抜きゲーみたいな島に派遣された対魔忍はどうすりゃいいですか? 作:不落八十八
青藍島の授業を甘く見ていた、そう那須は目の前の現実を受け入れる事が出来ずに唖然としてしまっていた。教室のボードに画鋲で止まった時間割にはHの文字があり、本島であればロングホームルームの略である筈のそれ。しかし、水乃月学園のそれはロングホームルームの略では無く――。
「本日のHの授業は、二人ペアでスローセックスのレポートを提出して貰います。提出は明日の放課後までに教室の提出ボックスへ入れる事。そのための用紙も一緒に置いてありますので忘れずに持っていく事。では、解散」
直球ストレートな意味でのエッチな授業であった。普段から様々なドスケベセックスをしているからこそ、原点に返るための基礎的な授業という扱いらしい。全く持って意味が分からず、那須はクエスチョンマークを五つ程浮かべて真顔で小首を傾げた。
そして、色めき始めるクラスメイトの歓声によって正気に戻った。こういう時に男女のペアが組める組み分けで良かったと、麻沙音と那須はお互いに目線を合わせて呆れるように苦笑した。
つーかーめいた視線の遣り取りによって、二人を誘おうとしていた男女生徒が肩を竦めた。仲の良い二人の事だ、事前に約束でもしていたのだろうと勘違いしてくれたようだった。本来、複数人へのドスケベセックスが推奨されているものの、体調不良の麻沙音と転校生の那須である。青藍島に馴染んでいない那須が射精を連発できる体になっていないのだろうと気を遣ってくれているようだった。
自然な形で教室からフェードアウトする――その時の事だった。
「ねぇ、大久さん」
廊下へと続く扉に手を掛けて半開きにしたそのタイミングで、後ろから声が掛かった。その声は透き通るような美声であり、また可愛らしいものでもあった。そんな特徴的な声をしている女子生徒は一人しか居ない。
「……なんだい冷泉院さん」
水乃月学園を取り仕切るSSの長たる冷泉院桐香その人であった。那須は麻沙音にアイコンタクトで先に廊下へ身を乗り出すよう指示を出し、位置を入れ替わるようにして陣取った。それは忍者屋敷の回転扉のような自然さをもっていて、庇って盾になった事を感じさせない所作だった。もっとも、その魂胆を見抜けない程、目の前の少女は甘くない。しかし、あえてそれを見逃した。たった数秒の出来事でありながら、水面下のアドバンテージの取り合いは熾烈なものであった。
「少し、話したい事がありまして。授業は生徒会の仕事の手伝いという事で処理しておくので、ついてきて貰っても?」
「……そう、だね。態々この時間を指定してくれたんだ、その配慮に甘んじて受けるよ。長くは無いんだろう? ごめんね、麻沙音さん。そういう事だから先に行っててくれるかな」
「わ、分かりました……。那須さん、気を付けてくださいね……」
「あはは、大丈夫だよ。相手は生徒会長さんなんだから、手荒な事はしないと思うよ」
自然な流れで麻沙音を送り出した那須は桐香に向き直る。不敵な笑みを浮かべた桐香の様子は先程のそれと変わりはない。だからこそ、そのハイライトを感じさせない瞳が印象に残る。精巧な人形めいた美しさを持つからこその違和感。本当に人なのか、そう感じさせてしまう静かな威圧感を感じるのだった。
行きましょうか、という声に頷いた那須が連れて来られた場所は生徒会室だった。相手のテリトリーに一人忍び込む事は幾多もあれど、こうして真正面から誘われたのはそう無い事だ。お茶を入れますね、と後姿を無防備に見せた桐香に那須は気取られないよう静かに息を吐いた。
「大久さんは――」
「ごめん、苗字で呼ばないで欲しい」
「あら、でしたら那須さんとお呼びしますね。那須さんは好きな銘柄はあったりしますか?」
「……紅茶はあんまり嗜まないから分からないな。冷泉院さんのおすすめをお願いしようかな」
「うふふ、分かりました。でしたら、良かったら私の事も桐香とお呼びくださいな」
「分かったよ、桐香さん」
「うふふ……先輩とは違った良さがありますね……」
何処か慣れた手付きで茶葉の紅茶を入れていく桐香の後姿は普通のそれであった。そこらに居る女生徒となんら変わりの無い少女のそれ。カリスマの雰囲気と混じった普通の少女らしさに那須は困惑するだけだった。外皮と中身が揃っていない、学術書の表紙を被せた絵本のような、そんなちぐはぐな雰囲気。
NLNSという反交尾勢力を束ねる淳之介のような使命感の無い那須にとって、冷泉院桐香という少女は生徒会長を務める少女という肩書しか感じていない。敵対の意思はそもそも持ち合わせていない。対魔忍である那須の敵は人魔外道の屑共のみと心に立てている。そのため、NLNSに所属していながらも、ドスケベ条例を強いる彼女らに対して強い敵意は持ち合わせていないのである。
そんな那須の視線を受けている桐香は何処か楽しそうであった。
「那須さんは紅茶をあまり嗜まれないという事でしたので、初心者でも飲みやすいダージリンを入れてみました。どうぞ、ご賞味ください」
「ありがとう、……すっきりとしていて飲みやすいね。ボクは普段珈琲派だけど、それでも美味しいと思えるよ」
「それなら良かったです」
「桐香さんは普段から紅茶を嗜むのかい?」
「ええ、昔取った杵柄と言いますか、嗜好品の紅茶を美味しく入れるコツを知っているんです。恥ずかしくないものを淹れられる自信があるんです」
「そうなんだ。こういった飲み物を美味しく淹れられる人は凄いと思うよ。ボクもインスタントじゃなくて豆から初めて見ようかな」
「それは良いですね。良かったら那須さんの淹れた珈琲を飲んでみたいですね。……その時はミルクとお砂糖を入れさせてくださいね」
「……良く分かったね、ボクが入れずに飲むって」
「簡単な推理です。紅茶を初めて飲む人には色々な仕草が見られます。紅茶特有の苦みに顔を顰めたり、その味に違和感を感じて訝しんだり、意外と美味しく感じて顔を綻ばせる、そんな所作が。那須さんには後者のそれでした。苦味をあまり苦に感じず、紅茶の味を楽しめる、そんな様子でしたから。珈琲は飲むけれどミルクとお砂糖を沢山入れる、そんな人は前者の表情を浮かべる事が多いのです。珈琲の苦みをミルクで抑えて、甘みで流す。私は子供舌なのでそちらに分類されるのですよ」
「へぇ、雰囲気は令嬢なのに感覚は庶民的なんだね桐香さんは。親しみが持てるよ」
「うふふ、ありがとうございます。そう素直な感想を受けるのは嬉しいです」
まったりとした午後のティータイム、そんな時間が流れていた。お互いに本題を急かすような愚行をせず、まずは相手を探るための会話を楽しんでいた。だからこそ、目の前の相手が間抜けでない事を感じ取れるのだ。一朝一夕な、場当たり的な真似は通じない、そう二人の間には共通認識が生まれていた。
お互いに一杯のダージリンを楽しみ、お代わりを桐香が淹れた事で二人の雰囲気が変わる。互いに茶番を終わらせて本題に入るために。くすくすと笑みを浮かべた桐香は那須へ一枚の手紙を見せた。それは五車学園の校章を模した封のされていた手紙であり、何故この場に那須が呼ばれたかを理解するには十分な品であった。
「……成程ね。ちなみにどっち?」
「問題解決のために協力者を送るのでよろしくお願いしますというものでした」
「はぁ……、でもって、君は君の情報網で協力者の正体も知ってる、ってとこか」
「えぇ、防人のお屋敷でそのお名前を知りました。対魔忍。魍魎の匣めいた東京に蔓延る人魔外道を狩る影の守護者。まさかそんな凄い方が来られるとは思ってもいませんでした」
「……はぁ。改めて自己紹介だ、ボクは対魔忍大久那須。汚職議員が出入りしていた青藍島での実態調査を依頼されている。進捗は青藍島の水面下に存在する裏風俗の元締めが怪しいってところくらいだね」
「私は水乃月学園生徒会長の冷泉院桐香と申します。そちらについての資料はSHOから送られてきた資料に調査内容があります。入用ですか?」
「貰えるなら、貰っておきたいところだね。児童誘拐に強制売春、非合法裏ビデオの撮影と販売、行方不明者のリストはもうできてるから、元締めの場所を知りたいところかな」
そうあっさりとした様子で言った那須に対して、初めて桐香は驚愕の表情を見せた。それはほんの少しながら畏怖を孕んだ困惑の瞳であった。SHOの子飼いであるSSを取り仕切るのが桐香の仕事の一つであり、那須に関する情報はしっかりと集まっている。勿論それは電子部の情報も合わせてであり、淫スタに登録されていないためGPSによる特定した追跡はできていないが、ある程度の行動は追えている筈だった。そのため、あまり行動を起こしていないと判断している那須がそれほどの成果を出している事に純粋に驚いたのであった。
「……青藍島に来て二日でした、よね?」
「うん、二日だよ。ただ、潜入と奪還を熟すボクなら夜中の数時間でそれぐらいの事はできるんだ。警戒されてるのか尻尾が掴めてないのが現状でね」
「それは……、恐らくながらSHO本部のいざこざが原因かもしれませんね。一部のSHO職員とガードマンが裏切りを働いた、と報告がありました」
「裏切り、ねぇ。金で動く人たちだったのかい?」
「いえ、人の模範に成り得る人柄であったとの事でしたので、よっぽどの理由が無ければ動かないかと。そういった事もあって治安が荒れ始めているのが現状ですね。その件に関する詳しい資料は後日送られてくる手筈になっています」
「成程ね……。それで、何が欲しいんだい?」
「あら、言わずとも察して頂けましたか」
「そりゃあね、見逃してるのわざとでしょ?」
「あら、何のことやら、と言うべきでしょうか?」
「さてね……」
くすくすと笑みを浮かべる桐香のそれは悪戯に成功した子供のような可愛らしい笑みだった。兄に子供が甘えるようなそんな朗らかな笑みだ。肩にかけたストールの端をくるりくるりと遊ばせながら、やや伏せた面持ちで桐香は恐る恐る言った。
「その、私、先輩が欲しいんです」
「淳之介先輩が?」
「ええ、彼の才能はこの島を支配できるものです。それを知らしめる事無く遊ばせておくだなんて勿体無いでしょう? もっと、彼の良さを皆さんに知って貰いたいだけなのです。そうすれば、先輩はこの島をもっと愛してくれる」
「……時に桐香さん、桐香さんには知られたくない事ってあるかい?」
「えぇと? いえ、ありませんね」
「じゃあ、これはできないだとか、嫌な事ってあるかい?」
「それでしたら……私、服が着れませんね。階段も登れません」
「…………あー、青色サヴァン、うにーって感じか。あぁ、成程成程。そのちぐはぐ具合はそっから来てるのか。なら、人の感情を自己投影できないのも頷けるか。なら、そうだな……」
「あの、那須さん……?」
考え始めた那須に桐香はこてんと首を傾げて困惑していた。相談していた思えば質問責めを受けて、それに勝手に納得したように頷いて唸り始めた。そりゃ誰だって困惑するだろう。畔だってする。そうして、数十秒唸っていた那須は答えが出たのか改めて向き直った。
「桐香さん」
「はい」
「階段を登れないのは勿体無いから、登れるようにしようね」
「……はい?」
「大丈夫、ちゃんと登れるようにしっかりと手伝ってあげるから。例え、君が嫌だと言っても登れるように仕向けてあげる。だってその方が桐香さんのためになるから」
「あの……?」
「そうすれば、君はもっと生活を楽しめるようになるよ」
「…………えっ、あっ、……もしかして……」
「うん、大変な事をしようとしていた自覚が持てたようで何よりだ。君のような動かない価値観を持つ人は、自分はこうだからと相手の気持ちを理解できない。なら、自分の事に置き換えて分かるように言葉を変えれば、聡い君なら端っこくらいは理解できる。そして、その欠片で憶測する事はできるよね……。君が淳之介先輩にしようとしていた事は、君に対して階段の上り下りを強いる事と同じだ。分からない誰かの苦しみを、自分の苦しみと重ねれば分かるだろう。君が今の今まで階段が登れなかったように、淳之介先輩もまたそれに対して苦しんでいるという事を」
若干青褪めた表情で桐香は口元を抑えておろおろとしていた。それはまるで、悪気の無かった悪戯が、相手の逆鱗に触れるそれであった事を知ってしまった子供のようだった。即ち、怒られ、叱られ、嫌われる。それを理解できてしまったが故の狼狽えであった。
「人の嫌がる事はしない、その一端を理解できたようで良かったよ」
「……はい、もう少しで先輩に嫌われちゃうところでした……」
「こじれる前で良かったよ。それで、だ。追加の資料とやらは何時頃来る手筈になってるんだい?」
「えぇと丁度一週間後、ですね。定例の場で渡される事になっておりますので」
「そしたら、丁度頼みたい事があるんだけど」
「えぇ、内容にはよりますが……」
「淳之介先輩をSSに、いや、訓練だけでも良いから参加させる事ってできたりするかな?」
「先輩を、SSに、ですか……?」
「少し懸念があってね、今回の敵はヤクザが関わってる。琴寄文乃を追う彼らが何を使ってるか、分かるかい?」
「……まさか、実銃ですか? そういった事は島の監査に引っかかる筈……。いえ、SHOに与するものが紛れているのなら容易……そういう事ですか」
「そういう事。先輩は裏風俗に対して強い憤りを感じてるみたいでね、ある程度こっちで抑えてはいるけど現場を目撃したら吶喊しかねない」
「そのための訓練、と言う事ですか……」
しれっとSSも追っている文乃についての情報を開示するあたり、強かな人だと桐香は思うものの表情にはしなかった。相手は人魔外道を屠る対魔忍の一人であり、カードの切り方も上手く、交渉にも長けている。少し脳内の対魔忍についての情報と噛み合っていないものの、そういった者も居るのだろうと納得させる。
加えて言えば、桐香にとって那須は未遂ながら命の恩人めいた人物になりつつある。あのまま計画を実行していれば対立の溝は深まり、抗争に発展してより一層嫌われてしまう可能性があったと聡い桐香は認識できていた。人の心が理解できないとはいえ、文章に書かれたそれを理解できない程に桐香は愚かではない。
ああまで分かりやすく自身の信条に訴え掛ける形で諭されたならば、もしかして、と配慮の一端を考える事はできるのだ。先輩とお喋りする機会があれば穏便に持て成そう、そう考える事ができただけ成果が出ているのである。
「表向きには……そうだね、一般人をテスターにSSの訓練内容を見直す、だとか、夏に向けてSS式訓練で体を鍛えよう、だとか、それらしい理由を付けてくれればいいかもしれない。それとも、裏風俗の資料を盗み出すために送り出して、叩き上げる形で訓練させてみるのもいいかもしれないね」
「うふふ……、そうですね。一応これまで纏めたものはあります。これを餌にしましょうか。後の流れは私の方で調整しますので」
「うん、そっちの方が頑張ってくれそうだし、そうしようか。あ、淳之介先輩はインポらしいから性的な活動はさせないように考えておいてね。あくまで、裏風俗撲滅のための基礎作りという形で共闘させて」
「……あの、私が言うのもなんですけれども、先輩の事を売り過ぎでは……?」
「あはは、ボクだって恋する乙女の一助になれれば、って思っただけだよ」
「恋する……? えぇと、そう、これが……恋……なのかしら……うふふ」
「……失言だった。まぁ、兎も角、文乃もボクが預かってるから適当に誤魔化しておいてね。普段通りにしといてくれれば良いから、何か動くようだったらバックアップに入るから教えてね。連絡先を交換しておこうか」
「ありがとうございます。確かにSHOから文乃捜索の命令が出ていますが……、那須さんの所に居るのであれば大丈夫でしょう。それでは、これからよろしくお願いしますね」
「うん、出来る限りはするつもり、よろしくね桐香さん」
「はい」
タブレットを取り出して淫スタの連絡先を交換する。少々不慣れな様子であった事から何となく桐香の友人関係を察してしまった那須は若干の苦笑を浮かべる。サヴァン症候群と呼ばれるそれは天才でありながら異端を生み出す、そんな症状だ。それに纏わる症状で彼女の生活はとても大変だったに違いないと一端が知れてしまったのだ。
敵対しなくて良いのなら仲間の一歩手前までの関わりをしておく、それが那須の行動指針であり、処世術である。この教えが無ければ地下都市ヨミハラで過ごしていた頃に余計な敵を作る羽目になって死んでいたに違いなかった。便宜上母親である女性を思い出して小さく苦笑する。あのマッドサイエンティストは今頃何をしているのだろうか、と。
此処だけの話、原作よりも少しだけ幸せにする事ができるのが二次創作の醍醐味だと思うのです。