「伊黒さん!今日はありがとう!とってもおいしかったわ!」
「気にするな。甘露寺が喜んでくれるだけで誘った甲斐があるというものだ」
嬉しそうに微笑む蜜璃に小芭内は頷く。
今日は最近できた洋食店に小芭内に誘われた蜜璃は二人で食べに来たのである。そこの看板メニューはハンバーグだったのだが、蜜璃は大変気に入ったようで美味しそうに食べていたのを小芭内は見つめていた。
そして現在、存分に洋食を楽しんだ二人はお店を出たところだ。
「さて、この後はどうするか?特に目的も無ければそのあたりの商店をぶらついてから帰るが……」
「あ、あのね、それなんだけどね?」
と、思案する小芭内に蜜璃がおずおずと声をかける。
「実は、私行きたいところがあるんだけど……」
「ああ、構わんぞ。俺は特に目的は無かったしな」
「ありがとう!実は買いたいものがあったの!」
「と言うことはどこか商店か?」
「書店なの。欲しい本が最近発売してね」
「そうか、では行ってみるか」
「ええ!」
頷いた蜜璃とともに小芭内は早速歩き出す。
二人のいた洋食店からほど近いところにいろんな種類の商店の立ち並ぶ商店街があった。その中に目的の書店もあった。
「どうだ?あるか?」
「えっと、ちょっと待ってね……あっ!あったわ!」
本棚を巡って歩く蜜璃は目的の本を見つける。
「よかった!芸鋤先生の新作、まだ残ってた!」
「げいすき先生?」
「うん!この本の作者さんよ!」
言いながら蜜璃は自身が手に取った本を小芭内に見せる。そこには「妖滅の刃」というタイトルと共に「芸鋤ビエル」と言う作者の名前が書かれていた。
「ほう、そんなに人気なのか?」
「そうなの!まだ最初の本が発売してから二年くらいなんだけど、すごく人気で増版もされてて、続刊もどんどん出てる人気のお話なの!」
「それはすごいな」
蜜璃の説明に小芭内も感心したように頷く。
「伊黒さんも興味があるなら読んでみる?私既刊本は全部そろえてるわよ!」
「甘露寺がそれほど推すなら面白いのだろうな」
「ええ!是非読んで!すっごく面白いから!」
頷いた小芭内に嬉しそうに蜜璃は微笑む。
「それで?これはどういう話なんだ?」
「うん、このお話は平安のころから1000年の歴史を持つ妖怪退治の専門家組織のお話なんだけどね」
「ふむ」
「平安のころから人を襲って食べる悪い妖怪たちを滅する組織『妖滅隊』に所属する主人公たちの闘いのお話でね。『妖滅隊』の人達も敵対する妖怪にもそれぞれに過去があってどっちの登場人物たちにも魅力があってすごく面白いの!」
「その『妖滅隊』というのはどうやって妖怪と戦うんだ?陰陽術とかか?」
「ううん!刀よ!」
「……刀?」
「うん!魔を祓う力のある『祓魔鉄』って言う特殊な金属で作られた『祓魔の剣』って言う刀で戦うの!」
「……部隊の名前と言い武器の設定と言い、なんだか『鬼殺隊』に似ているな」
蜜璃の説明に小芭内が訝しむ様子で首を傾げる。
「そうなの!私もそれは思ったの!噂じゃこの作者さんが昔鬼に襲われたところを『鬼殺隊』の隊士に救われたことがあるらしくてね、その時のこととか鬼狩りの昔話をもとに書いたそうなの!」
「なるほど……」
蜜璃の説明に小芭内は一応は納得した様子で頷く。
「登場する人たちはどの人たちも魅力的なんだけど、私の一推しは『真白さん』って言う人でね!すっごくカッコいいの!『妖滅隊』の中に九人しかいない最高戦力の一人でね!少し皮肉っぽくて他の人へのあたりは強いんだけどね!」
蜜璃は興奮した様子で語る。
「でもその皮肉屋なのもあたりが強いのも実は真白さんの優しさの裏返しでね!彼の一族は妖怪に自分たちの幼子を貢いで利益を貰ってて、自分自身もいつか生贄として妖怪に食べられるはずだったの!でもその捕らえられてた牢屋から逃げ出して『妖滅隊』に保護されたの!でも、彼が逃げたことで残っていた一族は妖怪に皆殺しにされちゃって…彼はそれをずっと気に病んでるの。仲間には口が悪くなっちゃうんだけど、それはその過去のせいで自分のことを好きになれなくて、でも仲間には生きていてほしいからこそついつい小言みたいなことを言っちゃうの!そんな素直じゃないところにキュンキュンきちゃうの!!」
「そ、そうか……」
「そんな彼は同じ九人の最高戦力の仲間の一人の『天寺ちゃん』っていう女の子へ秘かに思いを寄せててね!不器用だけど優しく寄り添ったり、彼女の危機をそっと守ったり、本当に好きだって言うのが伝わって来てね!その天寺ちゃんもそんな真白さんのことが実は好きで両想いなんだけど、真白さんは過去の出来事のせいで自分じゃ天寺ちゃんにふさわしくないって一歩踏み出せずにいるの!そんな二人の関係が切なくて切なくて!!」
「……………」
なんか聞き覚えある話だな…、と人知れず首を傾げて黙る小芭内に蜜璃はハッとする。
「ご、ごめんなさい!私興奮してネタバレしちゃったわね!」
「ねたばれ?」
「小説とかのお話をまだ知らない人に教えちゃうことよ。ふーちゃんが教えてくれたの『ネタバレは重罪です!』って」
「そうか」
蜜璃の説明に頷いた小芭内は
「気にしなくていい。今の説明で甘露寺がこの作品やその登場人物たちがどれほど好きかは分かった。それほど好きになるほどの作品だ、面白いのだろうな」
優しい眼差しで見つめる。
「甘露寺、よければこの小説、俺にも貸してくれるか?俺も読んでみたい」
「ええ!もちろんよ!今日帰りにうちに寄って頂戴!」
小芭内の申し出に嬉しそうに頷いた甘露寺。
会計をした二人はそのまま蜜璃の屋敷に行き、小芭内はそこで借りた『妖滅の刃』を早速その夜から読み始めたのだが――
「大好楓子ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「うわぁっ!?ビックリしたぁ!!」
自身の部屋の襖が勢い良く開けられ響いた怒声に楓子はビクリと身体を震わせる。
「なんだ、伊黒様じゃないですか?乙女の自室に一声もなしにいきなり入室するのはマナー違反ですよ。デリカシーないですね、私が着替え中だったらどうするんですか?」
「お前の色気もない裸に何の感情もいだかん」
「見たことないクセに!!」
「服の上からでもわかる」
「揉んだことないでしょう!!絶妙な柔らかさなんですよ!!しかも最近大きくなってきて自分でも将来が楽しみなのに!!」
「自分で自分の胸を揉みしだきながら叫ぶな鬱陶しい!」
「あ、ちなみに知ってます?初等学校の女児の胸の柔らかさと生八つ橋の柔らかさって一緒なんですよ?」
「その生々しい豆知識やめろ!今後生八つ橋を食べづらくなる!!」
「私のもそのくらいの柔らかさを自負して――」
「聞いていない!!」
ふふんと胸を張って言う楓子の言葉を小芭内は叫んで遮る。
「それで?伊黒様、今日はどういったご用向きで?蜜璃さんならご在宅のはずですけど?」
「知っている。来たときに対応してくれたからな。だが、今日はお前に用がある」
「え?私に?」
「お前、この小説を知っているか?」
言いながら小芭内は懐から一冊の本を取り出す。それは――
「ああ、『妖滅の刃』じゃないですか。伊黒様も読んでるんですね。私も好きですよ」
「甘露寺に勧められてな。先日読み始めた」
手に持った本を示しながら小芭内は頷く。
「その本がどうかされましたか?」
「この小説、最初に甘露寺から聞いたときから感じていたが、読めば読むほど設定が『鬼殺隊』と鬼の闘いに似ているな」
「そうですね。作者が『鬼殺隊』に鬼に襲われているところを救われ、それと昔話として伝わっている鬼狩りの噂と絡めてこの物語を書いたらしいですね」
「登場人物の名前も聞き覚えがある気がするな。冨山、胡蝶蘭シノブとその姉のカナコ、姫島に伏川、卯月…などなど……」
「そうですか?」
「冨山は冨岡、胡蝶蘭姉妹は胡蝶姉妹、姫島は悲鳴嶼、伏川は伏を『ふし』と呼んで不死の不死川、卯月は宇髄だろうかな?」
「…………」
「実によく似ている。この一致は一度『鬼殺隊』の隊士に救われた程度でここまで寄せられるものだろうか?」
「あくまでも噂ですからね。もしかしたら現役の鬼殺隊士の誰かが書いているのかもしれませんね」
小芭内の言葉に楓子は涼しい顔で応える。しかし、小芭内はそれも予想の内と言う様子で続ける。
「そして、俺が何よりも気になるのはこの第一巻の終盤で描かれている真白と天寺の逢引の場面だ」
「ああ、ありますね。特殊な体質の天寺さんが力士三人分のごはんを食べる様子を真白さんが優しく眺めるあれですね」
「ああ、他にも観劇や商店街での買い物を行うあの場面だ」
「それが何か?」
「この場面、俺と甘露寺の出掛けた内容と酷似しているんだが?」
「…………」
「俺と甘露寺の出掛けた内容を知っているのは本人である俺と甘露寺以外には一人しかいない」
そこまで言ったところで小芭内はスッと視線を細めて楓子を睨む。
「この『妖滅の刃』を書いたのは…大好楓子、お前だな?」
「…………」
楓子はその言葉に黙り
「フッ…フフフッ…フフフフフッ……」
俯きながら笑みを漏らしながらゆっくりと立ち上がる。
「フフフッ…フフフッ…フハハハハハハハハハハッ!!!」
そのままバッと顔を上げて高らかに笑い声を響かせる。
「アハハハハハハハハハッ!!フハハハハッ!!アハハハハハッ!――はぁ……」
ひとしきり笑い、息をついた楓子は笑みを浮かべたままゆっくりと小芭内に視線を向け
「そうです、私が『芸鋤ビエル』です」
静かに答えた。
「やはりお前だったか……」
そんな楓子の答えに小芭内は睨んだまま頷く。
「どうしてこんなものを書いた?」
「理由は大きく二つですね。一つは虚構の物語として『鬼殺隊』活動内容が世間に知られていれば、もし実際に鬼と戦っているところを見られても受け入れられやすいかなって思ったんです」
小芭内の問いに楓子は応える。
「『鬼殺隊』は政府非公認組織ですからね、大っぴらに活動できるわけじゃありません。ですが今後鬼との闘いの中でたくさんの人の目に留まる場面も増えるかもしれません。そんな時にたくさんの人から受け入れられ理解を得られるように少しでも下地を作っておこうと思ったんです」
「なるほどな」
楓子の説明に小芭内は少し納得した様子で頷く。
「しかし、それならば俺たちの出掛けた様子の描写などを盛り込む必要は無かったはずだ。何故そんなことをした?」
「それがもう一つの理由です。もう一つの理由は――」
小芭内の問いに頷いた楓子は
「単純にお二人の様子が書いてて物語として面白かったので」
「………はぁ?」
「いやぁ筆が載っちゃいまして!」
テヘペロッと舌を出して自身の頭をコツンと拳で叩く楓子の様子に小芭内の額に青筋が浮かぶ。
「貴様ふざけているのか?」
「ふざけてません!至って真面目です!」
「なお悪いわ!何を真面目に人の恋愛を本にしているんだ貴様は!?甘露寺はお前の師だろう!?」
「いや、お二人の様子って第三者から見てるとすごく甘酸っぱい恋愛なんですよねぇ。実際こんなにファンレターが」
言いながら楓子は部屋の隅のつづらを開ける。そこにはぎっしりと手紙が詰まっていた。
「『天寺ちゃんと真白さんの恋愛、最高です!』『二人のお互いを思い合っている様子にキュンキュンしています!』『初々しい二人の関係を今後も見守りたいです!』などなど」
言いながら楓子はその中から無作為に手に取って抜粋して朗読する。
「他にも『真白さん!自分を許してあげて!そして天寺ちゃんへの想いを告げてあげて!』とか『真白!君は幸せになってもいいんだぞ!』とか『シノブちゃんと冨山君の関係が妹の想い人との様子を思わせて応援しちゃいます』とかも」
「おい、最後のだけ違ったぞ」
「まあ真白と天寺の恋愛以外にもファンは多いですから。他のところで言えば、『シノブさんはもっと素直になるべき!』とか『冨山もっと自分の意見を言え!考えてばかりで言葉にしなきゃ伝わらないぞ!』とか『伏川が冨山の言動に心を乱されてドギマギする様子に鼻息が荒くなって動悸が激しくなります』とか」
「おい待て最後のなんだ?そんな描写あるわけ――」
「ありますよ。伊黒様はまだ一巻しか読んでないから知らないでしょうけど三巻くらいでそう言う場面あります」
「あるのか!?伏川も冨山も男だろ!?なんでそんな場面入れた!?」
「私男同士もイケる人なので。と言うか世の女性はみんな男同士大好きですよ」
「そんな訳あるか!!」
楓子の言葉に小芭内がツッコむ。
「そんな好き勝手書いて、これがお館様に知られたらなんて言われるか……」
「あ、それは問題ありません」
小芭内の言葉に楓子はケロリとした顔で
「だってこの小説出せるように出版社に取り次いでくれたの、お館様ですから」
「………はぁ?」
楓子の言葉に小芭内は呆けた顔をする。
「嘘じゃないですよ?なんならお館様と奥様のあまね様も愛読してらっしゃいますよ。この間も直接ファンレターを下さいましたし」
言いながら楓子は一通の手紙を取り出す。
「一部抜粋しますね。『今回のお話も大変楽しませてもらったよ。真白と天寺、シノブと冨山やそのほかの登場人物たちが幸福な結末に至れることを願わずにはいられない。あまねさんもとても楽しみにしている様子で、特に三巻の伏川が冨山への感情を持て余しているシーンは顔を赤らめとても楽しんでいたよ』とのことでして」
「おいさっきの手紙の主あまね様だったんじゃないか?」
「ファンの個人情報ですのでコメントは控えさせていただきます」
小芭内の指摘に楓子は顔を背けて口笛を吹く。
「まあそんなわけですんで、出版やめろって言われても聞けませんので」
「チッ!それなら――」
「蜜璃さんに言います?止めませんから話してもいいですよ――話せるものなら、ね?」
「何…?どういう意味だ?」
楓子の言葉に小芭内は訝しむ。
「別に~?ただ、伊黒様に言えるのかなぁって思っただけですよ」
「馬鹿にしているのか!?そのくらい言えるに決まって――」
「『この小説は俺たちのことをモデルにしてる』って?『お前の好きな「真白」って登場人物は俺のことをモデルにしていて、その真白の想い人の「天寺」はお前がモデルなんだ』って?」
「ッ!?」
楓子の言葉に小芭内はその意味を悟る。
「それってつまり、『真白の天寺への想いは俺がお前に向けてる想いなんだ』って――要は『俺はお前のことが好きだ』って言うようなものですよね?ヘタレの伊黒様に言えるんですか?」
「そ、それは……」
言い淀む小芭内。と、そこへ――
「伊黒さん、ふーちゃん、お話終わった?」
蜜璃がニコニコとやって来る。
「か、甘露寺……!」
「ん?どうしたの?」
蜜璃の登場に小芭内は何かを言いかけ、そんな様子を眺めてニヤリと笑みを浮かべている楓子の視線に気づき――
「……ああ、話はさっき終わったところだ。今はこの小説の話をしていた」
「あ、それ!どうだった面白かった!?」
小芭内は自身の手に持つ小説を示す。蜜璃はその本に目を輝かせる。
「あ、ああ。面白かったぞ。また続きを貸してくれるか?」
「もちろんよ!」
小芭内の言葉に蜜璃は嬉しそうに頷いた。
「あ、そうだ!伊黒さんこの後は時間あるかしら?お話終わったなら一緒にお茶しない!?」
「あ、ああ。時間ならあるし、ごちそうになるとしよう」
「あ、ではお茶のご準備を――」
「いいわよ!たまには私にやらせて!さっき珍しいお菓子も戴いたの!お茶請けに出すわね!」
そう言って蜜璃は嬉しそうに部屋を後にした。
「………やっぱり言えませんでしたね」
「そのしたり顔を止めろ」
ニヤリと笑う楓子に小芭内は不機嫌そうに言う。
「ところで、実際のところどうだったんですか?」
「何がだ?」
「『妖滅の刃』、面白かったですか?」
「……………」
楓子の問いに小芭内は悔しそうに顔を顰め、プイっとそっぽを向き
「………面白かった」
「ほうほう。それはよかった」
小芭内の答えに楓子はより一層にニマニマと笑みを浮かべる。その様子に小芭内は不機嫌そうな顔を余計に顰める。
「さて、いつまでもこうしていないで蜜璃さんのお茶飲みに行きましょう!」
「……ああ」
楓子の言葉に頷いた小芭内とともに二人で歩き出す。
居間に行くと蜜璃はルンルン♪と嬉しそうに鼻歌まじりにお茶を用意していた。
「あ、そうだ蜜璃さん。貰ったお菓子って何だったんですか?」
「ん~?うん、その人、京都に旅行に行ってたらしくてね!」
言いながら蜜璃は机の脇に置いていた箱を取り出す。
「じゃ~ん!生八つ橋ッ!たくさん貰ったから食べましょ!」
ちなみにこの「妖滅の刃」の主人公は炭治郎ではないです。