月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#03:なんの取り柄もない自分にただひとつ(2/3)

「おう、来たか」

 

 軽トラックの前に様々なものが転がっている。

 セメントや砂、砕石が入った袋、それにホース、タフブネに角型スコップ、鋤簾(じょれん)刷毛(はけ)、コテ。

 午後四時を回っていた。いつも、三良坂さんは俺より早く来る。そのうえ、俺の仕事だと言っていたのに、明らかにあっちの方が仕事量が多い。

 

「今日はいよいよ、あれをやる」

「コンクリート、作るんだっけ」

「そうだ。作り方、調べてきたか」

「いいや」

「ネット、しないのか」

「家にパソコンはないし、携帯も持ってない」

「もしかして、渉くんの家って複雑な家庭だったりする?」

「別に。まあ、母親はいないけど。栞とふたりで暮らしてるようなもん」

「……悪いこと喋らせたな」

「いいよ」

 

 そんなこんなで作業が始まった。

 四角いグリーンの風呂桶のような物体(タフブネという)に、セメント袋を開けて流し入れる。

 

「次は砂を入れるんだ」

「OK」

 

 不慣れな手つきで砂袋を開いて流し入れる。

 重たい。両手じゃないと、とてもじゃないが持ち上げられない。

 

「よっと」

 

 ひと苦労して、ようやく流し入れることができた。

 

「お~し、渉くん。あとふたつな」

「手伝ってくれよ。重いんだから」

 

 三良坂さんは笑いながら答えるのだった。

 

「もうすぐ十五才だろ? 頑張れ!」

 

 一、二分かかって、ようやく砂袋を流し入れた。

 

「よおし、次はもっと重たいぞ。砕石だっ!」

「しゃっ! やるぞ」

 

 タフブネに砕石袋を立てかける。角型スコップでエイッと突いたなら、案外きれいに穴が開く。

 5~6センチほどの大きさの石が詰まっている。袋を持ち上げると、ガラガラと音を立ててタフブネに入っていく。

 すぐ傍では、三良坂さんが次から次へと袋を開けて渡してくる。いいかげんキツかったが、なんとかこなすことができた。

 

「最後の仕上げだ。コンクリートを作る。このホースを散水栓に繋いでくれ」

「サンスイセン?」

「ほら、そこに水道メーターの蓋に似たやつがあるだろ? その下に水を出すための蛇口がある」

「?」

「おい……まさか、水道メーター見たことないのか?」

「いや、その……」

 

 ああ、なんか答えづらい。

 

「あら、申し訳ありませんね。上水道も通ってない家で」

「栞!」

 

 唐突だった。俺たちが話している斜め後ろから、ラフな格好をした栞が現われる。丈が膝までのジーンズに、上はスモックを着ている。

 

「一緒にやらせてもらって構いません?」

「……構いませんよ。好きにしたらいい」

「ああ、よかった! 『学校から許しをもらってるから』なんて、まるで圧力をかけるみたいな言い方をしなくて済んで」

 

 三良坂さんの舌打ちが聞こえる。これはあれだ、わざと聞こえるようにしてやっている。

 

「じゃ、そこの散水栓のことを知っているお嬢さん。このホースを繋いでもらえます?」

 

 淡々とした口調で栞にホースを差し出す。

 

「承知しました……でも、お嬢さんだなんて。わたし、もう二十九よ」

 

 ホースを受け取った時、栞がチラリと三良坂さんを見た。俯きがちに視線を落としつつ、散水栓に向かう。蛇口をひねった。

 

「そら、スコップでこねまくるんだ」

「おう!」

 

 水とセメントが反応して、砂や砕石を巻き込んでコンクリートに変化していく……らしい。

 俺は角型スコップをガンガン突っ込んでセメントをこねていく。

 三良坂さんは、そのまま蛇口の辺りに構えていたが、やがて、栞に「もういい」と合図をして作業に加わった。

 男二人で、ひたすらにコンクリートをこねる。と、ここで、栞が近くに寄ってくる。

 

「これで、どのくらいの取れ高になるの?」

「どれくらいだと思う? ふたりとも」

「ええと……100キロ……以上かな」

「もっと重たいんじゃない? 300キロとか」

「250キロってとこか。大きさで言ったら0.1立米だ。これをだな、昨日作ったあの型枠に入れて、一昼夜とちょっと置くんだ」

「わたし、あとはなにをしたらいいかしら?」

「ここに刷毛があるんで、あの型枠の内側に水を塗ってもらっていいか」

「なんの意味があるの?」

「剥離剤だ。コンクリートが型枠に引っ付いて取れなくなる」

 

 ……しみじみと時間が流れる。

 男二人はスコップでタフブネの底を走らせるようにしてコンクリートを練っている。ガッ、ゴッ、という、スコップが砕石にぶつかる音が聞こえてくる。

 すぐ脇では、栞がバケツに汲んだ水に刷毛を浸けて、型枠内への塗りを重ねている。

 

「こんなもんか。うん、よく混ざった。じゃあ、お嬢さん。これからコンクリを流し込むんで」

「承知しました……あれ、どうしたの?」

「三人でこいつを持ち上げて、あの型枠に流し込むんだよ」

「わたしが? ご冗談を」

「ご冗談じゃありませんよ。その服装はあれですか、オシャレですか?」

「……」

 

 三人がそれぞれの配置につく。

 俺と栞が短い辺を、三良坂さんが長い辺を持つ。誰が決めたでもない。自然にこうなった。

 

「せ~のっ!」

 

 ……あまり持ち上がらない。

 

「さすがに入れ過ぎたか。まあ、なんとかしようやっ」

「重てえ!」

「ちょ、ちょっと……三良坂さん。これはさすがに」

 

 栞の方を見やると、体力が俺以上であることを思い出す。なんたって、五〇キロはあろうかという薪ストーブ用の丸太を軽々と持ち上げてしまう。

 

「もうちょっとだ。いける! せえ~のっ!」

 

 再チャレンジ。

 グイッと力を込めたなら、タフブネが上がった――完全に持ち上げることに成功する。そのまま傾けて型枠内部にコンクリートを流し込んだ。

 

「粗方入ったな。よし、渉。タフブネに残ってるコンクリをすくって、型枠の中に入れてくれ」

「了解」

「お嬢さんは……」

「栞でいいわ」

「じゃあ、栞は――ぐぼぉッ!!」

 

 声にならない声を上げて吹っ飛ばされる。栞の鉄拳が三良坂さんを殴り抜けていた。

 

「呼び捨てにしないでくれます? ここは、そう……栞さんって、呼ぶところでしょう?」

 

 本性が出た。他人に対しては基本ネコを被るが、とにかく我が強い。

 

「あ、ああ。悪かった、栞さん。そこの鋤簾でコンクリートを均してほしいんだが……その前に、スコップでコンクリを突いてもらっていいか? 砕石が隠れる程度に。渉も、その作業が終わったら栞さんに合流してくれ」

「どうしてスコップで突くの?」

「こねたばかりのコンクリって、中がスカスカなんだよ。だから、こうして」

 

 流し入れたばかりのコンクリートを、スコップでガシガシ突いたなら、

 

「あ……!」

 

 すると、その面だけがわずかに低くなった。気泡が浮いてくる。

 

「見てのとおり。コンクリの中に空気が混ざってるから、このままだと強度に問題が出る。何年か経つとヒビが入ってしまう」

「なるほどな」

 

 俺は、そこらに投げてあったタフブネの中から、まだかろうじて残っているコンクリート(厳密には、砕石が混ざっていなければモルタルというらしい)をスコップですくい取って、型枠内に溜まったコンクリートに投げ込んでいく。

 三良坂さんと栞は、気泡が出なくなるまでスコップでひたすらに突きまくる。

 

「ふー、こんなもんか。ついに最後の工程だ。今日の」

「鋤簾で均すのね。一本しかないようだけど、三良坂さんはなにをするの?」

「渉と、あんた……」

 

 栞が睨みを利かせる。

 

「いいか。栞さんは鋤簾で、渉はコテを使ってコンクリを均してくれ。俺はその間にタフブネやほかの道具を洗って片付けをする……わかるな? もう五時を回ってる」

「あら、ほんと。渉、さっさと終わらせて帰りましょう」

「……おう」

 

 作業が終了したのは、五時十五分だった。

 あぁ、やっぱり。集中していると、あっという間に時間が過ぎる。

 

「三良坂さん、いい汗をかけました。今日はありがとうございます」

「うまくコンクリが固まるといいけどな。栞さん、明日は来るのか?」

「いいえ。あなたが最低限信頼の置ける人物というのはわかりましたから。明日も弟を宜しくお願いします」

「恐縮なことで。渉はどうだった?」

「別に……明日も宜しく」

 

 軽く会釈をした。

 

「明日の午後に型枠をどかして、きっちりできてるか確かめる。できていたならレンガの仮積みをしよう」

「明日、何時集合にする? 六時か?」

「どのみちコンクリートが固まってないしなぁ。まあ、七時集合にしようや。というか俺、早朝出勤してるけど、残業申請してないからな?」

 

 と、ここで……栞がこちらを見ている。話に入りたいんだろうか。

 

「そういえば、三良坂さんってさ。年いくつなんだ?」

「俺? 二十四。社会人六年目」

 

 ――視線。栞のものだ、見るまでもない。目をつむってもわかる。

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