ウマ娘短編 少女達の蹄跡   作:篠平才斗

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 今回はメイセイオペラです。JRAの『the LEGEND』でCMになったり、『プロジェクトX』で取り上げられたりと結構注目度が高い馬かなぁと思いますね。私が最も好きな97世代の一頭でもありますね。
 好きな馬ですし、話自体は物凄く作りやすいだろうなと思っていたのですが、如何せん自分が書いたら『プロジェクトX』をなぞる様な感じになってしまいそうと思い書かずにいました。ただ、あちらは「都会で夢破れた人」に焦点が当たっていたので、それならばトウケイニセイやアブクマポーロらを中心に「馬」だけで回せば大丈夫かなと。今回もとっちらかりましたが、よろしくお願いいたします。


誇りの歌――メイセイオペラ――

 その時、私は初めて、悔しさに泣いた。目の前で起きた事を、受け入れきれないでいた。私だけではなかったと思う。周りの人達も、茫然としていた。

《トウケイニセイは伸びない、トウケイニセイは伸びない。二番手ヨシノキングが内、差し返してライブリマウント、ヨシノキング、並んでゴールイン》

 アナウンサーのその声も、頭の中をすっと抜けていくようだった。余りにも、衝撃が大きすぎた。トウケイニセイ、『岩手の怪物』が、負けた。

「やっぱり、中央とじゃレベルの違いが」

 誰かがそう呟く声が聞こえた。レースを終えた面々が、引き返してくる。一位のライブリマウントは、競技場の異様な雰囲気に戸惑っている様だった。それはそうだろう。ここに押し寄せた人々は、皆地元の英雄が意地を見せるシーンを望んでいたのだ。しかし、現実は非情だった。中央から来たライブリマウントが、地方の誇りを打ち砕いて行った。

 トウケイニセイが、引き揚げてきた。その表情は暗い。トレーナー達に囲まれて、固い表情をしていた。思わず、私は声をかけていた。

「トウケイニセイさん!」

 彼女は無言で、しかし私の方を見た。

「あの……私、私……」

「貴女、トレセン学園には、もう入っているの?」

「え……は、はい! 今、一年生で」

 そう言って、私は一度唾をのみ込んだ。そして、一気に言った。

「私、私! きっと、きっと……中央のウマ娘にも、勝ってみせますから!」

「……そう」

 そう言うと、彼女がゆっくりと私に近づいてくる。そして、静かに髪を撫でてくれた。

「期待してるわ。貴女……名前は?」

「……メイセイ、オペラです」

「そう。……期待しているわ」

 そう言って、彼女は去っていった。私はしばらく、そこで立ち尽くしていた。その日、私の運命は決まったのかもしれなかった。

 

 トゥインクルシリーズ。中央トレセン学園に所属するウマ娘達によって行われる、華々しいエンターテインメントイベント。彼女達は基本的には東京、大阪、京都などで大レースを戦いつつ、地方の競馬場でも興行を行う。多くのファンが押しかける、一大イベントだ。

 それに対して、中央に所属しないウマ娘達は「地方所属」と呼ばれた。一時は地域のファンんに支えられ賑わっていたが、近年は不振にあえいでいる場所も多い。中央で活躍できずに地方に下ってくるウマ娘も多く、格で言えば明確に下の立場だと言えた。それでも、時には中央と互角以上の戦いを見せる英雄が現れる。その才能を嘱望され中央へ移籍、トゥインクルシリーズそのものの価値を世間に認めさせたとさえ言われるハイセイコー。世界と戦う舞台、ジャパンカップにおいて外国ウマ娘や中央の強豪達を押さえて『皇帝』シンボリルドルフにあと一歩と迫ったロツキータイガー。大井の暴れ者として名を馳せたイナリワン。そして笠松のシンデレラ、『芦毛の怪物』オグリキャップ。地方には、地方の誇りがあった。

 しかし、その誇りは打ち砕かれた。中央と地方の交流が本格化した年、中央より地方に挑戦状を叩きつけたライブリマウントが帝王賞、ブリーダーズゴールドカップを連勝。多くの地方所属の強豪を倒してみせた。地方所属ウマ娘やそのファンにとって、残された最後の希望は『岩手の怪物』トウケイニセイだった。

 彼女は全国的な知名度は決して高くは無かった。ほとんどのキャリアは岩手でのものであり、中央への注目度が圧倒的に高い状況にあって彼女はほとんど注目されてこなかったのだ。その上デビュー戦を勝利した直後、ケガによりいきなり長期療養に入らざるを得なくなる。しかしその強さは本物だった。復帰後は圧倒的な成績で勝ち続け、数多くのタイトルを制覇。ライバルはモリユウプリンスただ一人という状況で、いつしか彼女は『岩手の怪物』『魔王』と呼ばれるまでになった。彼女は岩手の、地方の誇りを掛けてライブリマウントと南部杯で激突する。しかし、その結末は残酷だった。ライブリマウントは直線で抜け出す。何とか食らいついたのはヨシノキング。トウケイニセイ、モリユウプリンスは二人から遠く離された。完敗と言っていい、三着敗戦だった。この時、既にトウケイニセイは全盛期を過ぎていたという側面はある。それでも、結果は結果だ。彼女はその結末を受け入れるしかなかった。水沢競技場は、シンと静まり返った。彼女はその後引退レースを勝ち、現役を引退する。そして地方は、完全に中央に敗北した形となった。ライブリマウント以外にも、エンプレス杯ではエリザベス女王杯以来不振にあえいでいたホクトベガが『南関東最強』アクアライデン以下を圧倒し勝利、逆に地方から中央へと向かった者達もライデンリーダーが桜花賞トライアルを劇勝した以外は苦戦、ライデンリーダーもG1には届かず敗退した。

 更に翌年、今度はエンプレス杯圧勝のホクトベガが時代を作る。誰も彼女の相手にならず、完敗を続けた。その後コンサートボーイらが地方G1を制しある程度復権は果たすものの、中央の壁は高かった。中央G1を制する者は未だ出ず。しかし、その期待を背負う者はいた。南関東最強の、アブクマポーロである。コンサートボーイとの初戦では彼女に敗れるものの、再戦で圧勝。翌年には多くの大レースを制覇し、中央地方を問わず多くの挑戦者を相手に圧倒的な走りをしてみせた。そして、その彼女が迎えた帝王賞。そこに挑む、一人の『岩手の怪物の再来』がいた。

 

 緊張は、していた。G1の経験自体はある。まだ勝ててはいないけれど、良くなっている自信はあった。いつの間にか、人から『岩手の怪物の再来』と言われるようになった。あのトウケイニセイと同じだけの素質と見られているという事だ、と思う。それは、光栄な事だった。

 あの日。憧れ続けていた人が、敗れる姿を見た。それ以来、中央のウマ娘達に勝って、地方の強さを見せつけるのが私の夢になった。いずれ、中央のG1に勝つ。それが、今の目標。その為に、そして『岩手の怪物』の名を継ぐ者として、ここで負ける訳にはいかないと思った。先の川崎記念。南関東のアブクマポーロの前に、四着と完敗。二着テイエムメガトン、三着トーヨーシアトルは共に大レースを制した事もある名選手だった。敗れても仕方のない相手ではあったのかもしれない。しかし、そう思いたくは無かった。

 緊張しながら、パドックを出てゲートに向かう。その途中で声を掛けられた。南関東の、アブクマポーロだった。

「あんた、川崎でも会ったよね」

「え、はい」

「……緊張してるね。まだG1級を勝った事は無かったんだっけ。まぁ、無理もないと思うけど」

 そう言って、彼女は軽く肩を叩いてきた。

「あんたとの試合は、楽しみだったんだよね」

「え……?」

「私、今は南関東じゃエースでさ。去年ここでコンサートボーイさんに負けて、そしてその後に勝って。去年取れなかったこのレースは、今年こそ頂く。南関東のエースとしてね。だから、あんたにも負けたくないの。あんたが岩手を背負ってるから」

「……私だって」

 思わず、叫んでいた。

「私だって、負けたくないです! 私は……私は、あの人の仇を取らないといけないから」

「あの人……?」

 彼女は一瞬怪訝な顔をした。そして、はたと思い至ったようだった。

「そっか。……なるほどね。じゃあ、ますますあんたには負けられない」

 そう言って、彼女はくるりと背中を向けた。

「コンサートボーイさん、戦えなかったからね。当然、私も。走ってみたかったなぁ。岩手の魔王、か」

「私じゃ、不満でしょうけど」

「フフ……そう、かもね。でも、楽しみなのは事実よ。あんた、『再来』なんでしょ?」

 そう言って、彼女は歩き出す。私も、出口へと向かった。

「見せてあげるわ。南関東の強さを」

「示して見せます。岩手の魂を」

 そう言い合って、私達はゲートに入る。中央の強豪バトルライン、トーヨーシアトルらも顔を揃えた。

《さあ一番人気はアブクマポーロ、満を持しての、今年の帝王賞です!》

 実況が言う。ゲートが、開いた。一斉に十三人が飛び出す。私は一気に先頭に飛び出した。逃げる形で、全体を引っ張る。アブクマポーロは最初は三番手にいたがすっと下がっていった。バトルラインが三番手に上がる、トーヨーシアトルとアブクマポーロの姿は見えない。そのまま私は先頭を維持してレースを進める。今の時点で一位でも、それ自体に大した価値は無い。最後の直線が勝負。逃げる形の私は、道中はペースを落としてスタミナを残しつつ、最後の直線で再度突き放す形をとりたい。

「行ける……行けるッ!」

 最後の直線。私はまだ先頭、最後の力を振り絞る。誰も抜いてこない。

《メイセイオペラ、メイセイオペラ、トーヨーシアトル、トーヨーシアトル、内を突いて、内を突いてバトルラインも伸びてくる!》

 勝てるかも、と一瞬思った。しかし。背筋に、ゾッとした感覚が走る。そして。

「お先に」

 不意に、耳元で言われた。声のした方を見ると、アブクマポーロが涼しい顔をして一気に駆け抜けていった。途轍もない加速だった。私はもう、今以上に早くは走れない。やがてバトルラインが私の左側を通って抜けていく。

《さあ抜け出した、さあ抜け出した、アブクマポーロだ、アブクマポーロだ! アブクマポーロです、アブクマポーロです、二番手争いは、バトルラインか、アブクマポーロ! アブクマポーローッ!! アブクマポーロ、永遠にその名を刻んだ、アブクマポーロ!》

 私は何とか彼女に食らいつき、三着でゴールした。結果としては上々と言えるかもしれなかったが、私はショックで茫然としていた。また、負けた。完敗だった。

「そんな……」

「お疲れ様。……ちょっと、焦りすぎてたかな」

 彼女はそう言って、にこりと笑うとスタンドに近づいていく。大歓声に応える彼女を、私は見つめる事しかできなかった。

「く……う……!」

 悔しさに口が歪む。前回、川崎記念で敗れた時よりは、その差は縮まっている。それでも、負けは負けだ。俯いたまま、私はレース場を後にする。トレーナーが、声をかけてくれた。

「大丈夫か? よく頑張ったよ、三着は立派だ」

「……でも、負けは負け、です」

「まあ、そうだな。負けは負けだ。でも、これで終わりって訳でもない。リベンジの機会はあるさ」

「……はい」

 私は絞り出すようにそう言った。リベンジの機会はある。その言葉を信じるしかなかった。そして、その機会は本当にやってきた。同じ年の南部杯。盛岡レース場での大一番だ。マイル戦、ダート1600mのレースに、アブクマポーロが遠征してきた。そのレースに、私もエントリーしていた。

「また会ったね。今度はあんたのホームだ」

「……アブクマポーロさん。貴方に……勝ちます」

「良いね。私、今年はまだ負け無しなんだ。止められるなら、止めて御覧よ」

 彼女は自信たっぷりにそう言った。私達は静かにゲートに入り、そしてレースが始まる。私は三枠の利を生かして内から一気に先頭に出る。まずは良し。肝心なのは、最後の直線だ。テセウスフリーゼが並びかけてくるが、まだリードは取っている。最後の直線、私は完全に他を突き放した感覚があった。アブクマポーロも、中央のタイキシャーロックやバトルラインも並びかけてくる気配はない。後、二〇〇メートル。行ける、と思った。あの時に感じた感覚は無い。彼女の気配は、ない。

《メイセイオペラがリード、メイセイオペラ、メイセイオペラが先頭、二〇〇を通過、メイセイオペラがリード、バトルラインが突っ込んできた、バトルラインが突っ込んでくる、ぐんぐんとタイキシャーロック、追い込んでくるタイキシャーロック。大外からはアブクマポーロ、二番手争いアブクマポーロ、メイセイオペラ、メイセイオペラ、ゴールイン! メイセイオペラ勝ちました! メイセイオペラが勝ちました!》

「よしッ!」

 ゴールの瞬間、思わず叫んでいた。後続とは三バ身離れた、快勝だった。二着はタイキシャーロック、アブクマポーロはハナ差の三着だった。これが、私のG1初勝利。四度目の挑戦で掴んだタイトルだった。お客さん達は皆、私に拍手を送ってくれている。それが嬉しかった。やっと期待に応えられた、と思った。

「おめでとう。いやー、負けたよ」

 アブクマポーロが、そう声をかけてきた。その声色は、レース前と変わっていないように聞こえる。

「……はい。私の勝ちです。やっと、貴方に勝てました」

「やー、マイルも私苦手じゃないと思ってたんだけどね。良いレースだったよ。強かったね、あんた」

 そう言って、彼女はくるりと背を向ける。その時、ほんの少し、彼女の肩が震えている様に見えた。

「あの……」

「次はどうすんだい? やっぱり大井の大賞典?」

「……ええ。一戦挟んで、向かおうと思っています。今度は、二〇〇〇で、関東であなたに勝ちます」

「そいつぁ、いいや。楽しみに待ってるよ」

 そう言って、彼女は去って行った。その後私は盛岡のレースを勝ち、東京大賞典に向かう。そこにはアブクマポーロ、そして彼女の先輩コンサートボーイ、かつてライブリマウントとも戦ったアマゾンオペラらがいた。私はそのレースは二番手に控えたが、追い込んでくるアブクマポーロに一気に躱されて二着に終わる。結局、二〇〇〇メートルでは彼女に勝てない。そう思いながら歩いていると、トレーナーに声をかけられた。

「お疲れ様。残念だったな」

「……トレーナー。私、本当に『岩手の怪物』なんて呼ばれて、いいんでしょうか」

「ん?」

「トレーナー、トウケイニセイさんの事も、よくご存じですよね。私は、どうなんですか。あの人と、較べて」

「……ま、はっきり言ってしまえば、まだまだお前は彼女の域には届いていないと思ってる。大分、良くなってきたがな」

 彼はそう言って、ぽんと頭を撫でてくれた。

「でも、彼女はもう走らない。あれ以上には行けない。お前はまだ上に行ける」

「……はい」

 私は、まだ上に行ける。トレーナーがそう言ってくれるなら、それを信じる事にした。

 そして、年が明けて。私の次走をどうするか、トレーナーと話し合う事になった。第一の候補は川崎記念。そしてもう一つは、フェブラリーステークス。川崎記念は去年、四着に敗れている。そしてフェブラリーステークスは、中央G1制覇を目指すという私の夢に合致する。

「どうする? アブクマポーロは、どうやら川崎に出てくるらしいが」

「……少し、考えさせて下さい」

 私はそう言って、一度トレーナーと別れる。迷っていた。私の目標は、中央G1を勝つ事だった筈だ。しかし、アブクマポーロにリベンジしたい気持ちもある。どうしたら良いのか、分からなかった。その時、トレーナーが走ってきた。

「おい、オペラ。電話だ」

「え……? 誰からです」

「アブクマポーロ、だ」

「え?」

 驚いて、電話台に向かう。出ると、確かに電話口からアブクマポーロの声が聞こえた。

《あー、もしもし? あんたの連絡先知らないからさ、トレセンにかけるしかなかったんだけど、良かった、捕まって》

「ど、どうしたんですか……?」

《あのね。私、今度川崎記念に出るのよね。知ってるかもだけど》

「え、ええ。そう聞きました」

《……あんた、川崎記念に来る?》

 そう言われ、私は思わず怪訝な表情になる。なぜ彼女が、それを聞こうとしてくるのか分からなかった。

「それを聞いて、どうするんです」

《……私の、希望を言っても良い?》

「え? ……はい」

《あんたには、フェブラリーステークスに行って欲しいのよね》

「ど、どうして」

《……あんたなら、中央の連中に一泡吹かせてくれそうだからさ》

 彼女はそう言うと、ふふと笑った。

《川崎記念にも、多分中央連中は何人か来るだろ。そいつらは私が返り討ちにしてやる。あんたは、フェブラリーで中央連中に一泡吹かせてくれよ》

「私に、それができる、と?」

《できるよ、あんたなら。だって、私去年、あんたにしか負けてないんだよ?》

「あ……」

《あのレースのあんたと、タイキシャーロックだけが去年、私の前にいた。タイキシャーロックとはハナ差だからね、惜しいと思えるけど。あんたには完敗だった。二〇〇〇なら、負ける気しないけどね》

「……言ってくれますね。貴方にはいつか、また借りを返しに行きますから」

《『いつか、また』って、事は、決まりだね》

「……ええ」

 心は、決まった。横で私と彼女の話を聞いていたトレーナーが、表情を動かした。

「私、フェブラリーステークスに行きます」

《よっしゃ。楽しみにしてるよ。なぁに、気楽に行きな。あんたが負けてもまだ二番手が負けただけだ、私がいるからね》

「御心配に及ばず。貴方の出番はないですよ」

《フフ……その意気、その意気。じゃ、頑張って》

 そう言って、彼女は電話を切った。私は受話器を置き、トレーナーの方に向き直る。

「良いんだな、それで」

「はい。私、行きます」

 よっしゃ、と言ってトレーナーは書類を取りに出ていく。心は決まった。後は、練習あるのみ。見せつけてやる。岩手の、地方の底力を。

 

 フェブラリーステークス。毎年最初に行われる中央G1、砂のマイル戦。過去一五回の開催で、歴代王者の中にはあのライブリマウントもいる。そして当然、全員が中央所属のウマ娘。

「だが、勝つ道はある、と俺は思っている」

 トレーナーは力強くそう言ってくれた。

「去年の優勝者はグルメフロンティア、お前は彼女に東京大賞典で先着してる。そして、出走面子が確定したんだが」

 そう言って、彼は出走表を私に差し出す。

「ダートで実績のある面子、という点では、去年二着のメイショウモトナリ、四着のワシントンカラーや武蔵野ステークス勝ちのエムアイブラン、そのエムアイブランに前走で勝ったオースミジェットあたりがいる。バトルライン、タイキシャーロックもいるな。だがお前は南部で勝った。桜花賞勝ちのキョウエイマーチはダートの経験は薄い。マチカネワラウカドあたりも油断はできんだろうし、大ベテランのミスタートウジン、ドージマムテキなんてのもいる」

「中々凄いメンバーに見えますが……」

「だが、お前だってそうだ。G1制覇の経験がある者はお前以外じゃキョウエイマーチだけだぞ。しかも彼女のG1は距離こそ一緒だが芝の桜花賞だ。お前はダートの一六〇〇のG1を勝ってる。大丈夫さ。お前は、今や岩手一のウマ娘なんだ」

「……はい!」

 力強く、そう言った。不安がない訳では無い。それでも、それは心の奥底に押し込む事にした。私達は練習と対戦相手の分析に励み、そして当日を迎える。

 その日、既に私は東京入りしていた。緊張は、していた。それでも自分に気合を入れて、勝負服に着替える。パドックに出ると、思った以上の人の数に気圧されそうになった。それでも、胸を張る。ここで怖気ついでしまえば、岩手が舐められる。そう思った。

「あれが、メイセイオペラか」

「なんか凄いらしいじゃん。地方じゃかなりの成績だって」

「でも、この前の東京大賞典はアブクマポーロに負けたんだろ?」

「でも一六〇〇の南部じゃ勝ってるんじゃなかったか」

 色々な声が聞こえてくる。私は緊張しながらも、何とか無事にお披露目を終えた。いよいよ、レースが始まる。体が固くなっているのを感じた。感じた事の無い重圧だった。無様な負けだけはできない。そう思うと、心臓が締め付けられるようだった。その時、不意に後ろから声をかけられた。

「あの……」

「ひゃい!?」

 思わず声が裏返る。振り向くと、そこにいたのはすらりとした短髪のウマ娘だった。頭には桃色のヘアバンドをつけている。誰かは分からなかったが、可愛らしい人だと思った。そして、静かな迫力を湛えていた。

「えっと、メイセイオペラさん、ですよね」

「は、はい。あの、ごめんなさい、貴方は……?」

「え、えっと。私、キョウエイマーチです。さっき、パドックで二つ前に出た」

「あ……」

 一応、今日一緒に走る面々の顔は、パドックでのお披露目前に一度は見ていた筈だ。そしてパドックでは名前も出ていた。それなのに、記憶に無かった。どれだけ緊張していたのだろうか、と思う。

「ご、ごめんなさい! 私、緊張してて……」

「い、いえ、ごめんなさい。私の方こそ、いきなり。あの、私、あんまり知ってる子いなくて……」

「え、そうなんですか?」

「バトルラインさんは大分前にあっただけで、先輩ですし……ビッグサンデーちゃんは、先日会ったところですが……」

「は、はぁ……。あの、なんでそれで、私に?」

「その、ちょっと、緊張していて。それで、お話しできたらなぁって。それに、同い年ですし」

 そう言って、彼女はにこりと笑った。その微笑みに、吸い込まれそうになる。中央のスターは、これだけ人を惹きつける力があるのかと思った。

「お、同い年なんですね。ごめんなさい、私、中央の事はあまり……」

「いえいえ。私、最近あまり勝ててませんから。最後に勝ったのは……ローズステークス、か」

「それ、って、G1ではないですよね」

「はい。2ですね。同級生が皆凄くって……クラシックはドーベルちゃんが強いし、マイル戦線に行ったらシャトルちゃんやパールちゃんがいて……。オペラさんも、凄く強いライバルの方がいらっしゃるって」

「そうですね……南関東の先輩のアブクマポーロさんに、2000ではどうしても勝てなくて……地元の南部杯では勝てましたけど……」

 そんな事を言い合いながら、私達はレース場に出る。広い、と思った。そしてお客さんの数も多い。その迫力に、気圧されそうになる。

「す、凄いですね」

「ここは地方競技場より、直線も長いですから。そこは気を付けないと、ですよ」

 そう言って、彼女はゲートに向かう。そして、彼女はぼそりと呟いた。

「ダートのマイルは初めてだからなぁ……ダート自体久しぶりだし」

「え……?」

「デビューはダートだったんですけど。三戦目が最後で、それからずっと芝でした。あ、私以外にはちゃんとダートのスペシャリストが揃ってますよ。だから油断は駄目です」

「ゆ、油断はするつもりはないですけど」

「でも、実績ならオペラさんが一番だと思いますよ」

 そう言って、彼女は自分の枠に入った。彼女は七番、私は九番だ。彼女のおかげで、大分緊張は解けてきた。優しい人なんだな、と思う。しかし、勝負は勝負だ。彼女だろうが誰だろうが、勝ち切る。ファンファーレが鳴る。そしてゲートが、空いた。全員が飛び出す。私の勝ち方は、前の方に付けてレースを進め、最後の直線で先頭を躱して一着を狙うやり方だ。スタートは大事になる。しかし、私は一瞬出遅れてしまった。まだ少し体に固さがあったのか。しかし、致命的なミスではないだろうと思った。しかし、そう思った私の前を、猛烈な勢いで走り出ていく影があった。

《さあキョウエイマーチ、ビッグサンデー! 芝で活躍の両者が行く格好になりました!》

 速い、と思った。先程までの可憐な少女の姿はそこにはない。背筋が凍るような走りだった。このコースは最初の一〇〇メートル部分だけは芝コースになっている。言うなれば彼女の庭だろう。ダートは久しぶり、という事は芝を中心に走っていたという事だ。そこまで思って、そして思い出した。トレーナーが言っていた。確か、私以外で唯一G1を勝っているウマ娘。私でも知っているG1、クラシックの一つ桜花賞を勝ったウマ娘の名前は。

「キョウエイマーチ、さん……!」

 そうか、彼女が。そんな事を思いながら、私はコーナーを曲がる。私は今五番手の位置につけている。一番人気のワシントンカラーはすぐ後ろ、すぐ横には帝王賞で先着されたバトルラインがいる。

「よう、どうだい中央は」

 不意に、そう声をかけられた。

「広いし、大きいですね。……でも、やる事は一つです!」

「そうさな……ただ、こっちにも意地があるんでね!」

 彼女は叫び、足に力を入れる。私もペースを合わせた。並んで、コーナーを曲がる。先頭のキョウエイマーチの背が、近づいてきた。少し苦しそうな顔に見える。ダートは芝に比べてパワーがいる。しなやかな彼女の勢いは、やはり芝の方が生きるのだろう。それでも、彼女は予想以上に粘った。私も全力で駆け上がるが、中々捉えきれない。この勝負根性が、桜の栄冠に繋がったのだろうと思った。それでも、私だって負けられない。ライブリマウントに誇りが砕かれ、ホクトベガに手も足も出なかった。だが、今の私なら、中央だろうと。

《メイセイオペラ先頭か、キョウエイマーチ頑張った!》

「く……」

「行けるッ……行くッ……!」

 砂を蹴る。背中に、岩手の人達の期待を感じた。テレビで、会場で、きっと私を見てくれている。そして、あの二人も、きっと。

「ニセイさん……ポーロさん……私、絶対に、勝ちますからッ!」

 歯を食いしばる。キョウエイマーチを完全に追い抜いた。後ろからは誰も来ない。背筋に走る感覚はない。ゴール板が、見えた。直線をとにかく長く感じる。しかし、それもあと少し。届く。届く。

《完全に、抜け出したのはメイセイオペラ、メイセイオペラやりました!! 歴史に名を刻んだのはメイセイオペラ!! 初めて地方所属のウマ娘が、中央のG1を制しました! メイセイオペラが決めました!!》

 その瞬間、私は思わず叫んでいた。拳を握り、減速し、そして大きくガッツポーズして、もう一度叫んだ。観客席から、オペラ、オペラとコールが聞こえた。

「やった……やった……!!!」

「……おめでとう。凄かった、ですね」

 そう、声をかけられた。横を見ると、キョウエイマーチが汗を滴らせながら立っていた。

「やっぱり、足取られちゃったかな……ペースは良かったと思うんですけど、粘り切れませんでした」

「いえ、凄かったです……流石ですね」

「じゃ、行きましょうか。確定後に勝利者インタビューがありますよ」

 そう言って、彼女が手で指し示す。私達は並んで歩いて、まず控室に入った。そして順位が確定すると、控室を出た私の周りにマスコミの人達が集まってくる。

「中央G1優勝、おめでとうございます、今の気分は」

「最高に嬉しいです。落ち着いてレースができて、良かったです」

 そう言った私を、シャッター音が包む。

「岩手の皆様、見てらっしゃると思います。何か一言」

「はい、あの、皆様の応援のおかげで、こういう結果になったと思います。本当に、ありがとうございました! これからも、応援よろしくお願いします!」

 そう言った私に、別の記者から質問が飛んだ。

「これで、どうですか。今の国内ダートの頂点に立った、という事になるかと思うんですが、その辺りは」

「……そう、ですね」

 そうか。中央ダートのG1は、このフェブラリーステークスしかない。それに勝ったという事は、即ちそういう扱いになるという事なのだろう。しかし、それには釈然としない。思わず、言ってしまった。

「でも、あんまりそう思いませんね」

「え、そうですか」

「私、まだ二〇〇〇でアブクマポーロさんに勝てていないので。それなのに、頂点なんて言ってもおかしいですし」

 それに、と言ってにこりと笑う。これは、言っておきたいなと思った。地方の、意地として。

「私なんて、トウケイニセイさんに比べれば全然、まだまだですから。それを思ったら、そんな風にはとても」

 後日、私の言葉は驚きを持って迎えられた様だった。地方の強さは、はっきりと示された。地方から出てきた田舎娘が、中央のダートG1を持って行った。しかも、その彼女が負け続けている相手が一人いる。彼女が「全然、まだまだ」及ばないという相手がかつていたという。地方にはまだ怪物がいるのかもしれない。そんな風に、中央シリーズのファンが言っているのを聞くのは気持ちよかった。そして私は岩手に帰る。また水沢の、盛岡の、大井のレースが私を待っている。




 いかがでしたでしょうか。中央の敵としてキョウエイマーチを特にピックアップしたのは、元のレースの展開上彼女との先頭争いが一番の見どころだったかなと思う事です。勿論私自身がキョウエイマーチも大好きな事もありますが。
 メイセイオペラをもって、一旦書いてみたいなと思っている子は大体取り上げたかなぁと。ダイタクヤマトはダイタクヘリオスのキャラクターがまだはっきり分からないので書き辛いですしね。次は小ネタみたいな作品になるかなぁと思います。
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