って、あんまり騒ぐなよ……お母さん、まだ寝てるんだろ」

 

 喋りながら菓子パンを頬張っている。今さっき、洗面台を借りて身なりを整えたところだ。

 

「渉、食べながら喋らない!」

「んぐぐ……」

 

 残りを一気に飲み込む。いつもよりだいぶ遅めの朝食だった。昨日の夕食も食べていない。

 由香里を見ると、体育で使う青紫色のハーフパンツを履いているところだった。あれ、いつもそんなの履いてたっけ? まあ、履きたくなることもあるんだろう。

 ただやっぱり残念なのは、ハーフパンツをガバッと履いたことでスカートが捲れ上がり、下着が一瞬丸見えになったことだ。

 今日は薄めのオレンジだった。こう種類が多いと気が滅入る。お母さん、そんなにたくさん買ってくれるのか? 俺なんか4つくらいしか持ってないぞ。栞はもう少し持っている。

 余計な考えごとはよそう。今、本当に考えるべきことは――

 

「食った食った。さて次は。よいしょっと」

 

 汐町家の消臭スプレーを手に取った。シュッシュッと、学ランに振りかける。これで、生ごみのニオイも消えるはず。

 

「腹も膨れたし、消臭もOK。あとは」

 

 あの山の方を見やる。当然、国府(こうふ)の森を見据えている。

 

「ありがとな、由香里。じゃあ行ってくる」

「わかった」

 

 由香里は、カバンを肩に掛けたなら、

 

「実はね、裏道もあるのよ。どっちから行く?」

「……え?」

 

 お前は何を言ってるんだ?

 

「だから。正面突破だとバリケードがあるでしょ。あんたはいいけど、あたしが昇ったら制服のスカートが破けるでしょ」

「いや、概念力(ノーション)使おうよ」

「察知されたらどうするの?」

「う! いや、それは……」

「ほら~、渉! やっぱり甘いんだから!」

 

 いや、違う。そういうことじゃなくて。なんで、お前がついてくるんだ?

 負けじと、ふたつの瞳を覗き込む。

 

「家を出たいのは俺なんだ。なんでついてくるんだよ。おかしいだろ! 学校いけよ」

「学校なんてつまんないし」

「毎朝、元気に挨拶してるだろっ!」

「みんな、『おはよう』って返してくれないのよね。技術の授業で一緒の班になった子たちもね、ぜんぜんだめなの。和田先生にも相談できなくなっちゃったし……あたしも、国府(こうふ)の森で暮らしたくなったかも――あ、でもね! 安田君は話してくれるんだ」

 

 安田が? 和田先生はもう居ないんだぞ。なんのメリットがあって? ……いや、やめよう。こういう次元の低いことを考えるべきじゃない。あいつはあいつでいい奴だ。目標だって持ってる。

 

「もういいよ、好きにしろ。俺は正面突破するからな」

「じゃ、あたしも」

 

 幼い頃を思い出す。

 真っ暗な山林に一番最初に駆け入るのは俺で、その次が由香里だった。さらに次が砂羽で、最後は決まって篤だ。

 ……深呼吸をする。腹は決まった。

 

「由香里。俺についてきてくれるか」

「……うん。いいよ」

 

 コクリと頷いた。急にしおらしくなる。

 

「あら~! 渉君じゃない。久しぶりね~」

 

 突如、ガチャリと扉が開いたと思ったら――

 

「あ、水鳥(みどり)さん。どうも……お邪魔してました……」

 

 汐町水鳥。由香里のお母さんだ。

 パーマのかかった髪の毛がボフッとなっている。寝ていたのだろう。夜に仕事してるんだっけ?

 

「どしたの? あんたたち。学校は?」

 

 娘を見ながら言う。

 

「うん、その……寝坊しちゃって……えへへ」

 

 バツが悪そうに笑んでいる。

 

「……それだけ?」

 

 こわばりを見せる由香里。あくせくしながら、

 

「ええと、あれの……が」

 

 最後は小声だった。

 まあ、分かるんだけどな。なんて言ったのか。心が揺れる感じで。

 最近目覚めた能力だ。誰にも言ってない。『ええと、あれの後始末が』かな?

 二人は玄関の中でボソボソと話している。

 

「……そこの男前くん! 娘のことでちょっといい?」

「ハッ、ハイ!」

 

 男前な方じゃないけど、消去法で俺になる。水鳥さんは両手を腰のあたりに当てて俺を睨んでいる。

 

「よく看てあげてね」

 

 そう告げて、俺のすぐ横へと。

 

「でも、ヘンなことしちゃだめよ? 大事な娘なんだから」

「ははっ、これはまた、ゴジョーダンを……」

 

 俺達の姿をチラッと見て、二階の寝室に戻っていった――

 俺の方を振り返って由香里は、

 

「よおっし。それじゃ、行きますか」

 

 そう言って、俺の斜め後ろへと。

 

「なんか、昔みたいだね」

「そうだな」

 

 汐町家の玄関を振り返る。あの日、あの夜に垣間見た情事がよみがえった。

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