響け!ユーフォニアム一年目でゴールド金賞RTA   作:ブロx

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第十六回 その2

 

 

 

 文化祭のパンフレットを見つめる。

そこには友達のクラスの出し物、上っ面だけの付き合いの友人知人のクラスの出し物。そして後輩の出し物が所狭しと書かれていた。

 

「じゃあ表で占いしてくるよん」

 

「え?表?ちょっとじゃあって何――」

 

「じゃあね~~ん」

 

 軽口を友達(我らが部長)に言って、廊下に椅子と机を出して道具を広げる。そう、この行動は二つの利点を持っている。

 第一に我がクラスの宣伝。そして何より私は行き交う人達がよく見える。気が落ち着く。良い事しかない。

 

「………さて、と」

 

『退部届は出したのかしら? あすか』

 

そんな私は。先日母に最後通牒を突き付けられてしまっていた。

 

『…まだ出してない。だって文化祭の公演とか、終わってないし』

 

『たしかにそうね。文化祭は学生なら誰しも参加しなければならない学校行事。誰がどう聞いても、悪くない口実ね?』

 

『………』

 

 ―――音楽は高校3年の夏で終わりにしなさい。それが高校入学と同時に母から言われた最初の言葉だった。それに対して、私はずっとイエスと言い続けてきた。

 

『ああ、ところで。あすか?』

 

『…………』

 

表向き、頷く。見る。この日、この人は珍しく笑みを浮かべていた。

 

『最近の世の中は便利になったものね?ちょっと検索サイトにワードを入れれば、知りたい情報と知りたくもない情報が一挙に羅列される。

 例えば今日の献立、異性同性との付き合い方、効率的な勉強方法、大学の偏差値。正に情報過多社会ね。そして―――』

 

『………』

 

まずいと、私は思った。

 

『全日本吹奏楽コンクール全国大会高校の部・審査員。進藤正和』

 

ありありと見せつけられるPC画面。そこには間違いなくそう表示されていた。

 

『何故?という顔ね。あすか』

 

『…………』

 

・・・・・。

 

『思い込みは良くないわね。なにもおかしくはないでしょう? 貴女と血の繋がった親はこの世にたった二人だけ、それはどんな人間であっても。

 そして貴女はこう思っている。―――顔も憶えていない父親に、自分の演奏を聴いてもらいたい。あの特別な銀色のユーフォを吹く姿を見てほしい。そんな子供の思考の帰結を、片親は一欠片も思い至らないのが当たり前かしら? あすか』

 

………読まれていた。思えば昔からずっとこの人は、私の思考を読んでいた。

 

『…お母さん。私、別にそんなつもりじゃなくて。音楽は。音楽をもう少し、…もう少しだけ続けさせてもらいたいってだけで、』

 

 ―――でも駄目よ。あすか。

 

そう言う母の顔と声は理性のように冷徹で、娘に有無を言わせなかった。

 

『小学校1年生の頃、貴女があのユーフォニアムを手に取って、吹きたいと私に言ったあの日から。私は必ずこんな日が来ると思っていた。父親から楽器という面影を貰い、コンプレックスを抱いて生きていけば必ずこんな日が来ると確信してた。音楽を、絶対に辞めたくないと。

 ――だから駄目よ?あすか。何故ならそんな感情は、もうこれからの貴女の成長には一切必要ないんだから』

 

『………成長』

 

『解かるわね?今の貴女なら』

 

・・・・・。

 

『退部届を顧問の先生に出しなさい、あすか。即刻。どうしても出せないと言うなら、私が書いて学校に持っていきます。それとも二人で一緒に提出しに行きましょうか。その方が、貴女は迷わないで済むでしょう?』

 

迷わせない。の間違いだろうに。私は小さく頷くしかなかった。

 

 

「………もう最後だろうねえ…」

 

「何がですか?」

 

「うん?文化祭が、もう高校3年生だから最後だなあってね~」

 

 笑みを浮かべる。目線を上げる。

思考の海から私を現実に戻した後輩の顔と声は、何故だかひどく面白く感じた。

 

「ウェルカ~ム、迷える子羊よ~~ぉ」

 

 

 

 

 

 

「ウェルカ~ム、迷える子羊よ~~ぉ」

 

「凄い衣装ですね田中先輩。流石としか言えませんよっ」

 

「え?やっぱり~?う~ん、帆高ちゃんはセンスあるねえ!」

 

「いえいえそれほどでも~」

 

 北宇治高校吹奏楽部3年・副部長。低音パート(王国)のリーダー。その田中あすか先輩とこうやってちゃんと話すのは、夏の合宿以来だった。

 …魔女っ子みたいな服装と笑顔がひどく似合っている。先程一瞬神妙な顔をしていたが、今はまるでパワポケ12秘密結社編に出てくるアマルダさんみたいだ。

 

「占い屋さんの出し物ですか?是非占って下さい!」

 

「オッケ~イ!料金はこちらで~す。未来を占ったげよっか?それとも人間関係?」

 

「う~~ん、そうですね。先輩との人間関係を」

 

「ほほう? 年上との関係かあ、帆高ちゃんもお年頃だね~。葵と喧嘩でもした?それとも恋!?もしかしなくても同じ人を好きになっちゃいましたあ~って!?大変!!?お客様のプライバシーは遵守致しますが職務規定ですので今ここで根掘り葉掘り訊かせて頂けま、す、か――!」

 

「田中先輩との人間関係を。是非お願いします」

 

「………――」

 

キョトンとする。先輩の顔は、何故か久美子に似ていた。

 

「…。どちらの田中先輩ですかな~?」

 

「北宇治高校吹奏楽部3年で副部長の方です」

 

「なるほどなるほどー、って私やないか~~い!」

 

「先輩のお陰で見つけられたんです」

 

「ちょいちょいjust a moment.どゆこと?」

 

「夏合宿の時、何かを見つけられればきっと自分の力になると先輩は教えてくれました。私ずっと、あの時のお礼を言いたかったんです」

 

「お礼は本番の演技だけでいいのに~。…それで?なんか珍しい石でも見つけたのかな?」

 

 ―――でも帆高ちゃん、自分を証明する為の道具が楽器である必要があるのかな?

 あの時この人に出会わなかったら。私は今でもそう思っている。

 

「私は私を証明する為に、皆を想って楽器を吹くという事です」

 

「わおっ、大胆な言葉だね~。そんなに力まなくていいのに。ちなみに皆って誰?」

 

「私は高校から吹奏楽を始めました。周りの人は皆お師匠さんです、恩人です。だから力が入らないなんてありえません。本当にありがとうございます、あすか先輩」

 

「………」

 

ずっと凝視していた水晶玉から眼を離して。先輩は私の眼を見はじめた。

 

「ん~帆高ちゃんもいずれ解かる事だから言うけど、同輩どころか先輩なんて、皆自分の事しか考えてないよ?」

 

「………」

 

それは独白のようにも、愚痴のようにも聞こえた。

 

「まあ何事も自分あっての物種だから、それが普通と言えば普通だけど。だからそんな私に感謝を言うのはおかど違い。パートだって違うし、晴香やヒロネか葵辺りにその言葉は言うべきだよ」

 

「それでも最初はあすか先輩です」

 

「そう?」

 

「はい。そうです」

 

「そっかそっか」

 

 少し無表情になった先輩はそう言って、けどすぐにニコリと笑った。

初めて会った時から変わらない、昔の久美子みたいなその表情。ユーフォ使いは皆、時々放っておけない顔をする。そこが良いのかもしれない。

 

「おっとぉ、いつの間にやら出ました!帆高ちゃんと私との人間関係は~~~っ!??」

 

「!か、関係は…!?」

 

「小吉!」

 

「まさかの和風!?」

 

「その通り。西洋の魔女っ子が和風を合わせ持ち最強にみえる。そして君の頑張り次第でこれから良い関係性を築けるかもなので、頑張りましょう。以上でした~」

 

「ありがとうございます!」

 

「さ、次のお客が来るかもだから行った行った。文化祭、しっかり楽しんでいってね~」

 

「はい!」

 

先輩は変わらない表情で。でも何処か嬉しそうな眼差しでそう言った。

 

 

 

 

 

 

「私のお陰、か」

 

・・・・・。

 

「そんな事、初めて言われた。誰かを想って吹くだなんて。居るんだね、そういう奏者も」

 

本当に? 本当に。

私は?   私は。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ~~~っ……今日は嵐かぁ~…」

 

「休みでよかったじゃないの。こんな日に外出歩かせるなんて正気の沙汰じゃないわ。桃」

 

 楽しい文化祭が終わり、次の日。

さあ全国へ向けて練習練習!!っと意気込んだのも束の間。悪天候のせいで学校が本日休校という連絡が届き、手持ち無沙汰な私は久美子に小テスト無くなってよかったじゃんYO!とメールを打ち始めていた。

 

「お父さんは仕事でさっき行ってきまーすだったじゃん。ストームレインかあ・・・ッとか呟いてたけど」

 

「大人は正気じゃやってけないのよ多少は。貴女にもいずれ解かるわ」

 

「そういうものなの?」

 

「そういうものなの」

 

 紅茶ない?と母に尋ねると、生姜紅茶ならあると言われたのでヤカンの沸騰を待ちながら久美子と携帯でやり取りをする。やはり暇なんだなと思ったけど、次第にそれは途絶えてきた。

 

「?実は忙しいのかな?」

 

「何が?」

 

「友達」

 

「もしかしておっこちゃん?」

 

「そうそうー」

 

「長いわね~」

 

「なんだかんだねー」

 

「まだユーフォニアムを続けているの?」

 

「勿論。自慢の幼馴染ですから」

 

笑いながらそう言うと、母は尊敬の色を表情に込めて同じように笑った。

 

「凄いわね。将来はきっと、偉大な大人になるわ」

 

 桃も負けられないわね? 

そう言われ、私はそんな彼女に追いつこうとしているのだと再認し、一際強く心が躍った。

 

 

 

 

 時は過ぎ去り明くる朝。早朝ランニングは今日もお休み。

父曰くストームレイン、のせいで出来た道路と歩道の水溜りが日光を反射して、地面に青空が映りこんでいた。

 

「空は綺麗に晴れあがりましたねー」

 

 ご愛嬌の独り言。そんな中注意して通学路を進んでいると、いつの間にか長い髪をした女性が前を歩いていた。

 …水溜まりの避け方がやけに上手い。平衡感覚がずば抜けてる。何者だろう?私は少しその人を注視した。

 

 見慣れない制服。女性のものだろう。おしゃれなカメラを手に持っている。何か珍しい物でもあるのか、ファインダーを覗き込みながら巨大な水溜まりの傍で立ち止まる。その時、

 

 ――――あ。

 

 虫の知らせともいうべき何かが私の耳を仄かに揺らす。口中の呟きが脳に届いたその時、私は全身全霊の力を足に込めていた。

 そして叫ぶ。猛スピードで角を曲がった車が水溜まりを踏むその瞬間に。

 

私達の身長を優に超える水飛沫が、その女性目掛けて飛んでいた。

 

「危ない!!!」

 

 ―――危なかった。

とっさに出た右手がその柔らかい腕を掴むと、私は自分の身体の方へ思いっきり引き寄せた。

 あまり使った事のない筋肉が悲鳴を上げ、もう離せよと訳知り顔で私の脳みそに命令するが、それをまた脳内でぶん殴ってこちらの言う事を無理矢理聞かせる。

 

「危なかったですね…、私は通りすがりの吹部部員の」

 

 口にしながら振り返って、右手を離す。だって凄く綺麗な人だったから。

キョトンとしたその表情。みぞれ先輩とも希美先輩ともあすか先輩とも違うその表情は、別に避けられたのにと言いたげな雰囲気を醸し出している。

 

でもそれは錯覚だったのかもしれない。

 

 ―――朗らかに笑う。造ってなんていない純粋なその笑みは、この人のアイデンティティなのだろう。だって一目で分かった。

 

「助けてくれてありがとう。貴女、北宇治の子?」

 

そこには自信しか存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

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