呪詛師によって呼び出された英雄王と、無下限呪術の使い手が邂逅した時、空前絶後の激闘の幕が上がる。
黄金の髪が夜風に揺らぐ。
真紅の瞳が新都を見下ろす。
日本、九州地方、冬木、その海の上。
二つの超越が降り立っていた。
「不敬」
宙を優雅に舞う金色の方舟。
その玉座に座す古代にして原初の王。
数多の英雄の祖。天の楔。
それは、極限の神秘である。
英雄王 ギルガメッシュ。
呪詛師の降霊呪術によって召喚された特級の
黄金の王は前方へ向けて不機嫌に呟く。
「
「いやあごめんごめん、古代の王様」
軽薄。
金色と対をなす白色の髪が夜風になびく。
纏う漆黒は夜闇と溶け合い輪郭を曖昧にしていた。
万象を見通す六眼は星の輝きを湛えている。
人の身で宙に浮かぶ規格外。
無限を司る呪術の最強。
数多の術師の頂点。特級術師。
それは、最強を背負う者。
呪術師 五条悟。
「上層部からの依頼でね。呪詛師の討伐を━━」
「話して良いと誰が言った?」
新都の町並みと黒い海を遥か眼下に置く、そこは雲海の更に上。星空を仰ぐ天空で、王は静かに威を放つ。
「王の御前だ。まずは頭を垂れるが先だろう」
無限による防壁があってもなお、肌にビリビリと響く圧力。生物として最上位にある悟をして、威圧を感じさせられている。その異常。
その上でなお、悟は笑みを浮かべた。
「やっぱりさ、君似てるよ。宿儺に」
その軽薄こそが、彼であるのだから。
そして当然、絵に描いたがごとき軽薄は、聞くものの神経を逆撫でする。
「ほう……」
両面宿儺は呪いの王。呪術全盛の時代、全ての呪術師が総力をあげて挑み敗北した、闇の天帝。快不快のみを行動原理とする精神性。隔絶した実力から来る絶対の傲慢の持ち主。それは覇者の気質。王たる存在の
故に五条としては、隔絶した実力への称賛を込めた言葉だった。
しかし━━━ギルガメッシュは、己が頂きにある者であるという自負を持つ。
例え他人の頭の中だけであっても。
「何処の凡夫と
己が認めた友以外を隣に立たせるなど、世界が滅ぼうとも許さない。
声を荒げることはない。ただ静かに、王は己が伝説の一端を開いた。
空間が歪む。金色の門が開け放たれた。その奥から取り出されるのは、無数の財宝。
それは人類の至宝の数々。
五条の六眼が、その正体を看破する。
ひとつひとつが特級。恐らく彼処からこぼれ落ちた一欠片を拾うだけで、そいつは時代の覇者となれる。それだけの究極兵器が、数えきれないほどにある。
神が打ったとされる宝剣があった。
竜を穿ったという魔槍があった。
星を撃滅した弓。魔物すら殺す毒。
掲げれば雷を放つだろう杖。大海を駆ける船。
巨大にして無骨極まる斧。
数多の神話が、そこにある。
「万死、ねえ……」
「文字通り、万度殺してやろう」
「そいつは無理だ。だって僕、最強だから」
神話がある━━しかし、止まらない。
無数の神話に挑むのは、無限の一を持つ術師。
「君に居座られると困るのさ。だって君、自分のルールで人を殺すだろ?」
右に渦巻く濃密な呪力。
左に逆巻く凄絶の呪力。
双眼は、初めから露にしていた。
王の赤に対をなす、蒼。
「そいつは困る。とても困る」
臨戦態勢は整った。後はひたすらに。
「だから━━━ここで祓う」
「心底不快だが、その蛮勇だけは評価してやろう。光栄に思いながら果てることを許す」
金色の軌跡が迸る。ぐるりと五条を取り囲むように開かれた宝物庫の扉から、機関銃の掃射が如く放たれた武装は百を超えた。
五条は動かない。全てをかわさず受け止めた。
如何なる人類の宝であろうと、無限の距離を踏破できる物はない。
武具の軍勢はピタリと止まり、そして五条に弾かれ落下する。轟音を立てて海へと沈む。
五条悟は口を開いた。
「これが無下限呪術━━」
「知っているとも」
王は術師の言葉を遮る。
「開示による術式の強化……。は。そんな小手先に頼らねばならぬというのなら……」
今度は己の番であるとばかりに。
口の端を吊り上げながら、古代の王は嘲笑う。
「
神域の赤眼は、どこまでを見抜いていたのだろう。不明だ。
ただひとつ言えることがあるのなら、五条悟に漂っていた僅かな消極が今、完全に消えた。
「祓う理由が増えたね」
術式反転・赫。
逆回しの無限が、虚空の質量を解き放つ。
五条の呪術は呪いに抗するためのもの。
呪いは人の想念から生まれる。負の感情、怒り、恥辱、憎悪から生まれ出る呪いを祓うための技。
呪詛師によって召喚されたこのサーヴァントは信仰の具現化。歴史上の本人ではなく、人々の願いが集まった存在。
憎悪が集まり呪いに転じ、信仰集いて英霊と成る。
呪霊も英霊も、どちらも人の想念から作られるものだ。
ならば、サーヴァントに呪術が通用するのも道理だろう。
プラスかマイナスかの違いしかない。同質の存在であるのだから。
故に、ギルガメッシュは防衛する。
「━━━ほう」
展開された神秘の盾。都合三つが粉砕される。
赫は僅かに反らされて、しかし方舟の一部を確かに抉った。
明確な殺意。破壊の意思宿る一撃だ。
五条悟が誇る最強は━━彼一人によるものではないのだから。
互いの初撃を見比べれば、僅かに五条が有利だろうか。英雄王の連撃は五条悟に届かず、術師の赫はギルガメッシュに到達しうる可能性を見せつけている。
「ふむ」
否。
ギルガメッシュは、未曾有の『手段』の持ち主だ。究極の一ならずとも、彼の財宝はどんな状況にも適応を可能とする。
あらゆる存在、あらゆる英霊、あらゆる人間。
この世全ての物は歴史を持ち、長所があれば不向きもある。そんな弱点を必ず貫くことができるがために、ギルガメッシュは人類史最強の英霊なのだ。
しかし、五条に弱点はない。
強いて言うなら、冬木の町に蠢く人間がソレか。だが、たかが不敬者一人を誅すために、有象無象の人間を虐殺するなど。
それは王の誇りに反する。王の宝は、有象無象の屠殺の為の物ではない。そんなことをしては宝が汚れる。
それに、そもそもそんなものは不要だ。
ギルガメッシュの宝物庫には当然、あるのだから。
弱点なき存在の、弱点をつくための財宝が。
「ならばこれはどうだ」
再びの開門。
今度のそれは赴きが異なる。ひとつひとつが無下限を破るに足ると判断された、対五条悟特級呪具。
裏切りの魔女に振るわれ、その象徴となり、生き様ごと宝具に昇華されるナイフがあった。
騎士団の槍使いが振るったという、破魔の力を宿す紅の長槍があった。
それ以外にも古今東西、あらゆる神秘の殺し手達が並べられる。
そして何よりも目を引いたのは、十手を思わせる特徴的な形をした短刀。
その名を、五条は知っていた。それどころか、一度殺されたことすらある。
対五条悟を名乗るなら、間違いなく真っ先に名が上がるだろう。術師を殺すための呪具。
特級呪具『天逆鉾』。その原典。
「精々愉快に踊れよ雑種」
無下限の防御が意味をなさない武具の群れ。百や二百では止まらない。千だ。一斉に放たれ、五条に迫る。
対する悟の判断は早かった。
術式順転・蒼。
空間が歪む。生み出された無限に従い、世界そのものが縮小する。
虚空を生み出し飛ばす赫では、術式殺しの群れに掻き消される可能性があった。しかし蒼なら?
空間の収束は、蒼そのものの効果ではなく、蒼によって発生した副次の作用。蒼はあくまで、負の自然数という虚構の創造を行う術式。吸い込む反応は世界の理。爆発を起こす術式によって地面が砕かれ破片が飛ぶ、炎を放つ神秘によって空間の二酸化炭素量が増加する、それらと同じ。故に、術式殺しは意味をなさない。
宝具の軌道がねじ曲げられて見当違いの方向へと集中し、互いにぐちゃぐちゃにぶつかり合う。
五条悟。彼は、
それは最強最大の個による一掃。
もしくは同士討ちの誘発だ。
何度も繰り返した、青の季節。その残滓。こびりついて離れない闘争論理が、王の財宝の掃射を捌く。
「はい次。来ないならこっちから」
言い始める頃には既に放っていた。
術式殺しを攻略したなら、後は危惧するものなどない。
赫。空間を穿つ質量の砲撃。
防御を間に合わせない。虚空が、王の方舟を飲み込み破壊する。
「踊れと命じたが、理解できなかったか?」
墜落する天の船━━━その遥か上空に輝く宝物庫の扉。突き出された槍の上に、英雄王は君臨する。赫の到達直前で回避を選んでいたのだ。
ひとつの神話体系において、因果をねじ曲げ絶対なる死を与える朱色の魔槍も、ギルガメッシュにとっては足場として用いる程度の価値しかない。
「存外、知恵が足りていないな」
「どれだけあるんだ、その財宝」
呆れたように悟は溜め息を吐いた。
「よくもまあこんな怪物を……」
英雄王の召喚を行った術師は、既に死亡している。ギルガメッシュに不敬を働いたために抹殺されたのだ。呪詛師の老婆であった。
故に今の英雄王は術式の暴走状態にある。
呪力が切れたなら術式も途切れるはずだが、果たしてそれはいつになるやら。呪力探知で見てみれば黄金の門からギルガメッシュへ供給される力の流れがある。またギルガメッシュ本人も莫大な意思の力から過剰なまでの呪力生産を行っていた。
自然に待っていては途切れない。それは確実だろう。
(流石は古代ウルクの王)
想像以上の強敵だ。或いはこの王なら、昨今増え続ける脅威の対抗手段たり得るか?
(無理だな)
短時間の邂逅だったが、十分に理解できた。アレは人の手に余る。この最強たる五条悟であってもだ。道具として使い潰すなど不可能。部下として御することも、仲間として並び立つことも。
人に許されるのは二つのみ。
臣下として、従僕として、心の底から隷属するか。
━━━敵として、立ち向かうか。
術式反転。
最強は、誰かの下で頭を垂れるなどあり得ないから。
駆け巡る赫。対する王は黄金の門を開く。
両者の間に呼び出されたのは、式神の宝具。赫がそれに直撃する。
次の瞬間、鳴り響いたのはガゴンッ!という音。
五条の眼が見開かれる。
それは御三家が受け継ぎ続けた呪術の極奥に座す存在。黒き影の中より出で、万象に適応する、神がごとき式神である。
「八握剣……!」
「の、原典よ」
破壊の巨体。頭部の翼。回る法陣。二つの剣。
━━異戒の神将、ここに顕現。
「だが此のみではつまらんな」
黄金の門から空間が侵食される。
形成される黄金劇場。薔薇の花が散り舞い乱れる金色の宮殿。古代ローマが誇る暴君のドムス・アウレアが現世の夜にその威を示す。
「踊り易くしてやったぞ。感激せよ」
中央、ダンスフロアで五条と式神は向かい合う。
王は遥か最上段から両者を見下ろしていた。その右手にはいつ取り出したのか深紅の液体満ちるグラスが握られている。口に含み極上の美酒を味わいながら、王は絶対のカリスマと共に命令した。
「さあ、愉しませよ」
式神が動く。
巨体からは想像もつかない早さで、五条へと接近する。両腕から伸びる剣が悟へ迫る。
(さっきの音……法陣が回ったということは、つまり適応してるな)
この式神宝具は、背中の法陣の回転によりあらゆる傷を修復するのみならず、その攻撃へ適応する。炎に適応すれば決して焼かれず、剣に適応すれば斬られない。さながらギリシャの大英雄が纏う
(今回の適応対象は赫か、いや……無下限そのものに適応していた場合━━)
悟の無限は、剣を阻めない。
即断。悟は術式を解除。そして呪力による肉体強化で迎え撃つ。
傍目から見て無謀極まる選択も、最強にとっては勝利へ繋がる一手。
振り下ろされた一撃は黄金劇場の床を大きく穿った。しかし五条は余裕を持って回避している。続く右の剣による刺突に対して、最強は下がるのではなく前に出た。首を僅かに曲げて紙一重の回避を成立させると同時に、放った左拳が式神の腹部へめり込む。一瞬の硬直。後、巨体が背後へぶっ飛んだ。劇場の壁へ叩きつけられる。
粉塵が舞い━━吹き飛ぶ。五条の突撃によって舞い散る埃は消し飛んだ。
適応の隙を与えないとばかりに、悟は攻撃を開始。連撃が始まる。
式神もまた防衛、カウンターを狙うが。
悟の拳が式神を打つ。式神の剣が大きく空振る。悟の蹴りが式神の顔を撃ち抜いた。式神による突進を簡単に回避。跳躍、頭部を掴み頭上に移動━━からの、拳の振り下ろし。轟音と共に式神の巨体が劇場に沈む。
立ち上がる巨体へ、更なる連続攻撃。
拳、拳、剣の反撃、蹴、拳、拳、拳、拳、反撃、拳、拳、蹴、蹴、蹴、反拳拳拳拳拳、剣蹴、は拳、拳、蹴、蹴、h蹴、拳。
式神を一方的に叩きのめす。
壁際へ追いやられた式神は、なおも足掻いて右腕を突き出す。刺突の拳を余裕でかわし、五条は手刀を振り抜いた。神代の名剣がごとき切れ味で、式神の右腕が切り落とされる。
悟が左足を振り抜いた。蹴りというより最早斬撃。式神の両足が切断される。
残る左腕を振るう。その時には既に肘から先が消えていた。一秒遅れて劇場の床に剣が突き刺さる音が響く。
五条は止めを狙ったが━━。
ガゴンッ!!と、法陣が回転した。
損傷の全回復。攻撃への全適応。
対象は拳でも手刀でも蹴りでもなく体術全般。
失った四肢の再生が瞬く間に進んでいく━━
が。
「これで終わりだ」
術式順転・蒼。悟の背後で収束が発生する。
そのエネルギーを引きちぎり、悟が莫大な呪力を放出しながら前進する。勿論、先に道などない。あるのは黄金劇場の壁と、式神の肉体だけだ。にもかかわらず進み続ける。
結果起きるのは、圧殺だ。
式神は空間収束によって縮む黄金劇場の壁と悟の呪力に挟まれて潰される。両側からトラックに圧されているに等しい状況。しかもかけられるエネルギーはトラックの比ではない。
ガゴンッ!!という再度の適応が起こるも、遅かった。呪力への適応が為されたが、呪力からダメージは受けずとも収束する黄金劇場の壁からは逃れられない。
バチュンッ、と。
虫が潰れたような音を立てて、式神はミンチに変貌する。
「次」
王へ向けられた赫。
展開された神々の盾が虚空の質量を弾き切る。
それはギルガメッシュの持ちうる財宝の中でも最高位に属する防壁であった。
英雄王は僅かに表情を緩めた。彼本人すら知覚できず、当然他の誰も気付けない程度にだが。
現代を生きる人間が、数多の攻撃を乗り越えて、最高位の守りを引きずり出したという事実に。
僅かに。
「そろそろこちらも攻めるとしよう」
用済みとばかりに砕け散る黄金劇場。
両者の頭上に金色が揺らぐ。展開された神の門。内から顔を出す━━超大。
「さっきまでのは攻めじゃないと」
「貴様の狭き知見ではそう見えたやもしれん。だがアレは児戯に等しい」
「ハッ。古代の王様は尺度が違う」
それは、あまりに巨大すぎた。長さは百にも届きそうだ。それ以上に分厚く、重い。
そんな武器、人の手では振るえないだろうに。
しかし当然。何故なら人の振るうものではない。
斬山剣。神造兵装。
その銘を。
「
告げると共に全容が露となって。
落下、する。
隕石めいた質量攻撃。無限ならば、阻めるか。
「いや、それはアウト」
恐らく六眼が無い無下限使いであれば、纏う無限で受け止めようとしていただろう。
しかし五条には六眼がある。故に彼は最適解を選びとった。
赫による迎撃。質量に質量をぶつけ、巨大剣を粉砕する。
「その目、ただの飾りではないようだな」
「その鎧とは違うんでね」
━━天地を別つ地平線の創成。
すなわち、絶対斬滅の概念である。
五条の纏う無限を、ギルガメッシュは別の概念で塗り潰そうとしたのだ。
五条は見破り迎撃したが、その行動は概念の上書きが無限に通用することの証明となる。
「ならば次はこれでどうだ?」
空に金色の穴が開く。ひとつや二つではない。視界全てを埋め尽くすほどに。
遥か遠く離れた黄金の庫から覗くのは、先程までとは次元の違う超絶の神秘。
ひとつの時代の覇者が振るった伝説を、更に凌ぐ絶対の理。時代を超えた━━世界を、作り上げるほどの。
世界そのものを創成、変革、そして破壊するほどの。
時代最強の英雄が振るった剣━━を、大神の槍は打ち砕いたという。
時代最高の英雄が纏う十二伝説━━は、神々によって命じられたもの。
神は常に人の上にあった。
神話の一部、伝説の一端ではない。ギルガメッシュが呼び起こしたのは、神話体系そのものに等しい頂点の武具である。
それは、運命と星に導かれ、魔術を以て座より呼び出された英雄王が持つべくもない───だが、術式を以て喚ばれた英雄王が故に保有し得る、異聞の神造宝具群。
「裁定してやろう」
数は十を超えて増え続ける。
大神が投擲した必滅の槍。
主神が放った宇宙焼却の雷。
唯一神の起こした一掃の大津波。
それに比する極限の数々。
「人類史に降り注いだ破滅の歴史が貴様の敵だ」
英雄王は語る。
神を嫌う王が神々の武具の原典を持ち出すという矛盾。否。矛盾ではない。
嫌うが故に彼はその力を正しく評価している。嫌うが故に王はその力を最大限使い潰せる。
そして━━なによりも。
「数多の神話を乗り越え、示せ」
かつて人類史を背負ったものとして。
古の時代の最強として。
神の力に、現代最強は抗えるか。
「果たしてこの世を任せるに足るか」
足りぬのならば死ね。
傲慢に、絶対に、冷徹に。
「この程度で死んでくれるなよ雑種」
僅かばかりの、期待も込めて。
「不要な心配だな」
呪術師は呪力を回す。
順転と反転。その二つを掛け合わせ、最強の証明を描き出す。
「つーか、出し惜しみしてんじゃねーよケチ臭え。慢心砕けて創痍になる様は心底ダサいぜ古代の王様。裸になるのがそんなに怖いのか?」
その目は、無限に膨張する銀河の星。
その舌は、唯我独尊の極みめいて回る。
「全部出せよ。それで対等だ。それでもまだ出し惜しむってんなら」
「───ほう」
その時。
両者の間に、笑みが走る。
王は喜悦。黒は自信。
口の端が吊り上がる。
蒼紅の瞳が星の如く煌めく。
「原罪か? 鎖か? それとも鍵か? 引き摺り出させてやるよ、オマエの最奥。そんでもって捩じ伏せる」
「雑種風情がよくぞ吠えた!ならば魅せてみろ。貴様が生まれ、戦い、その果てに背負ったその称号を━━」
「ああ、見せるさ━━」
「「━━最強を!!」」
交錯。
神造兵装、一斉掃射。
虚式・茈、最大解放。
世界が砕ける音がした。
だが、ここまで。茈の最大解放でも四つを相殺するので限界だった。
織り上げられる狩猟女神の衛星月光大砲。
振り下ろされる神打ち据えし巨大鞭。
隕石の如く墜ちるは三角の黄金王墓。
神性領域拡大、空間固定、神罰執行期限設定、
尚も残る神々の大破壊を、迎え、撃つ。
紫の、奔流!!
虚式・茈、最大解放───禁断の二連速射!!
あらゆる術師の頂点に立つ五条悟だからこそ成し得た、術式省略・簡略化の到達点だ。
しかし、いや、当然。
それだけでは終わらない。
高々八つの神造宝具撃滅。その程度の偉業では、英雄王の試練を乗り越えるなど不可能。
破滅はなお勢いを増して、悟を亡ぼさんと接近する。
刹那、五条は跳んだ。
受け止め捌くだけではなく、最強が攻勢を仕掛けに進撃する!
一歩。
世界を焼き払う
その全てを蒼によってねじ曲げ、激突させた。北欧神器の原典達は、炎が槍と鎚を焼却する。
二歩。
次いで迫ったのは龍神の尾より出でし草を薙ぐ叢雲剣の原典。戦神と龍神の力宿る剣は荒ぶる力を解き放つ。
災害の神龍
更にこの地は日本である。皇統への権威信仰によってその性能は更なる上乗せがされていた。
悟は降り注がんとする破壊に対して回避を選択。中空を蹴り、大きく離脱。二神の災禍は術師を追い掛けようと軌道をねじ曲げるが、その瞬間、真下から吹き上がる炎と激突した。槍と鎚を焼却した炎であった。それを五条は誘導していた。蒼による空間収束が、枝の破滅と草薙を衝突させる。
草薙剣の原典はその逸話故に炎への対抗策となり得る。炎を食い破り枝の破滅を逆に消し飛ばしたが、世界樹を焼く炎は草薙剣も道連れにした。
三歩。
四歩。
唯一神の罪を滅ぼす炎。後にソドムとゴモラを焼いた硫黄の原典である。視界に入れたなら罪あるものは塩と化す。
術式を再度展開。無限による防御に対象をひとつ書き加える。硫黄の放つ光は無限に阻まれ、五条の眼に届かない。炎もまた無限を超えることができない。例えその熱量がひとつの文明を焼き滅ぼすに足る威力でも。
五歩。
残るは、美神や芸術神の精神感応。或いはオーソドックスな神罰達。つまり、恐れるモノは残っていない。赫と蒼が残る破滅を消滅させた。
六歩。
七歩。
八、九、十━━━!
己が切り開いた道を、超速で駆け抜ける。
狙いは━━━。
ギルガメッシュは君臨する。槍を足場に直立し━━己に挑む不敬の敵へ、超絶の一撃を与えるがために。
悟は両手に無限を掴んだ。
王は片手に、鍵を持つ。
宝物庫の鍵となる王律鍵バヴ=イルが起動する。空に描かれる真紅の軌跡。宝物庫の最奥に封印された、原初の地獄が取り出される。
剣の極奥。
赤い光を放つ文様。三つの円筒が連なる形状。天・地・冥界を表し、合わせて宇宙を体現する。数多の宝具を持ちながら、その担い手たり得ないギルガメッシュが、唯一担い手として振るう神の兵器。
乖離剣━━━エア。
その刀身を見た瞬間、悟は己の六眼が割れたように錯覚した。それだけの情報密度、それだけの神威、それだけの規格外。そして速やかに理解する。あれが、武器という概念の究極なのだと。
天逆鉾も、斬山剣も、破壊と創成の神器達も。
あれと比べれば塵屑同然。
比較すら烏滸がましい。
そして━━その剣の解放など。
絶対にさせてはならないと、本能が全力で叫んでいる。
最強をして、あれこそが最も強いのだから、と。
掴んだ無限を解き放つ。足は決して止めることなく。しかし最大の出力で。収束する空間と、反発する質量。相反する法則が、ギルガメッシュに襲い掛かる。
王はただ、剣を僅かに動かした。三層の回転。まるで本気ではなく、道端の石を蹴る程度の感覚で。呼び起こされた破壊の風は、しかし無限を破るには十分。世界の収束と反発が、一撃の元に粉砕される。
ゆっくりと。
ギルガメッシュは、王の一撃を振り上げて。
この、距離だ。
振り下ろすよりコンマ一秒以下早く。
五条悟は印を結んだ。
━━━領域展開━━━
「無量空処」
宇宙が広がる。
銀河が果てる。
ギルガメッシュの脳内に流れ込む、世界の真理、その全て。
領域展開・無量空処
無限の情報を叩き込み、生きるために無限回の行動を強制する、無下限の内側に広がる世界。
動きが止まる。英雄王をして無限の情報には耐えきれないか。振り上げた剣は振るわれない。ビタリと停止し動かない。
当然だ。五条悟の術式世界でまともに動けるものなど存在しない。天上天下唯我独尊。神も仏も、人も呪いも、何であろうと停止させる。呪術師最強だけがその領域で全能となる。そこにあるのは現代最強、極限の領域展開。
ダンッ!と、虚空を蹴り飛ばし。
五条悟が上を取った。振り上げた両手には虚ろな式が握られている。
これで終わりだ。如何に英雄王であろうとも虚式直撃は命に届く。
「虚式━━━」
その時。
信じられぬものを見た。
英雄王の額が裂ける。赤眼の端から血が零れる。そして、瞳に光が灯る。
「この世全ての情報など━━とうの昔から背負っておるわ!!」
星の輝きの如く地上の隅々へと行き渡り、万象を見通す英雄王ギルガメッシュの精神性が宝具へ昇華したモノ。その気になれば
流し込まれる森羅万象、この世全ての知識達。対する王は目を見開いて、その悉くを観測した。観測し、演算する。演算し、処理し、繰り返す。
与えられた無限に対し王の
やがて、あるはずのない無限の果てに。
届く。達する。
何故そんなことができるのか。
何故無限を食らい尽くせるのか。
当然であろう。何故ならば、ギルガメッシュは庫の主。
人類史上最も強欲なる人間であり。
その欲もまた、限り無い。
故に。
その瞳と、その脳髄は━━無限の情報を完膚なきまで処理しきった。
そして回る。
剣が廻る。
廻る廻る廻る廻る廻る廻る、廻る━━━!!
三層以て世界を描く。剣の極天・旋回開始。
紅きうずまき、
それは、あらゆる生存と暴虐を是とした、優しき星が、全ての始まりに抱いた───原初の呪い。
響く音すら食い殺し、巻き込む空間を圧搾しながら、獄の番が織り上げられる。
呪いが、廻る。
刮目せよ。
すなわちこれぞ、英雄王の一撃である。
「
対界宝具に分類される『世界を切り裂いた』剣。数多の宝具、数多の神器、全ての頂点に立つ極大火力。
その真価が今此所に。
「
真名解放は、茈の射出とほぼ同時だった。
五条の領域が、展開された彼の世界が、地獄の嵐に食い破られる。
解き放たれた虚ろの質量も創成の風が食い千切る。
領域使用直後、術式は焼き付き一時的に使えなくなる。
故に今、領域を砕かれた悟は、無限の防壁も纏えておらず。
反転術式による回復もこの速度を前には間に合わない。
英雄王の創成が、最強の無限すら粉砕する。
━━━━━━━。
「━━━ふん」
決着。
ギルガメッシュは仁王立ちを崩さずに。
しかしどこか満足そうに呟いた。
「まあ、それなりには楽しめたわ」
「……光栄だね」
海に大の字で浮かぶ最強へ、王は傲岸不遜に声を投げる。
「貴様、初めからこれを狙っていたな」
英雄王に傷はない。しかし彼の体は端から徐々に消えつつあった。光の粒子となって世界に溶けていた。
呪力切れ。
無量空処の展開によって、ギルガメッシュと王の財宝の接続が一時的に断たれた。結果、乖離剣の解放は、自前の呪力のみで行わざるを得ず━━過剰な消費によって術式が崩れていく。
「
「ちゃんと狙ったさ。ギリギリで切り替えただけ」
ギルガメッシュの勝利条件はひとつだったが、悟には二つあった。ギルガメッシュの命を取るか、呪力を切れさせるか。どちらかを達成できれば勝利となる。
「初めから公平じゃなかったのは、申し訳ないけど」
「気にするな。この程度、不公平になどならん。勝ったのは
「いや、僕だろ」
「戯れ言を抜かすな」
片方には、二つの弱点があった。
術師はその有利を最大限利用し、王はその不利を飲み込んで君臨した。
弱点を見抜き突く強さと、弱点を許容し立ちはだかる強さ。
どちらが上かなど、誰にもわからない。
神であろうと決められない。
だからこの戦いで両者の優劣は計れない。
━━決着は、引き分けが妥当だろう。
「……でも意外だ。こんなに大人しく去ってくれるとは思わなかった」
水面から体を起こして悟は言う。その顔には既に黒の目隠しが回されていた。
最強とはいえ友以外が、許可なく王の尊顔を直視するなど不敬であるのだから。
「は。……存外、つまらぬ時代だからな」
英雄王は答えた。僅かの間とはいえ己を楽しませた者への褒美であると言わんばかりに。
「貴様一人に全てを背負わせた世界など、脆すぎて話にもならん」
英雄王は続ける。
「世界を背負うなど、人の身に許されたことではない。背負わせるならば尚更だ。……我がウルクの足元にも及ばぬ弱き時代よ。簡単に揺らぎ、滅び去るものに価値など無い」
かつて世界を掴んだ王として、衆生に試練を与え、強く鍛える価値すらも。或いは━━自ら滅ぼす価値すらも。
英雄王は続けた。その下半身は既に消えており胸から上しかなくなっていても。
傲慢に。頂点からの目線で、時代の最強へ言葉を投げる。
「じきにこの世は破滅する。精々それまでに、鍛えておくのだな」
「忠告痛み入るよ」
「……友、か」
「?」
「
未来見通すその瞳は、いったい何を見抜いたのか。
それを問うより早く、古代の最強は光に溶けていった。
「……ふー、」
大きく息を吐き出して、五条は再び水面に体を投げた。
「ま、心配せずとも守り抜くよ、この世界も」
「僕は、最強だから」