抜きゲーみたいな島に派遣された対魔忍はどうすりゃいいですか?   作:不落八十八

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新年股開きましておめはめことはめ。


デリヘルのハハァ。

「奈々瀬ニウムが足りないよあにぃ……」

 

 休日の土曜日。既にお天道様が頭上に昇っているというのに関わらず、SSの訓練に行く兄を適当に見送って二度寝した麻沙音が漸く空腹によって目が覚めた。寝ぼけ眼でぼんやりとした頭から漏れ出た言葉は意味不明なものだったが、身体が空腹を訴えているという意思表示に相違無い。もぞもぞと布団から這い出た麻沙音は薄いインナーシャツと短パンというラフな格好で部屋から出て、壁に手を付けながらゆっくりと一階に降りていく。

 

 長時間の睡眠特有の口の中の気持ち悪さを解消すべく、くちゅくちゅぺっと口を濯いでから冷蔵庫から冷たい麦茶をコップへ入れて飲み干す。ぷはぁと生きた心地のする息をして、二杯目を飲んで、三杯目を食事中のものとして机に置いた。続けて冷蔵庫から奈々瀬お母さんお手製の朝食兼昼食の少し柔らかく茹でられたうどんを取り出し、薬味の乗った小皿を退けてつゆをかけてレンジに放り込んだ。冷たいままでも良いが、少しだけ怠い身体は食べやすいものを欲していたため無意識にやったようだった。

 

「あぁ~~~~っ、奈々瀬ニウムが染み渡るぅ……。カツオと昆布のお出汁美味しぃ」

 

 何せ態々昆布と鰹節から取った出汁をめんつゆに混ぜる豪華なものだ。これを、喜んでくれるかしらと善意たっぷりな表情で作るのだから、奈々瀬の女子力の高さが見受けられる。ちゅるちゅると可愛い音を立てながら、薬味を加えて一味変わった出汁つゆまでも飲み干した麻沙音は満足そうな表情で笑みを浮かべた。綺麗な部屋で美味しい物を食べる事の優越感。そして、それが憧れの奈々瀬のお手製なのだから尚更にだ。

 

 淳之介たちが買ってきてくれたカプセル型の痛み止めのおかげか、それとも心境的に凄く軽くなっているからか、生理痛の重さは殆ど気になるものではなかった。一昨日の重さが嘘みたいに軽くなっていたのは佳境に入ったからかもしれない。しかし、ああして自分のために色々としてくれたのが今でも嬉しい気分として残っていて特効薬になっているに違いなかった。

 

「……でへへぇ」

 

 思い出すのはこれでもかと那須に頭を撫でて貰った膝枕の事だ。超絶美少女(男)の膝枕に加えて気持ちの良い手漉きをしてくれた時の感覚は未だに残っている。思い返せば頭を撫でて貰っている時の感覚が蘇るようであった。

 

 にしてもだ。随分と手慣れていたように感じる、と野生染みた乙女の勘が働く。まるで自分にしていた事を日課のようにやっていた、そんな感じがするのだ。あの時は気持ち良さから精神が溶けていたため質問する事ができなかった。そのため、何となく心にもやっとしたものを今頃感じてしまっている。

 

 手癖で無意識に持ち歩いていたタブレットを見やる。そこには交換した那須の連絡先があり、メールを使えば疑問を解消する事ができるだろう。だが、兄に似た童貞臭い処女である妹はそれができなかった。

 

「いやだって誰かにそういうことしてたんですかだなんて聞いたらもうそれ振りじゃん。貴方の事が気になって仕方が無いのだなんていう頭乙女回路なヒロインと同じじゃんか。好きな人のことをあれこれ全部知りたいみたいなアレじゃん。……はずかし」

 

 頬を赤らめて小さく呟いた言葉を拾うものは居なかった。麻沙音としても今の心地が恋愛における恋なのかが分からなかった。女性が好き、特に頼り甲斐のあるお姉さん、それが性にどっぷり浸かった自分を受け止めてくれる人であれば尚更に良し。

 

 リードしてくれるギャルビッチが好き、と言う性癖は以上の条件を簡単に纏めたものだ。言うなれば、麻沙音は自分を受け入れてくれる人が恋しいのだ。今までは同性である母がそれを担ってくれていたし、理解ある兄が居たからこそ問題無かった。しかし、交通事故で母を失った麻沙音は、同性の受け止めてくれる人を亡くした事で天秤が傾いてしまったのだ。異性であり趣味の合う兄に、天秤の傾きはずっしりと向いていたのだ。

 

 それを見かねたのか、妹思いにして、ドスケベ条例を憎む淳之介はNLNSを立ち上げた。そこには、自分と似たような迫害された者たちが、特に性癖ぴったりな奈々瀬が所属した事で心の天秤は釣り合っていた。――そう、釣り合っていたのだ。

 

 大久那須と言う少年が加入されるまでは。

 麻沙音にとって那須は見た目が美少女の同級生の少年だった。しかし、かつての父の匂いを伴った男性らしさを魅せられて、心の天秤があっちこっちに傾き始めてしまったのだ。

 

 女性が好きなのに、目の前の少年に好感を抱いている。極めつけは、ふたなり、である。後天的に手術したそれではなく、先天的なそれ。リアルふたなり美少女少年という情報過多に麻沙音の性癖は壊れ始めていたに違いない。そもそも、男の娘が有り寄りの麻沙音だ。沙汰無しの判決が下るのも当然の事であった。

 

 つまり、橘麻沙音という女性が好きなマイノリティな少女は、ふたなり美少女少年が気になって仕方が無いのだ。最近のエロゲーの選定が男の娘ものや中性ヒロインの居るものになっているのも意識している証拠である。麻沙音が苦手としている下卑た笑みを那須はしないし、中性的な良い匂いがする事も先日の膝枕の一件で知っている。

 

「……那須さん、だったら、…………良い、かな」

 

 あ、でも那須さんがどう思うかは分からないけどなー、と自身を守るために心の防壁を設置しておくのを忘れない。そういったところを気にし過ぎてしまうあたりが、兄に童貞臭い処女と言われてしまう由縁なのだろう。だが、人の心を読む事のできない人類にとって、言葉にしていない好感度はゲームのように浮かび見えるものではない。増してや、お助けNPCのようにこっそりと好感度を教えてくれる人が現実に居る訳でもない。

 

 恋愛に対してファンタジー感を抱いてしまうのは無理も無いのだろう。

 愛されているのだと自覚できる人がどれだけ居るのか。幸い麻沙音は妹を溺愛してくれている兄のおかげで愛されている実感を持てている。だからこそ、恋愛の内の片方が分かるのであれば、もう片方も自ずと分かってしまうのだ。

 

 恋とは何だろう。それはかつてこの島で出会ったあの時のギャル風のお姉さんことロリ奈々瀬が初恋だった事もあり、自身の性癖と言える同性愛を理解した事もあって何となく分かっている。四六時中頭に浮かんでしまって、会いたいな、と、何をしているのかな、と、想ってしまう相手を指すのだろうとエロゲー脳の麻沙音は理解できてしまっている。可哀想なのしか抜けないと豪語する麻沙音とて、一般的なものをやる機会は多々ある。それは兄からの餞別と言う布教であったり、絵師や評判から興味を持ったものの含まれている。

 

 即ち恋とは――セックスがしたい相手なのだと麻沙音は結論付けた。

 そう、エッチシーンさえあれば良い、そんな事を宣うエロゲー脳だからこそ兄に童貞臭い処女と言われてしまうのである。この青藍島で幼年期を過ごした事もあり、不純物が混じっている可能性が非常に高いものの、ある意味真理なのかもしれない。

 

 相手の子を欲しい、つまりはセックスがしたい、気持ちのいい事をしたい、この人と繋がりたい、この人の事をもっと知りたい。そんな要素の掛け算の結果、この人が好き、という方程式になるのだと思ってしまうのだ。常々淳之介に奈々瀬と恋人になって交わってる所に混ぜて、だなんて言っているのはこの方程式が脳内に浮かんでいるからである。

 

「誰もが振り返るくらいの麗人でほんのり香る良い匂いがして頼り甲斐があって少し可愛くてこんな私でも優しくしてくれて……受け止めてくれる人、だもんなぁ」

 

 橘麻沙音という少女を理解した上で受け止めてくれるだろう、と日々の言動から野生の勘も含めて理解できているからこそ、シても良いかなと思える異性の那須に惹かれている節があった。そして、前に弱音を見せる姿も相まって似たようなシンパシーを感じている。それは音叉の共鳴めいた同族好感のそれであり、傷の舐め合いとも言えるそれだ。

 

 NLNSに所属する面々は何れも何処かしらにそういう一面を持っている。リーダーの淳之介然り、その妹然り、なんちゃってギャルビッチ然り、ロリバブみ先輩然り、デブゴン然り、箱入り使用人然り、狂犬対魔忍然り。人に言えない秘密を、この島では共感できない思想を、言いたくない過去を、そんな薄暗い物を持ち合わせているからこそ、結束力が生まれている。

 

 兄である淳之介が明かしていない秘密、イチモツのでかさというコンプレックスを知っているが故に、ふと麻沙音は思う。那須が未だに口にしていないが、何処か匂わせる台詞を幾つかしている時があったな、と。淳之介のインポで処女厨というカミングアウトのように、那須のふたなりのカミングアウトは似ているものだ。つまり、もう一つ、絶対に知られたくない何かがあるんじゃないかなと邪推してしまった。

 

 ――ボクみたいなのが。

 麻沙音の野生染みた勘がそのワードを囁いた。

 

 那須は弱気になる場面では口癖のように、自身をこき下ろしていたように思えた。過去にやったエロゲーの内容を脳内検索して似たようなシチュエーションを抜粋し、それらに共通する点が自身の生まれに対しての物が多い事に気付く。

 

 妾の子だとか忌み児だったり、クローンだったり化け物だったり、いじめられっ子だったり黒幕の子供だったりと色々あるが、そういったヒロインに関して言えるのは、肯定してくれる主人公を求めているという点だろう。それらをひっくるめてお前が好きなんだよと叫ぶ熱い主人公の台詞は格好良いものだと認識している。

 

 実際そういうシチュエーションは結構好きな分類に入ると麻沙音は思う。特に結構手遅れな感じで死亡するフラグではないものの社会復帰は無理だろという感じの壊れ方をしている可哀想な感じが程良く精神的に抜けるのだった。特に過去に汚されまくって今の清楚な一面とは裏腹なやべー性癖を拗らせているシチュも良いな、と思ってしまうのが麻沙音である。

 

 ――逃げても良いんじゃないですか?

 

 ふと、知らず知らずに主人公めいた言葉で口説いていた事を思い出す。あの時は自分の過去を思い出してつい言ってしまっていたが、エロゲーではあるあるな過去投影系決め台詞のそれに当てはまるものだった。それはまるで、麻沙音が主人公で那須がヒロインという配役だ。

 

「あっ、…………あ゛ぁ゛~~~~~っ!?」

 

 思わずソファに飛び込んでクッションに顔を埋めて絶叫してしまう。なんつー恥ずかしい事を言っていたのか、と過去の自分に言ってやりたい気持ちになっていた。人はそれを黒歴史と呼ぶ。まるでエロゲーのキャラクターみたいな事を言ってしまっていたと麻沙音はぽふぽふとクッションを叩きながら、声にならない絶叫によって羞恥を流そうと画策していた。

 

「中二病の兄じゃあるまいし……、私は何という事を……」

 

 数分後に感情を出してすっきりしたのか、へへっ、と薄ら笑うように自嘲する麻沙音の姿があった。先程までは急激な奈々瀬ニウム摂取によるトリップが原因だろうと脳内の専門家が宣ったが、微弱な那須ニウムが未だにリビングに残っている可能性があるかもしれない。羞恥で若干身体が火照ってしまったのもあって、喉が渇いたと麦茶を一杯飲み干した麻沙音はこう考えた。まぁ、分かる時が来るさ、いずれな、と未来の自分に色々と投げたのであった。




此処だけの話、姫初めの日に投稿しようとしていたのにElona_oomsestで邪悪武器に初挑戦してて予約投稿を忘れてた作者が居るらしいですよ(ねぅねぅ

新年あけましておめでとうございます、今年も稚拙な文ですが楽しんで頂けると幸いです。

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