タルタロスが、超常解放戦線――正確にはヴィラン連合――の残党に襲撃された。そのニュースは、瞬く間に全国に広がった。
だが襲撃の結果はと言えば、ヴィラン一名の殺害。および、ヴィラン一名の脱走というもの。数字の上で言えば、あまりにも軽微なものだった。
ただし、殺害されたヴィランはオールフォーワン。超常黎明期から生き続けていた伝説のヴィランだ。
また、脱獄したヴィランはレディ・ナガン。プロヒーローを殺害した元プロヒーローである。実態は数字だけでは語れない、大きなものだった。
とはいえ、それを知るものはわずかに限られる。多くの大衆にとっては額面通りの数値でしかなく、社会の大多数にとっては大した意味を持たないものとして終わった。
伝説の魔王はただの数字の中、誰からも見向きもされずこの世から退場したのである。
そして、残る一人。記録の中からの脱却を果たしたレディ・ナガンがどうなったのかと言えば――。
「やめたほうがいいって。死ぬよ?」
「うるせぇテメェが死にや――がッ!?」
黒いローブを身にまとい、赤い光に覆われた剣を携えた重音に殴りかかろうとしたヴィランの腕が、ちぎれ飛ぶ。少し遅れて、銃声が響き渡った。
「ありがと、ナガン」
『礼はいらねェ』
「ふふ、本当にありがとうね。いつも助かってる」
『……早くしろ』
「おっけー。……おいオマエ、今の発言も全部ライブ配信されてるのわかってる? 仮にも元ヒーローが『死にやがれ』はダメすぎるでしょ」
腕を失った痛みに耐えかねてへたり込む男に、重音は冷たく言い放つ。その左手は、まっすぐ前に掲げられている。
闇のフォースが揺らめく。男の身体が、拘束された状態で中空に浮き上がった。
――全面戦争からおよそ五年。重音の活動には、レディ・ナガンの影が常にあった。
「ディグナス、こっちも終わったぞ! 主犯確保!」
「見ろよこれ、”個性”で密造された麻薬の山だぜ! そいつとタッグ組んだ証拠もわんさか出てきてやがるし、おじさんさすがにびっくりしちゃったね」
さらには、スピナーとコンプレスの姿も。
彼らは、敵主力を引きつけていた重音たちとは別行動で主犯格を捕まえていた。今回の案件は、麻薬の密造・密売で暗躍する昨今新進のヴィランと、そこに転がり込んでボディガードとして生計を立てていた元ヒーロー――超常解放戦線に所属していた――に関わる証拠を手に入れ、それを社会に向けて暴くことなのだ。
「調べた通りってことね。喜んでいいんだか悪いんだか」
『言っただろ、所詮世の中そんなもんだ。……まあ、何もかもが隠されてるよりは幾分かマシだろうけどな』
「ボクたちが暴いて回ってるからねぇ」
そう。約五年が経ち、 重音たちはヴィジランテをしている。
主な活動は”個性”を中心とした差別の根絶と、隠れた犯罪を暴き世に訴えること。そこにヒーローやヴィラン、政治家や警察官などの区別はなく、大きな力によって隠されている悪事を暴くことが今の重音たちの活動だ。
かつてはきれいにラッピングされたヒーロー社会の景色を守るために、レディ・ナガンが裏で殺して回っていたようなヒーローやヴィランたちを、秘密裏に殺させないために。起きてしまった悪事を、なかったことにさせないために。
あるいはスピナーのように、異形型の”個性”がゆえに迫害されるものを少しでも減らすために。集落ぐるみでそんなことをしている野蛮な風習が、一つでも多く消えるように。
ただこの結果として、日本社会の混乱は進行した。隠されていたものが暴かれているのだから、ある意味当然ではあるのだが。
年間の犯罪件数は減る気配がなく、行政や大企業などの不祥事も次々と明るみになっている。レディ・ナガンの過去も世に出回り、今となっては悲劇のヒロインとされることもある。
ヒーローたちもこれに対処すべく努力しているが、瞬間移動によって距離の一切を無視する 重音たちを捕縛するには至っていない。
もちろん、それで重音が泣かせてしまった子供たちがいたことを、彼女自身否定できない。そういう存在を、彼女には救えない。
しかし今の彼女は知っている。自分にできないことを、あれもこれも抱え込む必要などないと。できないことは、できるものに任せればいいと。
だからそういうときは、彼女が信じられるヒーローに頭を下げて頼み込んだ。恥もプライドもかなぐり捨てて、デクやルミリオンに頼んだ。彼らは二つ返事で頷いてくれた。
そのおかげだろうか。
ただ闇を抑え込む以外の。臭いものにふたをする以外の真っ当な方法で、正面から社会をよりよくしていこうという勢力も確実に増えてきている。”個性”を用いることができる職業も最近は増えつつある。
結果として、今やヒーローは誰もが憧れる絶対的な職業ではなくなってきている。何せ、すべてのヒーローが絶対的に正しくあれるわけではない、ということを社会が知ってしまったから。幻想は死んだのだ。
それでも重音は、子供たちが語る将来の夢の種類が増えたことを悪いとは思っていない。むしろそうあるべきだとすら思っている。ヒーローだけが憧れの職業だった時代に比べれば、この方が健全だと。
だから彼女はときに悩み、ときに悔い、ときに涙しながらも、歩みをとめない。自分たちが進む先に、誰も泣かない世界があると信じて。
ステインに何かを諭されたスピナー、大義賊を先祖に持つコンプレスはこの活動に賛同。今もかつてと変わらず重音と共にある。
ヴィラン連合は既に名乗っておらず、世間的にはジェントル・クリミナルが彼女たちのリーダーだと思われている。重音は名声など求めていないので、それで構わなかった。
レディ・ナガンは、タルタロス襲撃時に見出され勧誘されての参加だ。彼女がタルタロスに入るに至った表向きの経緯を知っていたコンプレスにより、連れ出してはどうかと提案された重音が即断してのことである。
「ヒーローが嫌いなのはホントだよ。今の世界も嫌い。壊れればいいって思ってるのもホント。でもただぶっ壊すだけだと、一気に全部壊さないとダメでしょ。それだと何も悪くない誰かが絶対泣くことになる。
ボク、それはヤだ。たとえそういう人が出るんだとしても、できるだけ少なくしたいから……だから、ちょっとずつやるつもり。だからさ……手伝ってほしいんだよ、ナガン。ボクには知らないことが多すぎるんだ」
あの日、重音はレディ・ナガンにそう言った。
そのときはレディ・ナガンがヒーローという顔の裏で、ヒーロー公安委員会の刺客として不正を働いたヒーローや不都合の多いヴィランを殺す立場にいたことなど、全員が知らなかった。
しかしだからこそ、今の社会とその根幹をなすヒーローに対する嫌悪を共有できた。だから、レディ・ナガンは応じたのである。
それから五年。彼女は日々愚痴を言い続けながらも、重音の近くにいてくれている。一般常識はもちろん、捕まえ方などヒーローや警察としての技術も持たない重音に、なんだかんだで知識を授けてくれている。
そんなナガンを、重音もまた慕っていた。今では親子のような間柄だ。それを言うとナガンは一気に不機嫌になるから、重音はもう二度と口にしないと決めているが。
***
重音たちのヴィジランテ活動は、基本的にインターネットを通じて公開されている。動画、もしくは配信によって誰もが閲覧できる。
今回は配信だったため、人々はリアルタイムに重音たちの活躍を閲覧できていた。ジェントル門下として高い知名度と支持を得ている重音たちの動画は、ここ最近常に盛況である。
その配信を見ている少女が、ここにも一人。
額に一本の角を持つ、白髪赤目の少女。エリ、十二歳の姿である。年度が明ければ晴れて中学生だ。
あれから五年ほど経ち、彼女は大きく成長した。心身に不健康なところはなく、その年齢の一般的な少女とほとんど変わらない。身長に至っては、今や重音より少しだけ高いくらいだ。
お洒落にだって、年相応に興味がある。最近は友達と、子供向けの低価格なコスメの売り場を見て回るのが密かなブームだ。
それもこれも、ヒーローたちがたくさんの愛情を注いでくれたおかげである。
だが、ヒーローたちが消すことができなかった……あるいは直すことができなかったこともある。それが重音を慕う心だ。
これはエリにとって、それだけ重音の存在が大きいということもさることながら、重音が定期的に。かつ秘密裏にエリに会いに来ているからでもある。併せ持った複数の”個性”とフォースを使いこなし、ヒーローたちの目をかいくぐってのことだ。
もちろんヒーローたちはそれを察しているし、重音を捕まえようとしている。だが電子機器の類は電子制御の”個性”で無力化され、そうでないものを使ってもフォースによる危機感知にとってかわされる。
おまけに重音はエリを守ろうとするヒーローたちを警戒して、ヒーローのいない場所でしかエリに接触しない。だから一、二か月に一回の秘密の逢瀬は今も続けられている。
ついでに言えばこの治安の悪いご時世、エリが重音に助けられたことは一度や二度ではない。
だが幼いころから賢かったエリは、このことを誰にも言わなかった。慕っているヒーロー、デクやルミリオンたちにすら言わないでいる。
それを申し訳ないと思うことはあるが、それでもやはりエリにとって、重音との時間は今なお失いたくなかったのである。
いや、今となってはむしろ……。
「むぅ……お姉ちゃんってば、またナガンさんに甘えてる……
最近になって一般にも普及し始めた空中投影型ディスプレイを食い入るように眺めながら、しかしどこか不満げにエリは頬を膨らませた。
今のエリに、重音と一緒に過ごすことは許されない。それを理解してはいても、重音と大体一緒にいる人間に対する妬みを抑られなかったのだ。
その感情の発芽を彼女はまだ自覚できていないが、確かにそれは芽吹きつつあった。
「……次にお姉ちゃんに会えるのいつかなぁ。制服、早く見せてあげたいのに」
ディスプレイから目を離し、ちらりと部屋の隅を見る。
そこにあるクローゼットには、まだ一回しか着ていない新品のセーラー服。四月から通う中学校の制服だ。
これを着て見せたら、きっと喜んでくれる。たくさん褒めてくれる。そのときのことを考えると、胸がにわかにうずいてなんだかどきどきする。
そんな毎日。それが今のエリの春休みだった。
「おぅいエリ、お前に招待状が届いてるぞ」
と、そこに室外からしゃがれた男の声が飛んできた。応じて扉を開ければ、そこにいたのは和服姿の壮年が一人。
彼から差し出された白い封筒を前に、エリは首を傾げた。
「……招待状って何のこと、
何を隠そうこの男、エリの祖父である。指定ヴィラン団体にして古の任侠を現代まで繋いできたヤクザ、死穢八斎會の組長その人だ。
彼は死穢八斎會の若頭であったオーバーホールによって、昏睡状態に置かれていた。彼が行動不能だったからこそ、オーバーホールはあれだけ好き勝手にできたわけだが……そのオーバーホールは死柄木弔によって”個性”発動の起点である両手を失った上に、今はタルタロスに入れられている。
おまけにこの昏睡状態は病気や怪我ではなく、そういう状態として設定されたものだったため、医療によって治すことはできなかった。だから組長である彼は、眠りの中で緩やかに死を待つだけになるはずだった。
しかしそうした世の理を破壊することができるものがいた。彼の孫、エリである。
エリの”個性”「巻き戻し」により、彼は多少若返ると共に眠りから解放された。ちょうど全面戦争の三か月ほど後のことであった。
彼は目覚めてから事態を把握すると、オーバーホールの暴挙やそれをとめることができなかったことに怒り、その場で腹を切って詫びようとした。
しかし唯一残った血縁である孫のためにと説得され、保護者としてシャバに復帰することになったというわけである。
もちろん、指定ヴィラン団体であった死穢八斎會の組長に任せることに異論がなかったわけではない。しかし現在の法律において、親権に関する部分は超常以前と変わりなく血縁者に強く与えられている。
またどんどん治安が悪化していく社会の中で、ヒーローも警察も人手が足りていなかった。訳アリかつ、将来有望すぎる”個性”を持った小学校低学年の幼児を養育できるちょうどいい人間が、どこにもいなかったのだ。
だからこそ、監視と警護は依然として続けられているものの、組長は孫と共に暮らすことが許され今に至っている。
重音とエリの関係が今も変わらず続いているのは、この辺りも大きい。何せ、他ならない保護者が容認しているのだから。
「どうも結婚式への招待状みたいだな。とりあえず開けてみたらどうだ」
「う、うん……えーっと……」
祖父に促されるまま開封し、中身を確認したエリは目を丸くした。招待者が、昔も今も世間を騒がし続けている理波とトガの両名だったからだ。
おまけに書かれていた名目は、結婚式。昔から何かと世話になっているし、その縁で今も交流は少しあるので、結婚式の招待状が届いたことには納得できた。
だが、一つわからなかったことがある。
「え? アヴタスさんもトランシィさんも女の子だよね? 結婚って……」
ということである。
確かにあの二人が相思相愛で、日常的にイチャイチャしていることは知っている。何なら二人で訪ねてきたときも、子供の前でキスとかするのはどうかとも思っている。
チウチウとか、絶対教育に悪かった。すごくどきどきした。
それでも、同性婚が法律で許されていないことは、もう間もなく中学生になるエリにもわかっているのだ。
「そいつは古い情報だな、エリ。新聞やニュースはちゃんと見ておけって言っただろうが」
「ぇう、えっと……」
「
だが、そういうことである。もはや二人の愛を妨げるものはどこにもないのだった。
「まあ同性婚が許されると同時に成人年齢と結婚可能年齢が十八歳になったから、そこはどうなんだとも思うが……小っこいほうの嬢ちゃん、まだ十六だったよな?」
もとい、年齢的にまだ理波は結婚できない。女の結婚可能年齢が十六歳だった旧法律内であればできたのだが、そこはついでとばかりに改正されてしまった。
そのため、理波が十六歳になると同時に結婚する気満々だった二人は肩透かしを食らう羽目になった。
しかしもはや我慢ならぬとばかりに、結婚式を強行することにしたという経緯があったりする。
「おじいちゃんこれ……式場が
そして会場の選定理由も、日本の法律などもはや知らんという二人の決意表明も兼ねてのことだったりする。
かつてのジェダイのように、国の枠にとらわれない独立機関として鼎立するためなのだが……きっかけが結婚可能年齢という辺り、理波もすっかりトガに染まったと言っていいだろう。
「相変わらず無茶苦茶やりがやがるなあの嬢ちゃんたち……」
地球の常識にとらわれない二人に、エリも祖父も苦笑することしきりである。
「だがまあ、月面基地ってことは宇宙に行けるってこったろ。案外悪い話でもないんじゃねぇか?」
「それは……うん。宇宙、見てみたい」
この超人社会にあっても、宇宙は変わらず未知のフロンティアだ。”個性”の氾濫によって宇宙進出が遅れていることもあって、情報が超常以前からほとんど更新されていないことも拍車をかけている。
だからこそ周りのことなど気にもせずさっさと、しかもいつの間にか月面に基地を建造していた――実際は既存の宇宙船を持って来て降ろしただけだが――理波たちは社会からの注目を大いに集めている。子供の好奇心を引くにも十分であった。
そして何より、エリの興味を引いたのはもう一つ。
「――っ!」
「どうした?」
「……アヴタスさん、結婚式にお姉ちゃんたちも招待するんだって」
「……本当に無茶苦茶だな……」
恐らくはこのエリ宛ての招待状にだけ同封されていた、一枚のメモ。そこには、重音をはじめとしたヴィラン連合の元メンバーたちも招待する予定だと書かれていたのである。
もちろんこの招待を、重音が素直に受けるかどうかはわからない。けれど、エリがこの情報で招待に応じると決めたように、重音もエリへの招待を聞けばきっと応じるはず。
それくらいの計算は十二歳のエリにもできたし、ヤクザを率いていた祖父にできないはずがない。
「……行くか、エリ」
「うん!」
だからエリは頬をうっすらと紅潮させて、満面の笑みを浮かべて頷いた。
***
今日の配信を終えて、セーフハウスへ戻ったあと。今日はもう何も用事がないからと、久しぶりにエリを訪ねようとした重音だったが……人気のない路地裏に入ってすぐ、足を止めた。同時に身構え、腰に佩いた剣の柄に手を伸ばす。
一見すると何もない。だが確かに、そこには強いフォースが渦巻いている。重音にはそれがはっきりと見えていた。
そしてそれを証明するかのように、物陰から小さな人影がブーツの音を響かせて現れる。
「やあ。久しぶりだな、
「……何の用?」
現れた人物……理波を見て、重音は面倒くささを隠すことなくぶっきらぼうに問いかける。
これに小さく肩をすくめた理波の姿は、五年のときを経て大きく……変わってはいなかった。確かに背は伸びたが、それでも百三十センチに届かない。顔つきもいまだ幼く、胸も膨らんでいない。幼女という表現を脱せたと断言できるかどうか、微妙な程度で留まっていた。
まあ、本人も相方も「腕の中に納まるくらいでちょうどいい」と本心から言ってはばからないので、周りが気にすることではないのだが。
それに成長していないというのなら、重音も同様だ。そもそも五年前の時点で既に成人手前だったのだから、もう伸びないのは当然ではある。
……話を戻そう。
重音に問いかけられた理波は、返事をすることなくローブのフードを外した。リボンが巻きつけられたポニーテールが風で揺れる。
が、直後。彼女はそのまま懐のライトセーバーをフォースで引き寄せ、アタロに身構えた。特有の音を響かせて、橙色の光刃が展開される。
これに応じて、重音も抜剣。憤怒をたぎらせて、赤い刃を展開した。
そして、両者同時に地面を蹴って前に出る。橙と赤がぶつかり合った。
二色の輝きが閃き、不規則に路地裏を照らす。刃と刃が交わる振動音が断続的に響き、戦いは一進一退の接戦となる。
どちらも狙いは正確。しかし防御も正確。互いの未来を読みあい、互いの剣術を知り尽くした両者の攻防はさながら剣舞のようであった。
そしてここまで、重音の刃を覆う赤い光が途切れることは一度もなかった。薄れることすらも。
つまるところそれは、五年を経て彼女が己の怒りを制御できるようになった証と言える。
短い攻防の中でそれをはっきりと見て取った理波は、その後もおよそ一分ほどに渡って一歩も引かない戦いを続けたが……やがてふっと笑みをこぼして一気に距離を取った。ライトセーバーの刃が収納される。
「本当に腕を上げたな。もはや私も敵わないかもしれない」
「……あのさぁ。いつも言ってるけど、毎回毎回この茶番やめない?」
そして放たれた言葉に、重音はため息交じりで応じた。剣から赤が霧散し、鞘に納められる。
「そういうわけにもいくまいよ。事実は事実としておかなければな」
「遭遇するたびに戦ってるけど決着が着かない、って話が嘘じゃないって言い張るためなのはわかるけどさ……。オマエと戦うの、正直しんどいからあんまりやりたくないんだけど?」
「私はなかなかに楽しいのだがなぁ」
「仮にもライトサイドのくせに、そういうのどうなの?」
「仮にもダークサイドだというのに、君も変わったことを言うものだ」
「どっちが」
まさに子供のようなやり取りに、重音は鼻で笑う。
そう、二人の戦いは茶番だ。その証拠に、二人とも本気で切り結んでいながらそこに殺気は一切なかった。
重音が動画撮影やライブ配信を行ったときは、いつもそうだ。重音がヴィジランテとして悪を断罪し、撤退直後に理波がヒーローとして追いつき戦闘。しかし両者に決着はつかず、ほどほどの消耗の上で痛み分けという形に着地させる。
つまりこれはある種のアリバイ作りであり、そういう儀式なのだ。
ただし、だからと言って二人が癒着しているわけではない。理波は重音のヴィジランテ活動を本気で妨害している。ありとあらゆる手段を講じて、重音がそこに至れないように手を尽くしている。
重音もまた、そんな理波を出し抜くべくできることはすべてしている。仲間の力を総動員して理波の裏をかき、隠された悪事を暴くためにできることはやってきた。
だから今回、重音がヴィジランテ活動を成功させたということは、重音の勝ちということだ。理波はこれを未然に防ぐことができなかったから。
理波がこうやって出向いてきたということは、そういうことだ。彼女が「久しぶり」と言ったのは、単に最近重音の黒星が続いていたからである。それらは確かに、光と闇の相克だった。
だがかつては、互いに全力で命懸けの戦いをしたこともある。どちらも応援に駆けつけた仲間によって流局となったが、何か少しでも間違っていたらどちらかに死者が出ていただろう。
数回に渡ってそんな決着のつかない総力戦をした結果、二人は今の形に落ち着いた。互いの活動が別の方向から社会の変革に繋がっていると認め、戦闘だけの決着はしないこととなったのだ。
だからこそ両者のせめぎあいは、かつてのジェダイとシスが行っていたような血生臭いものではない。
と同時に、人々の自由と平和を乱すヴィランが出る、あるいはそんな計画があるとなったときは、どちらも率先して対応に当たる。事態の大きさによっては、協力して対処したこともあった。
ある意味でそれは、健全な力の競い合いと言えなくもないだろう。
「……ていうかさ、いつも思うんだけど『ダース』って何? オマエがいつも戦闘中に考えてる『シス』ってのと関係あるわけ?」
「あるとも。シスとは遠い昔、遥か彼方の銀河系で、ジェダイから分かれた宗派を指す。ジェダイとは反対にダークサイドの力を信奉し、フォースを己の欲望を貫徹するための手段とする。
ダークサイドの力は負の感情に根差すものだが、目的のためならばそうした負の感情を抑え操って見せる……それがシスだ」
この言葉に、重音はあからさまに顔をしかめた。そんなのと一緒にするな、と言外に表すように。
これを受けて、理波は小さく笑みを浮かべて続ける。
「かつてのシスは他者を支配し、欲するがままにすべてを求め続けるものたちだった。確かに君とは違う。だが目的のために怒りを抑え、闇の力を振るう君のあり方は確かにシスだよ。君の欲望が、自身ではない弱者のためにあるというだけだ。
……そういう意味では、
やけに清々しい表情でそう言った理波に、重音は気のない返事で応じた。
気に入らなかったからでも、よくわからなかったからでもない。大体のところが理解できた上で、理波がそう思っているなら好きにすればいいやと判断しただけのことだ。
「そしてダースとは、そんなシスにおいて用いられていた尊称だ。シスの暗黒卿であることを示す言葉。今の君なら、いい意味でこれを名乗るに相応しい。私はそう思っている」
「それでダース・ディグナスってわけ。はあ……妙にかっこいいのが悔しいんだよな……」
「願わくば、君が闇の力を自由と平和のためにこれからも使ってくれることを私は祈っているよ」
「それは言われるまでもないけどさ。オマエもしっかりするんだからね?」
「もちろん。つまりお互い様ということさ」
そして頷きながらの重音の指摘に、理波もまた頷いて応じた。
……かつての銀河共和国崩壊から、およそ1200年。遠く離れた銀河の片隅で、ジェダイとシスはどちらも新しい姿へと生まれ変わって並び立っている。
地球という青い星で新たに生まれたジェダイは、シスを否定することなく背中を預け合っている。シスもまた同様に。
互いが互いを監視し、牽制し合い、しかしどちらも表と裏の社会を通じて世界をよくしたいと願うものたち。
それはさながら、光と闇が表裏一体であると示すかのよう。どちらかが欠けても、天秤は釣り合わないと体現するかのようで。
光と闇のバランスを求め、揺らめき続ける宇宙のフォースは今、確かに正しく調和して静謐に漂っているのだった。
……と、そこに新たな人影が現れた。やはりローブをまとったその人物は、金髪を理波と同じ形に整えた女性。
そう、五年を経たトガヒミコである。彼女は大人びた見た目とは裏腹に、以前と同様理波に抱き着きこてりと小首を傾げた。
「コトちゃーん、用事終わりました?」
「すまない、まだだ。……マスターシス、今回はこれを君たちに渡すのが一番の目的でね」
「ナニコレ。……は、招待状? 結婚式の? オマエらの?? バ~~~~ッカじゃないの!?」
そして理波から差し出された白い封筒を見て、重音は吐き気を催す仕草を隠すことなく見せつけながら声を上げた。
だがそのまま地面に叩きつけようとしたところで付け加えられた言葉を聞いては、思いとどまるしかなかった。
「エリも招待するつもりだ。トゥワイスら旧ヴィラン連合の面々もな。よかったら君も来てくれ」
「……オマエさあ! 本当にさあ! そういうやり方、ライトサイドのやり方じゃないって言ってるじゃん!!」
「ははは、何のことやら。……ではまた会おう。すまないが、私たちはこれからデートなんだ」
「そうなのです。これ以上私たちの時間を取るのは許さないのですよ?」
「ボクは別に取りたくないんだっての!! コイツから絡んでくるんだよ!!」
激昂する重音に、見せつけるように密着して微笑みあう二人。
「君もいい歳だろう?
「うるさいなぁ!! さっさと行けよこのバカップル!! 末永く爆発しろ!!」
おまけに煽るように言われれば、さすがに重音も堪忍袋の緒を数本まとめて引きちぎらざるを得なかった。フォースプッシュまで使って二人をこの場から追い出すと、から回った勢いを整えるため荒い息をつく。
そして周りから天敵二人の気配が完全に消えたことを確認してから、改めて深いため息をついた。
「……ったく、なんなんだよ待ってる人って。余計なお世話なんだよ」
だから重音は、予定通りに歩き始める。自分にとって、特別な少女の待つ家に向けて――。
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EPISODE ⅩⅤ
「シスの転生」――および
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「銀河の片隅でジェダイを復興したい!」――――完
はい、ということで今日まで三年近く連載してきた本作は、これにて完結です。
ここまで読んでくださった皆さん、長らくご愛読いただき本当にありがとうございました。
皆さんがいてくれたからこそ、ここまで来られたのだと思います。
完結に寄せた雑感はここに書くときりがないし見づらくなるので、割烹のほうに載せておきます。各章のサブタイ元ネタ説明とかもあります。
もし興味がおありでしたら、そちらもよろしくどうぞ。
最後に、もしよろしければ評価や感想、ここすきなどなどいただけましたら幸いでございます。
よろしくお願いしまァす!