ヴァナディースたぶらかし   作:トラロック

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02 円卓の間

 迷宮都市オラリオに小さくない混乱を巻き起こした追いかけっこから数日が過ぎた。

 『豊穣の女主人』の店員シル・フローヴァとのデートの最中に起こった逃避行のせいで祝祭の一つ『女神祭』を――色々と込み入った事情の為に――楽しめたのか分からなくなった。

 白髪(はくはつ)の少年冒険者にして話題に事欠かない【白兎の脚(ラビット・フット)】ベル・クラネルは【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)竈火(かまど)の館』の自室で一人思い悩んでいた。

 追われることになったのもそうだが、デート相手たるシルの気持ちがより一層分からなくなった。それと――別れた後の動向も気になっている。

 彼女は【フレイヤ・ファミリア】に追われていた。街中は祝祭の後始末が終わりを迎えているので、そろそろ様子見に出かけようかと考えていた。

 

(……どちらのシルさんが本物だったのか。告白を断った相手に会いたいと思うだろうか、という思いもある)

 

 今のところ【フレイヤ・ファミリア】から報復に関する通達は来ない。見張りがついている気配もない。

 最強を自負する【ファミリア】をもってすれば【ヘスティア・ファミリア】を潰すことなど容易い筈だ。何らかの事情があって動けないのか、もう解決したか、だ。

 それと仲間達に危害が及んでいないのも確認した。

 食堂に向かうと仲間達が暗い顔で食事を摂っていた。それと主神ヘスティアも。

 

「……リリ。外の様子どうだった?」

 

 変身魔法を使って情報を集められる小人族(パルゥム)の少女リリルカ・アーデにベルは尋ねた。

 敵対したのが都市最大【ファミリア】とあって、気が気ではなかった彼女の顔は酷く淀んでいた。

 気になり過ぎて不眠症になりかけていると言っても過言ではない。

 

「見た感じではいつもどおりでした。あちこちでベル様を探すような事態も無かったようです。……ただ、『豊穣の女主人』の店内が酷い荒れようで……」

「……ええっ!?」

 

 驚くベルにリリルカは慌てないでください、と言いながら彼を宥めた。

 二日前に除いた限りでは客席のいくつかが粉砕され、それを見知らぬ店員が片付けているところだった。

 どうやら破壊を敢行したのは機嫌が悪い店の主ミア・グランドだとか。

 

「今リリ達が行けば絶対に働かされます。近づかない方が身のためですよ」

 

 そこで実際に強制労働させられた経験のあるヘスティア達は顔を青くした。ミアの名前が出るだけでトラウマが蘇るかのように。

 多くの客で賑わう酒場は並みの店員では務まらない。レベル4が四人がかりでも逃げ出したくなる程なのだから。

 

「ベル君。今の君は団員を率いる団長だ。その君が個人的な理由で動くとどうなるのか、考えてから行動してほしい」

「……はい」

「フレイヤに関してはボクもどうしたらいいのか分からないけれど……。向こうが静かならそれでいいんじゃないか。君以外に対抗できそうな眷族が居るわけでもないし」

 

 黒髪の女神ヘスティアに言われ、ベルは仲間達の沈痛な面持ちの顔を眺めた。そこには今後の生活を不安視するものしか無かった。

 気になる事がたくさんあり、どれを優先すればいいのか。冒険者として一人の人間(ヒューマン)として。

 【ファミリア】を導く団長として。

 

  

 

 雨季に差し掛かっている為か、雨が降ったり()んだりを繰り返す。そんな下界を見下ろすのは一柱(ひとり)の女神フレイヤ。

 勇気を出して告白したのにあっさりと対象に断られた。これが意外と胸に響き、今も僅かばかりの疼痛となっている。

 知り合いの神に嫌われる事には慣れているし、愛の言葉自体は気の遠くなる時間で数えるのも虚しくなるくらい言ってきた。それなのに何故だが今回は気にするほどに痛く感じた。

 

(……一度魅了すれば下界の子供達は私に無償の愛の言葉をかけてくれる。それは私の『神の力(アルカナム)』がそうさせているだけで本心ではないけれど)

 

 いや、だからこそ本気で告白したものを相手も本気で断ってきた。それがとても心に響いただけ。

 『神の力(アルカナム)』を用いない男と女の戦い。

 常勝不敗を信じて疑わなかった絶対女王たるフレイヤが敗北を喫した。それは自分自身にとっても驚きであり、後悔を感じた事などいつ以来か――すぐに思い出せないのが意外ともどかしい。

 

「……ああ、そうだわ。ゼウスとヘラ以来よね、こんなに悔しい気持ちを味わったのは……」

 

 思っていたほど昔ではなかった事に苦笑を滲ませる。

 最近だからこそ早く思い出せた。そして、当時に比べれば後悔の質が違う事も理解できる。

 本当に心の底から憎いと思わなくて良かった。彼女は嘆息しながら今も黙って控えている猪人(ボアズ)のオッタルに顔を向ける。

 下位の眷族達と違い、【ファミリア】の団長である彼は女神の神意に背いて暴走を働く事は無い。――仮に暴走しても程度が低く可愛いものが多い。

 

「……本拠(ホーム)に帰るわ」

 

 女神の言葉に【猛者(おうじゃ)】オッタルは黙って首肯した。

 一連の騒動の中に遭って女神に詳細を聞こうだなどと彼は微塵も思わない。いや、そう思おうとしているだけでいくらかは聞きたい気持ちがあった。

 これからどうするのか。【白兎の脚(ラビット・フット)】を今後どうするのか、など。

 女神(フレイヤ)はとても気紛れだ。何らかの指針を出してくれれば動きやすいのに自分以外の事には関心を持たない傾向にある。

 ただ端的に強くなれと言われたり美しくなれと言われたり。眷族達は彼女の言葉を深読みしては機嫌を損ねる。――それはオッタルも同様だが。

 時折女神の本心を教えてもらいたくなる。それは彼だけではない。

 女神と眷族共々煮え切らない気持ちを抱えながらオラリオの中央に聳える『摩天楼(バベル)』から【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)である『戦いの野(フォールクヴァング)』へ帰還する。――彼らの中に新緑の如き戦闘衣(バトル・クロス)をまとったエルフの姿は無かった。

 

  

 

 南と南東の大通り(メインストリート)に挟まれた第五区画の繁華街の中央を占拠するように存在しているのが【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)』である。

 ここでは日夜眷族同士による殺し合いに似た鍛錬が繰り広げられており、女神フレイヤの寵愛を受けようと誰もが強くあろうと必死になっていた。団長オッタルもその一人である。

 外界から切り離すように建てられた高い四壁の中には『原野』が広がっており、その中央にフレイヤ達が本来住む巨大な屋敷がある。

 その中にある大広間(セスルームニル)にて玉座の様な椅子に座った女神フレイヤは集めた主要(第一級冒険者)な眷族達を睥睨する。

 

「………」

 

 本来ならば身の回りの世話を担当する侍従頭が側に居るものだが、それが居ないだけで空虚な気持ちを僅かばかり感じた。

 自分が手ずから召し上げた者が居なくなると無用として切り捨てても――やはり気になってしまう。未だ感覚の共有は有効だが意識が無い為か、全く感じられない。だが、それはほんのわずかな時間でしかない。

 意識をすぐに集まった眷族に向ける。

 

「何か……()()()()()はあったかしら?」

 

 肩肘をついて女神が問うた。それに真っ先に応えるのは黒髪の青年、猫人(キャットピープル)のアレン・フローメル。

 彼はただ一言だけ――

 

「なにもございません」

「……そう。……屋敷は()()()()()なのね」

 

 つまらない。そううっかり言いそうになるほど自分の本拠(ホーム)の中身が()()()()()()()()がっかりした。出来る事なら勇気ある【ファミリア】の襲撃でもあればいいのに、と思わない日は無い。

 その点で言えば白い髪の少年を追いかけていた日々の方がまだ充実していた。

 平和であることは何にも代えがたいが退屈は許容できない。自分の意に沿わない事が彼女の眉根を寄せる結果となる。

 何でも思い通りにならないもどかしさも楽しみの一つではある。

 不機嫌な気持ちに(さいな)まれる事に苛つく事があるのは認めるところ。

 

(……この私が不機嫌? 子供達の働きに文句でもあるというの? これは私の抱いた気持ちであって……。……説明が難しいわね、意外と……)

 

 一度目を伏せ、少年とのデートを思い出す。

 逃避行の様な慌ただしいものだったけれど、童心に帰ったように楽しかった。そして、それは終わりがあるもの。

 眷族の意外な申し出を受けて始めた『お遊び』という体裁だが、それはそのまま女神の覚悟が問われた一日となった。

 結果は惨憺たる有様だ。

 どんな男も手に入れて来た美と豊穣の女神の()()()()()()告白を断られてしまった。

 人と神の立場の違いは理解している。それでも実際に言われるとショックだった。何度か『神の力(アルカナム)』を仕掛けたりもしたけれど、それでも駄目だった。完膚なきまでに玉砕と表現できるほどに。

 

「……フレイヤ様?」

 

 近くに控えていたオッタルの声で現実に意識を戻す。

 つい傷心に耽り、時間を忘れてしまった。神である自分(フレイヤ)が。しかも、なにやら眷族達が不安視している。

 もし、侍従頭が居れば手鏡を所望する。そうすれば今、自分がとても怒りに満ちた顔をしている事に気付いた事だろう。

 これは明らかな後悔の表れ。血が出そうなほど唇を噛んで悔しがっていた。

 

(……そう。(シル)は死んだ。であれば女神として動く以外にないわ。……かといって全戦力を投入するわけにもいかない。……そんなことをすれば他の神々に笑われてしまう)

 

 迷宮都市オラリオ最強派閥と言われる【フレイヤ・ファミリア】が恥辱に(まみ)れていいはずがない。それも女神の気紛れで。

 だが、傷心を癒さなければいつまでも気が休まらないのも事実だ。

 

「……ねえ?」

 

 唐突に女神は言った。

 眷族達の頭上から見えない圧力の様なものが落ちてきた。それを片膝をついた彼らが懸命に耐える。

 団長オッタルでさえ緊張をするほどの神意をもった言葉だった。

 

「自分でも驚いているのだけれど……。私は今、とっても不機嫌なようよ。どうしてかしら? せっかく自分の本拠(ホーム)に戻ってきて可愛い眷族(子供)達に囲まれているというのに……」

 

 眉根を寄せつつ嫣然とした女神の言葉に誰もが喉を詰まらせる。それは第一級冒険者である彼らをもってしても発言が困難だと感じるほどに。

 女神フレイヤはいつものふざけた気持ちを消し、本気で不機嫌を表していた。こんな事はここ最近では起こり得なかった事態だ。

 まさに緊急事態である。

 

「……ああ、そうよ。どうやら私は屈辱を受けているみたい。こんなに腹立たしい気持ちを抱いたのは……。……あら? 割りと最近の事のようね。いえ、あの時よりも後を引いているわ」

 

 大仰な身振り手振りで絶望したのよ、といつもの冷静な女神にあるまじき痴態に眷族達は言い知れない驚きと怒りを募らせる。

 ――犯人は概ね判明している。彼らの頭に思い浮かぶのは白い兎ただ一匹。

 

「その上で貴方達に問うわ。私が今、抱いている屈辱の様な気持ちを払拭するにはどうしたらいいのかしら? 私の【ファミリア】に相応しい意見を頂戴」

 

 最後の言葉で眷族達は意気揚々と発言しようとした気持ちを押し殺す為になった。

 単に白い兎ことベル・クラネルを捕えたり殺せばいい、と言えなくなってしまったためだ。

 もし言えば頭の悪い発言として女神の怒りを買ってしまう。特に今は本当に怒っているようだと誰しもが感じている。

 

「もう一度……、あなた達に問うわ。私が受けた……この屈辱、恥辱を(そそ)ぐ為に必要な手段が何かを。……良い意見には褒美を与えましょう」

 

 それぞれ頭を悩ませる眷族達を尻目に一向に意見が出てこない事にフレイヤは不思議に思った。そんなに難しい事を言ったかしら、と。

 不機嫌な女神を楽しませる方法や意見を頂戴と言っているだけなのに――

 

  

 

 眷族達に無理難題を突き付けた女神フレイヤは答えが出るまでの間、寝室で休むと言いおいて退出する。

 そんな彼女の後を武人オッタルが静かに追随する。

 本来ならば侍従頭の眷族ヘルンが(おこな)っていた仕事だが当人が居なくなってしまったので彼が代理を務めている。

 

「……そうだわ。言い忘れていたのだけれど、代わりの侍従頭を勧誘したの。彼女が来たら仲良くしてあげて」

「……はっ」

「……ああ、ああ、……可愛い子供達の前で何てはしたない姿を晒したのかしら……。今になって思えば傲慢が過ぎたわね……。恋の駆け引き程度で……」

 

 ふと立ち止まり、ふー、と深く息を吐き出すようにため息をつく。

 傷心によって()()()調子が悪いことを自覚した。

 当たり散らすような罵倒を浴びせなかっただけマシともいえるが、らしくないと何度も呟いて自己反省する。

 オッタルの側でそんなことを言うのは彼を信頼しているから。最も自分の『伴侶(オーズ)』に近い人物だから。それと【ファミリア】の団長であり、面倒ごとを引き受けてくれるから。

 様々な理由があるが弱みを見せられる相手が神以外に居るとすればオッタルくらいだと思った。

 

「ご指示があれば【白兎の脚(ラビット・フット)】を捕えてきます。ただ一言、頂戴できればすぐにでも……」

 

 女神を前にして片膝をつくのは都市最強にしてレベル7の【猛者(おうじゃ)】と呼ばれる(おとこ)。彼女に拾われて以降身も心も捧げたいと思っていた。少しでも役に立ちたいがために。

 武人の矜持を持つがゆえに汚い仕事には抵抗を覚えるし、意に添わぬ事に多少の小言も出る事がある。

 そんな彼が女神の指示を欲していた。それは何故か。

 

 女神が今にも泣きそうな顔をして傷心に耐えているからだ。

 

 絶対的な女王を気取っていた彼女が今回ばかりは本気で傷ついている。泣きそうな顔に歪んでいる。今までそんな気配すら微塵も見せたことが無かったのに。

 それだけ対象の少年を特別だと思っていたからに他ならない。

 以前から並々ならぬ執着を見せていたし、いずれは恋の駆け引きや告白などをするかもしれないと思っていた。

 ――その結果はオッタルですら思いもしなかった事態に発展してしまった。

 神は不変である。下界の子供達がどれだけ死のうが涙一つ零さない『超越存在(デウスデア)』だと彼も信じて疑わなかった。けれどもそれは間違いだった。

 神として病気になるし、喜怒哀楽があり、号泣する事もある。それは下界に暮らす者達とあまり大差が無い感情表現を見せる。そしてそれはフレイヤも同様だった。

 

「……私だってわかっているわ。命令でやらせても無意味だって事は……。何も変わらないし、あの子(ベル)を変えられない。……あの子はあの子なりの恋を既に持っているもの。それを私は分かっていて取り上げようとしている。……ああ、本当に悔しいわ。美を司る女神なのに……」

 

 怒涛の如く吐露される言葉。迂闊に相槌を打てば何かが決壊するかもしれない。そう思ってオッタルは黙って聞き入った。――他の眷族達が来ないか気にしながら。

 我儘な部分がある事は眷族であるオッタルも承知していた。普段であればそのままだからどうしたと突き進む。なのに今回に限って足踏みし、自己反省に入って、己の所業を悔いているように感じられる。

 【フレイヤ・ファミリア】の主神はいつもどこかで泰然とした佇まいを忘れない高貴さを持っていた。時々眷族達を困らせることがあるけれど。

 

(……余程お気に召したのだな。ここまで取り乱すフレイヤ様は初めてだ。……だが、俺にはこの方の心を癒すすべを見つけられそうにない)

 

 ふらふらと覚束ない足取りの彼女を見守りながら寝室まで送り届け、部屋の入口に待機する。ここより先は同性の侍従頭の領分であった。その役目を追う者が現在いない。

 だが、それを分かっていてフレイヤは告げる。中に入りなさい、と。

 実のところ酔い潰れた彼女をベッドに寝かせたりした経験をオッタルは持っているので指示されれば従うまでだ。

 彼が部屋に入る頃、女神フレイヤは服を着たまま無造作にベッドに倒れ込む。

 魔石灯が無くとも部屋の中は幾分か明るい。

 

「……はぁ……、はぁ……。……ねえ、オッタル」

「はい」

「……前があまり見えないのだけれど……。もしかして、私は今……、とても酷い顔になっているのかしら?」

 

 両手を震わせつつ眷族に問い掛ける。これに従者オッタルは口を噤んだまま答えない。

 答えたくないわけではなかったが、言葉が出なかった。女神にかける言葉を出そうと試みているのだが――

 

(……フレイヤ様)

(……無言という事はとても酷い顔になっているのね。……目が痛い。寒い。暗い……。……全知零能の神の本性なのかしら?)

 

 眉根を寄せつつ傷心を痛めようとすると顔が暑くなってくる。それがまた自分を惨めにしてしまう。

 側に眷族が居るからしっかりしなきゃ、と思いつつ。

 今までない屈辱、または後悔が強すぎた。

 

(……認めましょう、ベル・クラネル。私をこんなに泣かせた貴方が今回の勝者である、と……)

 

 ――そして、こんなに悲しい気持ちになったのは思い出せないくらい昔の事ではあるが一人の女としての感情が嘘偽りでなかった事に改めて幸せを感じる。

 悔しい気持ちもまた悠久の時を生きる神々にとって忘れがちな感情だ。

 何でもできる神が何にもできない事を知った。

 嗚咽しつつもフレイヤの気持ちはそれほど暗くならなかった。恋の駆け引きにおいて大事な事は全てが幻ではないこと。ちゃんと一人の女として感じるところがある、ということ。

 

「……こんなに泣いたのは……どれくらいぶりかしら? ……本当に私を飽きさせないわね」

 

 目元を腫らし、しばし瞑想するように押し黙る。それから小さくハンカチを所望した。

 側に控える従者は黙って女神に大きな(てのひら)に乗せた小さなハンカチを(うやうや)しく差し出す。

 滅多に本心を見せない神の一面に触れる機会は中々ない。その現場に立ち会えたことはオッタルにとって何にも代えがたい経験であり宝である。

 

  

 

 大人しく寝ているわ、と告げてフレイヤはベッドに潜り込んだ。

 部屋の扉を静かに閉めたオッタルは使用人たちに後を任せ、上級冒険者達に招集をかけた。彼の顔に怒りは無かったが僅かばかり緊張の色が浮かんでいた。

 単なる色恋沙汰にモンスター討伐に秀でた冒険者が良い案など出せるはずがない。だが、女神はそれを所望した。傷心した気持ちを慰めるためか、鎮めるためか分からないけれど。

 屋敷の中にある会議用の『円卓の間』に招集をかけられた第一級冒険者が集う。

 一人は一六〇(セルチ)の――オッタルに比べれば小柄に属する体形――猫人(キャットピープル)アレン・フローメル。

 小人族(パルゥム)の四兄弟と言われるガリバー兄弟。

 白妖精(ホワイト・エルフ)のヘディン・セルランドと黒妖精(ダーク・エルフ)のヘグニ・ラグナール。

 彼らは【ファミリア】の団員ではあるがそれぞれ敵対関係でもあった。

 

「……議題はフレイヤ様の問い掛けについてか?」

 

 冷静な態度で言ったのはヘディン。

 この度のベル・クラネルとシル・フローヴァのデートを裏で支援していた男性である。それゆえにある程度の事情を知っているのでフレイヤの指示にそれほど驚きを感じていない。

 彼に相対する位置に座すヘグニはお咎めを受けなかった事に安心したのか、緊急招集にも関わらず大人しくしていた。もし、何らかの罰を受けていれば脂汗で顔が濡れていたはずだ。

 

「……フレイヤ様は本気で傷付かれた。今しばらくは大人しくしてくださる。その上でお前達に聞きたい。……我らはこの先どうすればいいのかを」

 

 一般的な【ファミリア】――とりわけ女神の派閥であれば狙った獲物を奪取してくるか完膚なきまでに叩き潰す。

 今回のデートに至っては下位の団員が暴走しなければもう少しマシな展開になっていたのではないか、という見解をそれぞれが持っていた。これについていつも機嫌の悪いアレンも同意する意思を見せていた。

 

「予測不能の女神が大人しくしてくださるなら、そのまま放置でいいんじゃねーか」

「……相手があの【白兎の脚(ベル・クラネル)】であれば……」

「我らも即座に行動する事は……」

「現場を見られなかったのが残念だった」

「それな」

 

 紛糾するかと思われた会議はオッタルの危惧とは裏腹に順調に運んでいた。

 女神が傷心した、というのは本来であれば一大事だ。それを流せるのは彼女と付き合いが長く、振り回された経験があるからとも言える。

 眷族だからと何でも主神の言う通りに行動するわけではない。それぞれには目的があり、欲望がある。それらを支えるのが主神の務め。

 

(元より【白兎の脚(ラビット・フット)】の意中の相手は【剣姫】の筈だ。それを無理矢理自分に向けさせるのがそもそも無茶だったのだ)

 

 それとは別にベルは女性を大事にしようとする気構えを持っている。指導に当たったヘディンもそれを認めている。

 結果が伴わなかったからとて逆上しては女神の沽券にかかわる。だからこそ、今回の事態についてフレイヤにはいい薬になったと思った。そして、それは他の者も同意見のようだった。――ヘグニは言動が理解不能なので大抵喋るな、と厳命されている。

 

「……だが、指示が出た以上は応えねばならない。我々の【ファミリア】に相応しい行動を意識しながら」

「知名度が上がっているとはいえ【ヘスティア・ファミリア】は弱小だ。団長のベル・クラネル以外は雑魚ばかり。我らが本気を見せる価値は無い」

「……順当に考えれば【ロキ・ファミリア】を潰せばいい。【剣姫】が居なければフレイヤ様の独壇場だ」

 

 だが、それでも疑問が残る。

 恋に破れたとはいえベルの意中の相手を処分すれば事が済むのか、と。

 幹部達が雁首揃えて話す内容が痴情のもつれのようで笑えてくる。けれども、それらは全て女神フレイヤの為だ。

 他人から見て笑われるような内容だとしても女神の為ならば汚泥をも啜れる。それが【フレイヤ・ファミリア】の矜持である、とでも言わんばかりだ。

 

(……我らは【ヘスティア・ファミリア】というかベル・クラネルの噛ませ犬のようになってきてはいないか?)

(それだけフレイヤ様がご執心だという事だな)

(……ベル・クラネルが現れる前は他派閥に嘗められぬよう精進できたのに……)

(……もしかして俺達の存在価値がいつの間にかダダ下がりしている!?)

 

 四つ子の小人族(パルゥム)が戦々恐々としている頃、物静かヘグニとアレンは意見を出さず、(もっぱ)ら喋る人物が限定される。

 意見を出したくても出てくる案が暴力的な者ばかり。それではフレイヤの意に沿わないと理解している為だ。

 潰せと命令されれば即座に従う。だが、色恋沙汰は毛色が違った。武人に恋の手解きなど出来る訳がない。けれども女神はそれを望んでいる。

 

「……不本意な意見でよいのなら案の一つや二つ、無くは無い」

 

 そう言ったのは背中にかかるほど長い金髪に珊瑚朱の瞳を持つ美しきエルフのヘディンである。

 フレイヤの相手に相応しい男に仕立て上げる為にベル・クラネルに『デート』の手解きをした人物でもある。

 数日にわたる猛特訓によって二人は師匠と弟子の関係を築いた。その上で結果が伴わなかった事に()()()失望を感じたものの殺意は抱かなかった。

 ベルは充分に応えた。短期間であそこまで成長するとは、と鍛えたヘディンも僅かばかり嬉しくなったのは事実である。

 

「……不本意と言うところですでに聞きたくない予感がする」

 

 それと意見を出さないアレンとヘグニは今すぐ退出したいと思っていた。こんな茶番に付き合う暇は自分達には無い。そう思うのだがフレイヤが()()()問い掛けた以上は望みを叶えなければならない。

 ならば、誰かの発案が通ればそれに全力で付き合うのみ。頭で考えるのはオッタル同様に苦手だった。

 ――ヘグニは何を言っても馬鹿にされるので機会が無い限り本当に喋る気が無かった。他人と意思疎通するのが苦手でもあるので。

 

「……そもそも腹芸が出来るのはヘディンくらいではなかろうか」

「団長も脳筋だからどうしようもない」

「……俺達も力業が多いような……」

(……【フレイヤ・ファミリア】は都市最強派閥だから当たり前……。今まではそれで良かったし、フレイヤ様も喜んでくれた)

 

 腹芸を褒められたとしても単独で成果を上げられるわけではない。

 今回のデートも下位の団員に邪魔されなければ完璧に事が進んでいた。――結果が伴わなかったのは致し方ない。最初から無茶だったのだから。

 場がヘディンに傾く頃、オッタルも頭の中で色々と考えてみた。だが、どれも女神に応えられそうにない力業ばかり。元より武人である自分に細々(こまごま)とした方法は苦手であった。

 

  

 

 女神がガチ泣きした。それに応えられない【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 何とも情けない、と感情の赴くまま拳を円卓に叩きつけようとしてしまった。咄嗟に止められたのは運が良かったとしか言いようがない。

 ガリバー兄弟やアレン達と同じく力業ならば得意であると認めてしまった。

 

(俺に裁縫の才能は無い。食事一つ満足に提供できない。ただ女神の為に剣を振るうだけ)

 

 ただ一つの事を極める。それが自分に課せられた命題のように生きてきた。

 オッタルにも憧れがあり、英雄へ至りたい気持ちがある。

 

「……猪が沸騰しているように見える」

「円卓が壊れそうな雰囲気だな」

「……ここに居る全員が女神に応えようと必死であるという証拠だ。そこで我々が取るべき選択はそう多くない。一つは【ロキ・ファミリア】の壊滅。この場合、【剣姫】だけ倒せればいいが……、結果的に【ファミリア】ごとになる筈だ。もう一つは不本意ながらベル・クラネルを我らに匹敵する強さに仕立て上げる事だ。いっそ飛び越えてもらってもいいくらいに」

 

 そうヘディンが言うと四つ子だけ不満を示した。残りは既に会話に参加する意思を放棄した様な態度だった。

 単なる私怨であれば分かりやすかった。だが、いくら恋に破れたとはいえ力業の報復は【フレイヤ・ファミリア】の沽券にかかわる。かの【イシュタル・ファミリア】と抗争した時とは毛色が違う。

 正々堂々と戦い、負けたのは――フレイヤだからだ。といっても町娘(シル・フローヴァ)に扮した状態だからベル・クラネルは()()シル・フローヴァの正体がフレイヤだとは気づいていない。気付いたのはヘルンと名乗っていた方の娘だ。

 そして、次はフレイヤ本人としてベル・クラネルを奪取しようとしている。

 

(……確実に【フレイヤ・ファミリア】は危機に立たされる。それでも手に入れたいとおっしゃるのであれば従うのが眷族の務め)

「何にしても我らの【ファミリア】は噛ませ犬となる。……お前達はそれを許容できるのか?」

 

 ヘディンの問いかけにガリバー兄弟は愚問と即答。アレンは舌打ちのみ。ヘグニは対案が浮かばなかった為かヘディンの意見に賛成の意を示した。

 後の問題は【ヘスティア・ファミリア】の他の団員の処遇だ。正直、おまけ程度で無視したいところだがベル・クラネルを制するには――おそらく――避けては通れない。

 

(……上級冒険者にとって下位の育成は至難の業……。不器用な者ならば特に……。後は団長の許可だけ取ればいいか)

 

 ヘディンはオッタルに顔を向ける。

 今まで殺伐としたやり取りばかりが【フレイヤ・ファミリア】の気風であった。それがどういうわけか女神の気紛れで軟弱者の面倒を見なければならない。

 度々現れる敵に対しての抑止力の様な【ファミリア】が下らない事で岐路に立たされるのだから笑えてくる。

 

「最後に聞きたい」

 

 ヘディンの問いかけにオッタルは続けろと告げた。

 まともな意見が出ない事に些か不安を感じていたが最終的にヘディンが場を制した。その者の意見はとても有用で否定できない者に異見を言う資格は無い。そんな雰囲気が満ちる。

 

「……我らの寵愛は全てベル・クラネルに持っていかれたも同然だ。悔しくはないか?」

「フレイヤ様がお決めになった事に俺の気持ちが入り込む隙など無い」

(……だが、悔しさが無いわけではない。必要な時に応えられない自分の不甲斐なさを)

 

 ここで四つ子の小人族(パルゥム)のリーダーであるアルフリッグが手を上げた。残り三人との見分けは難しいが意思決定の殆どは長男である彼が担当している。

 オッタルは頷きで合図を送った。

 

「ベル・クラネル側にこちらの意志をどう伝える? (むし)ろ迷惑な筈だ。二度も強引な手が通用するとも……」

 

 彼らにしてみればいい迷惑なのは確かだ。ただでさえ気紛れな主神に振り回されている。いくら彼女の子機嫌取りのためとはいえ不本意であることは誰もが抱いている共通認識だ。

 ヘディンももちろんベル・クラネル如きに時間を割きたくない。だが、女神がそれを望んでいるのだから致し方ない。

 ここで今まで控えめにしていた黒妖精(ダーク・エルフ)のヘグニが手を上げた。思わず彼の対面に座しているヘディンが顔を顰めた。

 見た目は他の強豪と並んでも遜色ないのだが言動が理解不能の部類なのでよく茶化される。当人も意思疎通に難がある事を自覚しているので自発的に喋りたくないと常々思っていた。

 

「……一応、聞こう。俺達の分かる言葉でな」

「無理ならヘディンが通訳すればいい」

 

 白妖精(ホワイト・エルフ)であり、ヘグニの宿敵と言われる男は改めて眉間に皺を寄せて不機嫌になった。

 【ファミリア】の団員ではあるが基本的に全員敵同士だ。仲良くする理由がそもそも無い。四つ子のガリバー兄弟以外は。

 

「恥辱を(そそ)ぐのであれば……兎と(つるぎ)の姫が逢瀬を重ね、魂が穢れればいい」

 

 短く、端的ともいえるヘグニの言葉に団員達が揃って言葉を無くした。

 難解な言い回しに似てはいたが、割りと理解できる言葉だった事にも――多少は――驚いた。

 前回はベル・クラネルを殺そうという意見が出たが、それよりも現実的で有効な意見に聞こえてしまった。

 

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