響け!ユーフォニアム一年目でゴールド金賞RTA   作:ブロx

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第十八回 その3

 

 

 

「桃。お疲れさま」

 

「お疲れ。久美子」

 

 駅ビルコンサートが明日に迫ったその日の部活終わり。

洗面所で顔を洗っている久美子を見つけて、私はつい足を止めてしまっていた。

 

「……?どうしたの?」

 

「ねえ、今から一緒に帰れる?」

 

「別に大丈夫だけど」

 

「相談があるの」

 

「………はぁ?」

 

 身支度を整えて外に出ると陽はもう見えなくなっていて、涼しいよりも寒くなってきた風が私達を力強く鼓舞してくれた。

 

明日も頑張れ。………けれど、

 

「あれからあすか先輩。どんな感じ?」

 

「たまに顔は見せてくれるけど。…それだけ」

 

「まずいよね。やっぱり」

 

「晴香先輩たちは何とかするって言ってくれてたけど。実際問題あの人を前にしたら何も言えなくなっちゃうんじゃないかな。桃は?」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「――ねえ。アンタ今何企んでるの?」

 

「企むって。なにそれ人聞き悪い」

 

「気付いてないみたいだけど今の桃の顔。中学の頃と同じだよ?」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「ねえ」

 

「なに」

 

「明日のコンサートが終わったらさ。私、殴り込む」

 

「ちょっと」

 

「言っても拳とかじゃあないよ。音楽でね」

 

「クラリネットで? まさかあのあすか先輩のお母さんに?」

 

「うん」

 

「他人の家庭環境に他人が無理矢理入ったって変わるわけ無いじゃん。今は先輩達が動いてるみたいだし、時期を待って慎重になるべきじゃないの?そんなの桃らしくないよ」

 

「久美子」

 

「なに」

 

「顔と言葉が全然違うよ?」

 

「―――は?」

 

言葉とは裏腹に幼馴染の顔には期待と書いてあった。

 

「実は美知恵先生から聞いたんだけどさ。あすか先輩のお母さん、昔明静工科の吹奏楽部だったんだって」

 

「!」

 

本当に?久美子は眼で訊いてきた。

 

「うん。 それでね?あの人当時は自分を証明する為に楽器を吹いてたんだって」

 

「………」

 

「私とおんなじ」

 

「…なに?シンパシーでも感じたわけ?それは違うよ桃。だってあすか先輩のお母さんはあすか先輩のお母さんで、桃は桃じゃん」

 

「そうだねえ」

 

「そうだよありえないじゃん。だってそれじゃ桃が将来、」

 

「………」

 

ああなるのだろうか。私はずっと抱えている不安を吹き飛ばすように声を出した。

 

「…今度は口だけじゃない」

 

「え?」

 

「――今度は迷わない」

 

 予感があった。ここで動かなければならないと。

 予測があった。きっとあの人は自分だと。

 

聴いてもらわなければならない。私の音楽を。今の私の音色を。

 

「久美子。私、後悔したくない」

 

「それは………、私だって」

 

「あすか先輩の事は任せたよ。憶えてる?だって私達、北小さわやか4組左右両翼だもんね!」

 

「お願いホントそれ止めて」

 

 恥ずかしがるなんてもんじゃない黒歴史を目の当たりにした顔で。幼馴染は私を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 迎えた駅ビルコンサート当日。

私は綺麗な水色のユニフォームの集団に眼を奪われた。部長の人だろうか、一心不乱に先頭を進む女性の顔が見てとれて、ああこの学校の吹部は何があっても絶対に大丈夫なんだなあと思った。

 

「あれって立華?」

 

「あ、梓ちゃんだ」

 

「翔子先輩ですっ」

 

「え?誰?みどりちゃん」

 

「立華の部長さん!同じ中学だったんです」

 

「へえ~どうりで」

 

 そして聴こえてくる立華の音色は、そのユニフォームが示している通り弾ける笑顔のような水色だった。部員の人達はみんな笑っていて、笑顔じゃなければ立華じゃないのさと音でも表していた。

 

「流石の音色だね」

 

「うーん。絶妙」

 

「良い音楽だったぁ!」

 

「だね。 あ、次は清良だよ」

 

「北宇治移動するよー」

 

「はーい部長」

 

 返事をして、私は真由ちゃんはいるだろうかと思って移動しながら目線を動かしてみたけど、残念。今日は会えずじまいみたい。約束通り全国大会で会うしかないようだ。

 

「……ぉおう」

 

 思わず唸る。

聴こえてきた音は、類稀なると表現している音色だった。以前テレビで聴いた時よりも格段に凄まじくなっている。赤みがかった蒼の色が今やどうだ、誰にも似せる事すら出来やしない月白色。

 

―――これが常連。これが常勝。この国で最も上手な吹奏楽部の音なのだ。

 

「ファンになっちゃうね、桃ちゃん」

 

「負けられませんね、ヒロネ先輩」

 

 笑顔で、力強く頷く憧れの先輩を見て。私は下腹部に力を込めて、それを全身に行き渡らせた。

 

 

 

 

 

 

 ―――全国吹奏楽コンクール・ゴールド金賞。

それを受け取り続ける事が常である吹奏楽部がもしあるなら、その吹部は現状維持をし続ける為の伝統と義務が生じるか。

 

否。断じて否。

 

「………、」

 

 その確信の証拠として、進み続ける足を止め、軽く右手を上げる。後ろに続いている同輩も後輩も全く同時に足をその場で止めた。

 

一応。副部長が声を出す。

 

「皆ストップ。―――部長?次のスケジュールがあるんだけど?もしかしなくてもここにイリスが入ったのかあとか言わないで下さいね?」

 

「これは好い」

 

 常連とは何か?常勝とは何か?認められるとは何か? 音楽の道を、今の己の道だと無理矢理にでも整合し定める事か?それが努力の正体であるのか?私達の。

 

否。断じて否。

 

「好い音色だ。ファンになりそうだよ」

 

「またいつもの奴ですか?部長」

 

「素晴らしい。なんて大きな虹色だろう。私達も負けてはいられないね。この吹部の演奏が終わるまで、清良はここで待機」

 

「はい。部長」

 

「みな凄く好いけれど、特にクラが好い。覚悟に満ち満ちている」

 

「そう書いて見える?」

 

「勿論」

 

「黄檗かな?このユーフォ」

 

「うん、いい色。友達になりたいね」

 

「個性がある。纏まっている。私の音がナンバーワンだって。最高にクールだよここのペット」

 

「オーボエとフルート、…格好いい」

 

「何処の学校だったかな?」

 

「北宇治高校です」

 

「北宇治高校か!全国がますます楽しみになってくるね。真由?」

 

「勿論です。先輩」

 

 ―――誰に認められなくとも、己が思いを貫き通す存在。高みを目指し続ける者共。それが私達だ。だからこそ、清良女子吹奏楽部は常勝なのだ。

 

 留まる事を知らず。この場の音楽全てを吸収し飲み込もうと、最強にして最優の集団は耳を澄まし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「栗饅頭をお願いします」

 

「は~~い。 あら、北宇治さん!この前の駅ビルコンサート良かったわよ~!全国頑張ってね!!」

 

「――はい」

 

予感があった。予測があった。…今日この日、私は人生で初の試みをすると。

 

「もう一つ。こちらにも栗饅頭を」

 

「あらいらっしゃいませ。かしこまりましたー」

 

「……この間はどうも」

 

「いいえ?別に」

 

横に並んだその人に。私は会釈した。

 

「…関西三強。元明静工科の吹部生だったんですね。姐さん」

 

「よしなさい。女子が姐さんなんて人前で。 美知恵から聞いたのね?」

 

「はい。驚かないんですね?」

 

「事実ですからね」

 

栗饅頭を受け取る。身体を横にどける。

 

「先生は。――松本美知恵先生は、貴女は自分を証明する為に楽器を吹いていたと言っていました。もう終わったんですか?」  

 

「とっくに終わったわ。あの子を産んだ時に」

 

「あすか先輩はあすか先輩です」

 

「そうよ?あの子は私の娘。私よりも強く、そしてより私を否定し続ける。母親は自分の枷なのだと。そういう風に育ててきたし、いるの」

 

「………一体何があったんですか?」

 

「は?」

 

「姐さんの人生で。 だって自分を証明する事は、一生を懸けるから出来る事の筈です」

 

「私のような憎い毒親の、そのバックグラウンドを少し聞きかじったら気になっちゃったのかしら?随分と御目出度い思考回路をしてるのね?」

 

「……恩人だからです」

 

「?何ですって?」

 

「あんな事があったとしても。貴女は私にとって恩人だからです」

 

「面白いわね貴女」

 

・・・・・。

 

「いつか、いつの日か私はその辺の石ころじゃないって事を証明する。誰でもない自分自身に。

 貴女のような未熟者は皆そう考えて、生きて、でもふと、ある日気付く。――変わっていく現実を。社会には勝てないと。世の中には、どうあっても覆せない理があるのだと。全てはそれだけの事よ」

 

「あすか先輩を部に復帰させて下さい」

 

「必要ないわ」

 

「必要です。私達にも先輩にも」

 

「直接訊いたのかしら?」

 

「訊かなくても分かります」

 

「その心は?」

 

「同じ吹部にいるから」

 

「フっ、フフ。同じ、吹部?フフ、貴女は、他人の思考が読めるとでも言うのかしら?」

 

「読めなくても分かります。皆で一緒に音を合わせて奏でているんですから」

 

「他人の思考なんて分かる筈ないわ。分かると錯覚してるのなら、それは指導者のお陰。

 よく人の上に立つ人間は下の者に向かって、あなたの思考は手に取るように分かると言うけどそれは嘘。私達は他人の思考を予測しているのではなく、思考を指定しているの。貴女達の吹部顧問のように。そして貴女のそれは、その年齢特有の万能感がもたらす勘違いよ? 正しなさい」

 

「あすか先輩の音色を聴けば解かります」

 

「解かるわよ?あの子の今のユーフォは亜麻色で、大層つまらない。前に言ったわね?音楽は傷む。腐る。人間(ナマモノ)が奏でているから」

 

「いいえ。涅色です」

 

「?」

 

「あすか先輩の本当の音色は涅色だと。そう私は聴こえました」

 

「………。なんですって?」

 

それは私が初めて見る、この人の驚愕の表情だった。

 

「全国で演奏を聴きにくれば解かりますよ、姐さん。 でもその前に、」

 

私は手に持っていた楽器ケースを見せつけるように前へと突き出した。

 

「私の演奏を聴いて下さい」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「貴女の家の前で吹いてでも。聴いて貰います」

 

「気持ちが悪い上に騒音被害。立派な犯罪行為ね?」

 

「………それでも私は」

 

「――?」

 

息を吸う。全身全霊を、言葉に込める。

 

「私は。このクラと一緒に、アイツに追いつける自分になるんです」

 

 眼前の大人の瞳の色が、刹那、変わった。それは美知恵先生に会った時と同じ色だった。

 

「ご挨拶が遅れました。改めまして自己紹介を。私は北宇治高校吹奏楽部、クラリネットパート1年・帆高桃です」

 

「………」

 

「どうか。貴女の名前を教えて下さい」

 

・・・・・。

 

・・・・・。

 

「田中あすかの母、田中明美よ。ガキ」

 

 この人に認めさせなきゃ、ゴールド金賞は獲れない。こうして私は生涯初めての、宣戦布告を行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

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