修練場では、男たち、普段は鎧姿であるが現在は軽装の者たちが各々銃を持っていた。
騎士団長は、その列を移動しながら指導を行っていく。
やはり、騎士達は剣とは勝手が違うようで扱いには戸惑っているようだった。
自分も詳しいわけではないが、彼らにできるだけわかりやすいよう手取り足取り教えていく。
・・・しかし。
彼はちらりと騎士たちの腰を見やる。
そこには未だ剣が収められていた。
彼は額に手を当て、誰にも聞こえない様にこっそりため息を吐く。
(やはり簡単に捨てきれるものではないか。)
その光景を参謀も城の中から見ていた。
騎士達が腰に剣を羽織ったままなのを見て、参謀は少々頭を抱えていた。
誇りも、先祖から受け継いだものも、彼女には実感の湧かないものではあった。
しかし、尊重するべきものではあると思ってきた。
・・・だが。
彼女はため息をつくと、書きかけの書類に目を落とし作業を再開する。
(誇りでは戦争に勝てぬのだ。)
死んでは誇りも何もあるものか。
騎士達もそれをわかっているのかもしれない。
しかし簡単に割り切れるものでもないのは事実、そこに突き付けられるのみだった。
一方、城門の外、陰のところには幾人かの若者たちが集まっていた。
その者たちは、どこか狂気的な瞳をぎらつかせていた。
先頭にいたリーダー格らしき屈強な男が、興奮したように腰の剣を引き抜いてからこう言った。
「皆の者。裁きの時はきた!・・・我々はこれから女王に引導を渡す。そこには障害が数多くあらわれるが、全て排除しなければならない!」
一同は、声を押し殺しながら同調する。
平和ボケした小国といえど、一国の主の暗殺は並大抵のことではない。
戦争前で忙しい時ではあるが、護衛が何人もいるのだ。
気づかれないようにするのは至極当然のことであった。
屈強な男は、赤毛に声をかける。
「して、ドゥーチェよ。どこから潜入する?」
「別に我々は異国の人間でもないんだ。正面から堂々と入るさ。顔を見られるとまずいから、
門番には眠ってもらうがね。」
ドゥーチェと呼ばれた男は、はにかみながら答えた。
彼が手をかざすと、門を警護していた数人が突然地面に倒れ伏す。
魔法への対策の訓練を積んだはずの衛兵たちの意識は、一瞬で刈り取られてしまった。
リーダーはその行動に満足したように笑うと、正面切って城の中に入ってゆく。
赤毛は若者たちとその後ろをついていきながら、ポケットの中でこっそりと妖精を撫でる。
妖精は嬉しそうに彼の人差し指に顔をこすりつけた。
(えへへ、褒めてくださる?ドゥーチェ?)
(勿論さ。見事な睡眠魔法だったよ。)
騎士団の格好をした男たちが、城の中に入ってゆく。
それはこの国ではあまりにもありふれた光景で、だれも疑う者はいなかった。
城の中を男たちは玉座の間を目指してまっすぐ進む。
しかし、決して怪しまれない様に、ゆっくりとである。
まるで女王に重要な言伝を頼まれた者たちのようにふるまう彼らは、城の中に溶け込んでいた。
(でもドゥーチェ?どうして衛兵を始末しなかったのかしら?目を覚ませばあなたの障害になってしまうわよ?)
妖精はポケットの中から小声で赤毛の男に話しかける。
彼も同じように、口をあまり動かさずに小声で返した。
(そんなに時間はかからんさ。訓練もされていない小娘なんて、碌に抵抗もできないだろう。
・・・それに、
(・・・ええ!!そうね。ついにあなたの王国が出来上がるのね!
私は、一生涯貴方様についていきます!)
(勿論さ。)
彼は妖精を撫でた。
ポケットの中の妖精には、その男の瞳が見えなかった。
その狂気を宿した瞳には、本当に彼女は映っているのだろうか。
(・・・あの
彼は小さくつぶやいた。
女王は、玉座の間で過ごしていた。
といっても全くくつろいでなどいなかった。
戦争を不安がる市民たちへの演説の内容を考えている真っ最中だったのである。
参謀に実務は丸投げしている身ではあるが、女王という肩書にしかできないものもある。
女王とは結構忙しいものなのだ。
しかも演説は威厳があり、市民を奮い立たせ、忠義を増すような内容でなくてはならない。
ましてや、短すぎるスピーチなど論外であるし、写しを見ながらの演説なども権威に関わってしまう。
女王は、はあと息をつく。
幼いころに憧れた、王たちの迫力と知性あふれる演説。
それの裏側がこんなものとは。
権威とは虚仮も虚仮、コケ脅しではないか。
彼女は紙に書いてみた内容を眺めながら、そんなことを考えていた。
集中のために人は払っているが、扉の前には衛兵は立たせてあるし、悲鳴でも上げれば騎士団が飛んでくる。
危険がその身に迫っているなど、全く考えていなかった。
赤毛の男は、眠らせた衛兵たちを空いていた会議室に放り込むと、扉を指さした。
「この先が玉座の間です。」
それを聞くとリーダーは、音を立てずに笑った。
つられるように、一同も口に笑みを浮かべる。
「成程、成程。覚悟はできている。して、ドゥーチェよ。手筈はわかっているな?」
「勿論ですとも、リーダー。」
彼は敬礼をしながらそう答える。
「扉から入ったらすぐに私が消音魔法をかけます。女王の悲鳴はもう誰にも届きません。女王をすぐに始末します。しかし、少ししたら異常に誰かが気付くでしょう。その間我々は身を潜めます。そして一番早くに入ってきたものには、
それを聞いたリーダーは、にやりと笑う。
その姿は自分が王となった妄想に酔いしれているようであった。
あまりにも都合のいいその展開に、彼の狂化された頭脳では気づくことができなかった。
彼は急に真面目な顔になると、ドゥーチェに向かって話し始めた。
「ドゥーチェよ。お前は本当に優秀な男だ。・・・私が王になった暁には、お前を参謀として迎え入れたい。」
ドゥーチェは、少し吹き出したのを手で隠しながら答えた。
「勿論でございます。我が
それを見た一同はやんややんやと囃し立てる。
誰もドゥーチェが(馬鹿どもが。)とつぶやいたのに気づかなかった。
リーダーは満足そうに頷くと、手を上に挙げ号令を構えた。
それを見た男たちは腰の剣に手を添え構える。
今、その手が振り下ろされた。
それと同時に、男の一人が扉を思い切り蹴り破り中に駆け込んでいく。
中にいた女王の瞳には、殺意と狂気で満ち溢れた者たちが映った。
女王は反射的に悲鳴ではなく、警戒のために置かれていた非常用の鐘を鳴らした。
しかし、振っても振っても全く音が出ないことに気が付くと、女王は舌打ちをした。
勿論その音もならない。すでにこの一帯には消音魔法がかけられているらしいことに気づく。。
・・・つまり、妖精か、国仕えレベルの魔法使いが敵に混じっているということか。
彼女は素早くそこまで分析すると、机を蹴り飛ばし障害物とする。
男たちは、一瞬それにひるんだものの、すぐに横から回り込む。
二人の男が左右から同時に剣戟を繰り出してくる。
女王は後ろに下がり身をかわし、手に持っていたペンを思い切り投擲した。
「ぐあっ!?」
それは右側の男の額に突き刺さり、苦悶の表情を上げさせる。
音こそないものの、そんな風な顔を見せていた。
女王は右のひるんだ男に回し蹴りを喰らわせ、剣を落とさせた。
彼女は男の額からペンを引き抜くと、男を後ろから拘束し、首筋にするどいその切っ先を当てる。
男の顔が恐怖に歪んだ。
女王は、拘束しながらじりじりと後ろに下がる。
先頭の一番大きいリーダーらしき男も、人質を取られては下手に手を出せないのか微妙な間合いが続いた。
しかし、女王は息が切れてきていた。
元からあまり肉体派ではない身。
しかも訓練された男たち相手の一対多など切り抜けきれるわけがなかった。
彼女はじりじりとさがりながらも、次第に壁際に追い詰められていく。
(・・・どうすればいい!?どうやったら逃げ切れる?)
女王の頭にはそれだけがあった。今私が死ねば、国は間違いなく混乱する。
戦争の前に、それはきっと致命的だ。
なんとしてでも、生き延びねばならぬ!!
切り抜けられる方法を女王が探っているとき、それは突然目に入った。
男たちに前衛を任せ、後ろで待機している赤髪の男である。
彼は腰の剣も抜かず、ポケットに手を入れている。
・・・どこかで見たような気が。
彼女がそこまで考えた瞬間、彼の唇が動いたのを見た。
「やれ。」
音こそしないが、彼はきっとそう言っていた。
(な、なんだ!?)
途端に、拘束していた男の首から血しぶきが迸る。
彼は苦しそうに首を掻きながら手を離れていった。
その中で彼女は確信していた。私は何もしていない。
彼女は茫然と手元のペンを見ながら、そんなことを考えた。
同じように突然仲間が死んだのを見た男たちも呆然と立ち尽くしていたが、すぐにその目を怒りに染め上げると、剣を振りかぶる。
女王はそれを見て、後ろに逃げようとしたが壁とぶつかってしまう。
既に逃げ場などなかった。
振り返ると、スローモーションのように眼前に迫りくる剣。
(・・・ああ、死んだな。これ。)
彼女は目を閉じ、その凶刃を受け入れようとした。
「『アバランチェ!!!』」
どこかから、そんな声が聞こえた気がした。
その声はどこか懐かしい響きのようだった。
彼女が目を開けると、男たちは小さな穴が細かく空いて倒れ伏していた。
女王は驚愕に目を見開いた。しかし、誰が来てくれたかはわかっていた。
そして、今度こそその声は聞こえた。
「女王!!無事ですか!!」
扉を見ると、いつもの頼もしいにやにや笑いの参謀がたっていた。
その右手には、煙を吹いた短銃が握られていた。
「・・・ああ、クソ!!やはりお前か!ナターシャ!!!」
無事だった様子の赤毛の男が起き上がりながらそう言った。。
彼は穴が開いたローブをはためかせながら立ち上がる。
そして片手をポケットに入れ、片手で剣を構える。
そして剣を参謀に向けながら口を邪悪に開いた。
「・・・いや?
その顔は参謀そっくりににやにやと笑っていた。
それを見た参謀は反対に、スッと笑みが消える。
二人の姉弟は殺意をむき出しにしながら、お互い向き合っていた。