恋柱の継子、人の恋路に世話を焼く   作:大同爽

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最新話!
今回は楓子ちゃんも出ますがメインはかまぼこ隊の蝶屋敷でのお話です!






恋37 かまぼこ隊と蝶屋敷

○善逸の場合

 

 

 

 

「そう言えば善逸くん、ちょっと気になってたんだけどね」

 

「はい?」

 

 ある日の午後、特訓中のこと。一区切りついたことで休憩することになった善逸達だったが、水分補給をしていた善逸に真菰が声をかける。

 

「善逸くんと初めて会った時のことなんだけどね」

 

「俺は普通の恋愛観ですから!!女の子が好きですから!!」

 

「うん、そっちじゃないよ」

 

 真菰の言葉に善逸が震えながら叫ぶが真菰は笑って顔の前で手を振って否定し、

 

「あ、でも今の言葉はちょっと関係してるかも」

 

「へ?」

 

 続いた言葉に真菰は首を傾げる。

 

「ほら、善逸くんって女の子は好きだし……うーん、なんと言うかな……」

 

 真菰は善逸の言葉に答えながら、なんと言ったものかと言葉を選びながら少し考え

 

「うん。ほら、善逸くんって女の子のことに関しては節操ないじゃない?」

 

「言葉選んでそれですか!?」

 

「いや…いい意味で、よ?」

 

「節操ないことにいい意味もないでしょ!!?」

 

 苦笑いで言う真菰に善逸がツッコむ。

 

「まあそれは置いておいて、善逸くんってどの女の子も恋愛対象に見てると思うんだけど」

 

「い、いや…どの女の子もってことは……」

 

「え?でも昨日病室で……」

 

 

 

 

 

『カナエさぁ~ん!この薬苦いですよぉ~!無理ィ!こんなの飲めませんよぉ~!』

 

『あらあらぁ~?でもこれ飲まないと元気になれないわよ?』

 

『でもでもォ~!!』

 

『ほらほら、頑張れ頑張れ善逸くん♪』

 

『うぅ~……よ、よし!ングッングッングッ!ぶへぇ!苦いぃぃぃッ!!』

 

『うんうん、偉い偉い。ちゃんと飲めて偉かったねぇ~。よしよし』

 

『うぇへへへ~』

 

 

 

 

 

「――ってカナエさんによしよしされてだらしなく笑ってたし、その前には……」

 

 

 

 

 

『すみちゃん、きよちゃん、なほちゃん!重そうな荷物だねぇ~!俺手伝うよ~!』

 

『あ、善逸さん』

 

『大丈夫ですよ、これくらい』

 

『それに療養されている方に手伝っていただくわけには』

 

『ダイジョブダイジョブ~!いつもお世話になってるからそのお礼だよぉ~!』

 

 

 

 

 

「――って、だらしない顔ですみちゃん達の仕事手伝ってたり、他にも……」

 

 

 

 

 

『アオイちゃ~ん!体が痛むからまた揉んでほしいなぁ~!』

 

 

 

『カナヲちゃ~ん!今暇?お茶しな~い?』

 

 

 

 

 

「――って、アオイちゃんやカナヲちゃんにもちょっかいかけてたし」

 

「ぜ、全部見られてた!?」

 

 真菰の言葉に善逸が驚愕の声を上げる。

 

「あ、一応言っておくと善逸くんはもうちょっと感情を顔に出さないようにするといいと思うよ。どの時もだらしなぁく笑ってて下心が丸見えだったから、女の子的にはそう言うのってたとえどんなに親切にしてもらっても逆に好感度は下がるよ?」

 

「うッ!――ま、まあそれは置いておいて!それで何が訊きたいんでしょうか!?」

 

 これ以上は精神的ダメージがデカいと感じた善逸は慌てて話を戻す。

 

「ああ、うん。それで気になったんだけど、そんなに女の子大好きな善逸くんが何でふうちゃんはナシなのかなぁって」

 

「あぁ~……」

 

 真菰の言葉に善逸は納得した様子で頷きながら頬を掻き

 

「なんて言うか、別に楓子さんがナシってわけじゃないですよ?楓子さん美人だし、頭いいし、優しいし、料理上手だし……おっぱい大きいし

 

「うん、そうだね」

 

 善逸は言いながら最後にボソッと付け加える。真菰も聞こえてはいたがそれ以上は追及せずに頷く。

 

「でも、だったらなんでこの間私と初めて会った時に微妙な反応してたの?」

 

「ん~…なんて言うんですかねぇ……」

 

 真菰の問いに善逸は腕を組んで考え言葉を選び

 

「確かに楓子さんって女の子としても人としても凄い人だし尊敬もしてるんですが……その……」

 

 言いずらそうに言い淀んでから善逸は頬を掻き目を逸らし

 

「怒らせると怖そうって言うか、この間も逃げたら斧振り回して追ってきて、隠れてた部屋の扉を叩き割って……なんかそう言うハチャメチャなところが修業時代のじいちゃん…おれの師匠とダブるところがあって……しかも楓子さんは人間の身体について詳しいから特訓も俺らの体力ギリギリ超えるキツさの内容を狙って組んでくるところとかうちの師匠よりもタチが悪いって言うか……」

 

「でも人間、自分の限界を超えなきゃ成長できないと思うよ」

 

「いや、そうかもしれませんけど……って、え?」

 

「あ、ふうちゃん」

 

「やはろ~」

 

 突如会話に加わった声に善逸が顔を上げると、そこには笑顔で手を振る楓子が立っていた。

 

「な、なななッ!なんで!?」

 

「うん、ちょっとね~」

 

 驚愕し震える善逸に楓子は笑顔で答える。

 

「でもそっかぁ~。せっかく善逸くん達の為にと思って組んでた特訓内容もタチが悪かったかぁ~」

 

「い、いや、それは……」

 

「なんてね♪」

 

 楓子がヨヨヨッと泣きまねをしながら言う言葉に善逸が慌てふためくがそんな善逸へペロッと舌を出しながら楓子が笑う。

 

「大丈夫大丈夫、怒ってないから。まあ今はキツいかも知れないけど確実にこの特訓は君の身になってるから頑張って」

 

「は、はい……」

 

 ニッコリ微笑む楓子の言葉に善逸は恐る恐る頷く。と――

 

「あれ?楓子さん?」

 

「んだ?今日は来れねぇんじゃなかったのかよ?」

 

 楓子がいることに気付いた炭治郎と伊之助も側にやって来る。

 

「うん、実はそのつもりだったんだけどね。ちょっち問題があってね」

 

「問題?」

 

 伊之助の問いに頷いた楓子に真菰が訊く。

 

「実は今日私が君たちの特訓から離れてたのはカナエさんと一緒に今後隊士の人達に使ってもらえるような、美味しく食べられて疲労回復できる食品の開発をしてたからなの。簡単に言えば疲労回復効果のある薬品をお菓子に混ぜて美味しく食べながら疲れもとれる、みたいなの」

 

 真菰の問いに頷きながら答えた楓子は四人に視線を向け

 

「でも、午前中に作ったその試作品のおはぎがついさっき確認したら一個足りなくなってたの」

 

「それって私がお昼に味見してほしいって言われたアレ?」

 

「そうそれ」

 

 真菰の言葉に楓子は頷く。

 

「それでまあ、誰かが勝手に食べちゃったんじゃないかなぁって思ってこうして確認しに来たんだけど……三人は何か知らないかな?」

 

 楓子が訊くが炭治郎達三人は首を振る。

 

「……これは最終通達だから。自分で名乗り出たら怒らないで上げるよ?」

 

 楓子が再度言うが誰も名乗り出ない。

 

「………はぁ、残念だよ」

 

 そんな光景に楓子はため息をつき

 

「じゃあ三人とも、ちょっと全集中の呼吸してみてくれる?」

 

「え?」

 

「全集中の呼吸、ですが?」

 

「んだよ、藪から棒に」

 

「いいからいいから」

 

 楓子の言葉に三人が首を傾げるが楓子はニコニコと微笑んで促す。

 

「「「…………」」」

 

 炭治郎達三人は首を傾げながら頷き揃って息を整えそれぞれの全集中の呼吸を行う。

 

スゥゥゥゥゥ……

 

シィィィィィ……

 

コォォォォォ……

 

 三人の呼吸音が数秒続き

 

「ん、もういいよ」

 

「「「ぷはぁッ!!」」」

 

 楓子の声に三人が苦しそうに息をつく。

 

「うんうん、だいぶ修行の成果が出てるね!まだ少し苦しそうだけどだいぶ全集中の呼吸を維持できてる!これは常中を習得するのももうすぐかもね!」

 

 そんな三人の成長具合に嬉しそうに微笑む楓子。

 

「はぁ…はぁ…そ、それはいいんですけど……」

 

「い、今のに何の意味があんだよ……?」

 

「な、無くなったおはぎと何か関係があるんですか……」

 

 少し上がった息を整えながら三人は楓子に訊く。

 

「大いにあるよ。これでおはぎを盗んだ犯人が分かったよ」

 

「「「えぇッ!?」」」

 

 楓子が笑顔のまま言った言葉に三人が驚きの声を上げる。

 

「ど、どういうことふうちゃん!?今の呼吸で一体何が分かったの!?」

 

 真菰もわけがわからない様子で訊く。

 

「さっきも言ったけど、無くなったおはぎは新たに開発中の物で疲労回復用の薬が混ぜたあった。でも、これはあくまで開発中の未完成品。もちろん人体に悪影響はないけど、一つだけ副作用があってね」

 

「副作用?」

 

 楓子の言葉に真菰が訊き返す。炭治郎達三人も首を傾げる。

 そんな四人を見ながら楓子は微笑み

 

「実はね、その薬を少しでも摂取した人間が全集中の呼吸を使うと、鼻の頭に血管が浮き出るんだよ」

 

 言いながら自身の鼻の頭を手で撫でた楓子の言葉に

 

「ええッ!?」

 

 真菰は驚いて鼻を触り

 

「ッ!?」

 

 善逸が息を飲み自身の鼻を触り

 

「へ~」

 

「ほぉ~ん」

 

 炭治郎と伊之助は頷くだけだった。

 その光景に楓子はニヤリと笑う。そんな楓子に慌てた様子で真菰は鼻を抑えたまま訊く。

 

「そんな、嘘でしょふうちゃんッ?」

 

「ええ、嘘よ」

 

 と、真菰の問いに楓子はケロリと答え

 

「でも――」

 

 言いながら真菰から視線を外し不敵に笑った楓子は

 

「間抜けは見つかったようだね?」

 

 善逸へ視線を向ける。楓子の視線を受けた善逸は

 

「はッ!」

 

 自分が楓子に騙されたことに気付き鼻を触ったまま驚きの表情で固まる。

 

「ふうちゃん、なんで善逸くんが犯人だって分かったの?」

 

「いいや、わかってなかったよ」

 

 真菰の問いに楓子は首を振る。

 

「でも、カナヲちゃん達は盗み食いするような子じゃないから除外して、今ここに逗留してる中で元気に歩き回れるレベルに回復してるのはここにいる三人のみ。さらに、聞けば私の特訓が始まる前に善逸くんには饅頭を盗み食いした前科がある。このことから一番の容疑者はこの三人、その中でも善逸くんが容疑者筆頭だったわけよ」

 

「な、なるほど……」

 

 楓子の言葉に納得したように頷いた真菰を見ながら楓子は

 

「さぁてと……」

 

 グリンと善逸に視線を向ける。

 

「さっきも言ったけど、最終通告で名乗り出なかった善逸くんには盗み食いの罰を執行するよ?」

 

「ヒッ!?」

 

 楓子の口元は微笑んだまま冷たい瞳でいるような視線で向けられた善逸は小さく悲鳴を上げ

 

「さぁ、覚悟はいいかなぁ、善逸くん?」

 

「ッ!?」

 

 楓子が言いながら一歩、善逸の方に踏み出した瞬間バッと飛びのくように善逸は

 

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁいッ!!!」

 

 悲鳴を上げながら一目散に逃げて行った。

 

「……フフ、そう?窃盗罪に加えて逃亡罪、罪を重ねるわけだね、善逸くん?」

 

 そんな善逸の背中に楓子はニヤリと微笑み

 

「まこちゃんはこのまま引き続き炭治郎くんと伊之助くんと特訓を続けてて」

 

「え?う、うん…いいけど……ふうちゃんは?」

 

「私は……」

 

 言いながら楓子は自身の首に手を当ててゴキゴキッと鳴らしながら不敵に笑い

 

「ちょっと童心に帰って鬼ごっこしてくるわ」

 

 

 

 ○

 

 

 

「――ってことがあってね、その後延々と楓子さんに追い回された挙句疲れてヘトヘトの上にあれこれ力仕事やら雑用をさせられて散々だったよ。おかげでその夜は夕ご飯の後はベッドに入ったらすぐにぐっすり」

 

 と、ため息をつきながら善逸は床に腰掛け隣に置かれた木の箱に向かって話しかける。

 

「でも、昨日のそれでわかったけど、やっぱり俺も、炭治郎達もこの特訓でかなり力がついてるよ。前までの俺だったら全集中の呼吸を維持したままあんなに長く楓子さんから逃げるなんてできなかっただろうし。最初はこんな重たい甲羅背負わされて何の冗談かと思ったけど、ちゃんと身についてたんだ。楓子さんの特訓はしんどいことが多いし楓子さん自身はハチャメチャだけどさ、そのお陰でできなかったことができる様になって、やっぱりそれは嬉しいよね」

 

 話しかけながら善逸は嬉しそうに微笑む。

 

「炭治郎は俺をずっと励ましてくれたよ。いいお兄ちゃんだねぇ禰豆子ちゃん」

 

 言いながら箱に視線を向けると

 

――カリカリカリ

 

 善逸の隣の箱の中から引っ掻くような音が聞こえてくる。

 そんな反応に善逸は嬉しそうに微笑み

 

「あ、そうだ!この間綺麗な花の咲いてる場所を見つけてね!今度一緒に行こうね!」

 

 優しい声音で箱――禰豆子へ語り掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○伊之助の場合

 

 

 

 

「はい、あ~ん」

 

「あ~ん」

 

 カナエの言葉に伊之助は素直に口を大きく開ける。

 ここは蝶屋敷の中の一室、診察室である。

 伊之助は現在那田蜘蛛山で追った怪我の経過を見てもらっているのだ。

 

「ふむふむ……」

 

 伊之助の大きく開けた口の中を覗き込んだカナエは奥までジッと視線を巡らせ

 

「うん、喉の炎症も治まってるし、声も正常に出てるね。もう食事は通常食に戻して大丈夫かな。どう?喉に違和感とかない?」

 

「おう!ピンピンしてらぁ!」

 

 カナエの問いに伊之助は胸を張って言う。

 

「うんうん、他の怪我も回復してるし問題なし」

 

 そんな伊之助の言葉に頷いたカナエは脇の机の上の書類に何かを書き込み

 

「でも、治ったとは言え無理は禁物。まだ完治してないところもあるだろうから特訓も楓子ちゃんの指示に従って取り組むこと、いい?」

 

「へん!俺様ならそんなもん――」

 

「こ~ら」

 

 自信満々に胸を張る伊之助の額を指でついてカナエが微笑む。

 

「自信があるのはいいけど、楓子ちゃんから聞いてるわよ。特訓では体を休める時間も大事だから一日休みにしてる日もあるのに身体休めずに裏山で暴れまわってるって。しのぶからもそれで怒られたんでしょ?」

 

「むゥ……」

 

 カナエの指摘に伊之助が突かれた額を擦りながら不満げに声を漏らす。

 

「で、でも俺は強ぇから休みなんて必要ねぇ!」

 

「もう、君がいくら強くても無限に戦えるわけじゃないのよ。戦えない私の分まで君には頑張ってほしいからちゃんと休める時に休んでほしいな」

 

「あん?どういうことだよ、戦えねぇって?」

 

 カナエの苦笑いでの言葉に伊之助が訊く。

 

「……私ね、前は君達と同じで隊士として戦ってたの」

 

 伊之助の問いにカナエは微笑みながら言う。

 

「でも、四年前に会った上弦の弐の使う血鬼術で肺を負傷してね、全集中の呼吸を使えなくなったの」

 

 言いながら自身の胸を右手で抑えるカナエ。

 

「日常生活を送る分には問題ないんだけどね、やっぱり鬼と渡り合うには全集中の呼吸なしでは難しいわ。だから今はこうしてここで傷ついた隊士の治療を専門にしてるの」

 

「…………」

 

 カナエの言葉に伊之助は無言でジッとカナエの顔を見つめる。

 

「だからね、君やそのお友達には頑張ってほしいの。私ができない分、たくさんの人達を守る役目を。私はその分、戦って傷ついた伊之助くん達を治すから。適材適所ってことね」

 

「テキザイテキショ……」

 

 カナエの言葉に、伊之助は初めて聞いた言葉をオウム返しする。

 

「そう。例えばさっき言ったように私は昔負傷した怪我が原因で戦うことはできない。でも私には医学の知識があるから怪我をした人を治療することができるわ。逆に伊之助くんは強いから鬼とも戦える。じゃあ私のように怪我をした人を治すことは?」

 

「……できねぇ」

 

 カナエの問いに伊之助は答える。

 

「私にできないことをできる伊之助くん達がやって、伊之助くん達ができないことを私がやるの。それが適材適所よ」

 

「ほぉん……」

 

 カナエの言葉に伊之助は納得した様子で頷き、「テキザイテキショ……」と覚える様に呟き

 

「へん、いいぜ!俺様は強ぇからな!お前の分まで俺が戦ってやるよ!!」

 

「フフ、ありがとう」

 

 伊之助の言葉にカナエは嬉しそうに微笑む。

 

「じゃあ、私の分まで頑張るなら、余計に休める時に休んで万全の体調にしないとね。休める時に休むのも強い人の必須能力よ。強い人はみんな休める時に休んで英気を養ってるわ」

 

「へッ、わかったぜ!俺様は強ぇからな!ちゃんと休むぜ!」

 

「フフ、約束ね」

 

 言いながらカナエは伊之助の右手を取り、その小指に自分の右手の小指を絡め

 

「指きりげんまん♪約束ね」

 

 言いながらカナエの微笑に

 

「………(ほわぁ)」

 

 伊之助は胸に溢れるほわほわとした感覚を覚えながら、同時に別の感覚も感じる。

 それはまるで随分前に会ったことがあるようなどこか懐かしいような不思議な感覚で――

 

「じゃあ、今日の診察はこれでおしまい」

 

 自身の胸中に渦巻く不思議な感覚に一人首を傾げる伊之助を他所に机の上の記録を書き終えたカナエは再び伊之助に向き直り

 

「これ、アオイに渡してくれる?あなたの診断結果と食事を通常食にすることを書いてるわ。今の時間なら昼食の準備で調理場にいると思うから」

 

「アオイ?」

 

 カナエの言葉に伊之助は思考を中断して訊く。

 

「ほら、あなた達の機能回復訓練もしてる、髪をこうやって二つ括りにしてる子よ」

 

「あぁ……」

 

 言いながら自身の髪を頭の両脇で手で括るようにして見せる。そのジェスチャーに合点がいったように頷き

 

「あぁん、待てよ」

 

 と、そこで何か引っかかった様子で口を開く。

 

「おい、そいつがこの家で料理してんのか?お前やしのぶじゃなくて?」

 

「え?ええ、そうよ。この蝶屋敷での食事は療養の為に泊ってる人の物も含めてアオイが主に担当してるわ」

 

「そうか……」

 

 カナエの言葉に伊之助は何か考え込む様に頷き

 

「これをそのアロイってやつに渡せばいいんだな!」

 

「アオイね」

 

 意気揚々と立ち上がった伊之助は猪の被り物を被り、カナエの差し出す紙を掴み、ずんずんと歩いて行く。

 

「また明後日に経過を見る診察するからまたちゃんと来てね~」

 

「おう!」

 

 カナエの言葉を背に受けながら伊之助は診察室を後にしたのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「おうおうおう!お前がアライだな!!」

 

「ッ!?」

 

 台所で昼食の準備をしていたアオイは背後から聞こえた声にビクリと体を震わせ振り返る。そこには台所の入り口で伊之助が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「い、いや…私アオイです……初めて会った時にも私ちゃんと自己紹介したはずですが?」

 

「知らねぇッ!それより、カナエの奴からこれをお前に渡せって言われたから持ってきたぞ!」

 

 アオイがため息混じりに言った言葉を一蹴し伊之助はカナエから渡された紙をアオイに差し出す。

 

「そうですか」

 

 伊之助の言葉に頷き紙を受け取ったアオイはザッと視線を巡らせ

 

「……なるほど、あなたの喉の経過は良好。今日から通常食にする、と」

 

 ブツブツ呟きながら紙を見つめ

 

「(ジ~……)」

 

 そんなアオイを伊之助が腕を組んで食い入るように見つめる。

 

「…………」

 

「(ジ~……)」

 

「…………」

 

「(ジ~……)」

 

「……あ、あの」

 

 と、伊之助の視線――と言っても猪の被り物のせいで視線はわからないが明らかに自分を見ている圧のある様子――に耐えかねたアオイは顔を上げる。

 

「ジロジロと何ですか……?」

 

「…………」

 

 怪訝そうなアオイの言葉に組んでいた腕をほどいた伊之助は両手でビシッとアオイを指さし

 

「今まで騙されてたぜ!お前がこの家で一番偉い奴だったんだな!!」

 

「………はぁ?」

 

 伊之助が言った言葉にアオイはわけがわからず怪訝そうな顔で首を傾げる。

 

「いえ…あの、言ってる意味が分かりませんが……私がこの蝶屋敷で一番偉い?」

 

「しらばっくれても無駄だぜ!俺様にはお見通しだ!!」

 

 自信満々に胸を張る伊之助は言う。

 

「前にぷー子の奴が言ってたぜ!その家で一番偉くて強いのは調理場を任されてる奴だってな!そしてさっきカナエから聞いたぞ!この家で調理場任されてるのはお前だってなァッ!!」

 

「え~っと、とりあえずいろいろ気になりますが、その〝ぷー子〟さんっていうのはどこのどなた何でしょうか?」

 

「あぁん!?何言ってやがんだお前!?ぷー子っていやあ〝おみくじぷー子〟以外に誰がいるって言うんだ!?」

 

「おみくじ…ぷー子……?」

 

 伊之助の言葉にアオイは少し考え

 

「あッ!もしかして楓子さんのことですか!?」

 

「だからそう言ってんだろうが!!」

 

「いや、言えてなかったですよね!?」

 

 伊之助の言葉にアオイはツッコむ。しかし、それを気にした様子無く続ける。

 

「とにかく!お前がここで一番偉くて強いってことはもうわかってんだ!観念して認めやがれ、ヨロイ!!」

 

「アオイです!」

 

「モアイ!!」

 

「アオイですって!!」

 

「オモイ!!」

 

「重くないです!!軽いですから!!」

 

「カルイ!!」

 

「そう言う意味じゃなくて!!あぁ~もう!!」

 

 伊之助との問答に頭を抱えたアオイは大きくため息をつき

 

「とにかく、私は偉くも、ましてや強くもありません。それどころかあなたたちに比べたら私なんて大したことはありません。蝶屋敷の仕事をしてるのも、こうして調理場に立っているのだってそれくらいしかできないからです。最終選別でも運よく生き残っただけで、その後は恐ろしくて戦いに行けなくなった腰抜けですので……」

 

 そっと俯く。

 そんなアオイを見つめながら伊之助は

 

「何言ってんだお前?」

 

 首を傾げながら言う。

 

「で、ですから、私は鬼が怖くなって戦えない腰抜けで――」

 

「怖ぇもんから逃げるのは当たり前だろうが」

 

「え……?」

 

 伊之助の言葉にアオイは呆けた顔をする。

 

「兎は狐に喧嘩売らねぇし、鼠は蛇に会わねぇように避ける。山じゃ怖いもんに会わねぇようにするのは当たり前だ」

 

「で、ですがあなたは鬼と戦っているじゃないですか!」

 

「はんッ!俺は強ぇからなぁ!!怖いものなんかねぇし鬼なんかに負けねぇよ!!」

 

 胸を張って言う伊之助は

 

「だいたい、最強の俺様よりお前が弱いのなんざ当たり前なんだよ!そんな事ウジウジ言ってんじゃねぇぞ!!」

 

「ムッ……!」

 

 伊之助の言葉にアオイはカチンときた様子で眉をしかめるが、すぐにため息をつき

 

「はいはい、わかりました!だったらそんな弱い私なんかほっといてあなたはせいぜい特訓でさらにお強くなったらいかがですか!?」

 

「おうよ!!だから戦いは俺に任せてお前はお前にしかできないことやりゃいいんだよ!!」

 

「え……?」

 

 皮肉を込めて言った自身の言葉への伊之助の返事にアオイは再び呆けた顔をする。

 

「俺は戦うことはできても美味い飯は作れねぇからな!!お前の作った飯食って俺様がお前の分まで戦ってやるよ!!カナエの分まで戦うって約束したからな、お前ひとり分増えようが強ぇ俺様には何の問題もねぇ!!こういうのを〝敵対敵将〟って言うんだってな!!」

 

「………もしかして、〝適材適所〟ですか?」

 

「それだそれだ!!」

 

「…………」

 

 言いながら笑う伊之助にアオイは唖然とする。

 この猪頭の少年、口は悪いがどうやら自分のことを悪く言うつもりはなく、むしろ褒めている節もあることに思い至ったアオイは

 

「……プッ、なんですかそれ?」

 

 思わず吹き出してしまう。と、そこで――

 

――グゥギュルルルルルゥ~

 

 伊之助のお腹が大きく鳴る。

 

「飯の話したら腹減った!!昼飯はまだか!?」

 

「はぁ…今まさに作ってますよ」

 

 そんな伊之助の言葉にアオイは苦笑いで答え

 

「あ、そうだ!思い出しましたよ!楓子さんからあなたは盗み食いの常習犯だって聞いてますよ!」

 

 と、ポンと手を打って言う。

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

 言いながらアオイは厨房の中をあれこれ歩き回りゴソゴソと数分作業し

 

「はい、どうぞ」

 

 伊之助に向けて小さな丸いお盆を差し出す。

 お盆の上にはおにぎりが二つと漬物が添えられていた。

 

「……なんだこれ?」

 

「作ってる途中で盗み食いされて料理の邪魔をされちゃたまりませんからね、それで間を持たせてください」

 

 言いながらアオイは伊之助との会話で中断していた昼食の準備を再開する。

 

「今日からあなたも普通食を食べられますし、これからお腹が空いたときはそのお盆にあるものを食べてください。このお盆はあなた専用にしますのでこれに乗ってるものはいつでも食べていいですから。だから今後は盗み食いはやめてくださいね」

 

「……(ほわぁ)」

 

 アオイの言葉にお盆とアオイの顔を交互に見ながら伊之助は自身の胸にほわほわとしたどこかむず痒い気持ちが溢れているのを感じる。

 

「さ、昼食ができるまでまだ時間がかかりますから、それ食べてどこかで時間潰してきてください」

 

「……おう」

 

 アオイの言葉に素直に頷いた伊之助は猪の被り物をずらしておにぎりを頬張る。

 その味は以前に食べた楓子の物よりも暖かく優しい味がした気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○炭治郎の場合

 

 

 

 

「お~い、カナヲ~!」

 

 ある日の昼下がり縁側に座っていたカナヲに庭から炭治郎が笑顔で駆け寄って来る。

 カナヲはそれに返事をしないまでもいつもの仮面のような笑みで視線を向ける。

 

「こんなところにいたんだな!何してたんだ?日向ぼっことか?」

 

「…………」

 

 炭治郎の問いには答えずカナヲはただ黙ってニコニコ座っているだけだ。

 

「……そうだ!実はカナヲを探してたのは楓子さんからお菓子を貰ってさ!カナヲにもあげてくれってたくさんもらったんだ!だからよかったら一緒に食べないか?」

 

「…………」

 

「え~っと……」

 

 ニコニコしたまま返事をしないカナヲにどうしたものかとまごつく炭治郎。

 そんな炭治郎の前で数秒黙ったまま座っていたおもむろに立ち上がり歩き始める。

 

「あ……」

 

 それは言外に一緒に食べないという断りだと理解した炭治郎は少し残念そうに頷き

 

「そっか、じゃあカナヲの分はカナエさんにでも渡しておくよ!なんか『くっきい』?とか言う外国のお菓子らしいんだけど」

 

「ッ!」

 

 と、炭治郎が言ったところでそれまで一切反応のなかったカナヲが歩を止め勢いよく振り返る。

 

「ど、どうかした?」

 

 そんなカナヲの様子に驚きながら訊くと、足を止めていたカナヲはそっと右手を出し

 

 キンッ

 

 取り出したコインを弾く。

 

「???」

 

 炭治郎の位置からはカナヲが何を弾いたのかは見えなかったが上空に上がったそれはクルクルと回転しながらそのままカナヲのもとに落ちてくる。

 それを受け止めたカナヲは手の中のそれを確認し

 

「…………」

 

 無言のまま、しかし、どこか足早に戻ってくると、そのまま先程まで自分が座っていた縁側に腰を下ろす。

 

「え~っと……た、食べるってことなのかな?」

 

「…………」

 

 炭治郎の問いにカナヲは変わらぬ笑顔で頷く。

 

「そ、そっか!じゃあ一緒に食べよう!」

 

 そんなカナヲに炭治郎は気を取り直して言うとカナヲの隣に腰掛け、手に持っていた手拭いを開く。そこには計10枚のクッキーが乗っていた。

 

「はい、カナヲの分!」

 

 言いながら炭治郎は手拭いの上で5枚ずつに分けてカナヲの方に差し出す。

 

「…………」

 

 コクンと頷いたカナヲはその片方の五枚を取り、左手を皿にして並べて右手で一枚摘み口に運ぶ。

 クッキーに口を付けたカナヲはそのままリスが木の実を齧るようにサクサクと食べていく。

 その雰囲気はいつもよりも幾分か柔らかい気がした炭治郎は思わずぼんやりと眺めてしまう。

 

「……?」

 

「あッ!ご、ごめん!じっと見てたら食べづらいよな!」

 

 そんな視線を不審に思ったのか小首を傾げるカナヲに炭治郎は慌てて視線を外して謝る。

 

「…………」

 

 そんな炭治郎の様子に特に何も言わずカナヲはクッキーを食べるのを再開する。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「え~っと……」

 

 数秒無言の時間が流れ、少し居心地が悪くなった炭治郎はクッキーを齧りながら視線を巡らせ

 

「そ、そう言えば!この間のしのぶさんの婚約、改めておめでとう!」

 

 と、話題を見つけた炭治郎はカナヲに微笑みながら言う。

 

「しのぶさんと初めて会った時は冨岡さんとは喧嘩してるみたいだったけどお互い相手のこと想いやってるみたいな匂いで不思議だったんだけど、この間のあれを見たら合点がいったよ。あの時のあれはしのぶさんが義勇さんのこと思ってこその喧嘩だったんだなぁ」

 

「…………」

 

 炭治郎の言葉にカナヲはニコニコとしたまま答えない。ちなみにクッキーはいつの間にか完食していた。

 

「あと、改めて少しいろいろ考えちゃったんだ」

 

 そんなカナヲの様子に気にすることなく炭治郎は続ける。

 

「藤の花の家紋の家でお世話になってる時も花嫁行列見かけたり、今回の冨岡さんとしのぶさんの婚約でも、なんて言うか禰豆子にもいつかそう言う日が来るのかなぁって。でも、そのためには今の鬼のままじゃそれも……」

 

「…………」

 

 言いながら炭治郎は少し寂しそうに遠くを見つめる。

 カナヲも黙ったまま炭治郎の顔を見つめる。

 

「禰豆子が人間として幸せになれる様に俺が頑張らないとって改めて思ったんだ!」

 

 そう言ってカナヲに微笑みかける炭治郎。

 

「カナヲはどうだ?」

 

「……?」

 

 炭治郎の問いにカナヲは小首を傾げる。

 

「カナエさんに聞いたけどカナヲのことを妹みたいに家族の一員としてずっと可愛がってきたって。カナヲにとっても家族同然だったなら、姉同然のしのぶさんの結婚には何か思うところあったのかなってさ」

 

「…………」

 

「えっと……」

 

「…………」

 

 炭治郎の問いに答えずただニコニコ座っているカナヲにオロオロと汗をかく炭治郎。と――

 

「…………」

 

「ッ!」

 

 スッとカナヲが右手を出す。その手には『表』と刻まれて硬貨が乗せられていった。そのことに炭治郎がわけがわからず見つめる中でカナヲはその取り出した硬貨をキンッと弾く。

 クルクルと回転しながら宙を舞った硬貨はそのまま落ちてきて、カナヲの手の中に納まる。そっと手を外すとカナヲの左手の甲にあったそれには『裏』と刻まれていた。

 

「…………」

 

 それを確認したカナヲはゆっくりと顔を上げ炭治郎に視線を向けると

 

「うん、師範の結婚は喜ばしいことだと思う。私にとっても師範…しのぶさんは師としてだけじゃなくて家族だから、嬉しい…と、思う」

 

 と、ニッコリと微笑んで頷く。

 そんなカナヲの様子に炭治郎は

 

(喋ってくれた!)

 

 パァァッと顔をほころばせる。

 そのまま続いて興味津々そうにカナヲが先程の硬貨を握る右手を指差しながら

 

「今投げたのは何?」

 

「…………」

 

「お金?」

 

「…………」

 

「表と裏って書いてあったね」

 

「…………」

 

「なんで投げたの?」

 

「…………」

 

「さっきも投げてたのはそれ?」

 

「…………」

 

「あんなに回るんだね」

 

「…………」

 

 黙っているカナヲに構わず矢継ぎ早に言う炭治郎の様子に根負けしたのか、カナヲが口を開く。

 

「指示されてないことはこれを投げて決めるの。さっきはあなたと一緒にクッキーを食べるかを、今はあなたの問いに答えるかどうか決めたの。『答えない』が表、『答える』が裏だった。裏が出たから答えた」

 

「…………」

 

 カナヲの返答に少し考えた炭治郎は

 

「なんで自分で決めないの?」

 

「…………」

 

「カナヲはどうしたかった?」

 

 炭治郎の問いにカナヲはニコニコとした笑みのまま

 

「どうでもいいの。全部どうでもいいから自分で決められないの」

 

 そう答えた。

 カナヲの返答に炭治郎はキョトンとした顔で

 

「この世にどうでもいいことなんて無いと思うよ」

 

 そう言った。

 

「それに、カナヲにとっても全部どうでもいいことばかりじゃないんじゃないかな?」

 

「え?」

 

 続いた炭治郎の言葉にカナヲは訊き返す。

 

「だって、本当に全部どうでも良かったらさっき俺が〝くっきい〟のことを言った時も足を止めないだろう?」

 

「ッ!?」

 

 炭治郎の指摘に今まで気付かなかった自身の無意識の行動に息を飲むカナヲ。

 

「きっとカナヲは心の声が小さいんだろうな。う~ん……指示に従うことも大切なことだけど……」

 

 そんなカナヲの様子に気付かずに炭治郎は腕を組んで考えこみ

 

「あ、そうだ!」

 

 何かを思いついた様子でポンと手を打ち

 

「それ、貸してくれる?」

 

 カナヲが手に持つ硬貨を指さして言う。

 自身の無意識の行動に困惑していたカナヲは

 

「えっ?あ、うん……あッ」

 

 思わず頷いてから思わず驚き声を漏らす。しかし、そんなカナヲの困惑に気付かないまま炭治郎は

 

「ありがとう!」

 

 ニッコリと微笑んでカナヲから硬貨を受け取り立ち上がる。

 そのまま少し歩を進めた炭治郎はカナヲに向き直り

 

「よし!投げて決めよう!」

 

「何を?」

 

 意気揚々という炭治郎の言葉にカナヲが訊く。カナヲの問いに炭治郎は

 

「カナヲがこれから、自分の心の声をよく聞くこと!」

 

 朗らかに微笑んで答えながらキンッと硬貨を親指で弾く。

 慣れない炭治郎の弾いた硬貨は高々と舞い上がる。

 

「うわッ!?高く飛ばしすぎた!!」

 

 その高さに慌てた炭治郎は声を上げ

 

「表!表にしよう!表が出たらカナヲは心のままに生きる!」

 

 そう声高に宣言する。

 カナヲも茫然と舞い上がった硬貨の行方を目で追い

 

――ビュウ!

 

 突如風が吹く。

 

「わッ!?あれッ!?どこ行った!?」

 

 その風にあおられ真直ぐに降りてくるはずだった硬貨を見失った炭治郎はワタワタと慌てて空を見上げ

 

「おっとっと……」

 

 硬貨を見つけ、その落下地点に空を見上げながらよろよろと移動した炭治郎はパシッと正確に硬貨を受け止める。

 

「やった、取れた!取れたよカナヲ!」

 

「…………」

 

 興奮した様子で左手の甲に硬貨を乗せ、その上から右手で押さえた炭治郎が嬉しそうに笑ってカナヲに駆け寄る。

 それを見ながらカナヲは頬に汗を滲ませる。

 

(どっちだろう……?落ちた瞬間が背中で見えなかった……)

 

 困惑するカナヲの目の前で炭治郎はゆっくりと手を外す。そこには『表』を示す硬貨があった。

 

「表だぁぁぁぁぁッ!!」

 

 その瞬間炭治郎は大きく跳び上がる。

 

「カナヲ!」

 

「ッ!」

 

 そのままスッと右手を差し出した炭治郎に驚きながら、硬貨を返そうとしていると理解したカナヲは恐る恐る右手を差し出し、瞬間その右手を炭治郎がグッと両手で引き寄せ顔をカナヲに寄せる。

 

「頑張れ!!人は心が原動力だから!!心はどこまでも強くなれる!!」

 

「…………」

 

 自身の手を握る炭治郎に口を開いたまま唖然とするカナヲ。そんな彼女に微笑みながら炭治郎は

 

「手始めに、心に素直になる練習だ!」

 

 言いながら炭治郎は縁側に置いていた自身がまだ手をつけていない残り二つのクッキーに手を伸ばし

 

「カナヲ!カナヲはこれ好きだよな!?よかったら俺の分もう一枚食べるか!?」

 

「え……?」

 

 言いながら炭治郎は手拭いの上のクッキーをカナヲに差し出す。

 困惑した様子でカナヲは炭治郎の顔とクッキーを交互に視線を巡らせ

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 カナヲは困惑しながらもゆっくりと手を伸ばし炭治郎の差し出すクッキーを一枚手に取る。

 そんなカナヲに嬉しそうに微笑んだ炭治郎は残った一枚を手に取り自身の口に運ぶ。

 カナヲも受け取ったそれをゆっくりと口に含み咀嚼する。

 その味は優しい甘さで

 

「美味しいなカナヲ!」

 

「ッ!?」

 

 目の前でニッコリと微笑む炭治郎の笑顔にドキリと心臓が脈打つ。

 これまでに感じたことが無い痛いほどの、しかし、どこか心地よい脈動にカナヲは茫然としていると

 

「あ、ごめん!俺そろそろ戻らないと!休憩時間そろそろ終わりだ!」

 

 思い出したように炭治郎が言い、にこやかに手をあげて歩き出す。

 特別訓練の場である道場に向かおうとする炭治郎に

 

「ま、待って!」

 

 カナヲは慌てて立ち上がって呼び止める。そして、同時に何故自分が炭治郎を呼び止めたのか、その行動に驚く。

 

「……?」

 

 呼び止められた炭治郎は歩を止めてカナヲを見つめる。

 炭治郎の視線にカナヲは少し間を開け

 

「……なんで…なんで『表』を出せたの?」

 

「…………」

 

 カナヲの問いに炭治郎はカナヲを見つめる。

 

(投げる手元は見てた。小細工はしてなかった……硬貨のこと知らなかったから楓子さんみたいに偽物を用意してたわけでもないはず……)

 

 胸中で考えるカナヲに炭治郎は

 

「偶然だよ。それに、裏が出ても表が出るまで何度でも投げ続けようと思ってたから」

 

 そう言って何でもないことのように微笑む炭治郎。

 その炭治郎の笑顔に、再びカナヲの心臓が大きく脈打つ。

 

「じゃあ、カナヲ!また機能回復訓練で!」

 

 言いながら炭治郎はカナヲの困惑に気付かないまま笑顔で今度こそ去って行った。

 

「…………」

 

 茫然と炭治郎を見送ったカナヲはそのままゆっくりと縁側に腰かける。

 

「…………」

 

 自身の手の中に納まる硬貨を見つめながらそれを両手で自身の胸に押し当てる。

 その手の先、胸の中ではいまだ痛いほどの、それでいてどこか心地よい心臓の脈動が続いている。

 

「…………」

 

 カナヲはそっと目を閉じ、その初めて感じる脈動に身を任せる。

 カナヲは未だ知らない、自身の中に芽生えた新たな感情の名前も、そして――

 

「おやおやこれはぁ?」

 

「あらあらまあまあッ」

 

 自身の背後の部屋の襖の向こうから一連の出来事を見ていた『究極の恋愛脳』と『自身の姉同然の元柱の師範』が微笑まし気に覗いていたことも。

 




というわけで蝶屋敷でのかまぼこ隊の三人の様子でした。
動き出したかまぼこ隊達の恋の気配!
そしてそれを敏感に感じ取る楓子ちゃん!
今後の楓子ちゃんの(余計な)お世話にご期待ください!



そして、今回の質問コーナーです!
今回の質問コーナーはDoraSouthernさんから頂きました!

――もしキメツ学園にいたら、どのようなポジションだと思いますか?

楓子「そうだなぁ…今まで考えたことなかったけど、もしキメツ学園にも私がいたら……近所の芸大に通う蜜璃さんを姉のように慕う高等部二年の保健委員とか?」

とのことです!
ちなみにこのネタ面白そうだったのでそのうち番外編で書くかもしれませんね。
実際に書くかわかりませんので期待せずお待ちください!
そんなわけで今回はこの辺で!
また次回お会いしましょう!



~大正コソコソ噂話①~
楓子とカナエが開発中の疲労回復効果のある食品の試作品がおはぎな理由ですが、これはカナエ発案です。これはとある働きすぎで疲れてるであろう生真面目な強面隊士に食べさせてあげたいからですが、楓子もその辺の理由は聞かなくても察しているのでおはぎで作るのは一も二もなく賛成しました。



~大正コソコソ噂話②~
個の一件があって以降、伊之助はお腹が空いたときにはアオイの用意した軽食を食べて盗み食いはしなくなりました。そんな伊之助にアオイも口は悪いけど根は素直ないい子なんだな、と当初の自分の足を掴んで逆さ吊りにしたような乱暴な印象は改めたそうです。



~大正コソコソ噂話③~
カナヲと一緒に食べる様におやつを渡した楓子も、せいぜいちょっとでも二人の仲が深まればなくらいに思ってのことでした。なのでまさか原作でもあったカナヲの心を動かした出来事が原作よりも早く起きるとは予想しておらず、カナエと共に大興奮していました。


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