恋柱の継子、人の恋路に世話を焼く   作:大同爽

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予告通りの同日投稿です。
まだ前話を読んでいない方はブラウザバックお願いします。
あと、恐らくこれまでにこのお話で書いたなかで一番長くなってしまいました。
書いてるうちにどんどん長くなってしまいました(;^ω^)
前回のと合わせて前中後編に分けることも考えたんですが、そのまま長いままで投稿しちゃいます。





恋15 恋柱の継子とイエスタデイワンスモア

「というわけで蜜璃さんに告白しましょう」

 

「唐突に来て唐突すぎるぞお前。せめて前段階の説明を省くな」

 

 伊黒様のお屋敷にて机を挟んで向かいに座る家主に私が言うと、当人は呆れたような目で私を見る。

 

「というかここの所何も助言もせずに放っておいたくせに突然来ていきなり告白とかなんなんだお前」

 

「すみません、あまりに伊黒様がヘタレすぎて個人的にダメージが大きすぎて……あとお互いに少し冷却期間がいるかなぁって」

 

「うむ……まあそう言うことなら」

 

「――という建前で私が単に意気地なしの伊黒様が悶々としてる様を眺めていたかったんですよねぇ」

 

「お前ほんとそう言うところ性格捻くれてるな」

 

「なんてこと言うんですか!こんなにも日々明朗快活に生きているのに!」

 

「よく言えばそうだがお前のは単に欲望に忠実なだけだ」

 

 口をとがらせて文句を言う私に、しかし、伊黒様はため息をつきながらジト目で言う。

 

「まあそれはともかくです」

 

 そんな伊黒様の視線を受けながら私は咳払いをする。

 

「伊黒様、いい加減そろそろ蜜璃さんに告白しましょう」

 

「だから何故そこに至ったかの経緯を話せと言っている」

 

「………はぁ」

 

 私の言葉に、しかし、憮然とお茶をすすりながら伊黒様が言うので私はため息をつき

 

「先日、蜜璃さんのお見合い騒動があったじゃないですか?」

 

「元凶のくせに何を他人事のように言ってるんだお前は?」

 

「だからそれは謝ったじゃないですか」

 

 ジトーッと目を細めて睨む伊黒様に私はため息をつく。

 

「まあ元凶は私でしたけど、結果奮起した伊黒様は蜜璃さんのいるお見合い会場に駆け込んで想いを伝えようとしました」

 

「そうだな」

 

「でも、そこでそのお見合いが蜜璃さん自身のお見合いじゃないと分かった途端、伊黒様はそれまでの奮起も萎えてしまって決心も風船のようにしぼみ、あと一歩というところでもとのヘタレ柱に逆戻り……」

 

「……そうだな」

 

 私の言葉に伊黒様はそっと視線を逸らしてゆっくりと頷く。

 

「……まあそれでも今までとはほんの少しではありますが変化は起きた、進歩は進歩です。この調子で一歩一歩、牛歩のごとき歩みでもお二人のペースで進んでいければいいかなぁって思いました。――思っていました」

 

 そんな伊黒様にため息交じりで私は言葉を続ける。

 

「今朝、夢を見たんです」

 

「夢……?」

 

 私の言葉に伊黒様は首を傾げる。

 

「その夢の中では大きな戦いの後のようで、あたり一面が荒廃し大変な被害が出たことを物語っていました。たくさんの隊士が傷つき、それは柱の方々も例外ではありませんでした。そして、それは蜜璃さんと伊黒様も……」

 

 私の話に伊黒様は黙って聞いていてくれる。

 

「伊黒様は顔に引き裂かれたような傷があり、目は見えていない様子でした。蜜璃さんは伊黒様の羽織で体をくるまれていたので怪我の状態はわかりませんが、羽織を赤黒く染めているシミの大きさから大変な大怪我だということはわかりました。お二人とも満身創痍で、お互い自分の命がもう長くないことを悟っている様子でした」

 

「ッ!」

 

 私の言葉に伊黒様は息を飲んだが、何も言わず黙って視線で話の続きを促している様子だった。

 

「今にも力尽きそうな自分を抱きとめる伊黒様に蜜璃さんが言うんです。『私、伊黒さんが好き』だって、『また人間に生まれ変わったらお嫁さんにしてほしい』って、涙ながらに」

 

「それで、それを聞いて〝俺〟はどう答えたんだ?」

 

「喜んでいらっしゃいました。ボロボロと涙を流しながら。でも、蜜璃さんを安心させるために笑顔を浮かべ、優しく抱きしめながら『勿論だ』って。『君が俺でいいと言ってくれるなら、絶対に君を幸せにする。今度こそ死なせない。必ず守る…』って……」

 

「そうか……」

 

「そうして、お二人はそのまま……」

 

 私の言葉に伊黒様はそっと俯く。

 

「……これは、あくまでも私の見た〝夢〟です」

 

 そんな伊黒様に私は言葉を続ける。

 

「実際に起きたことではありませんし、伊黒様も蜜璃さんも、そのほか柱の皆さんや隊士の人たちはピンピンしています」

 

「そうだな」

 

「ただ、それと同時にこの〝夢〟はあり得るかもしれない〝未来〟でもあるんです」

 

「…………」

 

 伊黒様は押し黙る。私の言わんとすることを理解しているのだろう。

 

「私の見た夢のように大規模な戦いがあるかもしれません。合同の任務の中でお二人とも、もしくはどちらか一方が、あるいはまったく別々の任務で落命されるかもしれません。今日笑いあった友人が明日には帰らぬ人になるかもしれません」

 

「そうだな。実際俺の顔見知りにはもう会うことが叶わない奴も多い。胡蝶の姉の方、カナエもお前と甘露寺、冨岡がいなければこの世にはいなかったやもしれん」

 

 伊黒様の言葉に私は頷く。

 実際本来の鬼滅世界ならあの童磨との戦闘でカナエさんは落命し、しのぶさんはその復讐のためにその身を犠牲にする。そんな未来は多少自惚れではあるかもしれないが私の介入で回避することができた。

 

「私たちの日常は常にそんな死と隣り合わせの任務の上に成り立っています。嫌な言い方にはなりますが、常に明日は我が身なんです」

 

「…………」

 

「明日伊黒様が帰らぬ人になるかもしれません。蜜璃さんがそうなるかもしれません。そうなったとき、お二人は必ず後悔される、こんなことならもっと早くに思いを告げていれば、と……私は、お二人にそんな後悔を抱えたまま生きてほしくないんです」

 

「お前……」

 

「私にはもう身寄りはありません。そんな私を蜜璃さんは継子として以上に、妹のように、家族のように可愛がってくれています」

 

 言いながら私は正座した体勢のまますっと一歩後ろに下がり、畳に額を押し付ける。

 

「お願いします、伊黒様。私の師を、私の大事な〝姉〟、大事な〝家族〟を幸せにしてあげてください。私の夢のように来世ではなく、今この瞬間の蜜璃さんを幸せにし、守ってあげてください」

 

「…………」

 

 頭を下げているので私には伊黒様がどんな顔をしているのかわからない。そのまま数秒頭を下げ続けていると

 

「……とりあえず、頭をあげろ」

 

「でも――」

 

「そんな体勢では話もできん」

 

「…………」

 

 伊黒様の言葉に私は少し考え、ゆっくりと体を起こす。

 そんな私を正面から見据え、しかし、その瞳に不安の色を浮かべながら伊黒様は訊く。

 

「……甘露寺は、俺を受け入れてくれると思うか?こんな…血液の一滴まで汚れきった、呪われた一族の一員だった俺を、自分が生き残りたいという欲のために一族全員を見殺しにした俺を?」

 

「人間は生まれる場所を選ぶことはできません。人殺しの子として生まれても、それがその子ども自身の罪ではありません。そして、生きたいという思い自体は生物が抱く当然の生存本能です。そのために他人を陥れるのであれば罪だと思いますが、伊黒様の場合は罪にはなりえない、いわば正当防衛です」

 

 私は伊黒様の問いに微笑みながら答える。

 

「それとも、あなたは自分が逃げ出すことで一族の方々が殺されると分かったうえで、そう仕向けるために逃げ出したんですか?」

 

「ッ! そんなことは――」

 

「では、何かを盗みましたか?どんな詐欺でいくら儲けました?何を凶器に誰をどうしたんですか?」

 

 頭を振るう伊黒様に私はさらに問いかける。

 

「私には、あなたが罰せられる理由がわかりません」

 

「大好……」

 

「これは、私だけでなく蜜璃さんを含めあなたの周りにいる人たち全員の総意です。同じことを聞けば蜜璃さんも、カナエさんも、しのぶさんも、お館様も、杏寿郎さんも、冨岡様も、他の柱の皆さんも多少の差異はあれど、同じ内容のことを言うはずです」

 

「…………」

 

「あ、すみません。冨岡様は口下手なんでもしかしたら違うこと言ってるように感じるかもしれませんが、言いたいことは一緒だと思うんで……」

 

「実際に何か言われたわけでもないんだからそんなフォローはいらん」

 

 私の言葉に伊黒様は大きくため息をつく。

 

「……俺は、甘露寺を幸せにできると思うか?」

 

「私の考えは以前言いましたよ」

 

「???」

 

 私の言葉に伊黒様は首を傾げる。

 

「忘れたんですか?『幸せにできるのか?』じゃなくて『幸せにするんだ』って思いでいてくれないと、またその頬ぶったたきますよ?」

 

「……そうだったな」

 

 私の言葉に頷きながら伊黒様は左頬をさする。

 

「あの拳はかなり痛かったぞ。柱の俺に本気で殴って……」

 

「本気だったら一発で済ましてないですよ?顔の原型がわからなくなるくらい殴ってますから」

 

「お前恐ろしいな……」

 

 私の言葉に伊黒様が顔を引きつらせて言う。しかし、すぐに気を取り直した様子で頷き

 

「大好、甘露寺に言伝を頼んでもいいか?」

 

 真剣な表情で言う。

 

「なんと伝えましょうか?」

 

「先日のお見合いでの件、ちゃんと会って謝罪したい。久しぶりに食事をしないか、と」

 

「わかりました」

 

 伊黒様の言葉に私は頷く。

 

「お前にも少し助言をもらってもいいか?」

 

「なんでしょう?」

 

「雰囲気のいい洒落た店はないだろうか?」

 

「…………」

 

 伊黒様の問いに私は少し考え

 

「一つ心当たりがありますよ」

 

 ニッコリ微笑みながら頷く。

 

「洋食のお店なんですが、料理も種類が豊富で美味しいですし、少し高台にあるおかげで夜景が綺麗です。とても浪漫的な雰囲気を演出できるのではないでしょうか」

 

「そうか、では、そこにするとしよう」

 

「はい、後でお店の詳細をまとめておきますね」

 

 頷く伊黒様に私は微笑む。

 

「伊黒様、頑張ってくださいね」

 

「ああ」

 

「もしこの期に及んでヘタレたら……私久々にブチギレて何するかわからないんでほんとお願いしますね」

 

「いい笑顔で恐ろしいことを言うな」

 

 微笑みながら言う私の言葉に伊黒様が呆れ顔で言う。

 

「というかお前ちょくちょく怒ってるじゃないか」

 

「いやいや、今までのなんて怒った内に入りませんよ。これでも私温厚な方ですよ」

 

 伊黒様の言葉に私は肩をすくめて言う。

 

「私がこれまでの14年の人生で本気で怒ったのなんて片手で数える程度ですよ。鬼殺隊に入ってからでも一回あったくらいじゃないですかね?」

 

「今までのあれらは本気で怒ってなかったのか……お前の本気の怒った姿が全く想像できんな。お前をそこまで怒らせた一回とはなんだったんだ?」

 

 伊黒様は呆れながら訊く。

 

「まあ大した話ではないですよ」

 

 伊黒様の問いに肩をすくめながら答える。

 

「蜜璃さんの髪のこと貶して醜女の化け物とまで言った町人を半殺しにしようとした程度です」

 

「十分大した話だろうが!?」

 

 私の言葉に伊黒様がツッコむ。

 

「いやいや、殺そうとしなかっただけ理性的だったと思いますよ。伊黒様が当事者なら問答無用で日輪刀の錆にしてたでしょ」

 

「それは……否定はできない」

 

「それに蜜璃さんに全力で止められたんで実行せずに終わりましたし」

 

「だろうな」

 

 私の言葉に伊黒様はため息をつき

 

「というか、お前止められてなかったらその町人をどこまで痛めつける気だったんだ?」

 

「そうですねぇ……」

 

 伊黒様の問いに私は少し考え、

 

「伊黒様、『半殺し』の定義って何だと思います?」

 

「『半殺し』の定義?」

 

「はい。半殺しってことは半分生きてるわけですよね?つまり痛めすぎても痛めなさ過ぎても駄目なんですよ」

 

 首を傾げる伊黒様に私は頷く。

 

「例えば臓器。人間の体にはいろんな内臓がありますし、二つずつ備わっているものもあります。そう言うのをつぶせば?とも思いましたが、内臓だと担ってる役割も違いますし、一概に半分って言うのが難しいです」

 

「お、おう……」

 

「で、そんな中で私が最終的に至った結論は……骨かなぁって」

 

「骨……?」

 

「はい。伊黒様は人間の体にいくつの骨があるかご存じですか?」

 

「いや…知らないが……」

 

「子どもと大人では成長過程でくっついて一つになることもあるので違いますが、大人は206個です」

 

 言いながら私はすっと右手の人差し指を立てて自分の頭からお腹のあたりまで大体真ん中を通るようになぞる。

 

「人間の体を真ん中あたりで区切れば骨は左右対称にあります。なので体内の206個ある骨を対称で見て103個へし折れば、半殺しになると思うんですよ。どう思います?」

 

「お前のその発想が心底恐ろしいと思うと同時にお前だけは絶対に敵に回してはいけないと思った」

 

 私の問いに伊黒様はドン引きした顔で呟くように答えた。

 

「………ちなみに、ちなみになんだが」

 

 と、伊黒様は私の顔を見ながら訊く。

 

「もし……もしなんだが……」

 

「はいはい?」

 

「もし仮に、今回俺がまた怖気づいた場合……その半殺しをお前実行しないよな?」

 

「ハハハ、何言ってんですか?そんなことしませんよ」

 

「だ、だよな……」

 

「伊黒様は鬼殺隊の最高戦力たる柱の一因ですよ?そんな後遺症残りそうなことして鬼殺隊の戦力削るわけないじゃないですか」

 

「戦力削ることにならなかったら実行してたのか」

 

「…………」

 

「おい黙るな」

 

「よかったですね、柱で」

 

 恐れ慄く伊黒様に私はニッコリと笑いかける。

 

「なら、もし仮に俺が怖気づいたらお前どうする気なんだ?」

 

「ん~…そうですねぇ~……」

 

 伊黒様の問いに私は少し考え

 

「あ、そうだ」

 

 ポンと手を打つ。

 

「中華民国の古い拷問に竹筒を使ったものがあるのご存じですか?」

 

「……知らないが?」

 

「竹筒をですね、目に押し当てるんですよ」

 

 言いながら私は筒状にした右手を自分の右目に当てる。

 

「こうして押し当てた竹筒をですね、反対からポンと叩くんですよ、鼓みたいに。そうすると……飛び出すんですよ、目玉が。ポンッて」

 

「…………」

 

「目玉一個なくなっても、多少不自由はありますけど戦えないことはないですよね?それに、伊黒様には鏑丸君がいますから上手く戦えるでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

「まあ安心してください。私も本当にそんなことしようなんて思ってませんよ――伊黒様が頑張ってくれる限りは、ね?」

 

「…………」

 

「なので、くれぐれも頑張ってくださいね?」

 

「お、おう……大好の期待に応えるために誠心誠意頑張らせてもらう」

 

「私の期待とかいいんで蜜璃さんのために頑張ってください」

 

 顔を真っ青にした伊黒様の言葉に私は笑顔で答え

 

「あ、どうでもいいですけど」

 

 そこでふとさっきから気になっていたことを思い出す。

 

「伊黒様、初めてちゃんと私の名前呼んだんじゃないですか?」

 

「??? そうか?」

 

「そうですよ。いつも『おい』とか『お前』とか『貴様』とか?あとは怒り心頭で『大好楓子ぉぉぉぉ!』って姓名合わせて怒鳴ることはありましたけど、まともに呼んでくれたの初めてですよ」

 

「そう…だったか……」

 

「はい」

 

 首を傾げる伊黒様に私は頷く。

 

「なんならもっと蜜璃さんみたく親しみを込めて『ふーちゃん♡』って呼んでいただいてもいいんですよ?」

 

「絶対に嫌だ」

 

 私の言葉に伊黒様は心底嫌そうに言う。

 

「なんですかもう……あ、初めて愛称で呼ぶ異性は蜜璃さんがいいですよね?すみません気が利かなくて」

 

「そう言うことじゃない、単純にお前をそう呼びたくないだけだ!」

 

「でも、お互いに愛称で呼び合うとか仲睦まじい感じがしてよくないですか?」

 

「それは……」

 

「………今想像してみてちょっといいなって思ったでしょ?」

 

「ッ!? そ、そんなことは……!」

 

 言いかけた伊黒さんだったが、図星だったのだろう。顔を赤く染めて俯く。

 

「いいですねぇ。もし付き合えたらなんて呼び合います?蜜璃さんのことは『みっちゃん』とか?」

 

「みっちゃん……」

 

 私の言葉に想像したのか伊黒様の顔が少し華やぐ。

 

「そうなると伊黒様は下の名前が小芭内なので……はッ!『おっちゃん』!?」

 

「おいそれはやめろ」

 

「なら……『おばちゃん』?」

 

「もっと嫌だ。性別変わってるじゃないか」

 

 伊黒様はため息をつきながら言う。

 

「まああれこれ言ってますけど、全部捕らぬ狸の皮算用って奴ですよね。伊黒様が頑張ってくれないと、そんな未来も来ませんから」

 

「そうだな……」

 

「なので、頑張って下さいね、お二人のハッピーシュガーライフのために!」

 

「はっぴーしゅがーらいふ?」

 

「見てるこっちが砂糖吐きそうなほど甘々でイチャイチャな幸せな生活を送ってくださいってことですよ」

 

 首を傾げる伊黒様に私は解説する。

 

「まあとにかくお二人の幸せな未来のために頑張ってくださいね」

 

「ああ」

 

「私も竹筒用意して応援してますから」

 

「おいやめろ。やる気はないんじゃなかったのか?」

 

「ええ。でも伊黒様が頑張る限りは、とも言いましたから」

 

 顔を青くする伊黒様に私は優しく微笑み

 

「なので、ほんと頑張ってくださいね?期待してますから」

 

「あ、ああ……!」

 

 私の声援に伊黒様は恐怖に引き攣ったような顔で頷いた。

 おかしいな、今の私は女神か菩薩のような慈愛の笑みを浮かべているはずなのに……解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓子の訪問から数日後の夜。

 

「伊黒さん、今日はありがとう。とっても美味しかったわ!」

 

「そうか……それはよかった」

 

 楓子の紹介の店で食事を終えた二人は店の近くの展望スペースで景色を眺めながら話をしていた。

 楓子の紹介したお店は西洋風のかなりの高級店で、小芭内も蜜璃も普段の隊服や私服とは違う小奇麗な格好で来ていた。

 西洋のコース料理が中心のメニューだったが、もともと小食の小芭内はもとより、お見合い以来に小芭内と顔を合わせるということもあり蜜璃はいつも以上に緊張しそれによって食欲もかなり抑えられていた。それでも普通の女性では多めの量を平らげてはいたのだが……。

 食事を終えた二人はそのまま帰り道に見つけた開けた展望スペースで少し高台にある場所から街の夜景を見下ろしていた。

 

「綺麗ね……」

 

「ああ、そうだな……」

 

「この景色の灯り一つひとつに誰かの生活があって、私たちはそれを守っているのよね」

 

「ああ、そうだ」

 

 蜜璃の言葉に小芭内は頷くばかりだ。小芭内は蜜璃との会話も大事だが、いつ本題を切り出そうかと思案していた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そのまま数秒間二人の間に沈黙が流れ

 

「……甘露寺」

 

 小芭内は大きく息を吸い込み、意を決して口を開く。

 蜜璃はそんな小芭内の胸中を知らず、「ん?」と微笑みながら首を傾げる。

 

「その…なんだ……先日の見合いの件なんだが……」

 

「ッ!? え、ええ……」

 

「その…突然乱入してすまなかった。後からうまくいったと聞いたが、俺のせいで破談にならずに済んで本当によかった……」

 

「い、いいのよ!気にしないで!」

 

 頭を下げる小芭内にワタワタと蜜璃が首を振る。

 

「そ、それに、あの時にも行ったけどお見合いって言ってもうちの猫ちゃんのだったし!」

 

「それでも、俺の行動は些か常識に欠けていた。慌てていたとは言え、もう少しやりようはあったやもしれん」

 

「そ、そんなこと!それに私嬉しかったし!」

 

「え……?」

 

「ッ!! い、いや…その……!!」

 

 なおも頭を下げる小芭内だったが蜜璃の言葉に少し顔を上げる。蜜璃も自身の失言に慌てるが、大きく一度深呼吸をすると小芭内を見据えて口を開く。

 

「伊黒さん、あのね……ずっと訊きたかったことがあるの」

 

「……なんだ?」

 

「あの時、お見合いの会場に来た時、伊黒さん言ってたわよね?私にお見合いをしてほしくないって、私と一緒にいたいって……」

 

「ッ!? そ、それは……ああ、言った」

 

「それって……」

 

 頷く小芭内に蜜璃は一瞬言い淀む様子で目を逸らし、しかし、すぐに真剣な表情で小芭内を見つめ

 

「あれって…どういう意味で言ってくれたの?」

 

「ッ!」

 

 蜜璃の問いに小芭内は息を飲む。

 

「あのね……私あの時の言葉、すっごく嬉しかったの。自惚れとか勘違いだったとしても、『そう言う意味』として言ってくれたんだったとしたらどんなによかっただろうって……」

 

「甘露寺……」

 

 はにかむ様にいう蜜璃に小芭内は呟くように彼女の名を呼ぶ。

 

「ねぇ、伊黒さん、あの時の言葉って『そういうこと』なの?『そう言う意味』って思っていいのかな?」

 

「ッ!」

 

 蜜璃の問いに小芭内は一瞬言い淀み、しかし、意を決したように大きく息を吸い込み

 

「ああ」

 

 しっかりと蜜璃の瞳を見据えて頷いた。

 

「ホント……?自惚れとか、勘違いじゃない……?」

 

「ああ。あの時の言葉は、嘘偽りなく『そういう意味』として言った」

 

「~~~///」

 

 小芭内の真剣な視線と言葉に蜜璃の顔が夜の帳の中でもわかるほど真っ赤に染まる。

 

「ねぇ、伊黒さん、あの時の言葉…もう一度言って?」

 

「……ああ」

 

 頷いた小芭内はそっと一歩踏み出し蜜璃へと距離を詰める。

 

「甘露寺、俺は君に見合いをしてほしくない。俺は君と一緒にいたい。ずっとずっとだ」

 

「うん……」

 

「君が幸せに笑っている横で俺も一緒に笑っていたいんだ」

 

「うん……」

 

「君が幸せに笑えるように、君をずっとずっと守っていきたい」

 

「うん……」

 

「でも、俺は本当はお前と一緒にいられるような人間じゃない。綺麗な君と違って、俺は汚れすぎている」

 

「そんなこと――」

 

「それでも!」

 

 言いながらそっと蜜璃の目の前に跪く様に片膝をつき、小芭内は懐から小さな箱を取り出す。

 

「もしも、もしも君がこんな俺でいいと言ってくれるなら、俺は君の気持に答えたい。君のためにどんな困難も乗り越えてみせる!」

 

「伊黒さん……」

 

 小芭内の言葉に蜜璃は嬉しそうに微笑む。そんな彼女に小芭内はそっと取り出した箱を差し出す。

 

「伊黒さん、これは……?」

 

「その、君の継子、大好に聞いたんだ。海外では婚姻を申し込むとき、プロポーズをするときにその証として指輪を贈るらしい……」

 

「それって……!?」

 

 驚く蜜璃の前で小芭内はそっとその箱を開く。その中央には桜色の小さな宝石『ガーネット』が月の光を受けて輝いていた。

 

「これ……!」

 

「甘露寺」

 

 驚く蜜璃に小芭内はそっと差し出し

 

「こんな俺で良ければ……結婚を前提に付き合ってくれないだろうか?」

 

「伊黒さん……!」

 

「その、俺たちは二人とも鬼殺隊の隊士で、二人とも最高戦力である柱だ……今もなお鬼との戦いは激化するいっぽうだ。だから、正式に籍を入れるのも、祝言を上げるのも今すぐには無理かもしれん……でも、きっといつか君に花嫁衣裳を着せると約束するから!だから、だから俺と……」

 

「うん……」

 

「俺と付き合ってくれ、甘露寺!」

 

「…………」

 

 小芭内の言葉に蜜璃は少し黙り

 

「一つだけ、いい?」

 

 そっと口を開いた。

 

「さっき伊黒さんは、私のためならどんな困難も乗り越えてみせるって言ってくれたよね?」

 

「ああ、言った」

 

 蜜璃の問いに小芭内は頷く。

 

「私ね、辛いことや悲しいことを伊黒さんだけに押し付けたくない。夫婦なら、一緒に乗り越えていきたいわ」

 

「甘露寺……」

 

「私もね、ふーちゃんから聞いたことがあるの。海外の結婚式では婚姻の儀式でこんな誓いを立てるの」

 

 蜜璃はニッコリと微笑む。

 

「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として、夫として、愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?ってね」

 

 言いながら蜜璃はそっと小芭内の手を握る。

 

「私はあなたと、元気のない時も元気な時も裕福でも貧しくても、一緒の時間を紡いでいきたいわ」

 

「甘露寺……」

 

「だから、あなたが私を幸せにするんじゃなくて、一緒に幸せになってくれなきゃ嫌」

 

「それじゃあ……」

 

 息を飲む小芭内に優しく微笑む蜜璃。その目尻には涙のしずくが浮かんでいた。

 

「こちらこそ、私で良ければ喜んで!」

 

「甘露寺!」

 

 そんな蜜璃の答えに小芭内の瞳から涙が零れる。

 

「ねぇ伊黒さん、その指輪、はめてくれる?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「これ、どの指につけるとかあるの?」

 

「ああ、それも聞いている。なんでも両手十本の指にそれぞれ指輪をはめている意味が異なるんだそうだ。結婚の指輪は左手の薬指らしい」

 

「左手の薬指……」

 

 小芭内の言葉に蜜璃はそっと左手を小芭内に差し出す。

 その手を取った小芭内は箱から指輪を取り外し、蜜璃の薬指へと通す。

 

「ピッタリ!」

 

「ああ……その、これもまた君の継子が協力してくれた。寝てる間にこっそり測ったらしい……」

 

「フフ、知らなかった」

 

 頬を掻く小芭内の言葉に嬉しそうに微笑みながら蜜璃はうっとりとした視線で指輪を見つめる。そんな蜜璃を見ながら小芭内は

 

「その…甘露寺……」

 

「なぁに、伊黒さん?」

 

 小芭内の呼びかけに蜜璃は微笑みながら小首を傾げる。

 

「その…指輪、とても似合ってる。綺麗だ」

 

「ッ!」

 

 小芭内の言葉に目を見開いた蜜璃は

 

「~~~!!ありがとう、伊黒さぁぁぁん!!!」

 

「グエッ!?」

 

 感極まった様子で勢いよく小芭内に抱き着いた。突然のことにまったく身構えていなかった小芭内の口から嗚咽が漏れる。

 

「伊黒さん!私今とってもとっても幸せ!!ドキドキしてキュンキュンして心臓がおかしくなっちゃいそうだわ!!」

 

 言いながら蜜璃はさらにその両手に力を込めて小芭内に密着する。

 

「私!私頑張るから!良き妻としてあなたのこと支えるから!!私のことを選んでくれたこと、絶対後悔させないから!!一緒に幸せになりましょうね!!」

 

 月の輝く夜の闇に幸せそうな蜜璃の声が響いたのだった。

 

 

 ○

 

 

 そんな二人を離れた草むらから覗いている人物が三人いた。

 

「ぶわぁぁぁぁぁッ!!み゛つ゛り゛さ゛ん゛ぁぁぁぁぁぁッ!!ほんどによ゛か゛った゛よ゛ぉぉぉぉぉッ!!!」

 

「ちょ、楓子!声が大きい!もう少し抑えないと二人に聞こえるから!」

 

「でもわかるわぁ~、本当によかったぁ!」

 

 女の子がそんな顔していいの?と思われるレベルで顔を涙と鼻水と涎でぐちょぐちょに歪めて泣き叫ぶ楓子。そんな彼女を慌ててなだめるしのぶとほろりと涙を浮かべて感動しているカナエだった。

 

「ホントに!!ホントによかったぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「わ、分かったから声抑えて!あとその顔どうにかしなさい!女の子としてその顔はしちゃいけないと思うわよ!?」

 

「うわぁぁぁぁぁッ!!」

 

 しのぶの言葉に楓子は自身のハンカチを取り出して拭く。が――

 

「うわぁぁぁぁぁッ!!もうすでにぐしょぐしょすぎぃぃぃぃぃッ!!」

 

 言いながら楓子は自身のハンカチを絞る。と、そこから滝のようにいろんな液体が混ざったものが滴り落ちる。

 

「もうしょうがないわね!これ使いなさい!」

 

「うう…ありがとうございますぅぅぅッ!」

 

 呆れ顔でしのぶの差し出すハンカチを受け取った楓子はそれで涙を拭き

 

「ち~んッ!!」

 

「うわぁ……」

 

 豪快にそのハンカチで鼻をかんだ。その様にしのぶはドン引きした様子で顔を顰める。

 

「うう…ありがとうございました……」

 

「いやそんなの返さないでよ!!」

 

 鼻をかんだハンカチを畳み、もう一度目元を拭い、口元を拭きとった楓子はそれをしのぶに差し出すが、それをしのぶは嫌そうに突っぱねて叫ぶ。

 

「落ち着いた?」

 

「はい。お陰様で……」

 

「それはよかった」

 

 まだ目に涙を溜めて頷く楓子の返事にカナエは微笑みながら頷く。

 

「ところで、ずっと気になってたんだけど……」

 

「はい……?」

 

 笑みを浮かべながら訊くカナエに楓子が視線を向ける。

 と、カナエは楓子の顔からそっと視線を下に向け

 

「その竹筒、何?」

 

「ああ、これですか……?」

 

 カナエの問いに楓子は側に置いていた竹筒を持ち上げる。

 

「これは万が一伊黒様がこの期に及んでヘタレたときに使おうと思ってたんですよ……」

 

「何?それでタコ殴りにするつもりだったの?」

 

「ん~、まあそんなところですね……」

 

 しのぶの問いに楓子は曖昧に頷き

 

「でももういらなぁぁい!!!」

 

 叫びながら楓子はその竹筒を放り投げた。

 遠くの茂みにガサリと音を立てて竹筒は消えた。

 

「カナエさん!この後暇ですか!?呑みに行きましょう!蜜璃さんおめでとうの祝賀会です!」

 

「待ちなさいあなた未成年でしょ」

 

「いいわねぇ!私も今日はとことん付き合うわよ!」

 

「いやホント待って!姉さんもまだ未成年でしょ!?」

 

「ついでに今後のしのぶさんの冨岡義勇攻略計画でも詰めましょう。このいい流れを崩してはなりません!」

 

「いいわね!」

 

「良くないわよ!?絶対ろくな流れにならないから!せめて話し合うなら素面の時にして!今の歓喜やらなにやらの感情ごちゃ混ぜの精神状態で話してもろくな案出ないわよ!?」

 

「大丈夫!!私たちはまともだから!!」

 

「たださいッッッこうにハイってやつです!!」

 

「それがまともじゃないって言ってるのよ!!」

 

 カナエと楓子の言葉にしのぶは頭を抱えてツッコむ。

 

「もう祝賀会するのは止めないからせめて私の今後のことは改めてにして。それとお酒は無し!お茶とかお菓子とかでささやかに祝いましょうよ」

 

「夜に甘いもの食べると太りますよ?」

 

「急に冷静なこと言わないで!?そう言うのいいから!」

 

 楓子の指摘にしのぶがツッコむ。

 

「とにかく!無事に事は済んだんだし、見つかる前に撤退しましょ?これ以上は無粋よ」

 

 しのぶはため息混じりに言う。

 

「ほら、あの二人まだ抱き合ってるわ。このままくちづけとかする前に帰ってあげる方が大人の対応ってものでしょ?」

 

「それはそうかもね。ここからは二人の時間よねぇ~」

 

「そうですねぇ……」

 

 しのぶの言葉にカナエと楓子が頷く。

 三人が視線を向ければ、二人はいまだにくっついたままだ。

 

「……ねぇ、気のせい?よく見たら抱き着いてるの蜜璃さんの方で伊黒さんは手も回してないわよ」

 

「……そうね、なんだか伊黒君の顔、恥ずかしがってるとかじゃなく真っ赤ね」

 

「……というかむしろ紫がかってきてません?なんかチアノーゼに似てますね」

 

 三人は興奮していた頭が急速に冷めていくのを感じた。

 

「……蜜璃さんって確か常人の8倍の筋肉の密度なのよね?」

 

「……そうですね。一歳二か月の時に四貫ある漬物石持ち上げたらしいですからね」

 

「……今の蜜璃さん、力を抑えられてると思う?」

 

「…………」

 

「「…………」」

 

 カナエの問いに答えた楓子。しかし、しのぶの問いに楓子は口を閉ざす。そして、そんな楓子の様子にカナエとしのぶも押し黙る。

 

「「「…………」」」

 

 三人はそっと顔を見合わせ

 

「「「それ以上は伊黒さん(様)が危ない!!!」」」

 

 慌てて叫んだ三人は草むらから飛び出した。

 

 

 

 

 

 その後、三人の治療の甲斐もあって小芭内は無事何事もなく復活。

 翌日楓子によって報告を受けた産屋敷輝哉によって蜜璃と小芭内の交際の報は鬼殺隊士周知の事実となり、輝哉と楓子主催による『蜜璃&小芭内交際おめでとう祝賀会』が開催された。主賓席として出席者全員から見える正面の席に並んで座らされた蜜璃と小芭内は終始顔を下にして固まっていた。その祝賀会の様子は事実上の結婚披露宴のようだったと、のちに参加した面々は語る。

 




というわけでついに蜜璃と小芭内がゴールインです。
正直ずっとこのお話を書きたくてウズウズしてました。
この二人がくっつくお話は絶対に「鬼滅の刃」最終巻が発売した直後に書こうと思ってたのでそこに至るまでの話を大急ぎで進めるためにここまで駆け足気味にやってきましたが、正直こんなにもたくさんの方に読んでいただけるとは思っていませんでした。
本当にありがとうございました!


~大正コソコソ噂話①~
小芭内が蜜璃に贈った指輪についている宝石「ガーネット」、その宝石言葉は『真実、愛』などです。ガーネットの中でも彼が贈った桜色のもの、「シャンパンガーネット」はタンザニアのウンバ鉱山でしかとれない貴重なものです。楓子経由で輝哉の人脈を使って手に入れたそれを小芭内が鬼殺隊お抱えの鍛冶師たちの里に依頼して指輪にしてもらいました。



~大正コソコソ噂話②~
今回のタイトルに含まれている「イエスタデイワンスモア」は有名なカーペンターズの名曲から来ています。あの一昔前の某人気番組でV6が学校の屋上で学生が不満やら告白を叫ぶコーナーで使われていたアレです。
蜜璃が小芭内の告白に応じた瞬間に楓子の脳内で大音量で流れてそれがトドメに彼女の涙腺が崩壊しました。





※一応断っておきますがまだ最終話ではありませんよ?まだぎゆしがいますし、それどころか原作主人公すら登場してませんから(笑)
これからも読んでいただいている皆さんに楽しんでいただけるように頑張りますのでよろしくお願いします!
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