拙作をお読みいただきありがとうございます。このあとがきでは、作者がこの物語を書こうと思ったとりとめのない理由付けについて、説明を申しあげます。
まずは、歴史的事実に触れねばなりません。長くなりますが、どうかお付き合いください。
ハッピーマウンテン市、現実世界でいうところの広島県福山市は、被差別部落のまちです。市内には、大小含めて百箇所以上の部落があります。普通の街区と見分けがつかなくなった箇所もあれば、その名残を残している箇所もあります。
福山市を擁する備後地方は、かつての政庁(今でいうところの県庁所在地)、平安時代における
そして、戦乱などの歴史の積み重ねの結果、幾つかの民族は僻地に追いやられ、特殊な職能を持った人々は特定の街区に集まって暮らすようになり、犯罪人や病人はスラムへと追われたのでした。
江戸時代、日本における近世までは、彼らは貧しいながらもどうにか生きながらえる程度の生活を送っていました。一部には、皮革業や畜産業や娯楽業などで成り上がった人達の姿もありました。
ところが、明治時代になり、西欧の価値観に合わせて法律や慣習を変えていった結果、歪みは大きく広がるのです。
昭和初期までには、被差別部落で生活する人達と、それ以外の
家にトイレはなく、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流し、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになり、家の外の道路は舗装されておらず、すぐ傍を一級河川が流れているというのに護岸工事が行われない。行われたとしても、被差別部落まで来ると、そこを飛ばして次に進む。
作中、渉達が住んでいる貸家は、作者が子どもの頃に住んでいた環境を思い出して描写しています。とにかく、被差別部落の住人は傍から見てもひどい生活を送っていたので、普通の暮らしをしている人々の中には、そうした部落民を見て、「あいつらは穢れている」と指をさして笑いものにする人もいました。
そうした差別を受けた者の中に、「こんな状態はおかしい。日本国憲法の理念である基本的人権が部落民に適用されていないではないか」という考えをもつ人がいました。彼らは当時の価値観に反旗を翻し、数々の効果的な政治活動を行いました。その結果、同和対策事業特別措置法が国会で可決され、地域環境の改善が進んでいきました。今日においては、被差別部落であるかを見た目で判断することができない地域が大半を占めています。
そして、公立学校の授業内容に、いわゆる人権教育が根付きました。今では、部落はそのほとんどが姿を消し、また人権教育が浸透したことにより、ある人が部落出身かどうかを気にする人はほとんどいなくなりました。
ところで、この作品を読まれたあなたは、公立学校の教諭が授業中に政治的発言をしたり、民間団体である水平委員会が学校教育の内容に口や手を出したりといった光景をご覧になったかと存じます。それは決して作者個人の想像ではなく、かつてはわが国の一定地域における日常風景であったことをご理解ください。
それは、被差別部落に暮らす人々が百年以上にも渡って受け続けた、差別という名の苦しみが爆発した結果です。実際、平成初期の福山市においては、公立学校の風紀の乱れが著しく、学校長が生徒に対して出席停止処分を下したり、煙草の不始末が原因で中学校の体育館が全焼する、全国学力テストでほぼ全国最下位を記録するなどの不名誉な事態が相次ぎ、全国ニュースで福山市が名指し批判される事態に陥りました。
こうした事態を受けて、平成十年五月には、文部省から「法令等に照らして逸脱,あるいはそのおそれがある」との指摘を受け、是正指導と呼ばれる体制に入りました。数々の政治的闘争の中で、校長・教頭、教育委員会職員等を初めとする教育関係者、少なくとも十数人の自殺という犠牲を払った結果、今では比較的平和な状況が続いています。
それで結局、どうして「月星花伝」という作品を作ろうと思ったのか? きっかけは、数年前に手に取ったライトノベルでした。その小説では、特殊能力を持った一部の学生と、そうでない学生がおり、彼らは互いに手を取り合って学校生活を送っていました。物語が進む中で、『一部の学生』は『そうでない学生』に生命の危機に及ぶレベルの被害を与えるのですが、それでも信頼は崩れない。
その時、私は子どもの時分に読んでいた漫画や児童小説、アニメのことを思い出しました。それらの作品でも、特殊能力が仲間にバレていることは割とあるけれども、能力を持つ者と持たざる者は大抵融和している。
本当にそうなのか? と、大人になり、生まれ故郷を遠く離れて暮らす社会人は考えました。この作品を作ろうと思ったきっかけです。
想像してみてください。あなたが所属している学校や職場には、特殊な力を持った人達がいて、彼らは、その気になればあなたを誰にも知られることなく殺害することができる。そんな状況で彼らと友達になろうと思うのか? と。
私の答えを、6話の次にある特別編で描いています。すなわち、特殊な状況下では友達になることができる、です。しかし、ひとたび殺し合いが始まると部外者にならざるを得ない。しかも、運が悪ければ自分が紙くずのように引き裂かれてしまうという。
そういう葛藤を描こうとした結果、作者の筆力が足りずに、あのような結末になってしまった。本気で悩んだ結果として、あのラストになりました。
ハッピーエンドもあったんじゃないか? という思いが、後になって込み上げてきました。そんな後悔を元にして特別編を書き上げた次第です。
長々と失礼しました。改めて、この作品を手に取った貴方に感謝を申しあげます。お暇をつぶす手助けとなれたのなら望外のしあわせです。