配られた手札がいかに醜悪でも降りなければ勝負は出来るというお話

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日時計の影

勝ち負けはない

本当だ

なぜなら勝つことも負けることも既に決まっていることなのだから

これは勝負なのだ、配られたこの手札で戦いに挑むこと自体が戦いなのだ

あのにやけ面を少しでも歪ませられるなら、これほど嬉しい事はない

私の人生をかけることぐらい安いものなのだ

 

 

目の前のくそ爺が何やらくだらない御託を並べたてる。

やれ神託だの、選ばれし者だのごちゃごちゃとうるさい。

私は今、うやうやしく首を垂れ雑音を聞かされていた。一つぐらい舌打ちをしてもばれないだろうか?

いや、やめておこう。ばれたらこのまま地面とキスする羽目になるかもしれない。

「行くのだ!!勇者よ。この世界を救うのだ」

年甲斐にもなくはしゃぐ爺は嫌いだ。酔うのは酒ぐらいにすればいいのに。自分に酔うのが一番たちが悪い。

「必ずや、この世界を救ってみせます」

世界は救えと御託を並べるなら目の前のこの私は一体誰が救ってくれるの?

私は知っている。その「世界」とやらに私は含まれないのだ。

もっと明確に言ってやる。世界のために私を犠牲にされるのだ。

 

気ままな一人旅。聞こえはいい。むしろ最高じゃないか。

昔聞いた勇者の物語では勇者には幾人もの頼れる仲間がいた。

現実はどうだろう。私は一人だ。

仲間になるらしかった大魔法使いは弟子が云々、聖女と騎士団長とやらは王都の守りが云々。

風のうわさで聞いた。魔法使いは弟子を鍛えて魔王を倒すつもりらしい。

私こと勇者は捨て駒扱いだ。

聖女と騎士団長はデキてるらしく、子供がいるらしい。

挙句素晴らしいことに聖女の子供は勇者になることが常らしかった。

正真正銘、私は捨て駒だった。生まれてこの方剣など握ったことはなかった。

割と殺す気満々のあの王都での特訓が初めてだった。

あの地獄のような教えが今の私の生きる全ての糧だ。

その夜、馬鹿らしくなって泣いた。お供のロバは私など気にせず寝息を立てていた。

 

時折魔物が夜襲を仕掛けてくる。奴らは夜目が効くのだろうか?

こういった時はやはり仲間がいれば交代で見張りを立てるのだろうか?

馬鹿なことを考えていたら危うく片腕を食いちぎられそうになる。

焦らず、冷静に。それが生きる秘訣だと教えられた。

早く眠りたい。それだけを考えた。

 

 

地図を見つめる。倒れた看板を見やる。同じ文字だ。

この朽ち果てた瓦礫の山々が私の目的地らしかった。

せっかくここで食料やら買い込むつもりだったのに当てが外れた。

割と大きな街らしいので期待していたのに。

そろそろ相棒とも言える剣を握りしめ、街跡から宝さがしを開始する。

程なくしてそれらしい看板のかけらを見つける。

瓦礫をかき分ける。もう、ここの住人には必要ないであろう食料をそそくさと皮袋に詰め込んだ。

何処からか話し声が聞こえる。どうせ盗賊だろう。勇者が同じご身分だと知ったら奴らも笑うだろうか?

 

時々人間を殺すことがある。必要に駆られなければ別に殺したりしない。

殺す気やら犯す気で向かってくる人間に容赦などしない。

「痛え、痛えよ……」

目の前の男がうずくまり、もがいている。確かにあの日教えられたようにあそこを刺せば激痛が走り、血も止まらないらしい。もひとつおまけに少しぐりぐりしたのが効いたのか?

「誰か助けてくれよぉ……」

うめき声がやけにうるさい。先に仕掛けてきたのはお前のくせに。

誰に助けられたい?私か?女神か?それともこの世界から?

今、楽にしてあげる。

復習その2 喉を掻き切れば人は死ぬ。

 

最近人を殺すことに慣れてきた自分がいる。

他人の命などどうでも良かった。でもこんな事に慣れて私は幸せなのだろうか?

赤く染まった手を外套で拭く。ついでに剣に着いた血はそこの骸にこすりつける。

手についた血もあいつの服で拭けばよかった。過ぎたことだった。

 

魔物の肉は不味い。今日得たことは忘れないだろう。

 

随分遠くに来たのではないだろうか?少し肌寒い。相棒のロバもそう感じたらしく、その場でうずくまりだした。私と同じでこうなると言うことを聞かなくなる。実に私のお供らしい行動だ。

どうにかこうにか寝床によさげな場所まで引っ張り、近場の倒木に座り込む。

私はくしゃくしゃになった地図を皮袋から取り出してぼんやりと眺める。死ぬのはいやだ。

 

何枚か着込んでいる外套の一枚を敷き、そこに寝っ転がりながらぼんやりと夜空を眺める。

私は綺麗だと感じる。だが、どこかの誰かさんはこの夜空の地図を描くことを考えるらしい。

覚えさせられた星の位置を見つめる。こいつだけは私たちと同じで頑固者でこの夜空でてこでも動かないらしい。首だけを動かしたその先には、ふてぶてしいお供がいた。

しんみりしていたのに台無しだ。でも、それだけで笑いがこみ上げてきて少しの満足感が得られた。

上体を起こしてお供の背後の暗闇を見つめる。あの闇の先が目的地なのだ。この旅の目的地。

魔王を殺せば世界は平和になるのだろうか?別に学もない私だったがふと考えこんでしまう。

どうでも良かった。

方角を忘れぬよう、木に印を付け、眠りについた。

 

火を見るのは好きだ。なんだか心が落ち着く。あの炎の揺らめきは私を癒してくれる。

私は時々炎に見とれてその上の肝心な湯沸かしの存在を忘れてしまう。馬鹿なやつである。

このやけに沸かしたお湯をオートミールと混ぜてぐちゃぐちゃにして食べるのが食事の常だ。

だが、今日は違うのだ。何と乾燥させたイチゴをここに投入するからである。

何て豪華なの!!そしてさらに!!今まで食べずに来たこのはちみつも投入することに決めた。

……食べる機会を失いたくなかった。豪華な食事がしたかった。それだけだった。

もう目的地はすぐそこまで来ていた。いや、来てしまっていた。

 

ぼんやりと日時計を眺める。この日時計もあの地獄の特訓で学んだ。

恐ろしい奴だと思う。いきなり知らない場所に放りだされ、地図やら数日分の食料を渡されて

「地図の目印の場所で待つ」とか狂ってるとしか言いようがない。

生きるために学んだ。もしくは生きるために学ばなくてはいけない事だった。

こんなことをしている場合ではないことぐらい知っている。

ここが敵地で、悠長に日時計を眺めてる余裕などないと分かっている。

ロバを見やる。お昼寝タイムらしい。暢気なやつだよ、お前も。

ここの周辺に来る前の温帯な場所で離してやるつもりだったし、実際そうした。

いつもは綱がなければどっかに逃げ出す奴だった癖に。頑固で馬鹿な奴だ。

時間がいくら過ぎても何もいいことはなかった。

立ち上がり、相棒の体を枕に寝っ転がる。温もりを感じる。

「畜生……死にたくないよ……」勇者って外套を血だらけにして、鉄の鎧も重くて着れないから皮鎧を着て、馬なんて持ってないからロバを連れてさ?仲間も誰もいない……こんなのありなの?

剣なんて使ったことないのに、痛いのやなのに、人の殺しかたとか知りたくなかったし、ばかみたい。

皆死んじゃえばいいのに。親に捨てられて、生まれてきた理由がこれなの?皆のために死ねばいいの?

皆死ねばいいのに。なんで私ここにいるのよ……

 

 

あの頃は必死にシスターの手伝いをしていた。また、捨てられるのが怖かった。

自分に価値がない事が何よりも怖かった。だから、率先して働いた。学がないのは苦労することを知った。だから勉強も必死にした。シスターに字が書けることはすごいことよ、と褒められた。嬉しかった。それでも私は怖かった。

ある夜の事、女神からのお告げを聞いた。神託を受けとれる者は少ないと聞いていたから私が聞けるなんて思ってもみなかった。でも聞かないほうが、聞こえないほうが良いこともあると知った。

「あなたは選ばれしものなのです。良いですか?これは名誉なことなのですよ」

「あなたは勇者となり、魔王を打ち倒すのです。これは私と彼の賭け事なのですから絶対に勝ちなさい?負ければこの世界は滅びるのですから」

どうやらこの女神様は誰かとこの世界を賭けた戦いをするらしい。その駒が私らしかった。

それだけ告げると女神様はそれきり話さなくなった。ひどい悪夢だと私は思った。だから、目が覚めたらきっとなに事もなく日常に戻ると信じた。

しかし、それは悪夢の始まりだった。

教会には私が勇者であるというお告げが舞い降りていた。神父様は泣いて喜んでいた。他人事だと思って……私は絶望していた。本当に喜んでいることぐらい分かっていた。でも許すことなど出来なかった。

私が死ねば皆死ぬのに。

シスターも泣いていた。私は怖がりのくせに好奇心が高い人間だった。もしくはその臆病さが救いを求めていたのかもしれない。

「シスター、私が勇者に、選ばれて嬉しいですか?」

 

もう何もかもどうでも良かった。世界なんて私にはどうでも良いのだと騙し続けてきた自分の本性が姿を現した。

それから王都に連れられ、教官に出会った。

恐ろしく厳しい人だった。私は恨みすらした。

でも、私の出陣を見送ってくれたのは彼女だけだった。

彼女はなぜか泣いていた。「必ず生きて帰ってくるんだ、約束しろ」

 

 

 

少し眠ったらしい。日の影が先程より少し傾いていた。

正午を少し過ぎたくらいだろうか?まだ少し頭がぼんやりとする。

起き上がった私を相棒がジッと見つめている。

「すぐに戻るよ」

 

日時計の影が幾度となく一巡し、時刻を告げる。

 

しかし、彼女が帰ってくることはなかった。




昔の人はどんな装備で旅をしていたんでしょうね
携帯式日時計がいまいち想像出来ません

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