抜きゲーみたいな島に派遣された対魔忍はどうすりゃいいですか?   作:不落八十八

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アサネ、変のあと。

 那須が秘密を暴露した後、そのまま積年の辛さを吐露するように涙を流し続けた事により、シリアスな場が完全にどったんばったんムードとなってしまっていた。ぺたりと女の子座りで目元を抑えて静かに泣いていて、どっからどう見ても女の子のそれであったが、ふたなりながら男性である精神を尊重するため淳之介はあえて駆け寄らなかった。こういった場では女の子が優しく慰める場面であると彼のエロゲー脳が囁いたからだ。

 

 泣き崩れた那須に駆け寄ろうとしたヒナミを空気を読んだ美岬が取り押さえ、娘の恋路に背を押すお母さんのような奈々瀬がそっと麻沙音の背を押した。こうなってしまった原因を作った自分で良いのかと麻沙音は慌てふためく。

 

 対魔忍の単語が出たのは、かつて見たその映像でこれから辱められる女性のプロフィールを語る際に、朗々と上げられたものを覚えていたからだった。対魔忍の存在は一般人には知られていないためか、はたまた闇の世界の住人たちの嗜虐心を擽るためか、対魔忍という存在の詳細を熱く語ったのだ。憎き正義の味方として新人戦士であるアサギという女性をヒール役として扱ったのだった。

 

 対魔忍に銃弾は効かないという謳い文句があり、察知できる筈のない流れ弾を対処してみせたその身体能力は人のそれとは思えないものだった。普通それだけではその単語に至らないのだが、問題は那須が口走った返答の言葉であった。「御意」と言う古風な忍者がするような答え方をしたが故に、連想ゲームのように対魔忍という存在に行き着いてしまったのだ。本当にこの世に居るのであれば、というカマかけであり、真顔で何それと返された場合の羞恥の程は言を俟たないだろう。

 

 つまり、よくあるミステリーにおける自信満々なカマかけ、それが事の真相であった。そして、学生名探偵の名推理の如く的中してしまったが故の惨事である。

 

「那須さん……」

 

 目の前で泣き崩れる那須を見て、後悔めいた罪悪感に圧し潰される心地であった。あの時対魔忍という自身にとって架空の存在を口にしたのは、あのまま雰囲気に流され静かに姿を消すんじゃないかと言う恐怖があったからだ。

 

 麻沙音のゲーム脳が囁いてしまった、此処で秘密を知っていたかのように当てられたのならば状況が一変するのではないか、と。必死の思いで拾える情報を思い出して脳内で検索をかけ、獣染みた勘によって口にした言葉が正解に繋がっただけなのだ。そして、兄の言葉によって心を打たれた結果が今に繋がっている。綱渡りのような奇跡がこうして実を結んでしまっていた。

 

「あはは……、ごめんね、ボクみたいなのが泣いてたら困るよね。どうしてかな、何故か知らないけど涙が出ちゃうんだ……。おかしいな、こんなの……、初めてで、……分からないよ」

 

 その顔は笑っていた。泣きながら、笑っていた。それはまるで救われる事なんて無いと思っていたのに、暖かな掌によって人の温もりを知ってしまったかのような罅割れた笑みだった。自分を卑下する言葉が涙ながらに出てしまう程に、その何かが根深く彼の心を傷付けているのだと感じられる。

 

 胸を締め付けられるような心地だった、なんでこんなにこの人が傷付かなくちゃいけないのだろうか、そう思った時には行動に出てしまっていた。何故か分からない涙を同じく流しながら、もう良いのだと言葉にせずに語るように抱擁していた。膝立ちの麻沙音と座り込んだ那須とでは高低差があり、程良く育ったたわわな胸に抱き込む形での抱擁だった。

 

 何かしらの深い理由があって、でもそれを知られないように防壁を作って、今の今まで守り続けた。その堤防を崩したのが淳之介の言葉だったのだとNLNSの面々は感じ取れていた。きっと先程告げた秘密とは違う何かを抱えているのだろうと理解できていた。そして、それを一番理解できたのは、今も尚メンバーたちに伝えていない本当の理由がある淳之介だった。

 

 自分を形成するための、今の自分が立っている土台が過去だ。故に、今を生きる心に深い傷を作るのもまた過去である。傷付いた台に座り込むようにして振り払い続けたからこそ、罅割れた心を守る事ができていたのだろう。だからこそ、その痛みを、辛さを、苦しさを、理解できるのは同じような人間だけなのだ。此処に居る誰もが一癖二癖のある者たちで、心に痛みを抱えている者たちだからこそ受け止められたのだ。

 

 麻沙音と共に泣く那須の姿は年相応のそれで、何処か幼さを感じさせるものだった。柔らかく、心地良い温かさで、染み入るような匂いに意識が溶ける心地であった。そんな温もりを今まで一度も受けて来なかったが故に、生物的な本能がそれを求めてしまっていた。このままこの温もりに包まれていたい、そんな胎児的な感覚が那須の心を癒していた。数分の出来事だった筈なのに、嗅ぎ慣れて好ましいと感じてしまうような安堵感を抱いていた。

 

「……その、ありがとう橘さん。もう、大丈夫だから」

「こ゛ん゛な゛も゛の゛で゛よ゛け゛れ゛は゛い゛つ゛で゛も゛つ゛か゛っ゛て゛く゛た゛さ゛い゛」

「何で君が号泣してるんだ……」

 

 おいおいと号泣し始めていた麻沙音との温度差。涙が引っ込んだ那須は冷静に突っ込みを入れた。そして、状況分析が得意であるが故に、自分がどのような状況にあるのかを即座に理解できてしまって顔を真っ赤に茹だらせた。

 

 今までずっと豊満な麻沙音の胸に埋もれる形で抱き締められていた事もあり、汗の染み込んだ制服の胸元という状況も相まって強く女性らしさを意識してしまった。無意識的なコントロールが功を奏して致命的なやらかしはしていないものの、真っ当な男の精神を持つ那須に今の状況は天国で生き地獄であった。

 

 抜け出そうとしようとも、それをさせまいと感極まって泣き続ける麻沙音に力強く抱き締められているが故に、振り払う事もできずに居た。何せ那須は対魔忍にして訳ありの身体をしているが故に加減が難しいのである。小さく溜息を吐き、ならもうこの状況を楽しむか、と思考放棄して諦めた。

 

 橘麻沙音という少女はネット弁慶を拗らせた引き籠り気味の不健康少女ではあるが、母親似の整った顔や豊満な双丘に加えて男の子好みのむっちりボディの持ち主である。しかも男心を兄経由で理解しており、日頃のオナニーが趣味という程にむっつりな性格をしていたりする。甘えたがりな駄妹属性も相まってその可愛らしさは知る人ぞ知るものである。実際、逃げる麻沙音を誘おうとする男子生徒は多く、校門にまで付き纏う猛者も居る程に魅力的なのである。

 

「……ぐぅぅっ」

 

 そんな同学年の女子に心底心配されて胸に抱かれているのだ、意識しない訳がなかった。下半身の筋肉を総動員して海綿体に流れ込もうとする血液を押し留め、心頭滅却するために呼吸を止めて心臓を落ち着かせた。

 

 潜入のために培ったポーカーフェイスを思い出せと暗示し、下半身の猛りを抑え込む。更にはそこへ対魔粒子による活性を用いて封殺の勢いで鎮めていく。そして、正気に戻った麻沙音が那須を手放すまでその状態を静かにキープし続けた。

 

 自分のために泣いてくれた女の子に欲情するとか獣じゃねぇんだぞお前と言い聞かせた甲斐があったようであった。那須の鋼の精神の完全勝利である。一部判定負けではないかと脳内審議があったものの、負けてないが、と審判を横合いからぶん殴る事で中断させる事で曖昧に終わらせた。結果が全てだ馬鹿めと言うように、内心で勝鬨を上げた。

 

「あっ、す、すみません那須さん。ずっと抱き締めちゃって……」

「う、ううん。ボクのためにしてくれた事だし、癒されたから……。ありがとう、橘さん」

「いえいえいえいえ元を言えば私の発言が原因ですし我が不肖の兄の言葉がきっかけですからお気になさらずにしていただけるとこれ幸いというかなんというかその私のようなのが慰みの抱擁をしてしまってすみませんというかなんというか……」

「そんなに畏まらないでよ。ボクの方こそ恥ずかしいところを見せちゃってごめんねって感じだしさ」

「いえいえいいえ、滅相もごじゃりませぬぅ……」

 

 何処となく小さく見えてしまう麻沙音の恐縮っぷりに那須は苦笑を浮かべる。こんなに男慣れしていない女の子が勇気を出して慰めてくれたのだと思うと心が温かく感じる心地であった。

 

 もっとも、麻沙音的には性癖ドストライクな美少女(男)な那須に対して、至近距離でその存在を感じてしまい気恥ずかしがってテンパってるだけである。童貞臭い処女な妹の事を誰よりも知っているが故に、その温度差を理解できてしまっている淳之介は頭を抱える思いであった。

 

 我が妹に春が来てくれたかと思えば、実は秋だった、そんな気分だった。しかし、こうも他人に、精神的に男性である那須に対して親しみを見せている事にアオハルを感じてもいたので、心情的には呆れと満足がトントンと言った具合に落ち着いていた。

 

 妹を嫁に貰ってくれそうなの那須君ぐらいしか居ないんじゃないか、とも思い始めていた。何せ、実の兄に対してオナニーの延長戦だと妹オナホを提案するような妹である。兄妹でやる訳ないでしょうが、と断ったものの、何かの拍子でやりかねない程に本気で言っていた気がするのだ。

 

 那須という存在が現れる前は奈々瀬一辺倒であった麻沙音の恋心も、こうして移り変わり始めているように思える。同性同士で結婚するためにはこの島もといこの国を出なきゃならないのが現実である。

 

 ならば、逆説的に女の子に男性器がついているような感じの那須が相手ならば、男性戸籍によって結婚が認められるので万事問題無しである。この手に限るな、と淳之介は妹を思うが故に、見守る決意をしたのだった。流石にこれから兄と妹二人で同じ家に住んで一生を終える訳にはいかないのだから。

 

「仲良きことは、美しきかな、でございますね」

「ああ、そうだな……。って、起きたのか?」

「はい。ですが、感動的な、一面でしたので、静かにしておりました」

 

 しみじみと呟かれた言葉に頷きを返した淳之介の隣、ソファに寝ていた筈の着物の少女が礼儀正しく床に正座してほのぼのしていた。そして、むべむべと呟きながら那須と麻沙音の逢瀬を食い入るように見学している。色々とあってすっかりと頭から抜けていたが、この少女をヤクザの手から救うために戦った筈であった。どうもいたたまれない気分で淳之介は考える事をそっと止めた。

 

「此度は、窮地を救って頂き、ありがとうございました。どなたか、存じませんが、良くして頂いたようで……」

「あ、ああ。俺は橘淳之介。水乃月学園に通うA等二年。反交尾勢力組織、NLNSのリーダーをやってる」

「わたしは………………」

 

 そのまま言葉を返そうとした少女はむむむと小さく唸った。どうやら混み合った事情があるらしい。素直にそのまま名前を言う訳にはいかない立場であるようで、暫く考え込んだ後に小さく溜息を吐いた。自身の中で何かしらの折り合いがついたようだった。

 

「吹上葉琴、と申します。B等部、三年、訳あって、性別を偽っております」

「……偽名なんだよな?」

「申し訳ありません。わたしが居ると、ご迷惑をお掛けして、しまいますので……」

「まぁ、教えたくなったら教えてくれ。それで聞きたいんだが、今日君と戦っていた奴らは何だ?」

「……それは」

「頼む、教えてくれ。これはもう俺たちの問題でもあるんだ」

「……そう、でございますね。彼の者たちは本島に本体を置く、任侠団体かと存じます」

「うん、聞き出した奴もそう言ってたよ」

「那須君。何故こっちに……逃げれたのか。自力で脱出を?」

「対魔忍の力を舐めないで欲しいですね。……気恥ずかしいので逃げました」

「だろうな。思春期の少年にうちの妹のおっぱいは効くだろうしな」

「実に凶悪でした……、じゃなくて。情報の擦り合わせですよね? 一部だけしか抜けませんでしたが、ある程度補強できるくらいはあるでしょう。彼らはこの島に送られた工作部隊らしいです。名前を割る程馬鹿じゃなかったみたいで、時間が無かったのでそちらは聞き出せませんでした」

「彼の者たちは、集落近くの子女を誘拐し売春させ、無理矢理動画を撮影しネットへ売り捌く、その様な悪行をシノギにしているようでございます」

「裏風俗を経営しているって話だよ。商店街の方に一つあったみたいだけど、もう潰れてるからお前らには分からないだろうだなんて吹っ掛けるくらいだ。何処か表向きの店舗に擬態している可能性が高いよ」

「裏風俗だと――!?」

 

 淳之介の表情が一変する。それは煮え滾るマグマのような怒りだ。今はまだ休火山であるが、いつ活火山に戻るか分からないような様子に二人は目を瞬かせた。同時に、このチームに残る理由ができたな、と那須は思っていた。

 

 先程まで思い遣る言葉を掛けてくれた淳之介が此処まで憎悪する相手だ、何より、自身の任務の糸口に繋がりそうな話題でもあったからだ。汚職議員ご用達の秘密のお店、そんなものがこの島の何処かにあるかもしれない。そう考える事もできたからだ。

 

 何もご用達の店というのは取引だけではない。魔族が奴隷を連れて盛り場にするケースもある。この一件はそういった趣旨のものだったかもしれないと思うのも当然であった。だが、まだ情報は少ない。もっと情報を集めるべきだ。

 

「そして、君はその彼らのシノギを邪魔して回っていた、と言う事で良いのかな」

「はい、それがわたしの、勤めですので……」

「だ、そうだよ橘先輩。この子を引き込めば真実に繋がる手掛かりになる。戦力アップだ、凄い日だね」

「な、なりません。わたしが近くに居れば、ご迷惑を、おかけしてしまいます」

「ご迷惑、ねぇ……。物理的なものならボクが潰すから問題無いよ」

「えっ。……そ、それでも、わたしは、本来ならば存在しない女なのです。ですから、ご迷惑が……」

「語るに落ちてるって気付いてるでしょ。というか、既にボクらは君を助けた事で任侠団体と敵対状況にあるんだ。この状況で君と言う優秀な狙撃手を逃がせる訳が無い。君が此処で去ってもこの先輩は裏風俗を潰すためにきっと無茶するだろうね。あーあ、君と言う裏方支援があれば、橘先輩も死ななかったのになぁ」

「勝手に殺すな。ったく……、俺は裏風俗の存在を絶対に許さない。そして、君もあいつらの存在が気に食わない。なら共闘という形で手を結ぶ事もできるんじゃないか?」

「……どうしても、この手を取ろうとなさるのですね……」

「ま、そう言う事だから大人しく仲間になろうよ」

 

 琴寄文乃さん、と葉琴と偽名を名乗った少女にしか聞こえないように耳元で囁いた。ぎこちない様子で那須を見やる文乃に笑みを返す。ヤクザから引っこ抜いた情報の一つがこれである。シノギを邪魔する少女こと琴寄文乃を生け捕りにしろ、そう言った指示が出されているらしい。そこから本格的な拷問で聞き出そうとした所で淳之介に声を掛けられてしまったのであった。

 

 こくこくと正体を暴露されたくない一心で頷く文乃は怯えた小動物のように可愛らしかった。同時に何かしらの理由があって自分の情報をチームに流そうとしていないとも文乃は聡く理解した。目の前の那須という少年は忍の者なのだと強く実感できてしまった瞬間であった。

 

 那須の一言で頷き始めた光景を見て淳之介は若干困惑したものの、新たな仲間が増えたのだと気持ちを切り替えた。本当に濃い日だったな、と思いつつ新たなメンバーである那須と文乃を見た。斥候から暗殺まで何でもござれと言わんばかりの能力を持つ少年と百発百中の命中率を誇るスナイパーの少女。文乃との出会いは前に二度あったが、目の前の少年は今日が初見である。本当に濃過ぎる一日だったと肩を竦めた。




此処だけの話、この対魔忍√は各√の内容をぶっこもうと画策中だぞ。

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