前回のあらすじ
「不死川実弥が楓子の地雷を踏みぬいた」
さあどうなる!?
楓子は無事炭治郎たちの公認を勝ち取れるのか!?
「……あぁんッ?」
楓子の冷たく大して張ったわけでもない声はその場に集った面々の耳に響き、同時に――
『ッ!?』
ゾワリ、と残さず全員の背筋に悪寒が走る。
この場に集った面々はみな、現状を極めて正確に理解している。
この場の顔ぶれのうち九人は鬼殺隊の中で最高戦力となる『柱』たち。その力は人間の域を超えた存在達だ。
対して楓子はそんな柱に師事しておりその実力は折紙つきであり、十二鬼月の下弦二体を相手にしても切り抜けられるだけの実力を有するものの、まだ〝人間の域〟を超えているわけではないのでその差は歴然。
一対一でも当然、三人がかりなら九割九分九厘勝てるし、彼女に後れを取ることはないだろう。
だから、現状何も問題はない。妙な心配は杞憂である。
例えば、コイツはその残りの一厘の可能性に確実に食らいついてくるんじゃないか、…とかそんな妄想が頭がよぎるほどの圧を感じる声と視線で楓子は実弥をまるで視線だけで射殺そうとするかのように鋭く睨みつけながら立っていても。
「ふーちゃん!待って!」
そんな中で最初に動いたのは蜜璃だった。
「不死川さんの言ってることは間違ってないわ!だから――」
「すみません、蜜璃さん」
楓子を止めようと声を上げる蜜璃だったが、それを楓子が遮る。
「でも、私は蜜璃さんの思いも何も知らないくせにまるで蜜璃さんが柱の責務をおろそかにしてる、みたいに好き勝手言われるのが我慢なりません」
言いながら楓子は再び実弥へ視線を向けギロリと睨みつける。
「不死川様、あなたが蜜璃さんの何を知ってるって言うんですか?」
「あぁん?」
楓子の言葉に実弥が怪訝そうな顔をする。
「何の話だァ?煙に巻こうったってそうはいかねぇぞォ」
楓子の視線を真っ向から受けた実弥は睨み返す。
「この女の鬼殺隊への入隊理由は『添い遂げる相手を見つけるため』だァ!『鬼を殺すこと』でもなく、『金のため』でもねェ!そんな浮ついた理由でいつもいつもへらへら笑って、伊黒と付き合い始めてからは輪をかけてのほほんとしてやがるゥ!そんな状態でよく今日まで柱としてやってこれたなァ!」
「…………」
睨み返す実弥の視線を真っ向から受けて、楓子は口を開く。
「確かに、蜜璃さんの入隊理由は変わってます。鬼への憎しみでも、お金の為でもありません。人によっては納得できない方もいるのかもしれません。でもねぇ!だからって蜜璃さんがいつもいつもへらへら何も考えてないわけじゃないんですよ!」
語調を強くして楓子は言う。
「蜜璃さんはねぇ、優しい方なんです!ちょっと特殊な体質の為に悲しい思いをしてきた蜜璃さんが、鬼殺隊で活躍すればいろんな人から褒められて、友達や先輩後輩もたくさんできたんです!大事な仲間が増えて、鬼殺隊は蜜璃さんにとってかけがえのない居場所なんです!そんな仲間が鬼に命を奪われるたびに蜜璃さんは怒りと悲しみで泣きながら体を震わせてるんですよ!」
楓子は唇を震わせながら叫ぶ。
「不死川様、あなたは見たことありますか?いつも笑顔の浮かぶ顔をくしゃくしゃの泣き顔にしながら亡くなった仲間と交わした手紙や思い出の品を抱いて悲しみに身を震わせる蜜璃さんを」
「ッ!」
楓子の気迫と言葉に実弥は息を呑む。
「何故蜜璃さんがいつも笑顔を浮かべてるかわかりますか?一緒に戦う仲間が不安を感じないように、安心させるために笑顔を浮かべ続けてるんですよ!鬼と対峙すれば自分だって不安も恐怖もあるのに、それを少しも顔に出さないんです!」
楓子の言葉に、楓子の鬼気迫る雰囲気に実弥以外の面々も息を呑む。
「自分が一匹でも多く鬼を狩れば、その鬼達に殺される人が減る、大切な人を失くす人も死ぬ仲間も減る、そんな思いを抱えて祈るように刀を振るってるんです、蜜璃さんは。そして、そんな蜜璃さんに私は命を救われた。天涯孤独な私に寄り添って姉のように愛情を注いでくれた。だから――」
激高していた声音を抑え、冷たく声を低くしながら楓子はさらに視線を鋭くして実弥を睨む。
「私は、私の前で『命の恩人』を貶す奴を許さない。私は私の前で『家族』を貶す奴を、例外なくぶち殺すと決めてるんですよ」
言いながら楓子は一歩踏み出す。
「それとねぇ、不死川様。あなたの言ったことはもう一つ間違ってるんですよ」
「あ、あぁッ!?何が間違ってるって言うんだァ!?」
楓子の言葉に実弥が訊き返す。
「先程あなたは、伊黒様と乳繰り合ってるとおっしゃいましたが……」
言いながら楓子は息を吸い込み。
「二人の仲は乳繰り合うほど進展してないんですよ!!」
「………は?」
楓子の怒声に実弥はその予想外の言葉に一瞬呆ける。
「いいですか?この二人は交際を始めてはや二年!結婚の約束までしているにも拘らずいまだに二人きりになれば赤面するし、逢引に出掛けても手を繋ぐだけで恥ずかしがってるような間柄ですよ!!初等学生かッ!!?」
「待て待て待て!!」
頭を抱え掻きむしる楓子に小芭内が思わず叫ぶ。
「お、おまッ!?今それは関係ないだろう!?」
「関係大アリですよ!!」
小芭内の問いに楓子はギロリと視線を小芭内に向けながら言う。
「お二人はそれはそれは…もう初等学生もかくやという清い交際をされているのに、例えそれがどこかの誰かさんがヘタレて尻込みしてるだけであっても!それを二人の関係をよく知りもしない偏見で、まるで爛れた淫らな関係のように言われるのは我慢なりません!!」
「馬鹿にしてるのかお前ッ!?」
小芭内のツッコミに、しかし、楓子は無視してさらに実弥に向けて一歩踏み出す。
「覚悟してください、不死川様……今からあなたを徹底的にぶちのめして、蜜璃さんと伊黒様の関係がいかに清く純真な関係か小一時間語って聞かせてわからせてやりますから」
「ッ!」
言ってる内容はさておき、その楓子の纏ってる雰囲気に実弥は身構え――
パンッ
「そこまで」
耀哉が手を打って言う。
「蜜璃と小芭内の関係について興味はあるけど、これ以上は待ったをかけさせてもらうよ」
「お館様……」
耀哉の言葉に楓子は視線を向ける。
「楓子、君の怒りはわかる。蜜璃に対する言葉は確かに少し実弥にも非はあった。しかし、実弥の言ってること自体は頷ける部分は多いと私は思う。それは、君自身も理解しているんじゃないのかい?少なくとも〝普段の〟君ならそのあたりのことを考慮して、もっと別の方法で禰豆子のことを証明できたんじゃないかな?」
「ッ!!」
耀哉の言葉に楓子は息を呑む。
「そして、実弥」
「はい」
「楓子の言動は確かに非があったかもしれない。それでも、激昂し彼女の師である蜜璃への言葉は些か言いすぎな部分はあったと思うよ」
「はい……」
実弥も耀哉の言葉に神妙に頷く。
「この諍いは一旦私が預からせてもらう。二人ともいいね?」
「「御意(はい)」」
耀哉の言葉に実弥と楓子は揃って頷く。
「では、話を戻そうか」
頷いた二人に微笑みかけた耀哉は口を開く。
「先程の楓子の証明で、少なくとも禰豆子が食人衝動に抗えることは分かった。でも、実弥の言う通り、用いた血が『稀血』である確証はない。楓子がそんなことをしないと私も思っているが、それが仮に『稀血』でないなら、人を襲わない証明とするには些か弱いと言わざるをえない」
「ッ!」
耀哉の言葉に楓子は唇を噛む。
「だから、改めてそれを証明するために――実弥」
「はい」
「君の血を少し分けてくれるかい?」
「御意」
耀哉の言葉に頷いた実弥は立ち上がり、抜いた刀で自身の左腕を軽く切る。傷口から赤い鮮血が浮かぶ。
「知っている者も多いかと思うけど、実弥の血は『稀血』だ。彼の血であればみんなの信頼性も厚いだろう……本当は注射器なんかで採取させてくれればそれでよかったんだけど……」
耀哉は苦笑いを浮かべて言う。
「お館様、失礼します」
実弥は断ってから畳の上に上がり
「どけェ」
「……はい」
楓子をギロリと睨み、頷いた楓子と入れ替わりに禰豆子の前に立ち、そのまま鮮血の浮かぶ左腕を禰豆子へ突き出す。
「ッ!?」
その突き出された腕、そこから滴る血に一瞬鼻息を荒くした禰豆子は、しかし――
「ウゥッ!」
プイッと実弥の差し出す腕から顔を背け、そっぽを向いた。
『ッ!!』
「どうかな?」
その光景に一堂息を呑む中、先程の楓子の証明の時と同様に耀哉が訊く。
「鬼の女の子はそっぽを向きました」
「目の前に血まみれの腕があったのに、我慢して噛まなかったです」
「そうか……」
ひなきとにちかの言葉に頷いた耀哉は
「これで、禰豆子が人を襲わないという証明にみんな納得できたね」
耀哉の言葉に実弥を含め、だれも反対する意見を言う者はいない。
「……炭治郎」
そのことに頷いた耀哉は炭治郎へ顔を向ける。
「それでもまだ、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければいけない、これから。炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てることを」
「……はい」
耀哉の言葉に炭治郎は頷く。
「十二鬼月を倒しておいで。そうしたら、皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」
「……はい!」
耀哉の言葉に炭治郎は大きく頷き
「俺は…俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します!!俺と禰豆子が必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」
真剣な顔でそう宣言し――
「今の炭治郎にはできないから、まずは十二鬼月を一人倒そうね」
「……はい」
ニッコリと微笑んだ耀哉の言葉にボッと顔を羞恥で赤く染めてか細い声で頷いた。
炭治郎と耀哉の言葉に柱の面々が数名笑いをこらえ身を震わせる中
「それじゃあ炭治郎の話はここまで。下がっていいよ」
「でしたら、竈門くんは怪我もしていますしお友達もいますので、蝶屋敷でお預かりしましょう」
と、耀哉の言葉にしのぶが手を挙げて言う。
「うん、お願いするよ」
「御意」
頷いた耀哉の言葉に返事したしのぶは
「では、隠の方、炭治郎くん達を連れて行ってください。姉さん達には話を通しておきますので」
と、控えていた隠――後藤と東城に言うと
「「はい!」」
大きく返事して立ち上がった二人は
「「前失礼しまァす!!」」
そのまま一礼の後に全力で駆け、炭治郎を抱えて走り去って行った。
「では、今回の柱合会議を始めよう」
その光景を見送った耀哉は言い
「――と、真菰と楓子もここまでで、下がっていいよ」
「御意!」
「……失礼します」
耀哉の言葉に真菰は大きく頷き、楓子は少し沈んだ声で答える。と――
「それと楓子、胸に血を付けたまま帰すのは忍びない。うちのお風呂で流していくといいよ。着替えは後で持って行かせるから」
「ですが……」
「いいから」
「……ありがとうございます」
耀哉の有無を言わせない声音に楓子は素直に厚意に甘えることにし、頷いた。
「それでは、お先に失礼いたします」
「……失礼します」
真菰と共にお辞儀した楓子は案内でやって来た輝利哉に連れられ、風呂場へと向かうのだった。
というわけで、柱合会議、炭治郎くん達の裁判決着です。
結果的に公認は勝ち取りましたが、楓子ちゃんにとっては苦い結果となりました。
この一連の流れを書いている時には「あぁこれきっと賛否わかれるだろうなぁ」と思いながら書いていました。
そしたら、案の定感想で色々なご意見をいただきました……(;^ω^)
さて、勘のいい読者の皆様はお気付きでしょう。
あれ?なんか楓子ちゃんらしくない……と。
そうです、らしくないんです!
きっといつもの楓子ちゃんならもっとうまく立ち回ったはずなのに!
彼女の身に何が起きているのか!?
そのあたりの事は次回触れていきますのでお楽しみに!
というわけで今回の質問コーナーです!
今回は蒼天さんからいただきました!……が、楓子ちゃんの前世で亡くなった時系列的にファンブック2とか画集は目にしていませんが、それに関するご質問だったので、このあとがきの質問コーナーのみで楓子ちゃんに渡して読んでもらっている、という事でお願いします。
――ファンブック2の「柱相関言行録」を読んでみた感想は?
楓子「(ファンブック2を読みながら……)はぁぁぁぁ?え、ちょ…はぁぁッ!?いやいやいや!しのぶさんバレバレですやん!いろんな方々察してらっしゃいますやん!?義勇さんへの周りの評価は案の定だし!!何より岩柱さんマジすげぇ!!ちょ、今すぐ飲み行きましょう!そして今後のしのぶさん達の恋愛模様についてご意見を!!」
――画集の書きおろしの中でお気に入りの1枚は?
楓子「炭治郎くん達が灯篭流し(?)をしてるやつですね。灯篭流しってご先祖様や亡くなった方への供養のための物ですから、きっと彼らはこの千年の間に鬼と戦った鬼殺隊の隊員達や鬼の被害者、もしかしたら鬼にされた人たちの事を弔ってるのかな、それを毎年やってるのかな、と思わせる一枚で、彼らの優しさと、決して表に出ないであろう鬼との戦いを生き残った彼らだけは決して忘れないんだなぁって思わせる一枚で、とてもいいと思います」
――「おばみつ」「ぎゆしの」以外のCPへの活動はどこまで進行中なのか?
楓子「ネタバレなので黙秘します!まあ今後の話の展開でおのずと明かされていくでしょうね。とりあえず今の所まだお互いが出会っていないCPもいますので……」
と、いうことでした!
本編に今後ファンブック2の内容を組み込んでいきますが、楓子ちゃん自身はこのあとがき時空のみでファンブック2で明かされた設定は知らないものとします。
というわけで今回はこの辺で!
次回もお楽しみに!
~大正コソコソ噂話~
蜜璃が亡くなった仲間たちを悼んで涙している時、楓子はわざといつも以上におどけたり蜜璃に甘えたり、蜜璃が小芭内と交際するようになってからは小芭内をいじって見せたりして蜜璃の気持ちを哀しみからそらすようにしています。小芭内も楓子の真意に気付いているのでこの時は普段通りツッコミはするものの本気で怒ったりはしません。そんな二人の気持ちに蜜璃も気付いており、二人にとても感謝しています。