大凪悠と矢風華は、同じマンションの、同じ階に住む高校一年生。
どこにでもありそうで、しかし、変で、微妙な関係だった。

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ベランダ

 ふと時計を見る。時間は夜の八時。

「そろそろかな」

 誰に言うでもなく、そう呟く。

 丁度その時になって、壁をコンコンと叩く音がする。

「はいはい。今行きますよ」

 そう言って、同じように壁をコンコンと叩いてからベランダに出る。

「あ、来た来た。……最近は暖かいね。今回は少し長くなりそうだから、丁度いいかな」

 ベランダの隣から、そんな声が聞こえる。

 彼女の名前は夜風華。

同い年の十六歳で高校生だが、学校は別だ。

ベランダでしか会わない、ちょっと変な関係のお隣さんだ。

「最近多いな」

 ここで華の愚痴を聞いたり、無駄話を一時間ほどして終わり。たまに登校する時に会うこともあるが、その時はなんというか気まずいのでお互いスルー。

「あはは……、ごめんね。付き合ってくれて」

 華はそう言って小さく笑う。

「俺は別に構わないよ。んで、今日はどんなのなんだ?」

「ん~、今回はちょっとハッキリ言うとマズいから、曖昧にしか言えないんだけどね。まぁ、『悩み事』なんだ」

「愚痴じゃなくて、『悩み事』か、初めてだな。まぁ、いいか、了解」

「じゃあ、始めるね。――少し前からあることで悩んでて、そのことを考えると少し疲れるの。体力的にじゃなくて、精神的に。でもね、それについて悩むのは凄く面白くて、凄く変な気持ちなの」

「……ん? やっぱりわからないな」

「はい、今日はコレで終わり」

 手をパン、と響かない程度に叩いて、話の終わりを告げる。どうやら本当に終わったらしい。

「長いんじゃなかったのか? 凄い早いぞ」

「長いと思ったんだけど、案外あっさり終わっちゃった」

「と言われてもなぁ。解決しようにも出来ないし、意見も持てないしな……」

 はっきり言って、何も分からない。いつもなら俺なりに解決をしようとするのだが、どういう話なのか、全く理解出来ていない。

「それじゃあ、『ヒント』ね。『ヒント』は、今までの会話。最初から、今に至るまでの私達の会話全て、だよ」

「更に謎が深まった。全然、分からない」

 『悩み事』と俺達の会話。何が関係あるのだろうか。

「思い出していけば分かると思うよ?」

「そっちは記憶力いいだろうけど、俺はそうでもないんだよ」

「知ってる。『キーワード』だけ教えてあげるから、思い出してみて」

「オッケー。ここからは『推理ゲーム』ってところか」

「そんな感じ。一つ目の『キーワード』は『出会い』」

 思い出す。俺が華の愚痴を聞くようになったキッカケを。

 

 確かキッカケは半年ほど前だったと思う。

 

 時計を見ると、八時だった。

「だぁ……、高校ってこんなに課題あんのか」

 一人っ子かつ両親が仕事に出かけていて、基本一人だった俺は無駄に独り言が多い。

 希望していた公立高校に合格し、浮かれていたところに突き付けられた多大な課題。

一教科につき二十ページ強の課題が国数英社理の五つ、計百ページ強。

天国から地獄とはまさしくこのことなのだろう。しかも、提出期限までは二十日ほどしかない。

「まぁ、今日はこれぐらいでいいか」

 虚しく独り言を呟き、外に出る。

 高校に向けて、一人暮らしを始めた俺はあえてマンションの最上階を借りた。

 都会とはいえ、高層マンションが乱立しているような場所ではなく、それなりに景色がいいからだ。

 ベランダに出て、外を眺める。

「やっぱ綺麗だな」

 数日前に引っ越してきたばかりで、まだまだ景色は見慣れていない。

 ぼぅと景色を眺めて、ネットゲームと課題で疲労した目を休める。

 基本、ぼぅとしている時というのはどういう訳か感覚が鋭くなる。だから、いつもなら聞き逃すような、小さなすすり泣きもその時は聞こえていた。

 一度聞こえると、気になる。一度気になると、どうしようもなくなる性格の俺はチラッと、すすり泣きが聞こえる方へ――すなわち、隣のベランダを見た。

「「あ」」

 偶然なのか、それとも俺の呟きが聞こえていたのか、泣いていたであろう少女本人と目があった。

「「…………」」

 すぐに目を離せばいいものを何故か、俺も、向こうも、目を離すことが出来なかった。

「……え、えっと、すいません」

 何とかしてその場を切り抜けようとして、そんなことを言った。

「あ、いえ。こちらこそ」

 向こうも、同じように返してくれた。同時に、向こうの目線も外れたので俺も外す。

 気まずい。

 仕方がなく、ベランダに戻ろうとしたところで、少女の声が聞こえる。

「あ、あの」

 どこか申し訳なさそうに、だけど、勇気を振り絞ったようなそんな声だった。

「はい?」

 泣いているのを知っている以上、無視する気にもなれなかった。

「……えっと、急にこういうこと言うのもどうかと思うんですけど……、その、愚痴聞いてくれませんか?」

「愚痴?」

「はい。その、多分、お互いのこと知らないですし、だから、そういう相手なら気兼ねなく話せると思うんです。その、駄目ですか?」

「いいですよ」

「あ、ありがとうございます」

「あと、敬語じゃなくてもいい。愚痴なのに、敬語じゃ、ちょっと面倒でしょ」

「そうですね――じゃなくて、そうだね。ありがとう。私は矢風華。ちょっとだけ付き合ってね」

「了解。俺は大凪悠」

 壁越しでも、少し落ち着いたことがわかった。

「私のお父さんね、少し大きな会社の社長をしているの。だからお金には困ったことなかったし、欲しい物は何でも買って貰えた」

「へぇ、羨ましいように聞こえるけど」

「うん。正直、その生活は凄い好きだった。何でも手に入って、自由に使えて、凄い幸せだった。――けど、中学生になって、それが逆に苦痛になった」

「苦痛、ね。嫌なことを押し付けられた、とか?」

「正解。公立の中学校に行きたかったんだけど、お父さんが無理矢理私立の中学校に行かせた。それで友達がゼロになって。でも、何とか友達も作れたから、まだよかった。でも、高校までお父さんの独断で決まったんだ。私立の、凄い有名なところ。それでね、どうして勝手に決めるのか、って聞いたら「それがお前の為だからだ」って。その時に、お父さんは「私の為に」って言って私を縛っていたんだって分かった。だから「高校に受かったら、一人暮らしをする」って言って、半分家出みたいな感じでここにいるの」

「どっかのドラマみたいだな」

「あはは、私もそう思う。――でね、今は少し後悔しているの。勢いで出て行ったのはいいけど、結局はお父さんの決めた高校に通うことになってるし、何の目的も持たずに来たから、することもなくて。このまま、またお父さんの言われるがままなのかなぁ、って思ったら、意味がなくなるなぁって」

「なるほどな。だったら見つけたらいいじゃん。今は無くても、高校生活で見つけれると思うけどな。それで、好きなことすればいいし」

「……あ」

 思わず漏れた、といった風な声が聞こえた。

「え? ちょっと待て、まさか思いつかなかった、とかじゃないよな?」

「あ、当たり前だよ?」

 絶対嘘だ。今気付いた。

 内心でそう思いながらも、口には出さなでおく。

「ありがと、悠君。えっと、もしかしたら、たまに愚痴聞いてもらうかもしれないけど、いい?」

 誤魔化すように、話を終わらせて、

「別にいいよ。まぁ、お隣さん同士、それなりに頑張るってことで」

「うん」

 

 確か、そんな感じだったと思う。

「あれって半年前か……。凄い懐かしいな」

「そうだね。あれから、しばらくは何もなくて。で、入学式を控えたちょっと前の日だったね、二回目の愚痴聞きは。『キーワード』は『久しぶり』と『約束』」

 

 無事に課題を終え、心配事もなし。あとは明日の入学式で遅刻さえしなければ大丈夫。

 特に理由もなく、ベランダに出る。このマンションに引っ越してから、一日も欠かさずに俺はベランダに出ていた。

もう、かなり見慣れてきた景色だが、何かと落ち着くものがある。

「……あ、やっぱりいた」

 少し嬉しそうな声が隣から聞こえる。

「あぁ、久しぶり」

「えっと、また、いいかな?」

「相変わらず唐突だな。まぁ、いいけど」

「ありがと」

 少し考える仕草をしてから、小さく息を吸い込む。

「前さ、悠君に高校生活で好きなことすればいいって言われてたよね。それで、高校生活でしたいこと、って沢山考えたんだ」

「へぇ。役に立てて嬉しいよ」

 中学校では少しグレてたせいで、誰かの役に立つことなんてしたことがなかった。だから、一応本心だ。

「それで、考えたんだけど……。高校でもね、同じ中学校の人いなくて、また友達ゼロになってて……、その……」

「友達が出来るか不安、だと」

「そ、そうなの。私が行く高校、中高大一貫校で、ほとんどがその中学校から来てて、だから他の学校から来た人って邪険にされないかな……、って思って」

「そんな訳ない、とも言い切れないよな。女子のグループって怖いもんな」

「そうなの。リーダー格が中心になって、それに取り巻きがいる感じ」

「あはは……、俺は全グループ敵に回して相当ヤバいことになったよ。あの時はヤバかったな、全く派閥を持たない女子がいて、何とかなったんだがな」

「そうなんだ。……あぁ、そっか。そう言えばいるよね、どの派閥にも入ってないけど、全然嫌われてない人」

「絶対に敵に回したらいけないタイプ」

 そういうタイプを敵に回すと、全グループからも嫌われることになる。

男子から嫌われるのとはレベルが違う。それを中学校で身を持って知った。

「あはは、私もそうなれたらいいけどな……」

「まぁ、無理だろ。よっぽどの精神力と世渡り術持って無ければ」

「だよね……」

 はぁ、と華は肩を落とす。そんなに、無理だった。

「基本的には一つのグループにいて、でも他のグループにも入れるような、そんな感じが一番なんだろうな」

「中学校と変わらない感じかな。でも、何か、怖いなぁ……」

「大丈夫だろ。隣人にいきなり愚痴聞いてくれとか言えるんだぜ」

「うっ、それ言われると、どうしようもなくなる」

「な? 行けるって」

「そうだよね。好きなこと言って、好きなことしたいし、……うん、頑張ってみるよ」

 それでいいのかとも思えたが、もともと華の中で決まっていたのだろう。その決心として、全く関係のない立場の俺。――つまり、第三者視点からの後押しが欲しかった、そんなところだ。

「うし、今日はもう終わりか?」

「うん、ありがと。あ、そうだ。これから何かあるときは、八時頃に壁を二回叩くね。それで、悠君も二回叩いて。それを合図にしようよ。……『約束』ね」

「了解。二回叩いて、二回叩く、ね」

 「確か、予想以上に簡単に友達が出来て、拍子抜けしたんだっけ?」

「そうそう、みんな凄く友好的でね。意気込んでいった私が馬鹿らしく思えたんだよね」

「次の日に説明してくれたんだよな」

「そうそう。次の『キーワード』は『無駄話』」

 

 翌日。無事に友達を作ることに成功し、割とテンションが高かった。

「やばい、LINEの友達一気に四十人増えた。凄いな、高校」

 冷静に考えれば、全員がスマートフォンを持っていて、LINEをダウンロードしていて、ノリで交換しただけなのだが、それは高校のテンションだっただけなのだろう。

いや、止めて。そんな目で見ないで。

 なんとなく、時計を見る。七時五十九分五十秒。そういえば、無駄に時刻表示が正確過ぎるこのスマフォは、ほんの少し話のネタになった。――主に一一七に電話が殺到した。

「八時まで、あとちょっとだ――」

 言い切る前に八時になり、同時にコンコンと壁を叩く音がした。

「正確過ぎる……ッ!!」

 どこまで律儀なんだ。

 内心で突っ込みながら、壁を二回叩いて、ベランダに出る。

「え、えっと、あのね!」

 満面の笑み。ちょっとだけ笑える。どう考えてもいい話だ。

「落ち着けって、笑ってしまうから」

「なっ、それは酷いよ……」

 少し膨れっ面になる華。

始めて会った時は何かと大人っぽいと思えていたが、子供っぽい面もあるんだな。

「すまん。……で?」

「あ、うん。実は自己紹介の時、噛みまくって……。それが逆にツボだったらしく、みんなと仲良くなれたの。具体的には、友達がゼロから八十に」

「は、八十だと……ッ!?」

 俺の二倍だなんて。

「そんなに驚く!? っていうかなんで膝から崩れ落ちてるの!?」

「いや、なんでもないんだ。ただ、なんとなく敗北感を感じているだけだ」

「凄い気になるけど、まぁ、いいや。それでね、今日は愚痴じゃなくて無駄話でもして欲しいな、って」

「無駄話?」

「うん。例えば、悠君の中学校時代の様子とか。前に言ってたよね、女子グループ全員を敵に回した、とか」

「別にいいけど、くだらないぞ? 正直、中々の黒歴史だと思う」

「そんな言い方されたら、むしろ気になるよ」

「俺さ、中学校入ってすぐにグレたんだ。同級生に喧嘩ふっかけたり、教師とか親に反抗したりと、まぁ、それこそドラマみたいな荒れ方してたんだよ。……それが格好良いって勘違いして、な」

 今思い出すと、本気で恥ずかしい。ドラマに影響されやすい上に、赤ジャージで眼鏡を付けた最強の女教師が主役のドラマが絶賛放送中だったせいなのだろうか。

「うわ……、前に私のことドラマって言った癖に、悠君も凄いドラマみたいなんだね」

「そんなこと言ったっけ?」

「言ったよ。記憶力いいからね。……続けて」

「まぁ、それで気付いたら、親も教師も、同級生も、味方がいなくなったんだ。凄いぞ、全員が俺を嫌悪の目で見るんだ。それまで弱っちい、って思ってた奴らが、みんな強敵になったんだ」

 全員が自分から離れていく。その恐怖は一時期ノイローゼ気味になるほどだった。

「でも、自業自得だよね」

「そうなんだよな。だけど、その時の俺はそうだとは思わなかった。余計に荒れて、どんどん同級生と距離を置かれた」

 苛立って、当たって、離れられて、また苛立つ。最悪の悪循環だった。

「で、中学校二年の時に、前に言った女子が助けてくれたんだ。女子には手を出せなくて、口喧嘩になった。……いや、口喧嘩にもならなかったな。何の反論も出来ずに、徹底的に論破されて終わり」

 それまでに色んな喧嘩に負けてきたが、ダメージはソレが一番だった。――精神的に。

「じゃあ、その人は悠君の救世主なんだ」

「救世主、か。言い得て妙、だな」

 少し大袈裟かもしれないが、そんな感じだ。悪循環に気付かせてくれて、自分が間違っていることに気付かせてくれて。おまけに、それまで一切してこなかった勉強の面倒まで見てくれた。そのおかげで、その人と同じ高校に行けた。

「……その人のこと、好きなの?」

 突然そんなことを言われて、少し驚いた。そんな気持ちではないのは確かだが、似た感情を持っているのは事実だった。

「いんや。そんな感情じゃないと思う。何だろうな、第二の母親、みたいな。その人が上手く纏めてくれたおかげで、同級生も、教師も、親も、みんなとの距離が近くなって、全員に謝った。親友と呼べる相手も出来た。今じゃ、俺が荒れてた時期をイジられて、イジられキャラになった。あの頃の俺に言ったら、鼻で笑われるぐらいに変われた。本当に、面倒見の良い母親みたいな感じなんだ」

「そうなんだ。その人に会ってみたいな……」

「ちなみにその人、華の隣の部屋な」

「うそっ!? わざわざマンションまで同じにしてるの!?」

「いや、ただの偶然。同じ階の人に引っ越しの挨拶していったら、知ってな。元々この家に住んでたんだとよ」

 満面の笑みで「これからもよろしくね、悠」と言われた時は、本気で恐怖を感じた。勇者パーティーの魔法使いが、実は魔王だったみたいな感じだ。

「へぇ……」

「な、くだらないだろ? 俺が馬鹿でした、って話だ」

「ううん、面白いよ。……何か悠君と話してると、時間経つのが早いね。もう一時間も経ってるよ」

「お、本当だな。別にもうちょっと話せるけど、どうする?」

「いや、今日はもういいよ。ありがと」

 

 「で、そっから二ヶ月ほど何もなかったんだったな」

「うん。高校生活に慣れるのが忙しかったんだ」

「確か、次の愚痴聞きは、友達についてだったよね」

「うん。次の『キーワード』は『噂』」

 

 コンコン、と壁を叩く音がした。

 スマフォで時刻を確認すると、午前一時。

「こんな時間に、か……?」

 肯定するように、もう一度壁を叩かれる。壁を二回叩いて、ゲームを中断する。金曜日の夜更かしという楽しみを中断するのは惜しかったが、まぁ、仕方がない。

「ご、ごめんね。こんな時間に」

「全然。今日は寝落ちするまでゲームするつもりだったし」

「そっか。……今日は、愚痴を聞いて欲しいの」

 いつもとは違って、本当に、真剣に、どうしようもなく悩んでいる。それが口調から伝わっていた。

「……前に、友達が沢山出来た、って言ったよね。その中の一人と物凄く仲良くなったんだ。うん、『親友』って呼び合うぐらいには。だけどね、少し前に他の友達から「私の悪口を陰で言ってる」って言われて、その『噂』もあった。……それから、ずっと、ずっと不安なんだ。嘘だと思いたいけど、でも、その人そういう面もあるんだ。陰で何かやってる、みたいな」

「聞きたいけど、聞いて本当だったら嫌だし、嘘ならなんで嘘を吐かれたのか気になるみたいな?」

「うん。もし、聞いて「そんな風に思ってたんだ」って友達じゃなくなるのも怖くて。それで、今その人と話すのがぎこちなくなって……」

「俺は、ハッキリ言うけどな。そんなこと言われてたら。それで、駄目なことは言ってもらう。それでもう一度『親友』になる。だけど、女子は違うもんな。ドロドロして、ギスギスして」

「……うん」

 声が暗くなる。

「何もしないっていうのは駄目なのか?」

「……駄目。はっきりしたいの」

「なら、自分の信じたい方を信じればいいんじゃないか? 知らないでいい事実もあるだろ。言い方悪いけど、騙されてもいいんじゃないかな」

「…………」

「ごめん、今から少し酷いこと言うかもしれない。けど、許してくれ」

「……うん」

 息を吸って、心を落ち着かす。

「華って損な性格してるよな。どんなこともはっきりとしない気が済まない。それで自分が傷付くって分かってても、知ろうとする」

「……うん」

 声が弱くなる。――泣いている。

「でもさ、世の中って全部知らなくてもいいよな。むしろ知らない事とか、知らなくていい事の方が馬鹿みたいにある」

「……うん」

「……それでも、知りたいんだよな?」

「……うん」

「なら、聞くべきだと思う。例え、それで仲が悪くなっても、自分を通すべきだと思う。そうじゃないと、華は自分をねじ曲げることになる。一度自分を曲げると、もう絶対に元に戻らない。さっき華は損な性格している、って言ったけど損な性格だからこそ、華は人一倍強いんだと思う。今傷付いても、あとで経験に変わる。だから、するべきだと思う。それで、何かあったら俺に文句を言え。いくらでも聞いてやる」

「うん。あり、が、とう……」

 もう、泣いているのを隠そうとすら出来ないようだ。関係ないはずなのに、関係ないからこそ話してくれているはずなのに、胸が締め付けられる思いだった。

「……おや、すみ。……悠君」

「あぁ、おやすみ」

 

 あの後、結局華の泣いている声が脳内リピートして、何日か眠れなかったのは今も秘密にしている。

「確か、冗談で言っていたのを、その人が真面目に受け取ったっていう、勘違いだったんだよな?」

「そう。あんなに悩んだのに、凄い馬鹿らしいよね」

「でも、まぁ、おかげでもっと仲良くなったんだろ?」

「もう絶対に壊れない、と思えるぐらいにはね」

 ふと、どうしてこういう話になったのかを思い出す。

「これって、華の『悩み事』を推理するんだったよな?」

「そうだよ」

「全然分からないな。もうちょっと具体的なヒントとかないのか?」

「それは、ちょっと、ね」

「分かるとマズい、のか」

「マズいというか、何というか」

 口を濁すあたり、何かしらあるのだろう。

「次の『キーワード』は?」

「……えっと、……ごめん、もう思いつかない」

 あはは、と苦笑いをする華。

「今まで出てきた『キーワード』は、『出会い』、『久しぶり』、『無駄話』、『噂』。『ヒント』は、今までの俺と華の会話全部で……」

 そこまで考えて気付く。いや、どうして今気付かなかったのかがおかしいぐらいだ。

「華の高校の話じゃなくて、……俺と華に関係してるのか?」

「正解。やっとそこに気付いたんだ」

「頭悪いからな、俺は」

「そんなことないよ」

「えっと、俺と華に関係してて、『出会い』、『久しぶり』、『無駄話』、『噂』」

「……あ、これじゃあ、分からない」

「だよな? 何にも繋がらないんだけど」

「……ん。じゃあ、少しだけ『ヒント』を」

「頼みます」

「あるところに我の強いお嬢様がいました。そのお嬢様は好きな物を好きなだけ手に入る生活を気に入っていましたが、父の無茶苦茶なやり方に嫌気が差し家を飛び出してしまいます」

 それは、どう考えても華のことだ。何の脚色も、嘘を吐く気もないのだろう。

「家を飛び出し、ネガティブになっていたそのお嬢様は隣の村のとある少年と『出会い』ます」

 直接過ぎることに気付いたのか、ほんの少しだけ変えていた。ちょっと顔が赤く染まっている。

「何も知らない少年に、自分の身分を打ち明け、これからのことを愚痴りました。何の関係もない少年だからこそ、何でも話せると思ったからです」

 流れから行って、俺のことだろう。

「少年は冷静で、そのお嬢様には思いつかないようなアイデアを出してくれました」

 そんなに冷静ではなかったと思う。あと、思いつかないことを認めやがった。

「それから、しばらく経って、ある日『久しぶり』にもう一度愚痴ります。勇気を出すことが出来なかったお嬢様の背中を押してくれました。――その頃から、お嬢様の心の隅には、……少年の存在がありました」

 一度だけ溜める、不思議な言い方。茶化すことが出来ない、不思議な雰囲気が俺と華の空気を覆った。

「たった二回しか会っていないというのに、お嬢様にとっては何処か今までに出会った人とは違うような気がしていたのです。そんなお嬢様は少年ある『約束』をします」

 八時頃に、壁を二回叩く。その『約束』のことだろう。

「次の日、無事に目的を達成したお嬢様は一秒と違わず『約束』を守ります」

 八時丁度に壁を叩いたのは、律儀だったからじゃなかったのか。今更になってそんなことに気付く。

「それまでお嬢様にとって、少年は愚痴を聞いてくれる自分とは関係のない世界の人間でした。だからこそ、何でも話せる相手だったのです。ですがお嬢様は、少年のことを知りたいと思い、目的の達成を報告すると同時に『無駄話』を少ししました。ところが、少年にはとても印象的な女の子がいました。少年にとってその女の子はとても大切な人でした。自分では敵いそうにないと思ったのですが、それでも諦められませんでした」

 そうか。それで、あんなことを言ったのか。

「もう、いいよ」

 流石に分かる。ついでに、華が分かりやすくしているし。

「あ、分かっちゃった?」

「ああ。でも、いや、うん。分かったなら、いいけど……」

「話したいのなら、全部聞くよ。まぁ、もう答えは出てるしな」

「じゃあ、悔いの無いように、全部言わせて」

「了解」

 一度、華は大きく深呼吸をする。

「何ヶ月も経ったある日、お嬢様はまた愚痴を聞いてもらいました。お嬢様にとって、とても、とても大切なことでした。少年はお嬢様に、少し酷いアドバイスをくれました」

 確かに酷かったと思う。最悪でも、あの時言うことではなかった、今もそう思っている。

「ですが、そのアドバイスはお嬢様に再び勇気をくれました。その時からです、少年の存在が絶対的なものになったのは」

 ゆっくりと、大きく、息を吸い込む。はっきりと聞こえるように、華は『悩み事』を打ち明けてくれた。

「お嬢様は少年のことを――好きになりました」

 小さな静寂が訪れる。しばらくして、思い出したかのように華が会話を続ける。

「それから、お嬢様は頻繁に会うようになり、毎回、毎回、とても、楽しみにしていました。そして、お嬢様はたった今、その想いを告げることが出来ました。――おしまい!」

 まくし立てるように言った華の顔はとても綺麗な朱色に染まっていた。

 自分の顔が赤くなるのも、なんとなく分かっている。

「……す、すると、なんという、ことです――でしょうか。少年も、お嬢様のことが、好きなのでした」

「え?」

「二回も言わせるなよ。っていうか、言えない。凄い噛んだ。かなり恥ずい奴だコレ」

「いや、今の台詞を普通に言えって訳じゃないけど。――その、ほ、ほんと?」

 

 華の問いに答える。今まで、与えてばっかだった勇気を、華から貰って。

「好きです。華のことが」




短編小説の練習をしたいな、と思って二日で書きました。二日クオリティなのでグダグダです、批評お願いします。

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