月星花伝 gessyo-kaden   作:渡邉 実一

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#04:視界ゼロの海に落ちて(前)(1/2)

日本国憲法 第11条

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

2 ここにいう国民は、普通人である。特殊概念能力の使用者は、この限りではない。

 

 

 

 俺の名前が呼ばれると、教壇の前にぎくしゃくしながら立った。席を離れる際の、後ろからの視線がもどかしくてしょうがない。

 由香里、頼むから見ないでくれ。恥ずかしいんだ。

 

「はい! ということで。今回、道ノ上くんが学校に新しい花壇を作ってくれました」

 

 和田先生。朗らかな笑顔とともに讃えてくれる。

 ――真正面を見ることができない。身体中から打ち昇ってくる、痺れるような感覚。

 教室内は、お喋りでざわついている。和田先生のことなど露知らずとばかり、雑談に興じる生徒たち。声が止むことはない。見慣れた光景だ。

 

「……」

 

 恐怖に打ち勝って、教室を見渡した。

 真面目に聞いているのは、どうやら俺の仲間と、あとは……教室の後ろ端にいる、いつもの四人組だろうか。

 彼ら彼女らは、ただ先生の話を聞いてるだけじゃない。仲間同士でざっくばらんに話し込んで、笑いあいながら、それでも先生が言った内容を理解しているという。俺には真似できない連中だ。

 残りはお喋りをしている。先生の話は耳に入っていない。

 

「先生、みんなに聞いて欲しいことがあるの。道ノ上くんは、悪いことをしました。暴力という悪い行いです。でも、彼は、『何かを壊そうとした』ことを『新しい何か』を創ることで償いました。みんな、いいですか……」

 

 あの、すぐ後だった。校長先生と和田先生による完了検査が行われた。

 結果は、文句なしの合格点。「パンジーがきれいだね」という校長先生の言葉を思い出す。『これは概念力(ノーション)によって咲かせたんです』とは、さすがに言えなかった。

 ああ、もどかしい! もどかしいって、こんな感情だったのか。

 

 *  *  *

 

 休憩時間。

 教壇のあたりで取り囲まれてしまう。例の四人組に。

 一年生の時も二年生の時も、彼等が体育祭、文化祭、その他もろもろの行事を取り仕切ってきた。俺なんかとはわけが違う。人生を楽しんでいる連中だ。

 

「ねーねー。毎日作ってたのって、花壇だったんだね。アタシぜんぜんわかんなかった!」

「道ノ上くん。ボクも技術教室の前のパンジー見たよ。綺麗だった」

 

 なんとか言葉を返そうとする。

 

「あ、あの……藤原さんも、安田くんもさ……作業風景、見てたんだろ。あれ、作ったの俺じゃないんだ。あの大人の人がやってくれたんだ」

 

 藤原さんは、今どきな感じがする女の子。

 安田は、根が明るい? 真面目系の男子だ。

 

「うそよ。道ノ上くん、コテを使ってレンガにコンクリート塗ってたの、わたし見たよ?」

「本物の左官屋みたいだったじゃん、渉っち」

「いやいや、あれもほとんど俺じゃないから……ええと、みや……」

「宮本だよ?」

「渉っち、オレの名前知ってる!?」

「ええと、前田くん」

「あったりー!」

「えー、前田だけずるいよ?」

 

 笑顔が張り付いて取れない。耐えられなくなってきて、チラリと自分の席に視線をやる。

 すると、由香里がむずがゆそうな面持ちでこちらを睨んでいた。篤と砂羽の顔は見えない。

 尚吾は、露骨だった。頭を引っかき続けている。

 

 *  *  *

 

 四時間目は、技術家庭科だった。

 俺は今、窓の外に映るパンジーの花々をうっすらと眺めている。

 ……やっぱり気になるもんだな。自分で作ったものは。

 ここで、授業の準備を終えた技術科の沖浦先生が、

 

「はい、みんなぁ~! 前回までは、LED照明の原理や仕組みについて学んだり、製作キットを開けたり、見て触ったり、一番最初の組立てをしてみた。今日からは、いよいよ本格的に作っていこう! それじゃ、あの棚に自分のキットがあるから取りに行くように」

 

 技術教室の端にあるスチール棚。これまで自分が作ったLED照明キットが置いてある。

 前回は、照明基盤に配線やLEDライトを差し込むところまでいった。でも、今日は大変そうだ。というのも、

 

「各班に二台ずつはんだごてを配っている。使えるのは早い者勝ちだぞ~」

 

 すぐ傍に、『はんだごて』なる機械が置いてある。

 LED照明キットの説明書を読んだところ、どうやら『はんだ』なるものをはんだごての高熱で溶かし、電子回路から突き出ているリード線、その根元を固定するらしい。

『……早く、誰かやってくれよ』

 呟きそうになるくらい、誰も挑戦しようとしない。うちの四人班もそうだし、隣の班にしてもそうだし、ほかの班にしたって同じだ。

 電子回路に突き刺さったLEDライトをぼんやりと眺めながら、『俺って、ほんとホシュテキだよな』と思う。

 

「沖浦先生、まず先生がやってみてくれません? ボク、どうしても不安で」

 

 と、ここで安田が口火を切った。

 

「はっはー、安田。マジびびりでやんの」

「だったら前田! あんたがやってみたらいーじゃん」

 

 安田の班だ。なるほど、先生に手本を見せてもらうパターンだ。賢い。

 沖浦先生はぐるりと各班を見渡して、

 

「君達。何つまらないこと言ってるんだ。何事も実践! そらそら、恐がらずにやってみるべし!」

「……やってみるか」

 

 はんだごてを手に取った。もう十分に温まっている。

 恐る恐る、はんだをリード線の根元にもっていく。

 ……由香里も、篤も、砂羽も、俺の手元に視線を集めている。失敗が許されないわけじゃない。でも、やるなら本気だ。

 勝負は、一瞬――

 

「ねえねえ、道ノ上クン! はんだ、アタシにも付け方教えてよっ」

「!? なんでここに」

 

 藤原さんだった。ほかの三人も。俺達の班に遠征(?)している。

 

「え……こ、こうじゃないのか?」

 

 ええい、ままよ! とりあえずやってみる。

 電子回路上に等間隔に並んでいるリード線。抵抗器とやらを接着するため、はんだをその根元に近づける。

 そして、ゆっくりと、はんだごての先をはんだに当てる。

 

「お! 溶けはじめた。すごいなぁ」

 

 誰かが感想を漏らす。安田だと思う。

 

「よし……ここで……」

 

 はんだの粒が、電子回路に垂れ落ちた――あっという間に固まる。

 

「うわあ、すごーい!」

 

 色めきたつ女子ふたり。藤原さんと、ええと……忘れた。

 

「やるやん! 渉っち。一番乗りとかマジやべえ。オレがやったら指が溶けちまいそう」

 

 前田だった。『渉っち』という、とんでもない呼び方をしてくる。もしや、こういう口調が流行ってるのか?

 

「ねえ、ほら。みんなも来てみて? 渉くんのはんだ付けが見られるよ?」

 

 思い出した! 宮なんとかさんだ。

 淑やかな声が響くと、導かれるようにみんなが集まってくる。

 ガタタッ、という音を響かせて誰かの椅子が床を転がる。多分、尚吾だ。

 

「おおい、鵜飼! どこに行くんだ、授業中だぞ!」

 

 尚吾はそのまま退出する。いや、まだ退出すると決まっちゃいないが、あいつはそういうヤツだから。そんなことより次のはんだ付けだ。

 

「もうちょっと、もうちょっと……!」

 

 心の声が漏れてしまう。

 震える手。由香里は所在なさげにこちらを見ている……と思う。

 はんだを、はんだごての先に当てる。たったこれだけのことなのに、どうしてだろう。ひどく疲れる。不慣れ、だからだろうか? 慣れたら楽しくなるんだろうか。

 はんだは、さっきと同じく一瞬で液状化する。水滴が落ちて、電子回路の穴を塞いだ。そのまま次々と、銀色の水の粒が――くるくると舞い落ちる。

 最後に、はんだごての先端でもって、落ちたばかりの液体を撫でていく……ひとつめの抵抗器の接着に成功する。

 

「へ~、こんな感じなんだ~。アタシもやってみよっと」

「先達の存在はありがたいね。ボクは、うまくできない気がするけど」

 

 みんな、自分の席に戻ろうとしていた。と、ここで、沖浦先生がなにやら頭を抱えている。教壇にいるので余計に目立っている。

 ――目の前を由香里が通り過ぎた。帰ろうとする安田たちに向かって、

 

「ね、ねえっ、よかったら……あたし達と、一緒にやらない?」

 

 教室中が黙りこくってしまう。こんな不気味な静けさ、初めてだ。

 

「え、ええーと? 塩……田さん?」

「汐町だよ」

 

 苗字を間違えている。この子は、ええと、誰だっけ。宮……宮……。

 ――教室内は、静かだ。

 

「汐町サーン、あのねー、えっとねー」

 

 前田が訝しむような視線を送っている。

 教室内は、静かだ。

 

「どうしたの? だめなの? ……いいじゃん。合同班、やってみようよ」

 

 由香里は譲らない。

 教室内は、静かだ。

 

「ちょ、ちょ、待って。沖浦センセに確認しないとまずいっしょ! ね、安田!」

 

 藤原さん。クールな対応をする。頭の回転が早そうだ。

 教室内は、静かだ。

 

「う~ん。まあ、そうだよね。でも、合同班も面白そうだなあ」

「わかった、安田くん。あたしが聞いてくる」

 

 由香里は沖浦先生の元に走り出す。

 教室内は、静かだ。

 

「沖浦先生、お考えのところすいません。ちょっといいですか」

「お、すまんすまん! 生徒に気を遣わせてしまって! どうした?」

 

 教室内は、静かだ。

 

「……」

「……」

 

 話し声は聞こえない。不安な気持ちで眺めるばかりだ。

 ふいに、篤と砂羽に視線をやった。ふたりとも目線を落としている。強張った面持ち。

 教室内は、静かだ。

 

「……」

「……」

 

 ――教室内は、静かだった。

 

「え~、静粛に!」

 

 気合の入った声。沖浦先生と由香里がこちらを振り返った。

 

「これより、第七班の四人は、それぞれが第一から第四までの各班にひとりずつ散ってみよう。いいかな、これは汐町さんの素晴らしい提案を受けてのことだ。先生の個人的体験だけどな、普段は交流することのない人と接すると、自分という人間を深めることができる」

 

 静か……じゃないな、これは。

 なんだろう、血の気が引くというか、そんな感情の奔流があちこちから伝播してくる。

 

「……」

 

 周りを見渡してみる。篤はどこか苛立った指の動きをしている。砂羽は、凍りついた面持ち――指先が震えている。当の由香里は晴れやかな笑顔で凱旋の途中だ。

 沖浦先生は小さくガッツポーズを決めている。

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