「おう、来たか」
軽トラックの前に様々なものが転がっている。
セメントや砂、砕石が入った袋、それにホース、タフブネに角型スコップ、
午後四時を回っていた。いつも、三良坂さんは俺より早く来る。そのうえ、俺の仕事だと言っていたのに、明らかにあっちの方が仕事量が多い。
「今日はいよいよ、あれをやる」
「コンクリート、作るんだっけ」
「そうだ。作り方、調べてきたか」
「いいや」
「ネット、しないのか」
「家にパソコンはないし、携帯も持ってない」
「もしかして、渉くんの家って複雑な家庭だったりする?」
「別に。まあ、母親はいないけど。栞とふたりで暮らしてるようなもん」
「……悪いこと喋らせたな」
「いいよ」
そんなこんなで作業が始まった。
四角いグリーンの風呂桶のような物体(タフブネという)に、セメント袋を開けて流し入れる。
「次は砂を入れるんだ」
「OK」
不慣れな手つきで砂袋を開いて流し入れる。
重たい。両手じゃないと、とてもじゃないが持ち上げられない。
「よっと」
ひと苦労して、ようやく流し入れることができた。
「お~し、渉くん。あとふたつな」
「手伝ってくれよ。重いんだから」
三良坂さんは笑いながら答えるのだった。
「もうすぐ十五才だろ? 頑張れ!」
一、二分かかって、ようやく砂袋を流し入れた。
「よおし、次はもっと重たいぞ。砕石だっ!」
「しゃっ! やるぞ」
タフブネに砕石袋を立てかける。角型スコップでエイッと突いたなら、案外きれいに穴が開く。
5~6センチほどの大きさの石が詰まっている。袋を持ち上げると、ガラガラと音を立ててタフブネに入っていく。
すぐ傍では、三良坂さんが次から次へと袋を開けて渡してくる。いいかげんキツかったが、なんとかこなすことができた。
「最後の仕上げだ。コンクリートを作る。このホースを散水栓に繋いでくれ」
「サンスイセン?」
「ほら、そこに水道メーターの蓋に似たやつがあるだろ? その下に水を出すための蛇口がある」
「?」
「おい……まさか、水道メーター見たことないのか?」
「いや、その……」
ああ、なんか答えづらい。
「あら、申し訳ありませんね。上水道も通ってない家で」
「栞!」
唐突だった。俺たちが話している斜め後ろから、ラフな格好をした栞が現われる。丈が膝までのジーンズに、上はスモックを着ている。
「一緒にやらせてもらって構いません?」
「……構いませんよ。好きにしたらいい」
「ああ、よかった! 『学校から許しをもらってるから』なんて、まるで圧力をかけるみたいな言い方をしなくて済んで」
三良坂さんの舌打ちが聞こえる。これはあれだ、わざと聞こえるようにしてやっている。
「じゃ、そこの散水栓のことを知っているお嬢さん。このホースを繋いでもらえます?」
淡々とした口調で栞にホースを差し出す。
「承知しました……でも、お嬢さんだなんて。わたし、もう二十九よ」
ホースを受け取った時、栞がチラリと三良坂さんを見た。俯きがちに視線を落としつつ、散水栓に向かう。蛇口をひねった。
「そら、スコップでこねまくるんだ」
「おう!」
水とセメントが反応して、砂や砕石を巻き込んでコンクリートに変化していく……らしい。
俺は角型スコップをガンガン突っ込んでセメントをこねていく。
三良坂さんは、そのまま蛇口の辺りに構えていたが、やがて、栞に「もういい」と合図をして作業に加わった。
男二人で、ひたすらにコンクリートをこねる。と、ここで、栞が近くに寄ってくる。
「これで、どのくらいの取れ高になるの?」
「どれくらいだと思う? ふたりとも」
「ええと……100キロ……以上かな」
「もっと重たいんじゃない? 300キロとか」
「250キロってとこか。大きさで言ったら0.1立米だ。これをだな、昨日作ったあの型枠に入れて、一昼夜とちょっと置くんだ」
「わたし、あとはなにをしたらいいかしら?」
「ここに刷毛があるんで、あの型枠の内側に水を塗ってもらっていいか」
「なんの意味があるの?」
「剥離剤だ。コンクリートが型枠に引っ付いて取れなくなる」
……しみじみと時間が流れる。
男二人はスコップでタフブネの底を走らせるようにしてコンクリートを練っている。ガッ、ゴッ、という、スコップが砕石にぶつかる音が聞こえてくる。
すぐ脇では、栞がバケツに汲んだ水に刷毛を浸けて、型枠内への塗りを重ねている。
「こんなもんか。うん、よく混ざった。じゃあ、お嬢さん。これからコンクリを流し込むんで」
「承知しました……あれ、どうしたの?」
「三人でこいつを持ち上げて、あの型枠に流し込むんだよ」
「わたしが? ご冗談を」
「ご冗談じゃありませんよ。その服装はあれですか、オシャレですか?」
「……」
三人がそれぞれの配置につく。
俺と栞が短い辺を、三良坂さんが長い辺を持つ。誰が決めたでもない。自然にこうなった。
「せ~のっ!」
……あまり持ち上がらない。
「さすがに入れ過ぎたか。まあ、なんとかしようやっ」
「重てえ!」
「ちょ、ちょっと……三良坂さん。これはさすがに」
栞の方を見やると、体力が俺以上であることを思い出す。なんたって、五〇キロはあろうかという薪ストーブ用の丸太を軽々と持ち上げてしまう。
「もうちょっとだ。いける! せえ~のっ!」
再チャレンジ。
グイッと力を込めたなら、タフブネが上がった――完全に持ち上げることに成功する。そのまま傾けて型枠内部にコンクリートを流し込んだ。
「粗方入ったな。よし、渉。タフブネに残ってるコンクリをすくって、型枠の中に入れてくれ」
「了解」
「お嬢さんは……」
「栞でいいわ」
「じゃあ、栞は――ぐぼぉッ!!」
声にならない声を上げて吹っ飛ばされる。栞の鉄拳が三良坂さんを殴り抜けていた。
「呼び捨てにしないでくれます? ここは、そう……栞さんって、呼ぶところでしょう?」
本性が出た。他人に対しては基本ネコを被るが、とにかく我が強い。
「あ、ああ。悪かった、栞さん。そこの鋤簾でコンクリートを均してほしいんだが……その前に、スコップでコンクリを突いてもらっていいか? 砕石が隠れる程度に。渉も、その作業が終わったら栞さんに合流してくれ」
「どうしてスコップで突くの?」
「こねたばかりのコンクリって、中がスカスカなんだよ。だから、こうして」
流し入れたばかりのコンクリートを、スコップでガシガシ突いたなら、
「あ……!」
すると、その面だけがわずかに低くなった。気泡が浮いてくる。
「見てのとおり。コンクリの中に空気が混ざってるから、このままだと強度に問題が出る。何年か経つとヒビが入ってしまう」
「なるほどな」
俺は、そこらに投げてあったタフブネの中から、まだかろうじて残っているコンクリート(厳密には、砕石が混ざっていなければモルタルというらしい)をスコップですくい取って、型枠内に溜まったコンクリートに投げ込んでいく。
三良坂さんと栞は、気泡が出なくなるまでスコップでひたすらに突きまくる。
「ふー、こんなもんか。ついに最後の工程だ。今日の」
「鋤簾で均すのね。一本しかないようだけど、三良坂さんはなにをするの?」
「渉と、あんた……」
栞が睨みを利かせる。
「いいか。栞さんは鋤簾で、渉はコテを使ってコンクリを均してくれ。俺はその間にタフブネやほかの道具を洗って片付けをする……わかるな? もう五時を回ってる」
「あら、ほんと。渉、さっさと終わらせて帰りましょう」
「……おう」
作業が終了したのは、五時十五分だった。
あぁ、やっぱり。集中していると、あっという間に時間が過ぎる。
「三良坂さん、いい汗をかけました。今日はありがとうございます」
「うまくコンクリが固まるといいけどな。栞さん、明日は来るのか?」
「いいえ。あなたが最低限信頼の置ける人物というのはわかりましたから。明日も弟を宜しくお願いします」
「恐縮なことで。渉はどうだった?」
「別に……明日も宜しく」
軽く会釈をした。
「明日の午後に型枠をどかして、きっちりできてるか確かめる。できていたならレンガの仮積みをしよう」
「明日、何時集合にする? 六時か?」
「どのみちコンクリートが固まってないしなぁ。まあ、七時集合にしようや。というか俺、早朝出勤してるけど、残業申請してないからな?」
と、ここで……栞がこちらを見ている。話に入りたいんだろうか。
「そういえば、三良坂さんってさ。年いくつなんだ?」
「俺? 二十四。社会人六年目」
――視線。栞のものだ、見るまでもない。目をつむってもわかる。