【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第一部 サキュレンタム編
第一話 ホロンフローラム


【注意書き】

 原作の登場人物のイメージを損なうような印象を受けるかもしれません。

 

 

 

 xxxxxxxxx

 

 

 

 おれはおかしい。と、彼は理解している。理解して生きてきた。納得とは違うが。

 

「よーし、じゃあ50メートル走。芦戸と蛙吹からー」

「はーい」

 

 桃色をした肌の女性が元気よく答え、猫背の女性がケロッと返事をする。スタートラインにつき、合図とともに走り出す。軽快にグラウンドを踏み、土が小さく舞った。

 春の新しい風が吹き、髪を揺らしていた。心地よい日差しに、汗は柔肌を滑り落ちる。

 やがて彼も含めた全員分が終わり、別の種目に移る。

 

「拳藤さんの握力計でっか! っていうか数値スゴッ!」

 

 彼の視界の端で、『大拳』の個性により巨大な掌をした女性の握力に湧いている同級生たちがいた。彼は思う。果たしてこの学校で正気を保てるのだろうか。

 暗示のように、おかしいのはじぶんだと念じる。世間の常識を思い描いた。

 

 オールマイトの肉体の輪郭がはっきりでるコスチュームは性的すぎるとマスコミが世間を煽り、ツイッターではマスキュリストが男性のイラストを性的消費だと騒ぎ立て、ベストジーニストをパロったAV(ベストしーニストとかいうピスもの。想像したくない)が似過ぎていた為に裁判沙汰になり、スマホの広告では普通の女性が青年に迫られてまんざらでもないし、ソシャゲでは女性の偉人や船が美男子化されている。

 

「次、取蔭ー」

 

 呼ばれた少女が立ち幅跳びのスタートラインに立つ。長くウェーブする黒髪をかき上げ、悪戯に笑ってギザ歯をのぞかせる。『トカゲのしっぽ切り』の個性で両足を切り離して動かし、本体は宙に浮いていた。

 

「えーそれあり?」

「へへへー、麗日さんだって『無重力』使えばよかったのに」

「いやー、自分に使うと酔っちゃうんだよね」

 

 彼はきゃいきゃいと楽しそうにする彼女たちを極力視界に納めないようにする。決して、あっつ~と言いながら胸元を引っ張りばたばたと服で扇ぐ様を見てはならないのだ。それが普通だ。男性は女性の胸や、ちらと覗くブラなどに性的興奮を覚えない。

 ましてや日本屈指の有名ヒーロー養成機関である雄英に在籍する学生が、見知ったばかりの女性に対して性的な目を向けるなどあってはならないのだ。

 

「みんなすごいねえ、わたし肉体系の個性じゃないから置いてかれてる気分だよ」

 

 そう話しかけたのは葉隠と呼ばれた『透明』の個性持ちだ。透明なのでとうぜん、首元から下着が丸見えだった。汗でしっとりしているだろうブラの内側が、なんだかとても生々しい。彼は心を無にしてなんとか気の無い返事で誤魔化す。

 大丈夫、じぶんがおかしいと自覚できている間は大丈夫。心の中で、強く言い聞かせる。

 

「じゃあ体力測定終了ね。成績や順位は端末に送っといたから、各自得手不得手な分野を理解しておくように」

 

 担任のミッドナイトが体力測定の終了を告げる。長い外ハネの黒髪は毛先まで手入れが届いており、ぴったりとしたヒーローコスチュームは悩ましいボディラインを強調している。

 そんな担任の言葉に、「あの」と挙手をする女生徒が一人。

 

「なに? 八百万」

「克服ではなく、理解するだけでよろしいのでしょうか」

「いい質問ね。ヒーローになった時、ボール投げや反復横跳びなんて役に立たないかもしれないし、それよりも個性や将来的な活動目的に合った箇所を伸ばしていく方がいいでしょ?」

 

 なるほど、と真剣な顔で納得する八百万を盗み見る。黒髪を後ろで纏め上げ、利発そうな顔立ちをしており、とにかくまあ~乳がデカかった。男性にとって、髪が長いか短いか程度の認識でしかないその身体的特徴から目を離すのに、彼は途方もない精神的労力を支払った。支払った先には気をやらないようにしていたミッドナイトの立派な乳がある。前門の虎後門の狼。

 

「どしたの? ぼーっとして、大丈夫?」

 

 ミッドナイトが怪訝に腕を組むと後門の狼が大きく口を開けた。ブラの無いぴったりとしたヒーローコスチュームが、胸の変形を如実に表す。

 

「大丈夫、です」

「保健室連れてってあげよっかー?」

 と芦戸が顔を近づけて覗き込む。

「ありがと。でもちょっと疲れただけだから」

 

 せっかくの親切だったが、まさかミッドナイトの胸に気を取られていたとは言えない。変態のレッテルを貼られてしまう。どうも先ほどから視線がチクチクと痛い、気がする。顔に出てたかと青ざめた。普通はいきなり女性に言い寄られて嬉しい男性などいない。

 ぞろぞろと更衣室に向かい、そこで男女に分かれる。

 

 まあおれがおかしいのは理解できるが、と彼は一人ぼっちで体操着を脱ぎ、シャワールームで汗を流す。

 雄英第一学年ヒーロー科14人の中の唯一の男性は呪うように言った。

 

「男女比率がおかしい。これだけは絶対おれとは別におかしい」

 

 彼にとって世界がもたらす理屈の一つ、貞操観念は逆だった。

 実は他にもある。伝説のトップヒーロー、オールマイトが在籍していた「西の士傑」と言われれば、東に雄英ありと返ってくるこんな世界の逆を、彼は知りようも無いし関係の無い事だ。

 いま、士傑ではOFAを継承した少年が新たな一歩を踏み出している。

 

 

 

 †††

 

 

 

 乙女の汗の香りが充満する更衣室では、どこにでもあるようなガールズトークが繰り広がられていた。入学したてでまだ面識も無いので、どこの中学校出身だとか、お互いの個性の話だとか。どこまでふざけて喋っていいのか、下ネタは可なのか、共通の興味はあるのか。

 

 当たり障りのない話題が尽きると妙な沈黙が降りた。ほとんどの人間はその理由を薄々勘づいている。勘づいているが、故に口に出すのをはばかられた。

 隣接しているシャワールームに足を踏み入れると、清潔でモダンなデザインは高級フィットネスクラブのようだった。ぬるい湯が身体を打ち、タイルに流れる音が響く。湯気がたゆたい、各種用意されていたボディソープ等の香りで満たされる。

 ……

 別に仲が悪いだとか、気まずい訳ではない。ただ、誰も最後にして最大の話題に触れられないからだ。

 

 話してぇー、と芦戸は頭を抱えるように髪を洗う。話したい、あいつの汗めっちゃいい匂いしたって下ネタとはいかないけど、ネタにしたいー。

 だがそれを切り出すには時期尚早だ。男にがめついドスケベという烙印を押されてしまう。介抱にかこつけて顔を近づけたが、善意が建前として機能するのでセーフだろう。とにかくエロやスケベといったステータスは、一つ間違うと今後の学生生活に晴れることの無い暗雲をもたらしかねない。もう少し、あとほんの少し仲良くなれば笑い話で済むのだが。

 

 誰か言え。そういえば雄英のヒーロー科に男が一人しかいないのは珍しいって言え。

 大丈夫。「なに~男を意識してんの~? これから一緒にヒーローを目指す学友をそんな目で見るの~? そんなだから女はヤリたいだけって思われちゃうんだよ~」 なんて意地悪な事は絶対言わないから。

 

「そういえば雄英のヒーロー科に男性が一人しかいないのは珍しいですわね」

 

 勇者かよ……と身体を伝う水を拭きながら多くが感銘を受けた。尊敬の眼差しを一身に集める八百万は特に何も気にしていないといった感じで、白い乳房の下まで丁寧に水気を拭きとって続けた。

 

「逆に士傑は男性の方が多くて、ヒーロー科も2クラスあるそうですが」

 

「へ、へーそうなんだ。まあオールマイトが在籍してたってだけあって人気があるんだね」

 と耳郎が勇気を出して背を向けたままさりげなく話を広げる。顔の前では耳たぶから伸びるシールドをツンツンさせていた。斜めに切りそろえられた前髪の下で、半目の視線がロッカーを泳ぐ。

 ぴくりと同好の士の気配を感じ取った取蔭が反応する。

「じゃああれだね、向こうは女子の方が少ないって事かー。あんまり関係ないけど、ちょっとだけ羨ましいかな」

 芦戸が拾って続ける。

「まあでも逆に気を使うよね。男が多いと目のやり場に困るときあるじゃん。前の席のやつの……下着がさ、机に伏せて居眠りしてたりすると見えちゃう事あるじゃん? あるよね?」

 

「あれ注意していいのか迷うんだよねー」

「あ、あるわー。あるある。わたしは見ないけど、他の人に見られてたら可哀想だからさー」

 

 三人は視線を固く結んだ。こいつらなら下ネタを振っても大丈夫そうだな、と理解する。ヤンジャンで連載されている大人気ラブコメ「恋彦†国志」の桃園の誓いを彷彿させる。

 この後すぐにその話題で盛り上がった。異世界に転生した少女が、主人を探していた二人の遍歴の騎士と命を共にする誓いを立てる名シーンである。誓いを立てた誰かが死ぬと自動的に残った者は苦しんで死ぬ魔法の契約だったと後から知らされた主人公の心情は、涙なしには語れない。騎士の内一人は高齢のイケオジ。もちろん寿命でも契約は執行される。

 

 大丈夫。この三人のうち誰かがエロ女爵(小学生で性事情に詳しいとよく付けられるあだ名、蔑称)のそしりを受けようとも、わたしたちは見捨てない。クラスでたった一人の男性である彼に白いまなざしで見られたとしても、一蓮托生だ。

 

 だが猥談はまだだ。この場にはあまりにも不確定要素が多い。

 男性が性事情を疎んでいるのは一般常識として存在する。マンガの世界では男性も結構強い性欲があると知っていたが、マンガはマンガだ。

 なにも三人は、これから三年間を共にするであろう彼に好んで嫌われたいわけではない。ラッキースケベの一度や二度はあるだろうし、むしろあわよくばワンチャン……とさえ考えている。

 なのでここで、ひょっとしたら彼にエロ女爵である事をこっそりと告げるようなヤツがいる可能性を考慮すべきだった。まだ名前すら憶えていない同級生もいる事だし。

 

 芦戸はブローをかけながらそれとなく周囲を見渡す、あまりセクシャルな話題になれていないのか顔を赤らめている者もいる。しかし咎められる事も無かった。エリート校の雄英と言えど案外堅苦しく無く過ごせそうで、少しは気が楽になった。

 

 

 

 †††

 

 

 

 常識に疑念を抱いたのならスマホを見ろ。

 そこに書いてあることが普遍性を持つこの世の理であり、男女間の貞操観念や性的興味ベクトルがおかしいとのたまうのは天動説を声高々に主張するのと同義だ。

 マイノリティとして男性でも性に貪欲な人間はいるが、同性からは竿軽男の嫌悪を込めて、一部の異性からは多淫の愛好を込めてバックやハリットと揶揄される。

 兎は年中発情期が訪れる事から、雄兎を意味するBuckまたは、盛りの付いた雄というスラングである Hung like a rabbit を短くしたHulitが語源だ。

 

 まだ疑うのならユーチューブで適当にマフィア抗争ものの映画を検索しろ。お年を召された淑女が、銃弾とバック、ハリットの応酬劇を繰り広げているPVが転がっている。

 もちろん中学校の英語の授業で、BagとBackの発音で女学生には密やかな笑いが起きる。それを男子学生は軽蔑的な目で見るのだ。

 というか、トラックが後進するときに流れるアナウンスが「バックします、バックします」となって対物性愛がどーのこーの話かもしれないが、文字では表現できない微妙なイントネーションがあるので大丈夫だ。バァックを短く言うのが正しいスラング。

 

 彼は雄英の広大な敷地にある自然公園のベンチで、スマホをスワスワしてそんな情報を仕入れる。

 いかつい刺青の入った女性ラッパーは、握った拳の人差し指と中指の間から親指を覗かせるフィグサインを掲げ、Fucking buck! とリリックを刻む。まあまあ好きなムービークリップでは、大御所女優のサミュLLジャクソンがクォーターパウンダー・チーズを片手にファザファカッ! と凄んでいた。

 

 不安になった時、彼はよくこうやって世界の常識を摂取する。そうすることで、じぶんはおかしいのだと再認識する。そうしなければ、都合よく女性をとっかえひっかえするバックになってしまうだろう。

 それのなにが悪いのか? 刹那主義に身を任せて快楽を貪ればよいと悪魔が囁くが、それは邪の道である。そもそもおれが女性に相手されるとは思わないし、と彼は第二食堂で買ってきたサンドイッチを齧った。

 

 合鴨のスモークとアボガドが入っている。スパイスがほどよく利いていて美味かった。スマホを収めて目の前の自然に目を移す。公園という事で人の手が入っているが、画一的に花壇が配置されているわけではなく、野草を中心に自然状態を維持しながらベンチや噴水などの人工物が配置されている。

 これだけでも見る価値はあったが、雄英にはこんな場所があちこちにあるらしい。一人ぼっちの食事の寂しさも、多少は紛れる。

 

 一人。そう一人なのだ。

 ヒーロー科 第一学年唯一の男子学生である彼を、誰も食事に誘う事は無かった。いや出来なかったのだ。

 例えばであるが、男が女を積極的に性的な目で見るような貞操観念が逆転した不自然な世界があったとしよう。そこではきみは男性で、新学期早々クラスでたった一人の女性を食事に誘えるだろうか? っていうかよっぽどのムードメーカーじゃないと不可能。

 へっ! 女になんてキョーミないね(向こうから話しかけてこない限り)やっぱ男同士でゲームやマンガの話で盛り上がる方が楽しーや! と斜に構えること請け合いである。

 

 しかもなんか軟派なやつと思われそうだし、断られたときのダメージが半端ない。これから三年間、クラス替えも無く、昼休みの食事に誘ったけど断られた異性と学校生活を送るとか、なんかの刑罰? ここ刑務所? 前世でなんかした? 

 故に彼は孤独にグルメしていた。クラスメートを誘ってみようかと考えたが、なにか近寄りがたい雰囲気があった。彼のあずかり知らぬ上記の理由により多くの同級生は距離を取っていたからだ。

 

 まあ、特殊な状況でもあるし、会って一日目だからと悲しみをコーヒーで飲み下す。慰めるように木漏れ日の中で蝶が舞い、小鳥が鳴く。

 するとどこか幼さの残るあどけない声がした。

 

「ねえねえ、きみ、今年の一年生でしょ? ヒーロー科の。そうだよねえ」

 

 彼は声のした方向、つまりは上を見上げる。噛みつきたくなるような太ももと、白い下着に隠されたたっぷりとした尻がふわりと降りて、隣に座る。春の晴天をそのまま切り取ったかのような気持ちの良い長髪が、遅れて重力に従う。なんらかの個性による仕業だろう。

 きょとんとした瞳が彼に向けられた。

 

「あれ? 違った?」

「はい、あっいいえ」

「えーどっちー、変なのー」

 

 けらけらと笑い彼の肩を叩く。彼はそれどころではなかった。下半身も凄かったが、乳も凄い。両手で収まるのか。

 

「おれはヒーロー科の一年です」

「やっぱり! 噂で聞いたよ、まわりはみーんな女子なんだって?」

 空から降りてきた少女は、胸の前で両手の指先を合わせた。たわわな胸が押しつぶされる。

 

「はあ、まあ」

「すごーい! わたし波動 ねじれ。よろしくね。三年生だから、学校で分からないことがあったら何でも聞いて」

 パッと両手を広げると、圧迫から解放された乳房がぽよんと揺れる。彼は心を押し殺し、コロッと変わった話についていく事だけを考える。とりあえず名乗らねば失礼だろう。

 

「あ、どうもよろしくお願いします。おれは──」

「もうご飯食べた?」

「いえ、途中ですけど」

「じゃあ一緒に食べていい? わたしまだだから」

 

 返事を待たずに波動は小脇に抱えていた包みを広げた。大食堂のランチラッシュからテイクアウトした大盛り蟹チャーハンをパクつく。

 

「いいですけど、あの……」

 なんで? とはさすがに聞きづらい。正直、まだ同級生とも打ち解けてないのにいきなり上級生と昼食を共にするのは気まずい。何を話せばいいのやら。

 ちらと盗み見ると、はふはふとチャーハンを頬張っている。目が合った。

 

「はへふ?」

「え?」

 

 ねじれは包みから小盛り蟹チャーハンのパックを取り出し、彼に差し出した。勢いに押されて受け取ると、まだ温かい。

 

「ほいひーよ」

「はあ、じゃあいただきます」

 

 同梱のスプーンで一口やると、波動が正しいとわかる。なんの蟹かはわからないが、他の具材によって引き立てられたそれはカニカマではないことがわかる。

 

「あっ美味しいですね」

 

 そーでしょー、と波動はかつ丼を取り出してパクパクやる。なるほど、その体型はそうやって生み出されたのかと彼は失礼な合点をいかせた。

 

「よかったらこれ、あと一切れしかないですけど。チャーハンを頂いたお礼に」

 

 最後のサンドイッチを差し出すと、目を輝かせて頬張った。

 最後にジャスミン茶の500mlをごくごく飲み干し、一息つく。

 

「ねえねえ、友達出来そう? 別に一人でもいい派?」

 踏み込んだ質問だったが、怒涛の出来事に麻痺した彼の感性はどうでもいいかと判断する。

「どー、ですかね。やっぱりちょっと浮いてる感は……クラスの人とは仲良くなりたいですけど」

「やっぱちょっと寂しいよね! わたしもそうだったし」

 

 どういう事なのかと横顔を見やった。天真爛漫だった表情がほんの少し陰る。

 

「わたしの学年ね、女子がわたしと甲矢 有弓(はや ゆうゆ)って子の二人しかいなかったんだよ~極端だよね。友達作ろうと思ったけど、なかなか男子と仲良くなれなくって。今はね! 通形ミリオって知ってる? 仲良くなれたんだけど。きみはさ──」

 

 波動が彼の視線を受け止め、ニカッと笑って言った。口の端にチャーハンのネギがついている。

 

「──きみは一人みたいだから、わたしには有弓がいたけど。だから一緒にご飯どうかな~って思って……迷惑じゃなかった? 一人でゆっくり食べたい派かな?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 彼は胸を打たれた。そしてじぶんがひどく穢れているように思えて仕方が無かった。こんな純真な彼女の肢体を性的に眺めるなんて……バカ! アホ! ドジマヌケ! 

 ヒーロー科に籍を置くものはかくあるべしという心意気が眩しい。

 別にエロいことを考えたらヒーロー失格などと馬鹿げたこと主張するつもりはない、彼女にも性欲というものは存在するだろう。それを理解しながらも、彼は強い感銘を受けた。

 危うく目から涙を零しそうになりなる。

 

「いえ。おれも波動先輩とご飯できて楽しいってか……嬉し……」

 

 なんだか気恥ずかしくなって後半は声が小さくなり正確には伝わらなかったが、とりあえずは悪い気はしなかったのだろうと波動は受け取った。

 

「ねえねえ、また一緒に食べる?」

「はいぜひ! でも波動先輩にも友達が、その、甲矢さんでしたっけ……」

「うん! だからねー、週一で食べようよ! 毎日わたしと昼休憩を過ごしてたらクラスの子とご飯食べられないでしょ? わたしも有弓と食べたいし。ほんとはみんなを呼べばいいんだけど、いきなり大人数で来られても戸惑わない?」

 

 すごい、すごい気づかいだ。おそらく最初の押しの強さも計算の内なのだろう。登場の仕方は少しアレだが。

 

「じゃあ来週またここで……あと、ネギついてますよ、口のとこ」

「え? ほほ?」

 と波動は赤い舌を口元に伸ばす。

「いや反対です」

「ほほはー!」

 

 れろれろと動く舌によからぬ妄想をしてしまう。そのこと自体が恥ずかしかった。

 とにかくそのようなわけで、彼は毎週 波動ねじれと昼食を共にすることになったのだ。

 じゃあねー、と彼と別れた波動はてくてくと二年生の棟へ向かう。その途中で彼女の名を叫びながら走ってきた親友に勢いよく肩を掴まれる。

 

「ねじれっ! あんたっ……正気か!?」

「どしたの有弓」

「どーした……じゃあ、ない。でしょおがあ」

 

 有弓と呼ばれたベリーショートの女学生は息を整え、血相を変えたままあわあわする。

 

「雄英のビッグスリーとまで呼ばれるあんたが、いきなり男子と、それも一年生と無理やりご飯食べるとかさあ……場所が学校じゃなきゃ事案よ事案! このご時世、何が原因で燃えるかわかんないんだから! 雄英で三本の指に入るのよ、つまり上から数えて三番以内って意味なのよ、波動ねじれは~」

 むぅーと口を尖らせる。

「嫌そうじゃなかったよー」

「あんねえ、見てたから。あんたがパンツ丸出しで上から降りてくるところ。わたしはもう共感性羞恥で顔を覆ったよ。そのまま小さくなって消えてなくなりたかった!」

「えっ!? うそぉ~見えてた?」

 

 お袋の下着と一緒に洗うんじゃねえよ! とは、多感な時期を迎えた男子学生がいるご家庭ならたまに耳にするセリフである。

 実際に汚い汚くないは別であるが、好き好んで見たい男性はいないだろう。ましてや食事中とあっては食べる気も失せようもの。おそらく上級生なので会食を断るに断れず渋々といったところだろう。有弓は二年生の棟から二人を見下ろし、そう判断した。

 

「しっかりしろねじれぇ~! パンツ見せながらやってきてご飯食べようなんて言う女、ただの変態だろ~! 外だったら通報されてるぞ、あの子もひょっとしたら先生にチクるかも……」

「ん~でも嫌そうじゃなかったけどな。サンドイッチとかくれたし、来週も一緒に食べようって約束したよ? ぜひってコーハイくんも言ってたし」

「マジ!? じゃあねじれの事好きじゃん!」

 

 今までうろたえていた有弓の表情が一変してワクワク顔になる。

 

「またそれ~。こないだも、シャー芯切らしたら隣の男子が一本くれたって話で同じこと言ってたよ」

「いやそいつもねじれの事好きだって!」

「いつも同じ車両に乗ってる同級生は?」

「そいつもねじれの事好き! あんたが羨ましい! なんでそんなモテんの!?」

 

「え~そんな事ってある~?」

 

 有弓はちょっと親切にされたり笑いかけられたりボディタッチがあると、あっ……もしかしてわたしの事……好き? と思ってしまうタイプなのだ! 

 

「今回は一番ある! だって考えても見てよ、変質者みたいな登場の仕方で一緒にご飯食べて次また会う約束するってもう脈ありじゃん! 毛細血管ぜんぶ動脈だよ! ヒマラヤ山脈!」

 

 興奮交じりに熱弁する友人をクールダウンさせながら、そうかなあと波動は慎重になる。この口車に乗せられた事は一度や二度ではない。もちろん彼女自身が手ごたえのようなものを覚えたから挑んだのだが、あえなく撃沈している。

 原因は彼に対する態度を思い返せば薄々と思いつくだろう。波動ねじれは誰に対しても不用意に距離感を詰め、独特の押しの強さでとにかく思った事を言い、尋ねる。そこに性差の区別は無いが、彼女を知らない人間からすれば数撃ちゃ当たると言わんばかりに男性に粉をかけているようにしか見えないからだ。

 いくら波動ねじれに魅力があろうと、その軽薄さの誤解を解かない限り世の男性は距離を置くだろう。

 

 てくてくと教室に向かいながら独自の恋愛観を力説する有弓は、ふとあの一年生とねじれが付き合ったらどうなるかが頭によぎる。

 ねじれと有弓の出会いは雄英からだが、クラスでたった二人の同性ということもありすぐに打ち解けた。ヒーロー科に入れる人数は多くても2クラス程度で、訓練に付いて行けずに転科により減る事はあっても、他科からの編入や転校により増える事は滅多にない。

 つまり人数が少ないので進級してもクラス替えが無く、やがて二人は互いの家に泊まりにいくほど仲良くなった。

 

 女が二人で泊まってやることと言えば夜通しゲームをしたり、スナック菓子をつまみながらネトフリで映画を見るなり、同級生のあの男子がエロいだの好みだのを駄弁る。

 もちろん下の話もする。

 そして有弓は波動のアダルトグッズコレクションを目にすることになる。多少は知識に自信があったが完膚無きにまで打ちのめされ、中学時代のエロソムリエの称号を返却したい気分だった。

 

 言うまでも無く周知の事実として、成人向けコンテンツは15歳からである事が公然の事実であるなどとわざわざ書き記す必要はないだろうが、必要そうなので書き記す。

【この世界では成人向けコンテンツは15歳から買ったり見たりしていいんだよ】

 

「じゃあ有弓はこういうの好きでしょ~」

 そう言ってラップトップの購入履歴に表示されたサムネイルがクリックされると、どストライクなブツだった。どうしよう一発入れたくなってきた。

「う、うおぉ。スゴっ……え、ちなみにねじれはどんなので入れてんの、撫でる派?」

「わたしはこういうのが好きー。あんまり指は使わないかな、電マとかバイブが多いよ」

 

 お、大人だ。有弓は敗北した。いままでに何度もそういったアダルトグッズを買おうとしたが、恥ずかしいやら何やらで指で妥協していたのだ。

 有弓の世代感覚としてはだいたい高校卒業を前後に道具を使うようになるものだと思っていた。井の中の蛙大海を知らずである。だがここから漕ぎ出していけばいいのだ、新たな快楽の大海原へ……バイブで作ったイカダに乗り。

 

「へ、へえー。道具派かあ~……オカズも結構スゴイね……ていうかどんだけあんの? 入れるの間に合わないでしょ」

「ん~すぐ飽きちゃわない?」

「いやいや、こんなの一日何回入れてんだってくらいの量でしょ、AVも電子書籍も」

「え?」

 その時のきょとんとした無垢な表情を、有弓が忘れる事は無いだろう。

 

 有弓は頬杖をつき、澄ました顔で授業を受ける友人の顔を見やる。普段の彼女からはその片鱗すら感じさせない。対人距離感は近すぎるが、それは無邪気からくるものだと知っている。決して性欲からではない。つまり性欲は対人と内心で完全に分離されているのだ。その封じられ煮詰められた業の一匙は、同性である有弓すら少し引いてしまうほど。

 大丈夫か、あの一年。有弓は知らずの内に固唾を呑む。

 

 こいつはモンスターだぞ。

 

 この結田付中学のエロソムリエでさえ首を垂れるほどの、となんかじぶんをバトルマンガの強キャラにしてそんなことを考えていた。

 




わかりにくとの意見があったので、それとなく匂わしていた違いみたいなのを書いときます。
オールマイトや緑谷くんや轟くんとかは士傑にいって頑張ってます。
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