抜きゲーみたいな島に派遣された対魔忍はどうすりゃいいですか?   作:不落八十八

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太平洋、白濁に染めて。

「へっ、SSの訓練程度、軽くこなして鼻で笑ってやるさ」

 

 金曜日の放課後、それが淳之介に伝えられたSSの訓練の初日の日だった。

 秘密基地で心配する仲間に奮起の豪語をして初のSSの訓練のために校庭へ向かった淳之介だったが、今や見るも見残な状態でやや蹲るように地面に倒れ伏していた。麻沙音が居れば、ヤムチャしやがって……、と言うコメントを貰っていた事だろう。

 

 校庭に集合してからは先ず砂の入ったバッグを背負ってヌーディストビーチの奥側に併設された訓練場へランニング、その後海面の浅瀬で地獄の筋トレメニューをこなしていた。浅瀬で腕立て伏せをするという肺活量と気合と根性と筋肉が鍛えられるメニューが初っ端から行われ、腰まで海に浸かって全力シャトルランや重りを付けた状態での水泳、極めつけは海水を吸った浅瀬の砂を一メートル掘っては固く埋めて掘り返すという精神と肉体の苦行のオンパレード。

 

 横目で新人らしいSS候補生たちを見ても目が死にかけており、罰則なのか正式にSSである生徒が参加していたが、こんなの聞いてないんですけど、という表情でひーひー言っている始末であった。

 

 何を隠そう、本来であれば最初の浅瀬の筋トレだけで終わっていたメニューを魔改造したのは那須であり、それを笑顔でオッケーを出したのが桐香である。これだけのメニューを毎日こなせば短期間で精神と共に肉体も鍛えられるであろうという善意から来ているのが皮肉である。そう、悪意が一切無いからこそ、極限まで肉体を苛め抜くメニューが出来上がってしまったのが運の尽きである。そして、その地獄を共に味わう事となった者たちにはご愁傷様と言うしかなかった。

 

「嘘だと言ってくれよシューベルト……。こんなにきっついだなんて聞いて無いぞ」

「あ、あぁ……、これは……、ぜぇ、ぼ、僕のデータに……、はぁ、……無いものだ」

「げほっけほっ、おぅえっ……、な、何でも訓練の見直しも兼ねてるみたいっすよ」

 

 薄茶色のベルトを付けていた中村シュウことシューベルト。

 語尾が、っす、と特徴的な事から名付けられた那賀伊波ことスス子。

 そして、我らがNLNSのリーダー橘淳之介ことタチバナ。

 

 一見苗字のように思えるが、その意味はギロチンと同じくして、同性愛の能動側のタチから連想されているあだ名である。SS総隊長である糺川礼はこうしてハートマン軍曹めいた煽り青藍島言語を用いてあだ名を付ける事がある。主に目に入った特徴から衝動的な連想で繰り出されるあだ名は地味に秀逸である。その機転の速さと頭の良さが隊長という肩書を担うに相応しい人物である事を言外に示しているのかもしれない。

 

「ほう、無駄撃ちができる元気があったようだなタチバナ! インポ枠の貴様がヤリニケーションが出来ない以上、会話でのコミュニケーションは必須だろうが今は必要無い。バービースクワット百回を御馳走してやる、ディルドで尻穴を掘るようにしっかりと膝を下ろせ!」

「サーッ! イエッサーッ!」

「はんっ、気合だけは十分だな。連れションさせてやる。全員でバービースクワット! 始めっ!」

 

 偶然隣であったという事から友人関係が始まった二人との会話を見咎められた淳之介が気合を振り絞って罰則を行なう姿は真摯なものだった。それに感化されるように気合を入れ直すシューベルトとスス子の顔も何処か真剣なものだ。こいつを訓練生に混じらせたのは正解だったようだなと礼は内心で呟く。

 

 当初は裏風俗撲滅のために吶喊してきた生意気野郎という認識だったが、こうして舌打ちや呻きをせずにメニューに取り組む姿勢を見ていれば心根が真っ直ぐな者だと誰でも分かる。そして、何よりも他の訓練生よりもこのメニューに取り組んでいる辺りが礼的にポイントが高かった。

 

 何せ、自分でもこのメニューは無いだろと思っているこの地獄を、真正面から乗り越えようとしている気概が見えるのだ。それは、今にも泣きだして訓練生を止めようと考え始めている他の生徒とは一線を画すものだ。

 

(ヒナミから幾らか聞いていたが、確かに芯のある奴だなこいつは。真っ直ぐにこなそうとする当たりが好感を持てる。……こいつが訓練生止まりと言うのは少し勿体無いが、性産的行動が取れない以上は仕方が無い、か。……磨けば光ると思うんだがなぁ)

 

 目の前のそれに必死になってやるしかなかった。そんな自分の過去を幻視させる淳之介は礼には眩しいものに見えていた。インポと言う青藍島では致命的なデメリットを抱えているのに関わらず、SSの訓練生になってでも裏風俗を潰そうとする気概はいったい何処から来ているのだろうか、そう礼は思わずには居られなかった。

 

 ふとフラッシュバックしたのはあの日の出来事だ。

 新人SSによって過剰に撃たれたライオット弾によって沈黙した母の姿。

 

 もしかしたら、と思ってしまう。あの日、あの頃に、目の前の淳之介のような誰かが居れば自分は救われていたのではないか、という一本の蜘蛛糸のような淡い幻想を抱いてしまった。裏風俗をあそこまで嫌悪する男だ、かつての自分の状況を知れば激怒してくれるに違いないな、と内心で過去の事を笑った。

 

 それ程までに淳之介の存在は眩しいものだった。快楽の汚泥に満ちた淫靡で悪辣な機械の檻に閉じ込められたかつての自分を思い出して、こうはなれないと心から思ってしまう。かつて心を折られたからこそ、段々とヒナミの存在で修繕されてきた精神的な古傷が痛むのだろう。

 

「よしっ、では各員装備を整えてランニング隊列になれっ! 三クリックで射精するような速度でな!!」

 

 燻ぶり始めた心の炎を吹き消すように大声で言った。もう、どうにもならない過去を見ていても仕方が無い。今の自分は、今を生きるしか無いのだから。礼はよろよろと、しかし懸命に急ごうとしている訓練生たちの準備を待ち、隊列を組んだ後に学園までランニングを開始した。列から乱れそうになる者の尻へ容赦なくスパンキング用のラバーラケットで叩いて激励し、後の性産訓練のために待っているであろう花丸蘭へと手綱を渡す。

 

「さて、橘。お前は別メニューだ。一足早くこれを扱うための訓練をしてもらう」

「これは……SS用ハンドガン、ですよね?」

「ああ、そうだ。……ふむ、愚行は犯さなかったようだな」

「えっ?」

「なんだ偶然か。例年これを渡す時にちょっとした脅しを入れる文化があってな。あえて銃口が此方に向くように手渡すんだ」

「危なすぎません?」

「ふっ、それを教え込むための教訓になるんだ。実際、このハンドガンで撃たれても凄い痛いだけで済むが、それを仲間に向けたらどうなるか、という……おい、大丈夫か?」

「いえ……、その、ちょっと思い出しちゃって」

「思い出す? ……まさか」

 

 SS式ハンドガンは従来のハンドガンを改造したものであり、その見た目は非常に似ているものだ。そして、本来改造されるべくしてこの島に来たそれを、身内の裏切りによってヤクザに裏流しされたそれと酷似している。

 

 そのため、それを見た瞬間に思い出してしまったのだ。冷酷無比に撃ち出された弾丸が、那須の助けが入って大事にはならなかったものの愛する妹の眼前を過ぎたその事実を。目の前のそれは人を殺す道具ではないものの、それに似ているのだという事実を。

 

「……そうか。お前が裏風俗撲滅を訴える理由の一つがそれなんだな。確かに奴らは横流しされた改造前のこれを使っていると聞いている。……成程、ああまで必死にメニューに食らいついた理由がそれなんだな」

「……はい。あの時、俺は何も出来なかった。それができるあいつに任せてしまった。……だからこそ、次は動けるようにしたいんです。誰でもない、俺が、俺のために、大事なものを守るために動ける身体が欲しいんです」

「そうか……。ならば橘、お前はこれを徹底的に理解するところから始めると良い」

「理解、ですか?」

「ああ、そうだ。このハンドガンはライオット弾が撃ち出せるように改造されている以外は実銃のそれに近い。弾丸がどれだけ届くのか、実際に撃った時に命中する距離はどれだけか、どうすればこの脅威に立ち向かえるのか、そういった事を理解するんだ。何をすれば良いのか分からないなら、何をしたら良いのかを理解するところから始めなくてはならない。できるか?」

「はい、できるようにします」

「よろしい。性産訓練が終わるまでみっちりと訓練漬けにしてやる。私の訓練は厳しいぞ」

「望むところです、よろしくお願いします糺川先輩」

「ふっ、礼で良いぞ。では、先ずは構え方からだ。正しい構え方と悪い構え方を教える。それを身体に覚えさせろ。突発的な出来事に対して実を結ぶのは、繰り返し見に覚えた動作だけだ」

「はいっ!」

「ははっ、元気の良い返しだな、気張れよ」

 

 薄っすらと笑みを浮かべた礼の顔は綺麗だった。少しだけ見惚れてしまった淳之介は顔の熱さを振り払うようにハンドガンを構え、人体のシルエットを模した的へと視線を向ける。礼に此処が違う、そうじゃない、こうだ、と指摘を受けながら正しい構え方を学んだ。

 

 そして、正しい構え方で発砲、悲しい事にシルエットの肩をかすめて外れてしまった。次に、正しい構え方から幾つか乱れた構えを取らされ発砲。その弾丸はシルエットに掠める事無く飛んで行った。

 

「分かるか。今の様に体幹がずれてしっかりと構えていない状態では、ブローバックを受け止める事ができず射線がブレるんだ。だからこそ、正しい構え方を身に覚えるんだ」

「はいっ!」

「では、正しい構え方でマガジンを撃ち尽くせ。当てる場所は腹部を狙うんだ。相手が動く場合は先ずは当たる部位に当てる事が大切だ。神掛かった腕前なら細い腕や手を狙えるかもしれないが、初心者であるお前にはまだ無理だ。というか私でも難しい。よっぽどの集中力か、一切ブレる事の無い筋力で押さえ付けるかのどちらかぐらいだろうな」

「……はいっ!」

 

 若干間が空いた事に少し小首を傾げたが、淳之介としては言外にお前の筋肉が足りてないからそうなると言われている気分だった。なので、それを意識しながら正しい構えを取り、持ち前の筋肉でそれを固定させる荒業に出る。地獄の訓練で痛めつけられた筋肉に鞭打った結果、先程の結果よりもシルエットを捉える弾丸の数は多くなっていた。連続で発砲するとブレやすいので、幾らか間隔を置けば良いだろう、そう考える淳之介の瞳は真剣だった。

 

 なので、ついついその横顔を礼は見つめてしまった。淳之介は顔が良い分類に入るため、持ち前の童貞根性さえ解消されれば芯のある好青年である。麻沙音を初めとしてNLNSのメンバーは格好良い時の淳之介を知っているが、こうして時間が出来てしまった事で礼もまたその一面を知る事となった。

 

 実に勿体無い男だな、と礼は内心で苦笑して、ひたむきに射撃訓練を行なっている淳之介に時折助言を入れて見守る。

 

 そして、そんな微笑ましい青春の光景をハイライトの薄い翠瞳が見つめていた。生徒会長室の窓からやや見下ろす形で見ている桐香の視線だった。その顔は、先輩と仲良くお喋りしてて良いなー、という気持ちが籠ったものだった。

 

 多忙に渡るSSの仕事を捌く桐香は正しく馬車馬の如く働かねばならない環境にある。と、言うのも学園におけるヒエラルキーにおいてSSの発言力が高すぎるのが問題であり、学園内の仕事及びSSとしての活動記録を総括する立場になってしまっているのが原因であった。

 

「……ちょっと相談してみようかしら」

 

 そう目の前に鎮座する分厚い書類を見ながら桐香は溜息を吐いた。速読ができると言っても量が多ければそれだけ頭を使う事になるし、わんこそばの如く追加されていくので終わりが見えないのが地味に辛いのである。

 

 普段であれば誰かに相談をしない桐香であるが、同年代の友人を持った事で少しだけ気持ちが変わっていた。何せ、SSの訓練へ淳之介をぶちこむために色々と画策した仲である。一人の友人として、困った時があれば人間関係が壊れる前に相談に乗ると言質を取っているのもあって、その考えは気楽なものであった。そして、その相談の結果、書類の殆どが電子化され、不要不急の類の仕事が伐採された事で暇を持て余す時間を作れるようになった生徒会長の姿があったのは言うまでもない。

 

 何せ、脳筋揃いの中でまともな報告書を作れる那須である。揃いに揃って馬鹿な先輩同輩後輩のために、分かりやすいテンプレートの書類を電子化し、それを作成するためのマニュアルも作成し、報告の基盤を作り上げた実績がある。只管に苛々口調で愚痴りながらアサギに直談判した過去も相まって、実情を桐香から聞いた時の那須の顔は非常に怖かったとの事だった。




此処だけの話、お便り書くのが初めてだったからセオリーを無視した内容になってたのが敗因かな……とアサちゃんの耳かきボイスを切望した作者が宣っていたそうですよ。

ドスケベプリズン(仮)の語呂良かったんですけどね、ヘンタイプリズンかー。
それは置いといて、ぬきたしファンミーティング行ってみたいですね。都合が会えば応募してみようかなと思います。

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