それは全くの偶然だった。仕事に一区切りのついた参謀が騎士団を眺めながら、どうすれば銃の修練に集中してもらえるだろうかと頭を悩ませていた時。
彼女の部屋の扉がばたんと開かれた。
「参謀~~~。妖精たちに伝達終わったわよ~~~~~。」
そう言いながら疲れた様子の妖精長は、部屋のベットの突っ伏す。
その様子は人の部屋だというのに一切の遠慮を感じさせない。さすがは自由の塊のような妖精族というべきか。
参謀もそれを咎めはしなかった。
「お疲れ様です。反応はどうでした?」
「まー、皆も住んでる国だからね。協力してくれるって言ってたわよ。なんか一人とは連絡が取れなかったけど。」
ふむ、と参謀は口に手を当てる。
一人でも多くの戦力が欲しいところではあるが、仕方ない。
物騒になってきたから、国を立ち去ったのかもしれない。と彼女はつぶやいた。
そうかもねー。という気のない声が続いた。
しばらく静寂が続いた後、妖精長は急にガバっと顔を上げて話し出した。
「ていうか、私に働かせておいて騎士団員は自由にさせてるってどういうこと!?連絡なんてあいつらにやらせればいいじゃない!!」
参謀はそんな様子の彼女を呆れたように眺める。
「まあ、そうですが。しかし、妖精達も人望のあるあなたの言葉にこそ・・・。」
彼女の言葉はそこまでで止まってしまった。急に胸が高鳴り始め、休憩モードだった頭が働きだす。
「・・・騎士団が何です?」
「・・・え?騎士団が城をうろついてたから。・・・そんな怒らないでよ。私だってホントはわかってるわよ。」
彼女の鬼気迫る表情に、妖精長は気圧されたようであった。
参謀はその言葉を聞き、急に考え出す。
(銃の訓練初日という大事な日になぜ騎士団が城内に?伝令に使わされてきたのか?騎士団長が果たしてそれを許すのか?騎士団を辞めるといいに来た?それなら団長か私のところに来るはず。)
彼女は素早く思考を纏める。
何か手遅れになりそうな、いやもうなっているかもしれない、そんな気がした。
「・・・騎士団はどこに向かってましたか?」
「・・・え?西の階段を昇って行ってたけど。て、ちょっと!!」
参謀はそれを聞くが早いか、彼女は短銃の入った上着を持ち扉から出ていく。
それは玉座の間のある方向だった。
妖精長もその様子に何かを感じ取ったのか、翼をはためかせながら後を追う。
「ちょっと!説明しなさいよ!・・・なんかやばいこと!?」
「貴方は衛兵を集めて玉座の間まで来てください!!・・・もし衛兵が
騎士団を呼んできてください。」
参謀はそれだけ言うと、小走りをしながら銃を準備する。
勘違いであることを祈りながら。
彼女が玉座の間へ走っている途中。
その道中では、一人も衛兵を見かけなかった。
(・・・やはり、まずいな。)
彼女の予感は確信に変わっていた。
妖精長も飛べる分素早く動けるとはいえ、到達まで少し時間はかかるだろう。
つまり私一人で少なくとも時間稼ぎはしなければならないわけだが・・・果たしてどうか?
詳しい人数は聞きそびれてしまったが、私一人では正面から訓練された騎士団に勝つのは難しい。
・・・つまり、いざというときは不意を衝くしかないわけだ。
(ここを曲がれば、玉座の間だ!)
片手で短銃を構えながら急いで角を曲がる。
急いで扉に駆け寄ると、そこには衛兵の装束に身を包んだ一人の男がいた。
彼は、少し額に汗をかきながらもニコニコしながら話し始める。
「お、おや~?ナターシャさんじゃないですか!そんなに血相を変えて、どうしました?」
参謀は、息を切らせながら彼を見つめる。
「貴様・・・、衛兵か?なぜ一人でここを守っている?」
「い、いや~。あとの奴はいま用を足しに行ってまして。」
彼女は少し安心したように、彼に背を向け扉に近づく。
しかし、その手には短銃がきつく握られたままであった。
「・・・そうか。少し気になることがあるのだ。入らせてもらうぞ。」
彼女が背を向けると同時に、男は音もなく隠し持っていた短刀を光らせる。
そしてそれを背中に向けて力任せに振り下ろした。
「そうそう、ところで!!!」
参謀は振り向きながら身をかわした。
ナイフは空を切り、男は前につんのめった。
彼女は回転の勢いをそのままに、銃床を叩きつける。
それを首筋に喰らった若者は一瞬で意識が刈り取られた。
「なんで城中の衛兵がいないのにお前だけ無事なんだろうな?」
あと私をナターシャなどと呼ぶ奴はそうそういない。
彼女はそう捨て台詞を吐くと、一応ナイフを拾いあげた。
(扉に近づいたというのに、部屋の中の音が少しもしなかった。やはり女王が危ない!!)
彼女はゆっくりと扉を開けた。
焦りすぎていたからであろう。あるいはすでに気づいていたからだろう。
どうして一介の騎士団員が彼女の名を知っていたかを考えはしなかった。
扉を開けると、幾人かの男たちに壁に追い詰められている女王がいた。
そして、その男もいた。
消音魔法が利いているにもかかわらず、ただ一人私の侵入に気づいた男。
その私とそっくりな瞳が目に入った瞬間、なぜだか心に黒い鉛のような感情があふれだしてくる。
男は驚いたように警告を発するが、消音が逆にあだとなり誰にもその警告は届かない。
参謀の口が動き、魔力が胎動を始める。
赤毛の男は、私の手に銃があるのを見とめると、倒された机の影に飛び込んだ。
それとほぼ同時に、参謀はためらわず引き金を引いた。
「『
手にした短銃が火を噴き、勢いよく銃弾が飛び出す。
彼女の魔力に呼応し、たった一発だった銃弾は、まるで空中でポップコーンがはじけるように急激に増殖を始めた。
一発から二発に、二発から四発に!
そんな調子で増えた弾丸は、空中にいるうちに部屋の半分を覆うほどの爆発的な数になった。
その弾丸が若者たちに迫るが、消音魔法のせいで誰も気づきはしない。
尤も、気づいたところで避けられるわけでもないのだが。
弾丸たちは情け容赦もせずに、女王に迫っていた男たちに風穴を開けた。
男たちはあるものは驚愕に目を見開き、あるものは何が起こったかもわからぬように倒れ伏す。
私の姿を認めた女王は、安堵の笑顔をみせた。
こんな状況ではあるが、私も無理やりいつもの笑顔を作り出す。
「女王!!無事ですか!!」
彼女の様子を見るに目立った外傷はあるようには見えない。
まあ、とりあえずではあるが無事でよかった。
・・・しかし。
彼女は視線を奥に向ける。
まだ危険は去ったわけではないのだから。
そこには、赤毛の男、いや私の実弟が立っていた。
私の弟、ドゥーチェは片手で剣を構え、私の前に立っている。
女王を助け出すには、こいつを倒さねばならないというわけだ。
銃は単発。つまりもう弾は出ない。
私は、銃を握っている右手とは逆の左手で、懐からナイフを取り出した。
それを逆手に持ち、ドゥーチェと対峙すると奴はにやにやとむかつく笑いを始めた。
「そんな小さいのでこの剣と勝負する気かい!?なあ!!姉さん!?」
「そんなことを言うために消音魔法を解除したのか?」
参謀はじりじりと間合いを測りながら、女王の方に近づこうと試みる。
弟は騎士団で訓練を受けていた。私が剣を持っていたとしても、正面から勝てる相手ではない。
時間を稼がなくては。
弟は指を振って、私の言葉を拒絶した。
「のんのんのんのん!別に解除したかったわけじゃないさ!隠れた拍子に
ね?」
「・・・いつのまに魔法なんて覚えた?小さいころから剣ばかり振っていたお前が。」
「騎士団でも多少魔法の扱いは学ぶからね。」
私はじりじりと女王に近づいていく。
そしてそれを弟は見抜いているのか、逆に扉に回り込む。
私たちを逃がさないつもりだ。
「・・・さて?それでは姉さん?正々堂々と勝負といこうじゃないか!!」
それを聞いて、思わず私は苦笑いを浮かべる。
幼いころから、こいつは卑怯、卑劣、闇討ちとおよそ騎士らしからぬ戦法ばかりを好んでいた。
ナンバーワンではなく、ナンバーツーの座につき責任から逃れ甘い蜜だけを啜りたがる奴だった。
こいつが正々堂々とするわけがない。
・・・もちろんそれは私も同じなのだが。
私は奴のポケットを見やる。さっきから先頭の真っ最中だというのに、奴は手をそこから見せない。恐らくそれが種だろう。
私は左手のナイフを握りしめる。
参謀は参謀らしく、頭脳と奇襲で切り抜けるのだということを女王暗殺など企てた愚弟に見せてやろう。
あたりに緊張が満ちていく中、急ににやりと笑った弟が話し始めた。
「・・・そうそう、これは忠告なんだけど。ホントは消音を解除したりしてないぜ?」
途端に急に背後でぞくりと悪寒がする。
強烈な殺気というやつだ。
振り向くと同時に飛び込んでくるのは、一つ二つ穴の開いた屈強な大男。
彼は弾丸の雨の中、一番女王に近かった。つまりは部下たちが弾丸を防ぐ傘となったのだ。
若者たちのリーダーだった男は、目を血走らせその手の剣を力任せに振り下ろした。
姉!アネ!あね!
憎らしき我が姉よ!!
・・・ここで引導を渡してやる。
ドゥーチェは、リーダーが襲いかかると同時に駆けだしていた。
たった一人の姉相手でも、魔法使い相手に油断はできない。
彼は、従者の妖精をこっそりと机に隠し、リーダーの周辺だけ消音をかけさせていたのだ。
彼の攻撃を防げなけらばそれもよし。防がれても背後から僕がとどめを刺す!!
姉は銃で先制攻撃をしたが、あれはたしか単発。
つまり撃つには、数十秒の装填時間が必要な欠陥兵器!!
もうあの圧倒的火力の心配はない!!
つまりは最初の制圧射撃で僕を仕留めきれなかった時点で、勝負は決まったようなものだったのだ。
彼の目にリーダーの剣戟をナイフで受け止める姉の様子が目にとめる。
明らかに力負けしているが、どうにか反応はしたようだ。
しかし、もう対抗はできない。
彼は突進の勢いそのままに、剣を構える。
しかし、彼女は笑っていた。いつも通りの鼻につくにやにや笑いである。
彼女は、右手の銃を放り出すと懐から
「『
再びその朗々とした声が響いた。
私は新しい銃を目の前の男の土手っ腹に向けて発射した。
さっきは仕留めそこなったため、もちろん手加減はしない。
至近距離から細かい弾丸にぶち抜かれた男は悲鳴も上げられずに崩れ落ちた。
銃はリロードに時間がかかる。ならば小型のものを複数持てばいいだけだ。
彼女はそう独り言ちると、再び銃を放り出す。
「もう一丁あるぞ?」
既に迫ってきているであろう弟に向けて話しかける。
素早く振り返りながら、装填済みの銃を奴の脳天に向ける。
弟は走ったまま、あとほんの1メートルほどの距離まで迫っていた。
そしてそれは必殺の距離でもあった。
弟は剣を手放し、それはカランカランと小気味良い音を立てて地面に落ちた。
剣を蹴って遠くにやりながら私は弟に近づく。
勿論、銃を脳天に突き付けながらである。
弟から視線を放さずに、あたりを探る。もう全員倒れている。
動き出しそうなやつはいないだろう。
女王も無事なようだ。
「・・・なぜこんなことをした?」
私は肩で息をしながら、そう聞く。
大きな魔法を二回も使ってしまった。
消耗は大きいが、もう一回くらいなら撃てるだろう。
しかし、弟は私の質問を全く無視してしゃべり始めた。
「・・・なぜ僕を殺さないのです?ナターシャ?リーダーも、その仲間もためらいなく殺したじゃないですか?」
そんな弟の態度は私をいらだたせた。
私は一呼吸おいて冷静になる。
こいつのペースに乗ってはいけない。
「・・・緊急だった。」
「であるならば、今も緊急でしょう?女王暗殺未遂の犯人が目の前にいるのですよ。早急に処分すべきだ。」
「それは私が決めることだ!!!」
銃を突きつけられているにもかかわらず、こいつは飄々とした態度をとり続ける。
なんだこれは?
追い詰められているのは、こいつのはずなのに。
「貴方はいつもそうだ。殺すべきを殺さず、殺さぬべきを殺す。彼らは私が狂化の呪いで操っていただけだとしたら?」
「・・・その術は、本人の判断力を完全に失わせはしない。騎士団に属する者たちが、そんなことを知らぬわけがない。」
参謀は冷酷にそう言い返す。
しかし、ドゥーチェは喉を鳴らしながら笑った。
「はて?どうだか。しかし、お前が同胞を殺したことに変わりはないのだ!!」
彼は指を指しながらそう言った。
そしてさりげなく、倒れた机の方を見やる。
参謀はその視線の意味に気づかずにしゃべり続ける。
「・・・言いたいことはそれだけ「ドゥーチェ様!!」何ッ!?」
その時、横から妖精が銃口に縋りついてきた。
足音には気を配っていたつもりであったが、音を殺して突然飛んできていた妖精には気づくことができなかった。
背後の女王も思わず息をのむ。
大したことのない力ではあるが、必死のその羽ばたきは狙いがそれるには十分であった。
ドゥーチェの手が私の手首をつかんだ。
反射的に身をよじりながら、ナイフで肩口を刺すがその力は少しも緩まない。
遂に私の手から銃が取り上げられた。
彼はそれを遠くに放り投げると、肩からナイフを抜き、構えた。
「死ね。」
彼の言葉は、短く冷徹であった。
ナイフが真っすぐと私の方に向かってくる。
その動きには一切の躊躇が見られない。
(・・・弟だからか。)
彼女はなぜ殺さなかったのか。
それを自分の中にあった甘さのためだとその時はじめて気づいた。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし私の目に飛び込んできたのは、そんな気合の雄たけびと同時に、騎士団長が逆手に持った銃で彼を殴りつける光景だった。
彼は、私と女王の姿を認めると慌てたようにしゃべり始めた。
「女王!!参謀殿!!ご無事ですか!!」
「連れてきたわよ!遅れてごめんね!!」
騎士団長の横で羽ばたいているのは、妖精長だ。
彼女たちに続くように入り口から、騎士団が続々と入ってくる。
雄たけびを上げながら彼らは、室内に入り女王や反乱者を取り囲み始めた。
殴られて倒れ伏したままのドゥーチェも彼らに包囲される。
その身には無数の銃口が向けられていた。
彼は、頭から血を流し、歯噛みをしながら語り掛ける。
「・・・なぜ
「黙れ!!!」
一人の団員が一喝する。
「銃も剣もあるものか!!国を守る者に貴賎なし!!これからは我々自身が剣となるのだ!!」
「「そうだそうだ!!」」
団員達もそれに同調する。
参謀は、その言葉に目を丸くして驚く。
ドゥーチェは彼らを絶望したように見ると、思い切り床を叩きつけた。
「くそぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおあああああ!!!」
その端の方では、一体の妖精が捕らえられていた。
「い、痛ぁい!!離してくださいですぅ!!」
じたばたと彼女は抵抗しているが、騎士団長にしっかりと羽をつかまれているせいで逃げることが叶わない。
そんな姿を妖精長はジト目で眺める。
彼女はビシッと指を指しながら口を開いた。
「あんた!!どこにもいないと思ったら、あんな根暗野郎に付き従ってたのね!!あんたもただじゃおかないわよ!!」
「ドゥ、ドゥーチェ様は根暗なんかじゃありません!!」
彼女はそんなどこか的外れな反論をする。
参謀はそんな様子を見ながら、床に座り込んだ。
何かどっと疲れがわいてきたような感じがした。
その目は虚空を覗いているようだった。
(・・・甘い、甘すぎる。弟だからと、躊躇うなど・・!!)
彼女の余裕は完全になくなっていた。
それは殺されかけてからではなかった。
自分の覚悟の足らなさを目の前に突き付けられたような気がした。
彼女の笑顔は完全に消え失せ、真顔になっていた。
妖精長は、そんな彼女の様子を見やると親指を立ててこう言った。
「ま、とりあえず!!一件落着ってことね!!」
参謀は、何か反論を言いかけて、そして言わずに口を閉じた。
女王も保護された、反乱の芽も潰えた、騎士団も・・・・。
そして私も生きている。
そう考えると、彼女は少しだけ顔をほころばる。
自分の覚悟の底も見え、自身の思う以上に悪は身近に、強大に迫ってくるものであったが・・・。
「そうですね。色々、一件落着ってことで。」
騎士団員たちの心もまた、彼女が考える以上に育ってくれているものであった。
銃と剣を巡って、これ以上の騒動もないだろう。
彼女はそれを確信すると、いつものにやにや笑いではなく、花がほころぶような笑いを浮かべるのであった。
この作品のキャラクターの名前が役職だったりするのは、作者が良い名前が思いつかないからっていうのもあります。『サイレンス』とかそのまんまですし。
かっこいい技名がポンポン出てくる頭が欲しいものです。