もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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epilogue

 

 ダンジョン『深層』――50階層。

 モンスターが産まれない安全階層(セーフポイント)の一角にある高台にて、【ロキ・ファミリア】は迷宮(ダンジョン)侵攻(アタック)へ備えた休息の準備に動いていた。

 灰色の大森林を一望できる巨大な岩の上で、野営地を形成するために団員の誰もが野営地内を駆け回り、天幕の設置や食事の準備に追われている。

 魔石灯に照らされた野営地は団員たちの作業音や指示する声などの喧騒が響く中、アイズは一人野営地から外れた大岩の(フチ)の上から大森林を眺めていた。

 階層全域に広がる灰色の大樹の連なりを見下ろすアイズは、ゆっくりと瞼を下ろす。その意識は九階層で目撃した、ある光景を想い浮かべていた。

 

 

 

 

 白髪の少年と、ミノタウロスの激闘。

 事の始まりは、【ロキ・ファミリア】が遠征に向かう途中出くわした、ある冒険者パーティの言葉。

 ダンジョン『上層』でのミノタウロス出現。そして、顔見知りの少年がそれに襲われているかもしれない事。

 それを聞いたアイズは堪らず飛び出し、それに追従するようにレフィーヤやティオネ達もミノタウロスが現れた場に急行した。

 そして、そこにいた【フレイヤ・ファミリア】幹部達との小競り合い。

 少年と同じ派閥(ファミリア)であるにも関わらず、少年を助けるどころか、それを妨害する彼らにアイズ達は戸惑った。

 少年を助けようとする他派閥(アイズたち)とそれを阻む同派閥(フレイヤ・ファミリア)。遅れてやって来たフィンも、アイズを加勢することなく、それどころかフレイヤ・ファミリアの方針に賛同を示した。

 団長の意思に団員(アイズ)が背くわけにもいかず、少年がミノタウロスに襲われているのを見ている事しかできなかった。

 片や、レベル1の冒険者。片や、レベル2相当の怪物。その結末は決まり切っていた。

 しかし。

 

 

 

 「うぉおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおぉぉっっっ!!!」

 『ヴヴォォオオオオオオオオオオオォォォオオッッッ!!!』

 

 

 互角だった。

 互いの命を懸けた、一騎打ち。

 一時僅かながらではあるが模擬戦を交えた指導の真似事をしたアイズでさえ目を疑うほどの人と怪物との死闘。

 少年は己の全てを賭けて、目の前の敵を打倒しようとしていた。

 気が付けば、その場にいるもの全てがその戦いに意識を奪われていた。

 アイズも、ベートも、ティオネも、ティオナも、レフィーヤも、フィンもリヴェリアも、そしてフレイヤ・ファミリアの者達も。

 誰もが興奮と好奇を交えた双眸(そうぼう)を揺らし、その戦いを最も近い場所から見つめていた。

 

「『アルゴノゥト』……あたし、あの童話、好きだったなぁ」

「さっきまで引け腰だったのに、一歩踏み出てから人が変わったように動きが良くなったわね」

「……ハッ」

 

 懐かしむ様な笑みを浮かべるティオネと、少年の変わりように瞠目するティオナ。

 頬を吊り上げるベートの声がアイズの耳に届く。

 

「……なるほど。彼が一か月前にベートが絶賛していた少年か。まさか【フレイヤ・ファミリア】だったとはね」

「ああ。それにしても、彼の戦いぶりは驚愕に値する。特にあの、転倒から復帰までの時間が新人とは思えぬほどに短いな……一体どんな経験を詰め込めば、この短期間のうちにあそこまでの練度に至れるのか」

 

 フィンとリヴェリアの少年を観察するような言葉。独り言に近いそれに返ってくる声があった。

 

「あいつ、ここ最近ずっとそこの筋肉に可愛がられてたからな」

「朝から晩までくんずほぐれつしてるよな」

「おかげで筋肉と新人がデキてるってホーム中でウワサされてるぜ」

「ホモォ(笑)」

 

 口を開いたのはガリバー兄弟の小人達。長男であるアルフレッグから順にドヴァリン、ベーリング、グレールが言う。

 少年とミノタウロスの戦いに見入っていたティオナ達だったが、四兄弟の言葉にバッと、マジかよといった顔をオッタルへと向けてしまう。

 

「違う。己はただ我が主からアレを鍛えろとの命に従っただけだ。断じてそのような趣味などない……ベーリング、後でそのウワサについて詳しく教えろ」

 

 その場にいた【ロキ・ファミリア】の全員から視線を向けられたオッタルは非常に不愉快だという表情で四兄弟の言葉を否定する。

 特に冗談の通じないオッタルをして、聞き流せない内容を口にしたベーリングには強く追及する姿勢を見せていた。余程受け入れ難いウワサだったのだろう。

 

 そうこうしている内に、少年の戦いは佳境に迫っていた。

 

「【サンダーボルト】ッ!」

 

 激しい閃光と共に雷鳴が轟いた。

 少年の魔法がミノタウロスへと放たれる。

 この戦闘中何度も少年の雷をその身に受けているミノタウロスが体躯に見合わぬ身のこなしで直撃を避けるも、後退を余儀なくされている。

 少年がその間に体勢を整え、空けられた彼我の距離に、幾度目かになる仕切り直しがされる。

 

「……詠唱、してる? あの魔法?」

「いや、小声で口ずさんでいるようにも見えねぇ」

「む、無詠唱!? ずるいです!」

 

 ティオネとベートが少年の【魔法】の特異性に気付くと同時に、それを見ていた超長文詠唱(ロングスペルキャスター)魔導士(レフィーヤ)が驚愕の声を上げた。

 

「しかし、軽い」

 

 少年の出鱈目さを非難する弟子の声を聞きながら、同じく魔導士のリヴェリアは冷静なまま呟く。

 魔法の詠唱はそのまま威力に繋がる。詠唱が長ければ長い程魔法の威力は増していく。その逆もまたしかり。

 発動までの行使速度に特化した【サンダーボルト】の弊害。圧倒的な威力不足。

 二(メドル)を超えるミノタウロスの体を傷つけてはいる。雷の矢によって黒ずんだ体皮は、しかしそれだけだ。牽制にはなっても深手には程遠い。

 

「……手詰まりか」

「いや、決めつけるにはまだ早い」

 

 リヴェリアの推察を横で聞いていたフィンがそれを否定する言葉をアイズの耳は聞いていた。

 そしてそれを裏図けるように、少年が動く。

 

「【サンダーボルト】!」

 

 ミノタウロスへ駆けだす――と見せかけての魔法(フェイント)に、こちらも前に出ようと姿勢を傾けていたミノタウロスは躱せなかった。

 直撃した雷撃が流血するミノタウロスを包み込む。

 雷属性の特性。硬直(スタン)の付与。間発入れず飛び出す少年。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 大上段から振り下ろされた、渾身の一撃。

 何度も繰り返し反復して身に沁みつけたのが分かる、歴戦のアイズ達も感心する程美しい、お手本の様な一振りだった。

 

「入ったぁっ!?」

「いや、惜しい。防がれた」

 

 しかし、少年の剣は麻痺しているはずのミノタウロスが差し込んだ腕の一本によって致命に届かなかった。

 硬直を解いたミノタウロスの絶叫と、すかさず二撃目を振りかぶる少年。

 

「――若い」

「馬鹿がっ!」

「ベルさん、駄目ぇ!?」

 

 斬り落とされた腕を庇い、首を下げたミノタウロスに、少年の足が止まる。

 絶好の機会(チャンス)に、それまでの一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を放り投げた少年にリヴェリアは目を細め、ベートとレフィーヤが非難する。

 

 少年の振り下ろした剣が、ミノタウロスの角に弾かれる。

 跳ね上がる両腕、迫るミノタウロスの反撃。

 金属の割れ、(ひしゃ)げる音と、肉と骨が打ち付けられる音がその場にいた者達の耳に響いた。

 吹き飛ぶ、小さな体。水きりの様に何度も地面を跳ねた少年が力なく地に沈む。

 

「――――ッ!」

「アイズ」

「フィン!? どうして!?」

「終わってない」

 

 痛恨の一撃に倒れた少年に駆け寄ろうとするアイズをフィンが止める。

 その意図を問おうとしたアイズの視線はフィンの一言で再度、少年へと向かう。

 そして。

 

「まだだぁぁああああああー――――――っ!!」

 

 爆炎に背を押された少年が、突き立てられた剣が、撃ち出した拳が、勝利に手を掛けたミノタウロスに牙を剝く。

 月光の刃を持って、雷を招来し、少年は吠える。

 

 

「【サンダーボルトォオオオオオオオオオオオー――――――ッッッ!!!】」

 

 

 蒼銀の燐光を纏った紫電が、天を駆け上る。

 拳から剣を伝導する雷はミノタウロスの胴体を食い破り、背中から迷宮の天井に落ちた。

 

『――――――――――――――――――――――…………ッッ!?』

 

 声にならない断末摩を上げながら、胸に大穴を空けたミノタウロスがその輪郭(りんかく)を失っていく。

 猛牛の戦士は跡形もなく消え、そこには少年だけが残された。

 

「か、勝っちゃった……」

「うそ……」

 

 剣を高く突き出したまま動かない少年にティオナ達が呆然と呟く。

 

「……フン。これぐらいして貰わなくてはこちらが困る」

「まぁ、及第点かな」

「しょっぱなビビッてたので減点」

「途中で止めを(はや)ったので減点」

「だが、最後は勝ったから許してやらなくもない」

 

 驚愕、興味、好機を表情に浮かべる【ロキ・ファミリア】の面々を横に、【フレイヤ・ファミリア】のヘディンとガリバー兄弟が厳しい評価を少年に下す。

 しかし、彼等も少年の『試練』を乗り越えた背中に感じるものが確かにあるようで、表情に浮かぶ感情を殺しきれていなかった。

 

 アイズ達第一級冒険者の視線を一心に集める少年の体が、不意にぐらり、と揺れた。

 精根を使い果たした少年はしばらく前に気を失っていたようで、崩れ落ちる様に体を地面へ傾けていく。

 その場にいた者達があっと声を出す間もなく、少年は倒れ伏せる――よりもはやく、一人少年へと動いていたオッタルによって受け止められていた。

 

「名前は?」

 

 唯一ソレに気付いて動かなかったフィンが静かに問う声が響く。

 いくつもの瞳が見下ろす中、彼は手に持った槍の柄で自分の肩をぽんぽんと叩きながら、冷徹なまでに少年を観察する目で問うていた。

 

「彼の名前は、なんて言うんだい? オッタル」

「コレは……(いな)。この男の名は、ベル・クラネル」

 

 フィンが名を求める少年、それを腕に抱えたオッタルに尋ね、オッタルが答える。

 

「敬愛する我らが女神の眷属、『強靭な勇士(エインヘリヤル)』の新たな一員だ」

 

 オラリオ唯一のレベル7。【猛者(おうじゃ)】オッタルは、女神の試練を乗り越えた一人の男を認め、称賛していた。

 少年の名を答えたオッタルに、フィンは苦笑を返した。

 

「やれやれ、中々厄介な冒険者が敵対派閥(フレイヤ・ファミリア)に増えてしまったみたいだね」

「フッ、全くだ。我々もうかうかしてはいられないな」

 

 【ロキ・ファミリア】の首領と福首領が苦言を溢し、しかし楽し気に笑い合う。

 

 そしてアイズは。

 仲間たちの声を聞きながらずっと、少年の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 アイズの目が開かれる。

 視線の先には、変わらず、灰色の大樹林が一面に広がっている。

 少年と怪物の激闘を目の当たりにしてからずっと、アイズの胸の内に湧き上がる感情に、かき回されるような情動が収まりそうになかった。

 胸に手を当てるアイズの背に、声が掛けられる。

 

「アイズさん」

「……レフィーヤ」

 

 野営地の設置が終わりに近づいていることを伝えに来たレフィーヤが、大岩の淵に立つアイズの横に並ぶ。

 アイズと同じように大樹林を見下ろすレフィーヤの目の中にも、アイズが抱えているソレに似た熱を燻《くすぶ》っているのが分かった。

 

「……ベルさん、すごかったですね」

「うん」

「自分よりも強いモンスターに挑んで、勝っちゃいました」

「うん」

「私、ベルさんに負けたくありません」

「うん」

「彼の戦いを見て、私……もっと強くなりたいって思いました」

「……うん」

「明日の迷宮(ダンジョン)侵攻(アタック)、頑張りましょうね」

「うん、一緒に頑張ろう。レフィーヤ」

 

 少年の雄姿に当てられた二人の少女達は、決意を胸に。

 大樹林のその奥の奥――怪物たちの待つ未到達領域を見据える。

 

 

「強くなる。もっと――あの子みたいに」

 

 

 【ロキ・ファミリア】が向かう先。深層59階層。

 この翌日、アイズ達はそこに待ち受ける『未知』と邂逅する事になる。

 

 新たな強敵。大きな脅威。

 かけ離れた力の差に膝を屈しそうになっても、再び立ち上がる。立ち向かう。

 まだ弱く拙い少年が魅せた戦いに。

 何よりも熱く、何よりも白く、何よりも尊い――英雄譚の一幕。

 それに(なら)えと、それに続けと、それを超えろばかりに奮起して。

 冒険者は『冒険』に挑む。

 

 

 

 

それは子供たちの織り成す物語。

過去、繰り返されてきた冒険譚。

神々がいつまでも見守ってきた、英雄神話。

 

これは、人が歩み、神が記す

 

 

 

眷属の物語(ファミリア・ミィス)

 

 

 

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