例によって作者の趣味全開で本筋と関係無い話なので、ダメな方は第十四回へ。
陽が暮れた山間は静かで、外で何か催し物をやるには今が絶好。
この瞬間を待っていたかのように、コーチの橋本先生は花火セットを手に持って、合宿所の外に集まった私達部員に向けて口を開いた。
「みんな~!!これからちょっとした余興をしたいと思いまーす!」
「橋本先生ー、予定表にも書いてありましたけどこれから何をするんです?」
「え?花火持ってるから花火っしょ?」
「大正解! けど、まだ半分だね~」
私とあまり接点のない橋本先生は、かつて滝先生と同じ大学の同期で現在はプロのパーカッション奏者らしい。気さくで人懐っこい笑顔が特徴なムードメーカーで、そして何より目端が利いて視野も広い。 滝先生とはまた違ったタイプの大人だ。
「何やるんだろうね?久美子」
「さあ?」
「というと………、まだ何かあるって事ですか?」
「その通り!小笠原さん!」
「何が始まるんです?」
「肝試しだよ~?」
「ぇえええええええ!!??」
私を含め部員の9割が否定的な声を上げた。……怖いのは苦手だ。
「大丈夫!!ルートは一本道!!あの林の中を歩いて突き当たった所でUターンして、ここに戻ってくる。それだけです!」
「今どき肝試しって……」
「ないよね」
「無理っす」
「いや無理か分かんないだろ」
「勿論参加義務はありません。基本的にはこの用意した花火があるので、どうぞ各自自由に気分転換して下さい」
滝先生が苦笑いを浮かべながら、私達に言う。滝先生も怖いのが苦手なのかな?
「それにです先生。夜の肝試しって危険なんじゃ…?」
「それについては問題ありません。地元の自警団の方々が全面的に協力を申し出てくれました。今も林の中に待機してくれています。誰かがルートを外れたり、アクシデントが発生したらすぐさま駆けつけてくれるそうです」
「へ~、自警団ですか」
「自警団の方、お願いします」
黒いサングラスを掛けた、え?堅気の方ですか?如何にもな人が音も無くお辞儀をして、私達にA4サイズの紙を手渡した。
「皆さん初めまして。炉洲理玖自警団・隊長の灰原です。我々は特殊な訓練を日々受けております。今夜、皆さんには最高の安全とスリルを約束しましょう。詳しくはこのペーパーをご覧下さい」
「なんだか文化祭の催し物みたいだね」
「今年の文化祭何しよっかなあ…」
「まだ夏だよ~?」
「ええと? ……ここは妖王の庭。悲鳴とも絶叫ともとれるナニカの声が木霊する森。その奥には特別な火が灯っている。それを見つけ、君は生きて帰って来ることが出来るか。へ~雰囲気はそれなりにありますね~」
「! 参加します」
「……私も参加しま~す」
「私らはパス」
「俺らもパス」
「あたしらもパスでーす」
「参加します」
ホルン隊の二人が手を挙げたのを見て、今夜は何だか面白いことが起きそうなワクワク感が突如私の全身を震わせる。瞬時に手を挙げると、タイミングばっちり一人の先輩と声が被った。
「あ、桃ちゃんも?私と一緒だ」
「葵さんと一緒で嬉しいです~!何だか面白そうですよねっ」
「先生、私も参加します…」
「では参加者は森本さんと岸部さん、斎藤さんと帆高さんと小笠原さんの以上五名でよろしいですか?」
「異議なしでーす」
「晴香、あとで感想聞かせてね?」
北宇治吹部の部長は震えながら手を挙げ続けていた。
「………♪」
「………」
対して、我が部が誇るホルン隊。その岸部先輩と美千代ちゃんが真逆な雰囲気を纏わせて足を動かしていた。私は夏の夜という雰囲気に酔ってしまわないように、お腹に力を込める。
「あの、お二人さん? 何なんですこの空気?」
「どうしたの?二人とも。えらく対照的だけど」
「妖王の庭ですよ?興奮しない方が無理ですよお~!」
美千代ちゃんは眼をランランと輝かせながら言った。
「すいません自警団さん、凍傷武器か雷武器は」
「ありません」
「援軍は?」
「? 貴女達ですよ?」
「雰囲気作りばっちりだね…。もう始まってるってわけなんだ…」
「レッツゴー!!」
やんわりと笑みを浮かべる葵さんと、嬉々とした美千代ちゃん。クールな岸部先輩と怯え気味な部長。そして私。誰がどう見たって最強のチームだ。
まるで違う世界に向かうように、私たちは歩き続けた。
◆
……林の中は夏の夜にしてはひどく涼しく、そして淋しげ。 無風なことが功を奏しているのか葉っぱの掠れる音一つせず、生き物がいるのかも怪しい雰囲気がそこら中に蔓延っている。ように見える。
―――ああ、愛しいオセロット
―――どこだい?どこにいったんだい?
―――出ておいで?何も怖いことはないんだよ?
こんな不気味な声が、木霊していなければ。
「け、結構雰囲気やばい……ですね?」
「そう?」
「もうダメ…もうダメ…」
「晴香先輩しっかりー」
「等身大で楽しめるだなんて素敵ですぅ~~」
「ここだけ世界観間違えすぎじゃない……?っ」
―――私の愛しいオセロット
―――この子は私のすべてだ
―――だってお前は竜の御子
―――そう生まれついたのだから
「葵先輩、桃ちゃん、部長、聞いて下さい。やはりここは古の王城ロスリック、そのお庭。オスロエスっていう鱗のない竜のなりぞこないが寝床にしてる場所です。クシャクシャにしてやりたい所ですが、今大事なのはカバー命。そんな気持ちで行きましょう」
「で、でも装備はこのLED懐中電灯のみ。こ、心許ないよ美千代ちゃん?」
「ねえ。この、オセロット?って誰のことなの?」
「オスロエスの息子さんのことですね」
「探してるみたいだけど何処かにいるの?」
「いません」
「え?」
「ぇえ?」
「そんなの、いません」
―――ああ、愚者どもめ
―――ようやく気付いたのだろう
―――愛しいオセロット、竜の御子の力に
―――だが、そうはいかぬ
「嘘教えないの。色々諸説あるようで、一概には言えません葵先輩」
「へぇ~そうなんだ」
「な、なんでそんなに詳しいんですか?」
「これはとあるゲームの敵キャラクターなんだよ、桃ちゃん。古いゲームだけど未だに根強いファンがいっぱいいるの」
「こいつもここの自警団もその拗らせたファンの一人ってわけ」
「海松先輩もですよ~?」
「私は別に」
「………もうダメもうダメだって。もうダメよ絶対来るもんそのオスロエスとかいう変なの…ほら~~っもうやだよもぉぉぉぉお」
「あ、あの部長?怖くて駄目なんでしたらギブアップとか…、」
「自警団の人曰く近くに居るのでギブアップって叫べば駆け付けてくれるみたいですね」
「――ううん。でも頑張る!」
「え?」
―――ああ、だから、さあ、オセロット
―――My dear, little Ocelotte
「私はこのゲーム、プレイしたことないけど、部員が頑張ってるのに屈するわけにはいかない…! これくらい、耐えなきゃ…!部長だもの!! 私、絶対に負けないよ…!」
そこには一人の、一つの部の長の鑑とも言える3年生がいた。これが部長というものなのか。私は尊敬の眼差しと言葉でもって、せっかくの夜の空気を切り裂いてみた。
「え、ちょっ、部長それすごく危ないです。フラグっていうらしいですよ?」
「あれが晴香なりの気合の入れ方なの。そっとしておいてあげよ?桃ちゃん」
「そ、そうなんですか?」
葵さんは困った旧友を見る表情をした。めっちゃ笑ってる。
「うんそう。 ところでこのゲームってたしか三部作だよね?私、エス・ロイエスっていう名前は知ってるんだけど、もしかしてオスロエスってその親戚か何かなの?」
「エス………ロイエス……?」
「え?」
ピタリと。岸部先輩の足と瞳がその場で停まった。
「―――っ!葵先輩今それ言っちゃダ、」
そしてグルリと。こちらを振り返り、
「ロイエスの騎士は屈しない!!!!!」
叫んだ。いつもクールに細めてる目蓋をカッと見開きながら、叫んだ。――咆哮。まるで命を懸けて何かに挑むように、岸部先輩は右拳を夜天に掲げた。
「この肝試しの夜を古き混沌を食い留め続けた偉大なる白王陛下と我が同胞・ロイエスの騎士達に捧げるッ!白の都エス・ロイエス万歳!!いくぞおおおおおおお!!!!!」
―――オオオオオオセロオオオオオオオオオット!!!!!!
やばい何かの、スイッチを押してしまった。
◆
「ねえ葵……仮にだよ? 仮にそこの林からナニカがそこの林から出てきたとして、………そしたら私達はどうなるの?ぶん殴られちゃう?」
「地味じゃない?それ」
「地味……」
「返り討ちにしてあげますよ。任せて下さい部長」
「いや、自警団の人達がいますから。そんな危険有っちゃいけませんから」
「ていうか雰囲気変わりすぎじゃないですか?岸部先輩」
「エス・ロイエスはそのゲームの二作目に出てくるステージ名なんだけどね、ちょっと演出が格好よくて。海松先輩はそこから抜け出せてないの。ダークソウル大学ドラングレイグ学部ロイエス学科雪原専攻なの」
「え?ご病気?」
「特に脳がね」
「私は何事もやる時はやる。それだけよ。その時その時のベストを尽くすの。そうしていれば浮き上がってこれる。先へ進める。帆高、憶えておいて」
「ベスト………」
「良いこと言うね、海松ちゃん」
「では今は?」
「オスロエスを粉微塵にする」
「だからいませんって」
「大丈夫。何度も潰してるから」
「ゲームの話ですよねッ?」
「ノーモーションの突進にだけ注意すれば大丈夫」
「そうです。だってあいつはミディールじゃないミディールじゃないミディールじゃない」
「眼が虚ろ!?!」
同級生の美千代ちゃんが綺麗な夜空に眼を向けて何かぶつぶつ言い始めた。果たして何を見てるんだろう。虚ろにしては愉しそうな顔だけど。
「あ、そうか、宇宙は空にある」
「晴香、今度そのゲームやってみよっか。何だか楽しそう」
「全国で金賞獲ったあとでね…」
さてそんなこんなで木に囲まれた一本道を勇んで突き進む私達。
葉っぱが化け物の手や顔に見えたとしばしば叫ぶ晴香部長に、晴香の声にビックリするよ!と葵さんが発破を掛けながら手を取り合って私達はついに、
「見えました!!火!火です先輩!」
「…しかし海松先輩。これ一体どんなストーリー設定なんでしょう?オスロエスがいる先は隠し道だけで火なんて無い筈。楽しみですね」
「もしや祭祀場?グンダ?」
「そんなまさか…」
「………ん?」
「……ゑ?」
それは大きな器だった。中には猛々しい火があり、でも尽きる事なくずっと燃え盛っている。広場のような場所の中央に置いてあるそれは、安心できる色をしていた。とても暖かい。
「うわ!すごい熱い!」
「なぁるほど~、最初の火の炉ってわけですか」
「古竜のなりぞこないはどこ美千代」
「周囲360°オールグリーン。何もありません」
「助かったー、……夏と言っても夜の林の中は肌寒かったから」
暖かいのは良い事だねと、葵さんは火に手を翳した。
「………?」
そしてその後ろ、そこには綺麗な女性が居た。眼を閉じ、座って、火が暖かいからかどうやら眠っているようだ。
「凝ってますね~。自警団の人たちの演出」
他の皆にならって私も手を火に翳すと、その女性の長いまつ毛が、目蓋がうっすらと開き始めた。
「こんなこともあろうかとエストを持ってきました。コップもあるので皆で飲みましょう~」
「エスト? …あ、おいしい。でもこれリンゴジュース?」
「はい。津軽のリンゴを使っています」
「え?エスト瓶の中身って津軽のリンゴジュースなの?」
「また変なホラ話を……」
「いいじゃないですか美味しいんですから。 いや~世界の始まりの火ですよ~…、これは王のソウルが得られるかも!」
「あっそ。じゃあ今から古竜に戦いを挑んで灰の時代終わらせる?」
「もう全部狩ったじゃないですか~。黒も白も闇も石も」
「それってそのゲームの話?ちょっと聞かせて?」
「それより火を見つけたんだし早く帰ろうよ~…」
「………」
・・・・・。
こちらを見る。眼と眼が合う。女性が、声を出す。
瞬間、チリンと鈴の音がした。その音色は分け隔てなどない無限の恩恵と憧憬が混ざった卯の花色。何だか太陽みたい。ありがたいなあと思って、私は深く頭を下げた。
「いや~良い体験しました!そろそろ帰りましょう!」
「美千代のその元気は一体何処から来るわけ?」
「海松先輩には言われたくありまっせ~ん!」
「うーん…、合宿から帰ったらちょっとプレイしてみようかな」
「是非1からやってください~!」
「2がおすすめです。最初からワープできるんで」
「その時は色々教えてくれると嬉しいな。 あ、そうだ桃ちゃん。急にお辞儀なんてしてどうしたの?」
「え?何がです?」
葵さんが意味不明な事を言う。あんな綺麗な女性、誰が見たって忘れないだろうに。
「だって何も無いのに。その奥はずっと林だよ?」
「――え?」
眼を移す。そこには火だけがずっとあった。
他には夜の闇と、木と、暗くて灰色に見える土と岩だけで。人は私達しかいなかった。そこには誰も居なかった。
「―――。あの、海松先輩」
「ん?なに帆高」
「そのゲームって、どんな感じで始まるんです?」
「え?興味あり!?桃ちゃん」
「少し」
「そ? なら、最初だけ教えてあげる」
「最高のゲームの一つだよー!」
全て、果たして全て火が私に見せた幻だったのか。あの声も。でも、いつか。
いつかまた…会えるといいな。
古い時代
世界はまだ分かたれず、霧に覆われ
灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった