ポケモンがいる時間 -A hand reaching your neighbor star-   作:スイカバー

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「こちらはコガネラジオ塔。こちらはコガネラジオ塔。三年間の努力が実り、今ここにロケット団の復活を宣言する! サカキ様、聞こえますか? 我々、ついにやりましたよ!」

 

 暗い洞窟の中で、ラジオから声が聞こえてくる。

 

 三年間……。もうそんなにも月日が流れたのか。ひたすら修行に明け暮れるだけの日々だった。だが、まだ足りない。まだ俺はやるべきことを何ひとつ成し遂げていない。こんな状態であいつらに顔向けできるはずがない。

 

 それでも、あいつらは今この俺を必要としている。ボス失格のこんな駄目な俺を。

 

 ならば、行ってやるべきなのか。

 

 あいつらは、俺を温かく出迎えてくれるだろうか。

 

 あそこは今でも、俺のいるべき場所であり続けているのだろうか。誰も答えてはくれない。答えを出せるのは自分しかいない。

 

 答えはもちろん決まっている。行くしかない。例え失格だろうと、俺はロケット団のたったひとりのボスなんだ。

 

 俺は立ち上がり、一歩を踏み出そうとした。

 

 だが次の瞬間、洞窟の中にまばゆい光が照らし出された。洞窟と言ってもごく小さなほら穴。隠れるところもなく、他には誰もいない。いったい誰が?

 

 光が収まると、目の前にはふたりの少年と少女が立っていた。少年は黄色い帽子、少女は白い帽子をそれぞれ被っている。どことなく、三年前に会ったあのガキを思い出させる雰囲気があった。

 

 ふたりは驚いた顔で周りを見渡している。何があったというのだ。俺は思わず身構えた。そしてふと、彼らの傍らに小さな黄緑色の生き物が宙に浮いて寄り添っているのに気付いた。あれはポケモンだろうか、見たことがない種類だが……。

 

 すると、少女の方がそのポケモンに向かって、セレビィ、あなたがやったの? と聞いた。

 

 セレビィ? どこかで聞いたことがある名前だ。

 

 ずっと昔に、誰かからそんなポケモンの話を聞いた。確か、時間を行き来することのできるポケモン。その能力を使って、人間も過去や未来に飛べるとか、なんとか。

 

 ……ということは、まさかこいつらは過去か未来か、どこか他の時間からやってきたのか? いったいなんのために?

 

 俺は動揺をできるだけ隠して、ふたりに話しかけた。

 

「君が何をしにここまで来たのかわからないが、ここは君らのような子供が来るところではない」

 

 何を言っているんだ俺は……。虚勢を張っていることが丸わかりじゃないか。

 

「私の邪魔をするな。三年前の失敗はもう二度と繰り返さない。ロケット団は生まれ変わり、世界を我が物にするのだ」

 

 言っていることが無茶苦茶だ。しかし、こんなやつらに構っている場合ではない。俺は行かなければならない。こんなところで足止めされるわけにはいかない。俺には、俺を待ってくれているやつらがいるんだ。今はそれだけが、俺のたったひとつの道標だった。

 

 俺はモンスターボールからポケモンを出し、その場を離れようとする。しかしふたりは何を思ったのか、ポケモンで俺に応戦しようとしてきた。

 

 なぜ邪魔をする。頼むからそこを通してくれ。お前らいったい、俺の何を知っているというんだ。

 

 この三年間、俺は誰よりも特訓を重ねてきたはずだった。組織の復活、そのことだけを考えて、俺はポケモンを、そして自分自身を鍛えてきた。

 

 だがしかし、それでも俺はこのふたりに敵わなかった。三年前のあのガキに続いて、俺のすべてはまたしてもガキによって否定されてしまった。

 

 ガキどもが強すぎるのか。それとも、俺が弱くなったのか。

ロケット団再興の夢が、幻となって消えていく。何が間違っていたというのか……。

 

 ラジオからは変わらず部下たちの声が流れている。

 

「おーい、サカキ様はいったいどこに行っちゃったんだろう? どこかでこの放送、聞いていてくれてるかなあ……」

 

 その声に思わず耳を傾けてしまったが、ふと我に返って辺りを見回すと、もう少年少女はその場にいなかった。セレビィだけが、洞窟の中を無邪気な顔で飛び回っていた。

 

 時を渡るポケモン、セレビィ。ポケモンは世界だけでなく、時間をも移動することができるのか。もしそうやっていろんなところを移動して、いろんなことをやり直すことができたら、どんなにいいだろう。

 

 ポケモンは、何度でもやり直すことができる。例え世界が滅んでも、また新しい世界を見つけて、そこで新しい暮らしを始めることができる。そしてセレビィのように、時間すらも遡って、一番幸せな時間を何度も繰り返し過ごすことができるものもいる。

 

 人間はそうはいかない。今いるこの世界が、この時間がすべてだ。常に、この唯一の世界の、流れゆく今を見つめ続けるしかない。

 

 そんなことを思いながらセレビィの姿を見つめていると、俺に気付いたのか、セレビィは俺に近づいてきた。そして何か囁いて、俺の肩に乗ってくる。

 

 まさか、俺にも時間移動をさせてくれるというのか。

 

 セレビィの力で、望む時間へと旅立たせてくれる……?

 

 セレビィは早くしてくれというような顔で、俺の肩を叩いて催促する。

 

 待ってくれ。俺はどこに行きたい? 過去か? いや、過去に未練はない。やり直したい過去なんて、俺には何ひとつない。だったら未来か。そうだ、未来には夢がある。ロケット団の明日を、俺は未来に託している。

 

 ロケット団が昔のように、再び繁栄を極める未来。そしてこの世のすべての権力を手にする未来。そんな未来を、俺は見てみたい。

 

「セレビィ……」

 

 俺の願いを聞き入れてくれたのか、セレビィの体が光り、まばゆく輝き始める。

 

 体が宙に浮き、視界がぼやける。光に包まれて何も見えなくなる。何も聞こえなくなる。次第に意識が無くなっていく。ああ、俺はこのまま未来に……。

 

 まさに移動しようとする、その一瞬、俺の脳裏にある光景が浮かんだ。

 

 酷い豪雨の中、倒れた大木に挟まれて死んでいるポケモンの姿だ。遠い過去の記憶。俺はそのポケモンの死体を土の中から掘り出し、そして密売のディーラーに売り捌いた。今思えば、あれが俺の人生の転機だった。その瞬間がフラッシュバックした。

 

 ふと、寒気がした。なぜだかわからないが、俺はこのとき、自分がミュウツーに見張られているような錯覚を覚えたのだ。もちろん、いくらミュウツーの能力と言えど、遠く離れた俺に思念を送るほどの力はないだろう。ただの気のせいに違いない。

 

 だが、それでも俺は無意識に叫んでいた。

 

「セレビィ、やめてくれ!」

 

 セレビィの体の輝きが収まり、俺は意識を取り戻した。周りには再び洞窟の薄暗い景色が開けてくる。セレビィが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫だ。もう、大丈夫……」

 

 俺は地面に腰を落とし、親指を立ててセレビィに平静を装った。

 

 何となくだが、未来へ行くことは、今を逃げることになる気がした。そして、それをすることは、ミュウツーに対して、そしてフジ先生に対して申し訳ないような気がしたのだ。彼らをこの時間に置き去りにして、俺だけが幸せな未来に旅立つことは許されない。そんな意識が俺の奥底には眠っていた。

 

 俺は今を生きなくてはいけない。ポケモンたちが所狭しと住み成すこの世界を。ポケモンがいる、今この時間を。

 

 それに、俺が未来に行って、そこで栄華を誇るロケット団を見るということは、つまりその繁栄をもたらすのは俺ではないと誰かいうことになる。その未来では、俺は傍観者にしかなれない。ロケット団は俺がボスの組織だ。俺以外の手で引っ張られるロケット団など、そんなものは考えられない。何という気の迷いだったのだろう。

 

 そうだ、これが一番いいんだ。

 

 とりあえずこの洞窟を出たら、まずあのポケモンの遺体を探そう。俺が初めて売り捌いたあの絶滅したポケモン。収集家の裏ルートでまだ出回っているかもしれない。あれを買い戻す。誰かが所有していて手放さないというなら、盗んでやったっていい。やり方は心得ている。そうして無事手に入ったら、フジ先生のポケモンタワーに墓を作って供養してやるのだ。

 

 そんなことをしてどうなるわけでもないが、俺はそれが今自分にとって一番必要なことだと感じていた。組織再興のことは、それからまたゆっくり考えればいい。

 

 やるべきことが決まると、不思議と心は晴れていた。外に朝日が昇っていることに気付く。洞窟の中で時間の感覚を忘れていたが、さっきまで夜中だったのか。入り口から差してくる太陽の光が眩しい。

 

 俺はポケットからモンスターボールを取り出し、ニドキングを外に出した。

 

「ニドキング、お前は俺の……」

 

 俺はそう呟いて、ニドキングの姿を見つめる。こいつは俺の……、いったいなんなんだろう。ポケモンは俺にとって、どんな存在なのか。

 

 言葉はいらなかった。ニドキングは俺の背中を軽く叩き、待ちきれなさそうにうずうずと地団太踏んでいる。

 

 俺は再び一歩を踏み出した。ニドキングたちと共に。

 

 いつの間にか、セレビィはまたどこかへと旅立っていた。

 

(完)

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