「伊黒様、私思うんですよ、人間目標を達成するためには小さな目標を達成したときにいかに気持ちを上げるためのご褒美を得るかどうかで次も頑張ろう!って思える。これに尽きると思うんですよ」
「急にどうした――というかお前は最近俺の屋敷で自分の家のようにくつろぐな」
「あ、お茶のおかわりいります?茶菓子追加出しますね」
「自然に人の家の戸棚を開けるな」
籠に煎餅を入れ、急須から湯飲へお茶を注ぐ楓子に小芭内はツッコミを入れるが、楓子はスルーして続ける。
「ほへへへふへ」
「煎餅をかじりながらしゃべるな」
ズズッとお茶を啜り、プハァと一息ついた楓子は
「それでですね、話を戻しますが、人間はどんなに強い気持ちを持って始めたことでも成果やご褒美が無ければいつしか気持ちは萎えてしまうものです。私にも経験があります。あれはそう、冬コミに向けて新刊を執筆していた時――」
「ふゆこみ?なんだそれは?」
「……失礼、話が逸れました」
前世の事を口走ってしまった楓子は慌てて話を戻す。
「とにかくですね、これまで伊黒様には度々助言をさせていただき、蜜璃さんとの逢引も数多くこなしていただきました。結果今ではお二人は柱の面々の中でも特に仲のいい関係を構築するに至ったと思っております」
「そ、そうか……」
楓子の言葉に小芭内は平静を装いつつも蜜璃との仲が良好ということに少し気を良くしたように頷く。
「が、しかしです、反面、恋仲としては些か進展が乏しいのではないかと思うんですよ。なのでここいらで一度伊黒様の気持ちを高めるためのちょっとしたご提案をさせていただければと思った次第です」
「提案、だと?」
楓子の言葉に小芭内は首を傾げる。
「伊黒様はカメラをご存知でしょうか?」
「ああ。持ってはいないが知っている。風景や人物を写真と言う本物そのままを切り取ったような絵として残すことのできる機械の事だろう?」
「ええ。実は私、鬼殺隊の初任給でこちらを買いまして、以降趣味として日常的にパシャパシャとやってるわけなのです」
言いながら楓子は自身の愛用しているカメラを取り出す。
「ほう?随分と高価なものを趣味にしているじゃないか。聞いた程度だが、そのカメラで撮ったものを写真にするのにも金がかかるんじゃないのか?」
「まあ確かに出費は大きいので、おいそれと趣味にできるようなものでもないのですが、そこはそれ、継子としてお世話になっていると蜜璃さんは食費も家賃も受け取っていただけず、ただでさえ高給の鬼殺隊で生活費がかからないものでこういうお金のかかる趣味を楽しめるわけです」
「お前の趣味の話が先ほどの提案だとか褒美だとかにどうつながる?御託はいいからさっさと話せ」
頷く楓子に小芭内がため息まじりに話を促す。
「失礼しました。それでですね、日常的に写真を撮っているわけですが、私は風景写真よりも人物写真の方が好きでして。そして、そうなると被写体はどうしても身近な人物が多くなるわけです。つまり、こういった写真が私の手元にはたくさんありまして……」
「こ、これはッ!?」
言いながら楓子が羽織のすそから取り出したものに小芭内は息を呑む。
それは手のひらほどの紙の中に満面の笑みを浮かべる甘露寺蜜璃の姿が映っていた。
「他にもこういった写真やこのようなモノも」
「おお……」
言いながら楓子は次々と写真を取り出す。
それは飼っている猫と戯れている蜜璃であったり、美味しそうに桜餅を頬張っている蜜璃、近所の子どもと楽しそうに遊ぶ蜜璃などなど、様々な蜜璃の魅力的な日常風景が切り取られた写真たちだった。
「そ、それで?これを見せてどうしようというのだ?」
「差し上げる、って言ったらほしいですか?」
「何ッ!?」
楓子の言葉に小芭内が身を乗り出す。
「伊黒様が度々蜜璃さんを逢引に誘ってくれて、蜜璃さん毎回とても嬉しそうなんですよ。そんな師を見ているのは継子の私としても嬉しい限りです。なのでこれは伊黒様へのほんの心ばかりのお礼の贈り物です」
本当にありがとうございます、と楓子は頭を下げる。
「なのでまあ、よければお納めください」
「……では、遠慮なく」
楓子が差し出す写真たちを小芭内は受け取り懐にしまう。
「それでまあ、こんなもので伊黒様が喜んでいただけるのであれば定期的に贈らせていただければ、と思い提案したくて」
「ほう?」
「もちろんタダではありません。今後も蜜璃さんとの仲が深まる様に伊黒様自身が頑張っていただけるなら、です。頑張っていただけるのならこういった写真や、なんならもうちょっと別の写真をご用意することもできます」
「別の写真?」
小芭内の問いに楓子はニヤリと笑い
「オット、手ガ滑ッタ~」
不自然な動きで懐から一枚の写真を落とす。その写真はススゥと滑って小芭内の目の前に。
「なッ!?」
その写真に写っていたのは、確かに先ほどまでの写真とは違っていた。
そこには浴衣姿の蜜璃が布団の上で大の字になって眠っている姿だった。彼女自身が蹴飛ばしたのか、羽織っていたらしい掛布団は端に丸まっており、大きく開かれた脚や彼女の寝相によって浴衣ははだけて裾や胸元が乱れていた。
「こ、これはッ!?」
「失礼。拾っていただきありがとうございます」
驚愕する小芭内の手からスッと写真を抜き取った楓子は写真を仕舞う。
「お、お前そんな写真どうやって!?」
「まあ私継子ですし。同じ屋敷で寝起きしていると、自然とこういう場面にも出くわすわけでして」
「普通それを写真に収めるか!?」
「だって最高に可愛いじゃないですかッ!」
「それでも仮にも甘露寺はお前の師だろう!?師匠のあられもないところを写真として残すな!」
「迸る熱い情熱を抑えられなかったんですよ!」
「だが……!」
「とにかく!私が今まで撮った中にはこういった写真もいくつかあるわけでして、なんならもっとすごいのとかも」
「もっとすごいの……?」
ゴクリと思わず小芭内は唾を飲む。
「……いくら出します?」
「おいッ!?」
「冗談です」
叫ぶ小芭内にケロリと楓子は応える。
「まあこういった写真も今後の伊黒様の努力次第で提供させていただけますよぉ~という話ですよ」
「…………」
「……今、ちょっと頑張ってみようかな、って思いましたね?」
「ッ!?お、俺は別に――」
「あぁ~あぁ~!みなまで言わないでください!伊黒様も健全な男性ですからね!わかっておりますとも!」
「だから俺は――」
「そんな伊黒様に実はこんなもののご用意もありまして……」
「聞け!人の話を聞け!」
「こちらです」
小芭内の話を完全スルーして楓子はわきに置いていたカバンから〝それ〟を取り出す。
「こちら、蜜璃さんを模して作りましたぬいぐるみでございます」
〝それ〟は蜜璃を二頭身にしたようなデザインのよくできたぬいぐるみだった。
「これ、お前が作ったのか……!?」
「ええまあ。自分、器用ですから」
「器用ってだけでここまでのもの作れてたまるか。これは売り物と遜色ないぞ」
「まあ昔取った杵柄ってやつですかねぇ。推しキャラの衣装がないときは自作が当たり前ですからねぇ」
「おしきゃら?」
「まあそれはいいじゃないですか。それよりもこの『蜜璃ちゃん人形』ですが、実は見た目だけじゃなく他にもこだわった点がありまして」
「こだわっている点?」
「この『蜜璃ちゃん人形』なんと普段蜜璃さんの衣類を洗っている洗剤や、蜜璃さんが身体や髪を洗うのに使っている石鹸の匂いを香り袋にして仕込んであるんですよ。ですのでこのぬいぐるみからは蜜璃さんの匂いに近いものが感じられるわけです。流石に体臭は再現できませんでしたが」
「何だその無駄に凝った趣向は」
「これさえあればもう一人寝の寂しい夜も怖くない!これを抱きしめて眠ればまるで蜜璃さんと同衾しているかのような気持ちを味わえるって寸法です!」
「お前は馬鹿なのか?なまじそれを可能にさせる能力が無駄遣いだとは思わんか?」
「やめてくださいよ、照れるじゃないですか」
「今のを聞いてどうすれば褒められたと思えるんだ!?」
「まあまあ試しに一度抱いてみてくださいよ。我ながらなかなかの完成度を自負してるんですよ」
「いらん」
「ちぇ~」
言いながら楓子はお茶を啜り
「すいません、お手洗いお借りしますね」
言いながら楓子は席を立つ。
一人取り残された小芭内は机の上にちょこんと座る『蜜璃ちゃん人形』をじっと見つめ
「まったく、あいつはこういう無駄に高い能力をもっと別の方向に使えないものか?」
ため息まじりに呟く。
そのまま黙って数秒『蜜璃ちゃん人形』を見つめ
「……しかし、よくできているな。髪の色などすごい再現度だ」
試しに恐る恐る手を伸ばし自分の方向へ手繰り寄せてみる。
「ほう、この羽織着脱できるのか。背中に『滅』の文字まで入れて芸が細かいな」
しげしと見つめる小芭内はふと、先程楓子が言っていたことを思い出す。
「匂い、か……」
数秒『蜜璃ちゃん人形』を見つめた小芭内は楓子の歩いて行った方向を様子を窺うように見てから
「ど、どれ……」
そっと『蜜璃ちゃん人形』を抱きしめてみる。すると、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。それは確かに共に出かけた時にとなりを歩く蜜璃から感じた匂いで
「ふむ、なるほど……これは確かに……」
言いながら小芭内はぬいぐるみを抱いたままその頭部を愛おし気に撫でて――
パシャリ!
「ッ!!?」
突如横から聞こえた音に小芭内は慌てて顔を上げる。そこには――
「あ、ヤベッ。思わず写真撮っちゃった」
カメラを構えた楓子が立っていた。
「お、お前ッ!?なんで!?」
「すみません、お邪魔しました。どうぞお気になさらず続けてください」
「できるかッ!!」
「あ、そうですよね。すいません気が利かなくて。私今日はお暇しますね。それは差し上げますんでどうぞご堪能下さい」
「ま、待て!そう言う意味では!と言うかお前さっきの写真――」
「お邪魔しましたぁ~!!」
小芭内の話も聞かずにパパパッと荷物をまとめた楓子はそのまま小芭内が止める間もなく風のように去って行ったのだった。
あとに残された小芭内は『蜜璃ちゃん人形』を抱いたまま呆然と座り込むのだった。
「いやぁ~、伊黒様も素直じゃないなぁ~。なんだかんだ喜んでたんじゃないか」
帰り道、楓子は一人楽しそうに笑いながら歩く。
「今度はどうしよう?『カナエちゃん人形』と『しのぶちゃん人形』でも作ってカナヲちゃんに上げようかな。いくら感情の乏しいカナヲちゃんでもきっと喜んでくれるはず!」
と、次の作品の構想を練りながら帰路を歩いた楓子は蜜璃の屋敷へと帰って来る。
「ただいま戻りましたぁ~」
言いながら楓子は屋敷の門をくぐる。
「すみません、蜜璃さん。帰りが少し遅くなりました。夕飯すぐに準備しますねぇ~」
言いながら蜜璃の部屋に覗き込んだ楓子は
「ん、んちゅ~~~///」
「…………」
自分の師にして生前からの推しが顔を真っ赤にして抱えるぬいぐるみ――楓子作『小芭内くん人形』の口元にタコのように口を尖らせた唇を触れさせようとゆっくりと顔を寄せている最中だった。
「んちゅ~~~――ってふーちゃん!?帰ってたの!?」
楓子の帰宅に気付いた蜜璃はさらに顔を羞恥で真っ赤に染めてパクパクとまるで金魚のように口を震わせる。
そんな蜜璃に楓子は笑みを浮かべて頷く。それは例えるなら、まるで息子の部屋でエロ本を見つけた時の母親のような生暖かい笑みだった。
「蜜璃さん、ただいま戻りました。少し遅くなりましたので今からすぐに夕飯の支度にとりかかりますね。小一時間ほど私台所から出てきませんので」
「違うの話を聞いて!!こ、これはなんて言うか、その……!!」
「お楽しみの最中にすみませんでした。どうぞお気になさらず続けてくださいね~」
「ふーちゃん!待って!話を聞いて!ねぇふーちゃん!!?ふーちゃんッ!!?ふぅぅぅぅちゃぁぁぁぁんッ!!!!」
その後、蜜璃は羞恥で翌日の夕方まで部屋に引き籠ったままでてこなかった。
ちなみに楓子の用意して部屋の前に置いた食事は三食しっかりと完食していた。