月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#12:心らしきものが消えて(後)(3/5)

 どれだけの敵を倒しただろう。両手で数えられる範囲をゆうに越えている。

 一筋縄ではいかない連中ばかりだった。由香里のカバンに入っていた救急用具でやけど、切り傷、凍傷、打撲などを癒そうとしたものの、焼け石に水だった。

 太陽が南中高度に達してからも、敵は次々に襲ってくる。戦ったり、逃げたりを繰り返していたら、いつの間にか午後二時を回っていた。

 休む間もなく、戦いに明け暮れる。そんな日々を過ごしていた頃を思い出す。まだ、身長もロクに伸びていない頃の記憶を。

 迷った。ひたすら迷った。整えられた山道だったが、ところどころ二股三股に別れた箇所があって、山頂に至る道を選んだと思ったら危うく下山しかけた。

 しかも、その道の先は荒谷町ときている――栞が必死になって俺を探しているであろう地域だ。

 午後三時を回ったところで、身を隠せそうな場所をようやく見つけた。ふたりで同じ切り株に腰をかけ、菓子パンを口に運んだ。ご丁寧に、缶コーヒーまで用意していた由香里に敬意が湧くばかりだった。

 山頂は遠かった。遠いけれど、いつか必ず辿りつく。そんな思いで、ひたすら歩いた。歩いて、歩いて、歩いて。

 白く輝いている太陽が赤色を帯び始めた頃だった。山頂が目と鼻の先に見えてきたのは。

 ……由香里の手を握った。握り返される。

 

「もう少しだ。この広くなったところを抜ければ」

 

 その手を引いて、感慨に打ち震えながら歩みを進める。

 

「ねえ、渉。今まで何人倒したか覚えてる?」

「ええと、倒したのが十四人。戦う前に逃げたのが四回」

「これだけやらかして、仲間に入れてもらえるのかしら」

「どういう意味だ」

「もしかして、何人か殺してるんじゃない?」

「……使用者(エッセ)だろ。俺たちは」

「山野辺ではそうだった。でも、ここではそうと限らないよ」

 

 そう言って西を指さす。荒谷町の方角を。

 

「あっちの道から荒谷町に行けるかも……まだ間に合うよ。栞さんに謝ろう?」

「ごめん。俺、決めたんだ。ここまでありがとう。ここからは――」

 

 林が揺れた。来た道の方だ。

 

「お前が……国府(こうふ)の森に入団できるわけがないだろう?」

「あんたか。昨日ぶりだな」

 

 ちょいちょいと、由香里が俺の握っている手を引く。

 

「やられた人?」

 

 と呟いた。

 イエスの代わりに手を握り返したタイミングで、女が喋り始める。

 

「それにしても、おそれいったぞ。ご丁寧に不殺とはな」

「それはどうも」

 

 姿を観察する。昨日と同じような出で立ちだ。

 着物。黒に近い灰色の布地に、白い斑点のような花びらの刺繍。髪を後ろで一本に結っている。刀を携えていた。柄に手をかけている、今にも抜きそうだ。

 

「意思確認を申し出る。お前は、わたし達の仲間になりたいのだな?」

「そうだ!」

「わかった。が、認めるわけにはいかない」

「あんたを倒したらいいのか?」

「決めるのはわたしではない。が、個人的意思として、こういう形での仲間入りを認めたくない。確信があるわけではないが……お前は嘘をついている。虚偽の志望動機は、認めない」

 

 ここで、由香里が前に出る。

 

「初めまして……いきなりですが、お伺いしたいことがあります。ここにいる彼は、道ノ上渉といいます。虚偽でもなんでもいいです。彼には、国府(こうふ)の森に入団する意思があります。使用者(エッセ)としての力は、ここまでご覧になったとおりです……お願いします。正式な手順があるんなら、どうか試していただけないでしょうか」

 

 言い終えて、腰を九十度に曲げる。頭を上げたなら、目の前の相手をしっかと見据えた。

 俺は、その顔を覗き込んでいた。『はがゆい』という気持ちが伝わってくる。

 

「実力は十分だ。が、仲間にはできない」

「あなたの個人的意思ですね。ほかの方ならわかる余地がある、と」

「そういうことだ」

「では、先に進みます」

「だめだ」

「どうしてですか?」

「……どうしてもだ」

「どうして、先に進んではいけないんですか」

「本来、部外者は国府(こうふ)の森に入ることはできない。今のお前達は違法状態だ」

「でも、入団希望者でしょう。話だけでもさせてください。せっかくここまで来たんですから」

「だめだ」

「どうしてですかっ!」

「だから、どうしてもだ」

「どうしてもばっかり、繰り返さないでください!」

「もういい」

 

 前に進み出る。

 

「だったら、あんたと決着をつけるっ! それで前に進む……俺一人でやる。手を出すなよ」

 

 後ろ手にサインを出す。

 

「……わかったわ。見てる」

「どうしても退かぬというなら、致し方ない」

 

 女が、こちらに歩いてくる――ここは開けた地形だ。素早い動きにも対応できる。

 

「おい、男子。死ぬ用意はできているな!?」

「当然」

 

 ――刀を抜いた。夕日に煌いている。長さは1メートルもない。やや短かめだ。

 敵人が構えをとった。体勢を斜めに傾け、刀身を前に突き出す。いつでも袈裟斬りができる姿勢になった。

 

「あれ、タイ捨流よ。覚えてる?」

 

 こくりと頷いて、俺は走り出す。敵が構えた。

 その間合いへと一気に――飛び込んでいくっ!

 

「むっ! 今度は触覚か……」

 

 構えが乱れる。その隙に双手刈りを仕掛ける。

 

「えげっ!」

 

 昨日のように股下に飛び込もうとしたところ、カウンターの膝蹴りが顔面にクリーンヒットした。血の味――地面を転がる。

 

「同じ手が通用するとでも?」

「まだまだっ!」

 

 懲りずに懐に飛び込もうとする。防ぐ相手――容赦なく斬りつけてくる。

 そうこうしているうち、両者の向きが入れ替わった。相手の背中は由香里を向いている。

 

「……」

「……」

 

 睨み合う両者。パチンッ! と、俺が鳴らした指の音とともに――

 

「ずる賢いな。読めておったぞ」

 

 女の背中を目がけて、そこらに転がっていた石を、風に乗せて打ち出していた――由香里が。

 

「ずる賢い? 勝つためならなんでもやるぜ。なあ、由香里」

「あんたと一緒にしないで」

「それでは、おふた方。正式に二対一……ということでよろしいか?」

「おうよっ!」

 

 再び、走り出す。

 

「道ノ上渉、伏せッ!」

「がはっ!」

 

 な……なんだ、これ。

 犬のように、地面に(こうべ)を垂れてしまう。動けない!

 これは……催眠術? ん、ちょっと待てよ。

 

「はっはっはっ、いい様だな」

 

 女は愉快に笑っている。

 

「次の相手は、そこの女子か……む? なんだ、今度は目潰しか。変わり映えのない」

 

 由香里へと、まっすぐに歩み寄っていく。目が見えないはずなのに。由香里の手は演奏指揮者のような動きで空を切っている。

 

「貫け、ウィンドランスッ!」

 

 概念力(ノーション)そのものの安定と、威力を上げるための叫びとともに、見えない槍撃が飛び出した。その数……三、四本か。

 

「効かぬっ!」

 

 風の槍撃を、刀身でことごとく打ち落としながら、

 

「お前の風の気、もらったぞ。魔法剣っ!」

 

 槍撃が打ち返される。複数の槍がひとつにまとまったことが、大気の流れが巻き上げた木の葉の旋動でわかる。

 

「……」

 

 由香里が両の掌を前に突き出すと、打ち返された風の一撃が雲散霧消する。そこかしこに斬撃が飛び散り、周辺の岩肌へと爪痕が刻まれる。

 ここで、女が一気に距離を詰めた。軽やかなジャンプとともに、お手本のような袈裟斬りが炸裂する――

 

「……ばかな」

 

 止まっていた。刃が。由香里の、人差し指の第二関節あたりで。

 それだけじゃない。女の身体が――浮いているッ!

 

「ばかじゃないわ。いい? あなたは今、あたしの力で宙に浮いてるの。そのままだと追加の力をかけられないでしょ? それでいて、あたしの回りには大気の壁がある。だから、傷ひとつつかない」

「ならば、これでっ」

 

 宙に浮いた姿勢のまま、刀身をまっすぐ、突き出すような姿勢へと。

 斬突の構え。ひと呼吸おいたなら――シュッ、と滑らかに、一直線に突き出される刀。

 

「……どう? 素人にしては上出来でしょ」

 

 無刀取り。相手が握っている刀の柄を自分が掴んでしまう。それによって技の威力を殺した。

 

「いつまでもつかな?」

 

 刀の切っ先がだんだんと喉元に迫っている。

 防ぐ者の表情は険しい。ワーキングメモリーはパンク寸前だろう。が、それは相手も同じ。俺は、なんとか身体を起こすことに成功する。

 全力で、その名を叫んだ。

 

「由香里!」

「え……? 何の用だ!」 

 

 違う! お前じゃねえ!

 

「由香里……術がたぶん解けた! 俺も加勢する」

「お前の加勢などいらん!」

 

 だからお前じゃねえ!

 

「へえ、そういうこと……渉。いいから、黙って……見てなさいッ!」

「う、苦し……これ……は」

 

 周辺のありとあらゆる原子を放り出して、ほぼ真空の空間を作る。由香里の得意技だ。

 そして、自らの身体を――敵にぶつけていくっ!

 

「うあっ!」

 

 地面に転がったふたり。でも、違う。それだけじゃない。

 転がってるだけじゃなく――由香里の唇が相手のそれに覆い被さっている。

 唇を斜め向きに合わせることで、しっかりとした密閉がなっている。逃げられないよう、両手で両手を押さえながら。

 ……苦しそうにもがいている。すでに一分が過ぎようとしていた……完全に、そう、完全に……相手の動きが止まった。

 

「ぷ、ふぅ、あぁ……!」

 

 唇が離れると、重なり合った唾液が垂れ落ちて――由香里は立ち上がる。

 

「渉、ありがと。おかげで隙ができた」

「えぐい技を使うんだな」

使用者(エッセ)でしょ? あたしたちは」

「きっさまぁっ! よくもやってくれたなっ!」

 

 ――まだだった。ピンピンしている。

 

「初めて、だったんだぞ……」

 

 醒めた笑いを浮かべている。もちろん目は笑っていない。

 

「あら、あたしもキスは初めてよ。ま、女の子が初めてでも悪くなかったけど」

「!?」

 

 いや、それはおかしい。おかしいだろ。どう考えても。

 試しに、由香里の肩端にほんの少し触って、心を感じ取ってみる――

 

「……」

 

 嘘はついていない。『キスは初めて』という言葉は真実だ。

 一体、どういうことだ?

 

「おい、お前! 女の子が初めてでも、いい、とか……人を……おちょくってるのか……」

 

 女が指先をこちらに向ける。

 ……静かな怒り。それだけはわかる。それ以上はわからない。

 どんな感情を抱いてるんだろうか。わかっているのは、この女がいま流している――涙。 

 

「今度は、死んでしまうかもしれないけど……ごめんね」

 

 あの時と同じだった。どこか寂しげな面差し。

 

「時間よ、止まれ」

――――――――――――――――

――――――――――――

――――――――

 

「ぎゃふんっ!」

「催眠術。タネがわかればこんなもんか。俺達の聴覚を封じるだけでこうもあっさりと」

「なるほど。渉は、あなたにとっての天敵というわけね」

「く、殺せ……」

 

 由香里はカバンの中身をまさぐっている。出てきたロープで敵の身体を後ろ手に括りつけた。足も動けなくする。

 

「ごめんね? あんた、しぶとそうだから」

「その制服。お前たち、中学生だろう。もうちょっとなんとかならんのか、口の利き方」

「あなた、いくつ?」

「十六。高校二年生」

「俺達とそんなに変わらないじゃん」

「……国府(こうふ)の森に入りたいんだろう、道ノ上くん」

「渉でいい……ですよ」

「渉くん。国府(こうふ)の森の考え方を知りたければ、まずは論語を読むことだ。『所謂天下を平かにするは其の國を治むるに有りとは、上老を老として民孝に興り……』」

 

 年長者を敬うことで、平和でよりよい社会に繋がっていく。そういうことが言いたいらしい。

 

「行こう」

「そうね」

「待って!」

 

 サッと後ろを振り向いた。

 すると女は、神妙な面持ちで、

 

「わたしは……国府高校に通ってるんだぞ!」

「それを早く言え……言ってくださいよ」

 

 この女に近付いていく。

 

使用者(エッセ)の立場で、どうやって合格したんですか。教えてください」

「お前も国府高校に進学したいのか」

「俺は違うけど……友達が……」

 

 あれ? 俺、もしかして……この人、本当にどこかで見たことある?

 奇妙な光景だった。こちらが教えを請うというのに、相手方は両手脚を縛られたままでいる。

 

「長い話になる。まあ、いつかは教えてやるさ。ここから先、生き残ることができたらな」

「ああ。約束だ……ですよ」

「うん。約束するとも。さて……この先には、国府(こうふ)の森にあって、地の属性を守護する方がおられる。が、今はややあって、風の守護者が代理を務めている。そいつは、本来そこにおられるはずの方とは比べ物にならぬほど残忍だ。だから……」

 

 一瞬の間。

 

「早めに降参するんだ。燃え上がるとまずい」

 

 俺は頭の後ろを掻きながら、

 

「ありがとう。教えてくれて」

 

 笑顔を返した。なんだ、案外いい奴なんだな。

 あ、そうだ……名前を聞いておこう。

 

「……」

 

 由香里は沈みかけた西陽を見ている。

 

「渉、行こう」

 

 まあいいか。また会うこともあるだろう。

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