こんなにもたくさんの方に楽しんでもらえて光栄です!
本当にありがとうございます!
これからもみなさんに楽しんでいただけるように頑張りますのでよろしくお願いします!
「あ、こんにちは、冨岡様」
「……ああ、大好か」
商店街へ買い物に来ていた楓子は偶然出会った義勇に挨拶をすると、義勇もそれに頷く。
「お買い物ですか?」
「……ああ」
「今日は非番なんですね」
「……まあな」
楓子の問いに頷く義勇。
「あ、そうだ!冨岡様、いい加減まこちゃんのこと継子にしてあげてくださいよ!まこちゃん毎回断られて悲しんでますよ!」
「……俺に教えられることはない」
「柱のあなたが教えられなきゃ誰も指導なんかできませんよ!」
「………俺には無理だ」
「…………ちぇ~」
義勇の頑なな様子に楓子はため息をつく。
「まあもういいです。できれば首を縦に振ってほしいですけど、意志は固そうですね」
「…………」
「でも、私もまこちゃんも諦めてませんので!いつか首を縦に振らせてみせますよ!」
「……そうか」
「ええ!それでは!失礼いたします!」
そう言って楓子はお辞儀し義勇の前から去って行こうとして
「………ちょっといいか?」
「……えっ!?あ、はい…!?」
今度は義勇の方から話しかける。
これまで何度か義勇と話したことはあるが、義勇の方から呼び止められたことなどほぼなかった楓子は驚愕しながら振り返る。
「……その、なんだ…今日は忙しいか?」
「いえ……蜜璃さんも昨日から任務で出てらっしゃって明日まで戻られませんので、特に用事は無いですが……」
「……少しいいだろうか?」
「えっと…どういったご用向きで……?」
「…………」
楓子の問いに義勇は少し考えるように黙り
「……その…相談したいことがある」
「ッ!?冨岡様が!?相談ッ!?私にッ!?」
思わぬ言葉に楓子は驚愕の声を上げる。
「……ダメか?」
「いえいえ!!私で相談にのれることであればいくらでも聞きますよ!話してください!」
「……そうか」
楓子の言葉に普段の鉄面皮のような無表情に若干安堵の色を浮かべて義勇が頷く。
「……昼はすんでいるか?」
「いえ、まだですが……」
「……立ち話もなんだ。どこか店に入ろう」
「は、はい……」
頷いた楓子を見た義勇は歩き出す。
楓子も慌ててその後を追いかける。
義勇の後を追って着いた先は立ち食い蕎麦の店だった。
「これある意味では立ち話と変わらないのでは……?」
「……どうした?」
「いえ何も!」
「……好きなものを頼め。奢る」
「ご、ゴチです……」
義勇の言葉に頷いた楓子はとりあえず天蕎麦を、義勇はたぬき蕎麦を注文する。
「そ、それでご相談と言うのは?」
「……ああ」
お冷を飲みながら頷いた義勇は楓子にチラリと視線を向け
「……実は、あの上弦の弐討伐以来、胡蝶の妹からたびたびご飯をごちそうになっているんだが」
「胡蝶の妹?あ、しのぶさんですか」
「……ああ」
楓子の問いに義勇が頷く。
「……それで、上弦の弐討伐からもかなり経って、ごちそうになった回数もかなり多くなってな」
「まあそうでしょうね」
「……いい加減ごちそうになってばかりでは悪いと思い、何かお返しがしたいんだが……」
「あぁ、なるほど」
義勇の話をそこまで聞いたところで楓子はポンと手を打つ。
「女性が喜ぶお返しがわからなくて悩んでいたところに丁度よく出会った私に意見が欲しい、と言うことですね」
「……ああ」
「なるほど、なるほど……」
頷いた義勇を見ながら楓子は思案する。
と、そこに二人の注文した蕎麦が運ばれてくる。
「……とりあえず食べてくれ」
「あ、はい。いただきます!」
元気に両手を合わせて言った楓子は早速どんぶりを持ち汁を啜る。
「~~~プハッ!いいお出汁ですね!」
「……ああ」
「ズズズッ……! うん!美味しいです!」
「……そうか」
美味しそうに食べる楓子の隣で義勇は特に表情を変化させず黙々と食べている。
「……それで、先程のご相談なんですがね?」
「あ、ああ……」
蕎麦にのっていた海老天を齧った楓子は義勇を見ながら言うと義勇は頷く。
「物を贈る、と言うのもアリかもしれませんが、あちらも冨岡様への恩義でごちそうしていたわけですし、受け取ってくれない可能性があります。冨岡様も逆の立場なら遠慮してしまうのではありませんか?」
「……一理あるな」
楓子の言葉に義勇は想像してみて、納得した様子で頷く。
「なのでここは、物を贈るなどよりももっと相手が畏まらないようなお返しにすればいいんです」
「???」
楓子の言葉の意図がわからない様子で義勇が首を傾げる。
「そうですね、例えば食事に誘うとかどうですか?」
「……食事?」
「ええ。しかも、ここはお礼のために食事に誘うことを伝えては物を贈るのと同じなのでそこはあえて伝えず、自分が行ってみたい店があるが一人では行きづらいから一緒に来てくれないか、など建前の理由をつけるんです。それなら相手も気負わずに来やすいのではないでしょうか?」
「……なるほど」
義勇は楓子の案に感心したように頷く。
「……それがいいかもしれないな」
「お?採用ですか?」
「……ああ」
「それはよかった!」
頷く義勇に嬉しそうに微笑んで楓子は蕎麦を啜る。
「……ただ……」
「はい? 何か問題が?」
「……ああ」
二尾目の海老天を咥えた楓子は義勇の言葉に顔を上げる。
「……お礼の食事とはどんな店がいいんだ?」
「そうですね……とりあえず立ち食い蕎麦は論外ですね」
「……ダメか?」
「ダメです。大衆目的のお店すぎてTPOに合ってません」
「……てぃーぴーおー?」
「海外の言葉で『Time』『Place』『Occasion』のことで、日本語にするなら『時間』『場所』『目的』と言ったところですね。要は時と場所、目的に応じた方法や態度、服装などを使い分けることを言います」
「なるほど……」
楓子の説明に納得したように義勇が頷く。
「……今回の用途に使えそうなお店、私心当たりありますよ」
「ッ!本当か……!?」
「ええ」
義勇の問いに楓子が頷き
「教えてほしいですか?」
「ああ!」
「タダで?」
「ッ!?」
楓子の短い問いに義勇が息を飲む。
「……お、俺ができる範囲のことなら……」
「なんでも?」
「あ、ああ……」
「言質取りましたよ?」
頷いた義勇に楓子はニヤリと笑みを浮かべる。その笑みに義勇はゴクリとつばを飲む。
「じゃあ冨岡様、お店を教える代わりと言ってはなんですが……」
「あ、ああ……」
「冨岡様、まこちゃんのことを継子にしてあげてください」
「ッ!? そ、それは……」
楓子の交換条件に義勇が顔を顰める。
「おや?無理ですか?やめておきます?」
「そ、それは……」
「あのお店、洋食が美味しくて、特にビーフシチューが美味しいんですよねぇ~。しつこくなくて女性でも食べやすいですね~」
「ッ!」
「しかもあそこ、デザートメニューも豊富なんですよね。女性はみんな甘い物大好きですから、あれは喜ばれるでしょうねぇ~」
「ッ!!」
楓子が独り言のようにこれ見よがしに呟く言葉に義勇の中で葛藤が巻き起こる。
「まあ冨岡様が返され過ぎた恩義をそのままにしてていいならいいんじゃないですかね?今日のお話は無かったことに――」
「ま、待ってくれ!」
と、楓子が言いかけた言葉を遮って義勇が言う。
「はい?」
「そ、その……そのおすすめの店、教えてくれないか?」
「まこちゃんの継子の件は?」
「………ま、前向きに検討する……」
「…………」
義勇が絞り出すように言った言葉に楓子は少し考える様子を見せ
「……ま、いいでしょう」
ゆっくり頷いた。
「お店、お教えします」
「……ありがとう」
「あと、交換条件でかなりこちらに利のあることを飲んでいただいたので、少しおまけとしていくつか助言をさせていただきますね」
「……助言?」
「ええ」
義勇の問いに頷き、右手を上げて人差し指を示す。
「まず、当日のレストランは事前に予約を入れておいてください」
「……? 当日にそのまま行くのではダメなのか?」
「まあ人気店なので。予約していた方がスムーズに入れます。お礼として連れて行くのであまり待ち時間が長くなるのは避けた方がいいでしょう」
「なるほど……」
楓子の答えに義勇は納得した様子で頷く。
「次に二つ目、当日は待ち合わせの一時間は前には着いてください」
「……?? 時間ちょうどではダメなのか?」
「いいからそうしてください」
「あ、ああ……」
首を傾げる義勇に楓子は有無を言わせぬ雰囲気で言い切るので、義勇はとりあえず頷く。
「三つ目、当日の服装は…そうですね、モダンなスーツなんかがいいでしょうね」
「……??? 隊服ではダメなのか?」
「ダメです」
「……わかった」
再び首を傾げるが再び有無を言わせぬ楓子の雰囲気に義勇は頷く。
「四つ目、当日のお会計はデザートの後などでしのぶさんがトイレなどに立った隙に済ませておいてください」
「……???? 出る前ではダメなのか?」
「お礼で誘ったことを伏せてますから。出る時だとしのぶさんはきっと自分も出すって言いますよ?それじゃあ本末転倒でしょう?」
「なるほど……」
楓子の指摘に義勇は頷く。
「まあこの辺を抑えていればきっと大丈夫ですよ」
「………そうか」
「???」
自信満々に頷く楓子だったが、対する義勇は少しまだ何か引っかかることがある様に見えたので楓子は首を傾げる。
「何かまだ心配があります?」
「……その、今更なんだが」
「はいはい?」
「……胡蝶の妹は俺と一緒に出掛けるのは嫌がるんじゃないだろうか?」
「………なんでそう思うんですか?」
義勇の思わぬ台詞に楓子は眉を顰めて訊く。
「……俺は、よく胡蝶の妹をイラつかせてしまうようで、たびたび『そんなんだから冨岡さんはみんな嫌われるんですよ』と……」
「………はぁぁぁぁ~」
義勇の言葉に楓子は頭痛がする様子で眉間を押えて野太いため息をつく。
「とりあえず、そのことは一旦忘れてもらっていいです。心配しなくてもしのぶさんは来てくれますよ」
「そうだろうか……?」
「大丈夫です!」
心配そうな義勇に楓子は言い切ると
「あ、そうだ。もう一つ助言があります」
「???」
ふと思い出したように言う楓子に義勇が首を傾げる。
「たぶんこれをすれば、しのぶさんの態度ももう少し緩和されますよ」
「ッ! 本当か……!?」
「ええ。そりゃもう、私が太鼓判を押します」
「そ、それは一体……?」
自信満々に胸を張る楓子に義勇は興味津々な様子で訊く。
「フフ、あのですね――」
そして迎えたお礼の食事当日。
とりあえず誘ったときには楓子の言葉通り応じてくれたしのぶに義勇は安堵しつつ今日を迎えた。
義勇は楓子の助言通りモダンなスーツに身を包み、待ち合わせとして示しておいた一時間前に待ち合わせ場所に行ったのだが――
「と、冨岡さん!?」
そこにはもう既にしのぶがいた。
まさかもうしのぶがいると思わなかった義勇は驚きながら楓子が助言してくれたおかげだと人知れず楓子へ感謝した。
しのぶも義勇が待ち合わせ時間よりも早く来たことに驚いた様子だったがすぐに笑みを浮かべ
「あら、冨岡さん早いですね。約束までまだ一時間もありますよ?」
しのぶの笑顔の問いに「それはお前もじゃないのか?」という疑問は浮かんだものの、なんとなくそれを言うと面倒なことになりそうな予感がした義勇はその疑問を飲み込む。飲み込んだ結果
「……ああ、そうだな」
とりあえず頷いておいた。
「フフ、もしかして楽しみすぎて早く来ちゃったとかですか?」
「……ああ」
「ッ!?」
冗談半分で訊いたしのぶはまさか頷かれるとは思わなかったのか一瞬虚を突かれる。
「そ、そうですか……」
「……ああ」
少し顔を反らしながら髪を直すように手で梳くしのぶに再び義勇は頷く。
お気づきかと思うが義勇は今、とりあえず頷いとけの精神で特にそれに頷くとどういう意味合いになるのか深く考えてはいない。
そして、そこで義勇は改めてしのぶの姿に視線を巡らせる。
今日のしのぶは藤色の袴に桃色の藤の花の刺繍の施された着物姿だった。
恐らくこの食事のために着飾って来たであろうその服装に、もしここに自分は鬼殺隊の隊服で来ていたら、と想像した義勇はそのちぐはぐな組み合わせにならなくて済んだことを楓子に再び人知れず感謝した。
「……行くか」
「え、ええ」
義勇の言葉に頷いたしのぶは
「あ、でもまだ夕食には早いのでは?」
「…………」
しのぶの問いに義勇は少し考え
「……少しそのあたりをぶらつくか」
「はい。そうですね」
義勇の提案にしのぶが頷く。
歩き始めた義勇はお店を教えてくれた時に周辺の商店の情報を一緒に教えてくれた楓子に三度感謝した。
そして、適当な時間まで周辺をぶらついた二人は目的のレストランにやって来たのだが――
「並んでますね……」
「……そうだな」
そこには店の前に列をなす人の姿があった。
「人気のお店なんですね~」
その行列に驚きながらしのぶは
「こっちだ」
「え、でも……?」
列の最後尾に並ぼうとして、しかし、義勇は列に目もくれずに店の入り口へ歩いて行く。そんな義勇に困惑しながらもしのぶは着いて行く。と――
「いらっしゃいませ」
「予約していた、冨岡だ」
「へ?」
「冨岡様ですね……はい、承っております。こちらへどうぞ」
「へ?へ?」
店員と義勇のやりとりにしのぶはポカンと呆けた顔をする。そのまま店員に連れられて予約席に座る。
「と、冨岡さん、予約されていたんですね……」
「……ああ」
頷く義勇に感心しながらしのぶはメニューを開く。
「さて、どれにしましょうか……」
「……ここはビーフシチューが人気らしい」
「そうなんですね」
「……肉類はかなりボリュームがあるらしい」
「そうですか、では私はビーフシチューとこちらの舌平目のムニエルにします」
「……デザートはいいのか?」
「え?」
「ここはデザートの種類も豊富でどれも人気が高いそうだ……」
「あ、ホントですね!いろいろあって迷いますね……」
義勇の言葉にデザートのページを開いたしのぶは悩みながら視線を巡らせ
「決めました!この苺のケーキにします」
「……そうか」
頷いた義勇は近くを通った店員を呼び止め、自身の注文とともに告げる。
そして少し待つと
「お待たせしました」
二人の向かう机に料理が並ぶ。
「「いただきます」」
二人は手を合わせて声を揃えて言うとナイフとフォークを手に取り――
「ッ! 美味しい!」
一口食べたしのぶは顔を綻ばせる。
「……ああ」
義勇もそれに頷きながらフォークを動かす。
「シチューも美味しいですよ」
「……そうだな」
楽し気に微笑みながら話しかけるしのぶとそれに応じて頷く義勇。
ふたりはそのまま食事を続け
「あぁ、美味しかったです」
「ああ、美味しかった……」
二人はデザートまで食べきり、食後に運ばれてきたコーヒーを飲んでいた。
「どれも美味しかったですね」
「……そうだな」
「また姉さんやカナヲ、アオイやすみ、なほ、きよも連れて来てあげないと」
「……仲がいいんだな」
「え?」
義勇の言葉に一瞬キョトンと首を傾げたしのぶはすぐに顔を綻ばせ。
「ええ、そうですね。大切な家族です」
「……家族」
微笑むしのぶの言葉に義勇は少し黙り
「……なら、大事にしないとな」
「そうですね」
義勇の言葉にしのぶは微笑みながら頷き
「すみません、少しお手洗いに……」
「……ああ」
立ち上がったしのぶを見送った義勇は近くを通りかかった店員を呼び止め
「会計を頼む」
お会計を済ませておく。
料金を受け取った店員が下がったところでしのぶが戻って来る。
そのままふたりは残りのコーヒーをゆっくりと飲み
「……そろそろ行くか」
「そうですね」
飲み切ったあたりで二人は席を立つ。
そのまま出口へ向かう二人だったが、
「あれ?冨岡さん、お会計は……?」
そのまま出て行こうとする義勇の背中に呼びかける。しかし――
「あ、大丈夫ですよ」
ドアの前に立っていた店員が笑顔で応える。
「先程頂いておりますので」
「え……?」
店員の言葉にしのぶは呆けた顔で義勇を見ると
「…………」
行くぞ、と言わんばかりの視線でしのぶを見た義勇はそのまま再び歩き出す。しのぶは店員にお辞儀をして慌てて義勇を追いかけた。
「冨岡さん!」
お店から出て義勇に追いついたしのぶは呼び止める。
「す、すみません、お会計すませていただいていたようで。私の分は――」
「……いい」
「え?でも……」
「……今日は俺が誘ったんだ。俺が持つ」
「でも……」
「……いい」
食い下がるしのぶに義勇は首を振り
「……これまでにご馳走になった分の礼だ」
「え……?でも……」
「いつもご馳走になってすまない――」
困惑するしのぶに義勇は言いながら先日の楓子にされた最後の助言を思い出し
「ありがとう、しのぶ」
「ッ!!?」
お礼を言われたしのぶは、しかし、そのお礼よりも衝撃的な部分があり息を飲んで固まる。
「い、い、いまッ!?なななな名前ッ!?」
「??? どうかしたか、しのぶ?」
「~~~///」
義勇は取り乱すしのぶの様子の意味が分からず首を傾げながら問うと、しのぶはさらに唖然と口を開き
「ッ!!!」
慌てて口元に手を当てて義勇から顔を背ける。
「??? どうした?何かあったのか?」
「なんでもありません!ちょっとの間ほっといてください!」
「だが……」
「いいから!」
「しかし、どこか悪いなら――」
「もう!そう言うところですよ冨岡さん!だからみんなから嫌われるんです!!」
「ッ!!(ガ~ン!!)」
しのぶの叫びに義勇が衝撃を受け
「お、俺は…嫌われてない……」
ショックを受けながらそれだけ絞り出すと背中を丸めてしのぶから視線を反らした。
(助言通りにしたのに結局怒らせてしまった……なにがダメだったんだろうか……?)
一人胸中で自問自答する義勇は
(とりあえずこれ以上嫌われないように、余計なことを言ってしまわないように発言は控えよう……)
と、一人反省するのだった。
義勇は二つ間違えていた。
一つ目はこれ以上発言が減るとただでさえ難のあるコミュニケーション能力がさらに取り返しがつかないことになり、余計に人から誤解を受ける事。
そしてもう一つは
「きゅ、急に名前呼ばないでくださいよ……バカ……」
彼の背後でそっぽを向いているしのぶが怒っているのではなく、ニヤケそうになる頬を必死に隠しているということだった。
「被告・胡蝶しのぶ、オモテを上げい」
「……え~っとこれは一体?」
正座させられたしのぶは対面に立つ笑顔の楓子とカナエの迫力に気圧されながら顔を上げておずおずと訊く。
「被告・胡蝶しのぶ、その方、冨岡義勇に対してお礼として料理を振るまっているのにも関わらず、冨岡義勇に対して『そんなんだから冨岡さんはみんなに嫌われるんですよ』などの中傷を繰り返した容疑がかけられているが相違ありませんね?」
「あぁっと…それは……」
楓子の言葉にしのぶの目が盛大に泳ぐ。
「言いましたね?」
「……………」
「言・い・ま・し・た・ね?」
「………はい、言いました」
楓子の追及にしのぶがおずおずと頷く。
「で、でもだからって別にどうにかなることは――」
「被告・胡蝶しのぶ、あなたは自分のしでかした罪に気付いていないようですね」
「へ?」
楓子の言葉にしのぶが呆ける。
「いいですか?しのぶさんが冨岡様に先のようなことを言うと冨岡様がどう思うかわかりますか?」
「え?それは……」
「『そうか…俺は胡蝶の妹に嫌われているのか……ならこれ以上怒らせて嫌われないように発言は控えよう……』ってなるんですよ」
「ッ!!!」
楓子の言葉にしのぶが唖然と自分のしでかしたことに気付く。
「裁判長、判決を」
「そうねぇ~……」
楓子にふられたカナエはニコニコと笑顔のまま
「有罪♡」
「そんな!?」
突きつけられた判決にしのぶがショックを受ける。
「罰としてしのぶさんにはこれから素直になれるようにここに用意した台詞たちを感情たっぷりに朗読してもらいます」
「は?え?」
言いながら楓子は懐から原稿用紙十枚ある束を渡す。
「え?これ全部!?しかもこれ一枚一枚びっしり書いてある!!?」
「さあではさっそく読んでいってもらいましょうか!」
「待って無理!これ全部相当恥ずかしい台詞ばっかりなんだけど!?」
「頑張ってしのぶ!これはあなたの為なの!」
「しのぶさん、人が成長するためにはそれなりの痛みを伴うんですよ」
「でもこれはいくらなんでも無理よ!と言うかこんなことに何の意味があるの!?」
「言ったでしょう!これはしのぶが素直になるために少しでも恥を捨てられるようにする特訓なの!」
「いいんですか!?このままあんな憎まれ口吐き続けてたら冨岡様はずっとしのぶさんに嫌われてるって誤解し続けますよ!」
「そ、それは……」
「さ!一思いに読んでしまってください!これはあなたが自分の気持ちに素直になるために必要な成長の痛みなんです!」
「~~~///」
カナエと楓子の言葉にしのぶは顔を羞恥に赤らめ原稿用紙を握り締め
「……≪ね、ねぇ、冨岡さん……キス、しましょうよ……私、はじめてなので、優しくお願いします……≫」
「いいですよ!!」
「≪も、もう、こうなったら、いっそのこと…付き合っちゃいます?――なんてね♡≫」
「いいわよしのぶ!その調子!」
「……≪まだ、子ども扱いするんですか?≫」
「うわすっげぇ可愛い!!」
「≪ねぇ、今だけそばに行っても…いいですか……?≫」
「そうよしのぶ!今のあなた最高に可愛いわ!」
「……≪私…あなたじゃないとダメなんです……!≫」
「エックセレント!!!」
「~~~/// もう無理!!許してぇ!!!」
「ダメよしのぶ!これもあなたの為なの!耐えるのよ!まだ原稿用紙一枚目も読み切ってないわよ!」
「でもこれは無理よ!!」
「冨岡様に誤解されたままでいいんですか!!」
「そ、それは……!!」
羞恥に顔を赤らめて顔を両手で覆いながらイヤイヤと顔を振るしのぶに、しかし、カナエと楓子はさらに朗読を促す。
そして、そんな三人の背後、うっすらと開いた障子の隙間から覗く人物たちが……
「頑張れしのぶ様!」
「どうか負けないでください!」
「冨岡様に思いを届けるために!」
「…………」
「あんな特訓で矯正できるのかしら……」
すみ、なほ、きよ、カナヲ、アオイはいろんな意味で興奮している三人の光景を見守る。
五人の視線に気付かない三人はそのまま謎の特訓を続けるのだった。
~おまけの明治コソコソ話~
この特訓で胡蝶しのぶの性格が矯正されたかと言うと……お察しください。